第48話・利用するもの、されるもの
第一回会談から二週間後。
ロスヴァイゼは、国会でのアマノムラクモ外交の草案が未だに完成していないのを気にする様子もなく、のんびりと日本観光を行なっていた。
もっとも、ミサキのための情報収集がメインなため、観光地を回るなどという俗的な観光ではない。
政治中枢である国会議事堂見学であったり、自衛隊駐屯地の見学であったりと、偏った見学を続けている。
「……それで、草案はいつなのですか? あと半月で予定の二回目の会談です。草案を提出すると言ったのは日本政府ですよね?」
「はい。現在ですね、特別委員会を編成し、過去の諸外国との条約その他を参考に、練っている最中なのです。法律などにも抵触しないように慎重な協議が続けられています」
流れる汗を拭いつつ、必死に言い訳を続ける細川外務大臣。
ここまで様々な協議を行ってきたが、ここ一番での野党の審議拒否により時間が削られまくっている。
「そうですか。まあ、日本がどこまで本気なのか見たいところではありますので、二回目の会談を楽しみにしています。では、私は一度、アマノムラクモへ戻るとしましょう」
──ガタッ
椅子から立ち上がるロスヴァイゼ。
だが、細川はまあまあ、とロスヴァイゼが部屋から出て行こうとするのを必死に止める。
ここで戻られて報告でもされると、後々の印象が悪くなる。
恐らくはマーギア・リッターから通信で連絡をしていると思われるが、実際に直に報告するのと通信では、印象が違いすぎる。
ここで悪印象を与えるのは得策ではないと、細川は賭けに出る。
「そうだ、よろしければ気晴らしにいい場所をご案内しましょう。日本が誇る、宇宙航空開発機構へご案内します」
「宇宙開発?」
知識としてはあるものの、アマノムラクモにとっては宇宙開発など縁がないどころか興味の対象でもない。
だが、せっかくの提案でもあるため、ロスヴァイゼはJAXAの見学ツアーへ向かうことにした。
………
……
…
JAXA
宇宙航空開発機構と呼ばれるその機関は、日本の宇宙開発の要の組織である。
一部の人間からは、政府の天下り先というものもあるが、純粋な宇宙開発のための組織であり、天下りなどというくだらない人材を必要としていない。
現在必要なのは、すぐにでも動ける技術者。
まもなく出発する『日本初有人月面着陸』のためのプロジェクト、これが成功した暁には、日本も独自で月面基地のモジュールを打ち上げたい。
そのための要の人材を、現在は募集しているところである。
「……なるほど、有人月面基地の建設プロジェクトですか。あのような場所に向かう理由がわかりませんが、ロマンなのですか?」
「月面は、まだ我々にとっても未知の領域です。それらを調査し、秘められた謎を解明するのが、JAXAの使命です」
施設案内を務める
「その有人月面着陸は、過去にどれぐらい行われてきたのですか?」
「日本初でしょう。過去にはアメリカのみが、月面着陸に成功しています」
「では、日本の成功率はどれぐらいで?」
「突発的な事故がない限りは100%です。問題は、その事故が起こるかどうか、それを未然に防ぐのが、我々の力といえます」
自信を持って答える
その言葉に、ロスヴァイゼも好感を持っているように感じ取れる。
「いいですね、100%。私たちの感覚では、成功か失敗か、一かゼロ。中間はありません。日本とは、それほどまでに宇宙開発関係の技術が高いのですね?」
「ありがとうございます。ちなみにですが、アマノムラクモでは、月に向かう方法とかはありますか?」
今度は質問返しを受ける。
すると、ロスヴァイゼはこめかみに指を当てて考えてから。
「アマノムラクモの次元潜航からの高速移動でなら、おそらくは数時間以内かと」
「す、数時間?」
「ええ。マーギア・リッターでの移動でしたら、一日程度で移動できるかと思われます」
「あの、食料その他の備蓄は、どれぐらいで行うのですか?」
「マーギア・リッターでしたら、サーバントに操縦して向かってもらいますから、実質必要ありませんね。私も含めて、サーバントは食料を必要としませんし、空気も必要ありませんので」
──ゴクッ
ロスヴァイゼの説明で、
宇宙開発関係で、重要な課題の一つが、食料と酸素である。
国際宇宙ステーションなどでもその重要性については常に論議されており、毎年、新しい技術を開発するのに必死である。
それが、ロスヴァイゼの告げるサーバントならば、あっさりと解決するのである。
「アマノムラクモが羨ましいですね。我々の想像の斜め上を走っているようです」
「お褒めに預かり恐悦至極。ですが、アマノムラクモが宇宙事業に参加することはありません。ぶっちゃけると興味がないのです」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。ですが、それらに必要な技術については興味があります。皆さんが宇宙開発事業を行なったとしても、アマノムラクモはそれを阻害するようなことはありませんので、ご安心ください」
キッパリと言い切る。
これには、
「たとえば、我々が月面基地を作ったとしましょう。その基地に食料や酸素を運ぶのを、アマノムラクモに依頼したとするなら、それは引き受けてもらえる確率はありますか?」
この
そんな質問がくるなど、予想もしていなかったのである。
