第50話・深淵からの挑戦・アルテミス計画
──5、4、3、2、1‼︎
カウントダウンののち、日本初の有人月面探査を載せたロケットが、種子島から打ち上げられた。
このためにJAXAは、種子島発射場を巨大ロケット用に改装し、長い時間をかけてプロジェクトを進めてきた。
無人月面探査機を飛ばして月軌道上からの細かい観測からはじまり、数多くのデータを日本が誇るスーパーコンピュータ『富嶽百景』により解析。
様々なシミュレーションを経ての、今回のプロジェクトである。
先日は中国が有人月面探査機の打ち上げに成功、日本の後にはアメリカのNASAによる月面調査及び基地設置プロジェクトの『アルテミス計画』も発動する。
今年はアマノムラクモから始まり、第三帝国の進軍と、何かと騒がしい年であったが、ここに来てようやく明るい話題が世界中に広がっていった。
………
……
…
「オクタ・ワン、ミサキさまの国連総会での発言ですが、どこまで可能ですか?」
アマノムラクモ航法責任者のオルトリンデは、ミサキの話していた宇宙開発についてオクタ・ワンに問いかけている。
空気も何もないどころか、時空変動の歪みにまで突入できるアマノムラクモにとっては、たかが月までの移動など時間にして二、三時間程度である。
次元潜航からの高速移動により、周辺環境に優しい移動が可能である。
ミサキに言わせると『それ、ワープじゃね?』って事らしいが、オクタ・ワンはワープ理論ではないと説明。この話は常に平行線で終わっている。
『ピッ……先日のミサキさまの話通りでしたら、次元潜航により四時間ぐらいが良いところでしょう。さすがにティーガーン星まで向かうとかになりますと、おおよそ十二日から十五日は欲しいところです』
「ティーガーンといいますと、確か、地球からおひつじ座の方向にある、距離約12.5光年先にあるという惑星ですね?」
『ピッ……その通りです。現時点での生物生存惑星です』
可能な、ではなく、生存。
オクタ・ワンは、そこに生物がいると告げているのである。
「生物がいるのは確定事項ですか?」
『ピッ……是。地球型環境下における、生物の存在確率からの推測です。バクテリアでもあるならば、生物が存在しているものと推測可能』
「あなたのデーターベースには、ティーガーンについての詳細なデータは無いのですね?」
『ピッ……流石に、この広大な宇宙の全てを知っているわけではありません。正確には、ミサキさまの生活居住区を確保するときに、データライブラリシステムの殆どが外されています。そこにあったかと推測』
その報告に、オルトリンデはため息を吐く。
少しでもミサキのためになる情報はないかと問いかけたのだが、無駄に終わってしまった。
「まあ、次元潜航による高速移動は速度がわかっただけでも、よしとしておきますか。一日一光年計算で、間違いはないですか?」
『ピッ……途中の障害がなければ』
「次元潜航の障害なんて、存在するのですか?」
『ピッ……ブラックホール及びダークマターは、次元潜航の妨げになります。その場合は迂回する必要がありますので』
オクタ・ワンは、ブラックホールやダークマターが『道路に落ちている落石』程度の考えで、そう説明している。
だが、オルトリンデは『巨大な崖崩れで橋が落ちた』という認識である。
どのみち迂回する必要があるのだが、捉え方はさまざまであった。
「なるほど。まあ、ミサキさまがそこまで向かう理由も必然もありませんから、懸念事項の一つ程度にしておきましょう」
『ピッ……こういうのを、フラグが立つというのですよね? いつ頃、回収しますか?』
「……本当に、あなたはくだらない事を知っているのですね? そういうのは回収するのではなく、イベントが始まるのを待つのです」
『ピッ……自分の事を棚に上げて、人のことを言うのはよろしくないかと』
側から聞いていると、本当に君たちは人工知能なのかと頭を捻るだろう。
………
……
…
月面上空に浮かぶ、『月周回宇宙ステーション・ゲートウェイ』。
まだ計画から四年しか経過しておらず、今もまだ建設の途中である。
国際宇宙ステーションとゲートウェイの間には、定期的に資材を送り出す中距離輸送ロケットが待機しており、これは民間宇宙開発会社が運営している。
ただ、未だに計画が完了していないのは各国の予算問題や紛争、アマノムラクモ、第三帝国などのいくつもの要因によるものが多い。
今回の中国は国際宇宙ステーションを経由して、月面上空のゲートウェイに中継船を接続、そこから月面に降下して探査を行うという計画で月面調査を行う。
すでにゲートウェイに接続した中継船は、明日の降下のための準備を行なっている。
「しかし、ゲートウェイが完成しないのに、接続許可が出るとはなぁ」
「NASAに言わせると、有人中継船の接続テストも兼ねろっていうことだからな」
「まあ、それならそれで良いんじゃないか? ゲートウェイ計画には我が中国も参加しているのだからな」
「そして、他国に知られたくないデータがあったら回線不良になる。この会話だって中継船の中だから成立しているようなものだからな」
今回の調査は七日間。
そのうち三日が月面降下による有人探索、四日はゲートウェイからの無人探索機による調査となっている。
「明日には日本の探査機を乗せた宇宙船が、ゲートウェイに接続するからな。できるなら、日本よりも先に何か発見したいところだよ」
「違いない。まあ、降下地点が違うから、調査ポイントがブッキングすることはないだろうけどな。さあ、システムの再チェックだ」
明日の降下に備えて、中国船クルーは真剣な顔つきに戻る。
