第49話・世界の中の、アマノムラクモ
国際連合緊急特別総会が、始まった。
毎年九月に行われる国連総会とは異なり、緊急性のある問題について話し合いを行うのである。
今回の大きな議題は二つ。
一つは、第三帝国による連合艦隊に対する攻撃による被害支援。
これには各国に潜伏していた親衛隊などによる被害も含まれており、フランスをはじめとしたいくつかの国家では、政府機関が麻痺している状況でもある。
そしてもう一つが、アマノムラクモ対策。
良く言えば、国連に加盟していない、世界最強の超大国。
悪くいうと、ミサキ・テンドウの軍事独裁国家。
その扱いについては、以前行われた国連スイス事務局での質問会により危険性が判断され、のちの安全保障理事会による視察団の派遣などで、ある程度の実態が掴めていた。
だが、そのあとで起きた第三帝国との戦争。
国連としても最優先に第三帝国への対応が求められたため、アマノムラクモは後回しにされたのである。
そして、第三帝国騒動から一ヶ月が経過した八月。
ようやく世界的な収まりが見えはじめたため、国連緊急総会の二つ目の決議案として提案されたのである。
「それで、俺がここにいるということか」
国連総会オブザーバー席では、ヒルデガルドと関羽、張飛に守られたミサキが座っている。
現在の決議案は第三帝国関係により被害を蒙った国に対する補償と、各種国際条約の延長。
政府機関が麻痺している国などにとっては、この条約期間延長については必須項目といっても良い。
「マイロードのお手を煩わせてしまって、申し訳ございません。ですが、オクタ・ワンの判断では、ミサキさまの宣言が必要かと」
「宣言?」
「はい。残念なことに、アマノムラクモの国連加盟は不可能です」
「だろうね。国連加盟条件の一つ、安全保障理事会の常任理事国の一致が、まず無理だよ」
ミサキの予想では、常任理事国のうちフランスと中国、ロシアは反対するだろう。
この時点で国連加盟条件はアウトなので、その三カ国をどう纏められるかが焦点となる。
そして、ミサキはまとめる気はない。
迂闊に国連なんかに加盟したら、上手く使われるのがオチなのは目に見えている。
それなのに、ここにいる理由は何か。
それはおそらく、アマノムラクモの立場を公的に認めさせるためであろう。
「では、次にアマノムラクモに対する、国連のあり方について……」
各国代表が、各々意見をぶつけ合う。
自然環境問題、宇宙開発問題、エネルギー問題。
今の地球が抱えている幾つもの問題に対して、都度、アマノムラクモなら対応が可能かどうかと問いかけてくる。
「地球温暖化について、アマノムラクモは対策を行なっていますか?」
「そもそも、アマノムラクモが排出しているco2は、俺一人分の生活エネルギーだけ。それ以外は炭素排出量ゼロのクリーンエネルギーです」
「その技術を、すべての望む国に与えることはできますか?」
「与えられるかというのならばイエス。与えるのかというならばノー。
このミサキの言葉をうまく捉えた国と、言葉通りに捉えた国では格差がある。
捉えられなかった国は落胆し、所詮はあんなの独裁国家だと笑う。
そしてうまく捉えた国は、アマノムラクモへの外交官派遣を考え始める。
「人種差別については、アマノムラクモは何か対策がありますか?」
「そもそも、うちの人間は俺一人だ。あとは擬似魔法生命体であるサーバントと、アメリカの企業の社員が住んでいる程度でね。まあ、人種とかにはうちは寛容だよ? 住みたければ話を通してくれれば良い。ただし隣人とのトラブルはごめんだ」
「ならば、アマノムラクモは我々と手を組むべきだ。我が国は戦時中、隣国の軍人たちによってひどい目に遭わされてきた」
「知らねーよ。勝手にやってろ。アマノムラクモは当事国じゃねぇ、第三国だ。そんなのは当事国同士でやるなり、国際裁判所にでも提訴すれば良いじゃねーか」
淡々と告げてやると、その自称・被害国の代表は口をパクパクさせている。
「領土問題については、どう思われますかな?」
これは中国。
そして、ロシアも耳を傾けているのが、よくわかる。
「興味がありません。それこそ当該国同士の問題ですね。まあ、奪われそうな土地を守るために、条約締結国に守られるのもありだとは思いますよ、そのための条約ですから」
「しかし、歴史的な側面から、奪われた土地を取り返すのは国家の使命では? そこに条約だからと第三国が顔を出すのは、いかがなものかと」
「その歴史が、捏造されたり曲解されたのならば、その限りではないと思いますが。他国の領土を欲しいがために歴史を捏造し、それを正当化するような国家では、国民は納得しません。そう思いませんか?」
「おっしゃる通りです。では、我が国からはこれにて」
うん、さすがは中国。
アジアの超大国を名乗るだけあって、引き際も知っているし感情のコントロールもできている。
まあ、今の話から察するに。
『アマノムラクモは、我が国の領土問題に口を出すか?』
だろうね。
元日本人なので、口出ししたいけど、後々が面倒なので無視。
今の俺の国はアマノムラクモだからさ。
そしてロシアも、今の話にはウンウンと頷いているし、日本は何を勘違いしたのか、真っ青な顔になっている。
まさか、そっちの問題解決にアマノムラクモを使う気だったのか?