彼らもまた、国の代表でありエリートであるから。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
国連総会はおしまい。
そして、俺は引き続きホワイトハウスに向かう。
そこでパワード大統領と会談を行い、明後日にアマノムラクモに帰還。
迂闊なことを話して言質取られないように、小型通信機を左耳に設置してある。
これでオクタ・ワンからの情報を受けることができるし、翻訳機と話してあるから問題はない‼︎
「明日、外交官の家族がアマノムラクモに到着します。滞在期間は三年間と話してありますが、まあ堅苦しく考えずに、アマノムラクモでの生活を楽しむように話してあります」
「あまり娯楽はないですけどね。まあ、映画館とかはありますが、字幕は付いてませんから、会話がわからないものもあるかと思います」
「それは現地の家族でなんとかしてもらいます。そうそう、電化製品などは備え付けてあるのですよね?」
「あります。しっかりと準備しておきました」
ここ、重要。
三年間の間に、アメリカ本土が恋しくなって家族は帰るだろうってオクタ・ワンは予測しているけどね。
せめて、そんな日が来るまでは、楽しんでもらいたいところだよ。
「電気があるのは、視察団からの報告を受けていましたが。魔導機関は電気を起こすことができるのですよね」
「今更な質問ですが、コンバーターがありますので。魔導機関から生み出されるエネルギーは、『電気』ではありませんから。これ以上はシークレットで」
人差し指を立てて、自分の口元に当てるミサキ。
これにはパワードも笑顔で頷く。
「観光の受け入れについては、準備ができているのですか?」
「さっき調印したので問題なし。長期滞在は不可能で、最大一週間。グアム発の中型ジェット機による週三回往復。宿泊設備は第三層のホスピタル区画に隣接する観光区画と、第二層の商業区画のみですね」
一つ一つ指折り数えて確認する。
あらかじめ、来る分には構わないけど見るものは無いよと説明してある。
それでも、一日四回の『アマノムラクモ艦内ツアー』をこちらは用意したので、それだけでも満足らしい。
あとは釣り。
洋上プラットフォームからの釣りは、なかなかダイナミックである。
高度15mのプラットフォームからは釣りなんてできないので、海面上2mに新たに釣り用の小型デッキを用意した。
「私も休暇を取って、遊びに行きたいものですよ」
「大使館の視察ということで、いらしたらよろしいのでは?」
「おお、その手がありましたか。では、明日にでも」
「大統領、明日も明後日も、仕事のスケジュールは詰まっていますので」
副長官に突っ込まれるパワード。
しかし、マジでガッカリするのはどうかと思うよ? さっきのはリップサービスじゃなくて本気なのかよ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──3、2、1、タッチダウン‼︎
日本の有人月面探査機を乗せた宇宙船『ウズメ』が、ゲートウェイに接続した。
二日後からは、日本も指定座標に降下し、月面調査を開始する。
「中国さんから二日遅れか。あちらさんは、今日から降下だったよな?」
「そうですね。すっかり宇宙開発でも先を越され始めていますね……」
「ガッツリと予算を削られているからなぁ。でも、以前よりはマシか」
「あの時代はひどかったですよね。まさかJAXA解体の話まで出るとは思っていませんでしたから」
現野党が与党だった時代の『事業仕分け』により、JAXAは大きく予算を削られた。
宇宙ではなく日本を見なさいと言われ、言い訳無用の問答無用で削られたのである。
挙句にJAXAの存在まで否定され、宇宙開発はNASAと共同でやればよろしいとまで言い切られたのである。
その後は政権が交代し、ゆっくりだが予算も増加。
それでも、規模縮小された時期に、中国やインドが宇宙開発を推進し、ここにきて大きく引き離されたのである。
そして、今の野党は叫んでいる。
宇宙開発について、なぜ、他国に遅れをとったのかと。宇宙開発こそ、今の日本に必要だと。
「お、あのあたりだよな?」
窓の外に広がる月面。
その視線の先には、目視はできないものの中国の調査区画がある。
「そうですね。なにか発見できると良いんですけどね」
「うちらよりも先に新発見されても困るがな」
「違いない‼︎」
などと和気藹々の日本の調査船である。
………
……
…
その頃、中国の調査チームは、降下船から降りて、月面に無人探査機を降ろしている。
『……よし、起動』
──ブゥン
太陽光パネルが展開し、システムが作動する。
その動作確認はゲートウェイの中継船でも確認できており、月面調査チームにもミッションスタートの連絡が届く。
『さあ、何か新しいものを発見してくれよ』
『明日には日本のチームも動き始めるからな。今日中に、何か見つかると良いんだが』
そう話をしながら、二人の調査クルーも携帯用探査機片手に月面を歩く。
まあ、特に新しいものがあるかというと、特にない。
月面調査初日は、アメリカに続いて二カ国目の月面着陸を堪能していた。
そして、初日のミッションが終わり、ゲートウェイに戻るために降下船に向かう途中。
──キラッ
調査クルーの一人が、月面に落ちている何かを見つける。
『……やばいぞ、どこの部品だ?』
光っていたのは、一枚の金属プレート。
おそらくは無人調査機の部品が落ちたのかと思い、急いでそれを回収。
無人探査機は一旦停止してその場に待機させると、クルーは急ぎ中継船へと戻って調べることにした。
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