そのあとも、あちこちの国からの質問はあった。
けど、どの質問に対しても中立的な意見しか返していない。
そして宇宙開発問題。
「アマノムラクモは、NASAやJAXAといった各国の宇宙開発問題に協力することはありますか?」
「現時点ではありません。ですが、我がアマノムラクモは、単独で大気圏脱出することも可能ですし、マーギア・リッターは衛星軌道程度までなら、何も問題なく飛んでいくこともできます」
「その技術を供与することは?」
「ありません。地球のテクノロジーは、皆さんが進めるべきでしょう。わたしから未知の技術を与えたところで、誰も使えないでしょうから」
「それを使えるように教えることが、供与ではないのですかね?」
「ええ。ですから供与しません、以上です」
このあとも国家レベルでの提携についてとか、国際宇宙ステーションのモジュール追加計画に賛同する気はないかとか、話は大きくなっていく。
「失礼。我が中国は、つい先日、有人月面探査機の打ち上げに成功しました。宇宙開発については、すべての国が協力するべきであり、アマノムラクモは参加しない以上は、宇宙資源には手を出さないと誓えますか?」
「……中国のいう宇宙資源はどこまで? 太陽系内? 銀河系? 外宇宙? 悪いが、アマノムラクモは単独で銀河系を超えられるよ?」
「すべての宇宙などということはもうしませんよ。太陽系、そこまでが地球の管轄資源と考えています」
おっと。
そこはすべての宇宙は中国のものじゃないんだ。
まあ、宇宙開発については国連の条約もあるから、中国も無碍にできないのだろう。
「では、アマノムラクモは、所有権のない宇宙資源については探査、回収を行いますが、太陽系内の宇宙資源には手をつけないとお約束します」
「ありがとうございます。いつか、アマノムラクモとも協力して、宇宙の深淵を観察する日が来ることを、期待しています」
それだけを告げて、中国は席に着く。
この国連総会で最も注意しないとならないと考えていたのはフランスだったけど、中国が一番危険だな。
とにかく、言質取りに来るのが怖い。
そしてエネルギー問題については、とにかく中東諸国の質問攻めが怖かった。
現在の地球の化石燃料全てを賄えるだけの技術を、アマノムラクモは保有しているか?
それはどんな技術なのか?
一般に公開するのか?
などなど。
原油を武器にしている国にとっては、アマノムラクモの魔導機関は化け物なのだろう。
ここはまあ、恨みを買わない程度に軽く話をした。
魔導機関は公表しない。
その技術を売り渡すこともない。
逆に、アマノムラクモは、中東諸国からの原油の買い付けを考えているとも話した。
洋上プラットフォームに燃料タンクを置かないと、今のアマノムラクモに出入りしている航空機の燃料がかなりやばいところもあったからね。
そんなこんなで討議は完了。
第三帝国の補償問題は、可能ならば各国で、それが不可能ならば国連からの協力もあるという話で完結した。
条約延期などもそこに含まれるため、フランス代表は頭を抱える羽目になっていた。
そしてアマノムラクモの国連加盟は不可のまま。
但し、国連総会オブザーバーという立場が認められた。
つまりは、決議権はないけど問題提起は構わないよという存在。
オブザーバーの中にも、バチカン市国のように投票権以外の全ての権利を持つ国もあれば、パレスチナのように国連総会の議論に参加する権利のみを与えられる国もある。
アマノムラクモは後者、パレスチナと同じ扱いであり国連総会において、正式に『国連非加盟国』と認められた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ああ……」
国連総会の報告を受けて、細川外務大臣も頭を抱えたくなった。
日本が先にアマノムラクモを国家と認め、国際的にアマノムラクモを世界に認めさせようと考えていた矢先、先に国連が非加盟国として承認したのである。
「アマノムラクモは、恐らくは国連加盟を認められたとしても拒否するだろう……」
恩を着せて、それを手に幾つもの条約をねじ込もうと考えていた。
特に領土問題については、アマノムラクモを利用して他国からの攻勢をひっくり返すことも可能だと考えていたが、それらは当該国の問題であると、アマノムラクモは公の場で宣言したのである。
「領土問題、アマノムラクモは当該国ではないから巻き込めない。国土防衛についての協力はまず不可能。経済問題ぐらいしか、アマノムラクモとは歩むことができないのか」
その経済問題についても、アマノムラクモはそれほど強い力を持っていない。
いつ、いかなる国に対しても十二時間以内に空輸が可能。この程度なら、経費は掛かるが民間を使ったほうが国内需要に繋がる。
今の日本にとっては、アマノムラクモは友好国であって欲しいが旨みがない国となったのである。
「しかし……ここで国交問題を中止にするわけにはいかないか。そんな事になったら、野党がまた何を言い出すか判ったものじゃない」
胃が痛くなるのを薬で抑えつつ、細川は間も無く行われる第二回国交会議の準備を始める事にした。
………
……
…
「アマノムラクモに、アメリカの大使館ができたか」
「はい。近日中には外交官がアマノムラクモ入りします。我がロシアはどうしますか?」
「おそらくだが、アマノムラクモは、我がロシアには何も求めてこない。今のまま、何事もない生活を求めているのなら、我々はそれを邪魔してまで、アマノムラクモの逆鱗に触れることはない」
「では、大使館の件は無しですか」
「いや、諸外国との繋ぎを作るという意味でも、アメリカに遅れを取りたくないという意味でも、外交官の派遣は必要だ。通商条約のみの締結を協議したいと連絡してくれ」
ロシア、フーディン大統領の決断。
これに他国も次々と追従するが、アマノムラクモとしては全てを受け入れる気はない。
正確には、『単独でアマノムラクモと往復できる』ことが最低条件であり、そのためには長距離移動可能な航空機もしくは船舶を有している必要がある。
その条件をクリアしている国家の数を数えても、実はそれほど多くない。
グアム島に近い太平洋上の国家という時点で、かなり移動のハードルが高いのである。
………
……
…
「アメリカの大使館が、アマノムラクモにできたらしいな」
「しかも、観光の受け入れについても協議しているって、ネットニュースに流れていたよな」
「これは、我が韓国もアマノムラクモ外交ワンチャンあるんじゃね?」
「俺、アマノムラクモに移住して仕事探すかなぁ。今のままだと、焼き鳥焼くしかないわ」
「アマノムラクモに大企業あるか? 俺は大企業しか働く気がないぞ?」
「オメーは黙って焼き鳥焼いてろ。俺はアマノムラクモの幹部になる」
「まあ、次の政権がアマノムラクモを傘下においてくれることが条件だけどな。きっとやってくれるよ」
いつものような、韓国のSNSでの会話。
国連総会の話から始まり、今の韓国は次の政権がアマノムラクモとどこまで互角に渡り合えるかという噂で持ちきりである。
それを見るたびに、各政党の大統領候補は胃が痛くなる思いをし、いくつかの政党は大統領選挙から手を引いている。
あと一週間、それで韓国の未来が決定する。
それまで、大統領候補者の胃がもつのか、そこが問題である……。
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