「つまり、アマノムラクモに宇宙の運び屋をやれと?」
「やれ、ではなく引き受けてもらえるのでしょうか、という問い合わせです」
「……正直にお答えするなら、わかりません。ミサキさまが、それを必要とするのであれば、やるかもしれませんね」
つまり、月面基地を建設する場合でも、資材その他、もしくは完成したモジュールを月面まで運ぶのをアマノムラクモで引き受けてもらえる可能性があるということである。
「ありがとうございます。もしも、そのようなことになりましたら、ご一報入れさせてもらう可能性もありますので」
「ミサキさまにお伝えしておきます」
「よろしくお願いします。では、次は、国際宇宙ステーションの役割についてですね」
一つ一つ、丁寧に説明する
ちなみにこの日から、ロスヴァイゼは四日間も筑波の宇宙開発センターに通うことになる。
どうやら、楽しかったようで。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「……最悪だわ」
フランス大統領のクロエ・アルローは、執務室で頭を抱えている。
第三帝国の出現、それに伴う国連の連合艦隊による第三帝国への攻撃。
アマノムラクモの相手だけでもかなりの問題を抱えていたにもかかわらず、第三帝国騒動が終了した直後、フランスの国民議会、元老院の両議会がさらなる混乱に突入したのである。
ことの始まりは実に簡単。
対アマノムラクモ強硬派議員やアマノムラクモ擁護派議員の半分近くが、突然の辞任。
さらに一部議員に至っては消息不明になってしまったのである。
「これはどういうことなの? まさか、ここまで巧妙に、第三帝国派閥が紛れていたとはねぇ」
この件では、フランスの情報機関である『対外治安総局』も動いている。
その中間報告書に目を通したのち、今のように頭を抱えることになったのである。
辞任した議員の八割が、第三帝国およびナチスと何らかの連絡を取っていたこと、そのうち重要なポストにあった元議員は、海外に亡命したことなどが記されている。
その中には、あのプルクワ・パの関係者も多数、存在していた。
「フランス議会を混乱に陥れる……同時に、アマノムラクモを攻撃させることで世論を巧みに操る。ナチスの目的は、フランスの消滅ってところかしら。でも、それが失敗して、逃げたというのが筋書きのようね」
バサッと書類を机の上に投げ置いて、クロエは目頭を抑える。
国民議会も元老院も、その数は半分にまで減っている。
補欠選挙を行なってすぐにでも補充しなくては、フランス議会は成り立たなくなっている。
「結果、フランスは消滅していないけれど、混乱の坩堝にあるということね……」
正直、完敗である。
戦争に突入し、物理的に消滅しなかっただけ、まだマシと考えるしかない。
今は、元の強いフランスに立ち返るために、全力を尽くさなくてはならないとクロエは考えていた。
………
……
…
中国艦隊、ミサイル駆逐艦『瀋陽』は、現在、アマノムラクモ洋上プラットホームで三日間のみの特別接舷を堪能している。
兵士たちがプラットフォーム上の街で体を休めている間にも、艦長である馬俊山少将はアマノムラクモと交渉を続けていた。
「アメリカは、本艦に上がっているのに。なぜ、我々は上がることができないのだ?」
『お答えできませんね。アマノムラクモが許可していない艦艇の接舷上陸は一隻まで、日数は最大で三日とお話ししましたよね?』
「それは聞いている。では、アマノムラクモ本艦への上陸を要請する」
『目的はなんですか? 他国に対してのスパイ行為でしたら、洋上プラットフォームで賄えますよ。アマノムラクモに入りたいという要求の目的はなんですか?』
「艦内視察だ」
『寝言は寝てから言え、以上で通信を終わります』
──プッッ
一方的な要求を断られ、馬少将は立腹状態。
本国からは、アマノムラクモ内部に入り、調査ができるかどうか確認しろという連絡を受けている。
ここで、不可能ですなどと報告するならば、無能者のレッテルを貼られかねない。
「アメリカだけではない。数日前には、ロシア旗艦の搭乗員も上がっていたんだぞ? にも関わらず、なぜ我々は不可能なのだ?」
「上層部で、何らかの取引があった可能性も考えられます。そうなると、現場判断による上陸申請は不可能でしょうなぁ」
副官がニヤニヤと笑いながら告げる。
「だからと言って、本国に要請するのか? それこそ、『私は無能です、国の上層部にお願いします』と言っているようなものだ。とにかく、何とかして上に上がらなくてはならない」
「まあ、接舷上陸はあと二日しかありませんから、対応は急ぎで考えてみることにしましょう」
「忌々しい。たかが小娘が、こんなものを自在に操るなんて……我々が運用すれば、もっと効率よく使うことができるのだぞ?」
「その言葉は禁句ですと、
「それで、内部に入って調査しろだ。一体、何を考えているんだ」
カリカリと怒鳴り散らしながら、馬少将が艦橋から出て行く。
「ですから、調査しろ、ではなくて調査できるか? ですよね。本当に、血が上ると、自分勝手な判断をするのですなぁ」
そう呟いてから、ボソッと一言。
「まあ、針が悪い方向に浸透したのですから、仕方ありませんか……」
アドルフ亡き後も、第三帝国は緩やかにであるが活動を続けている。
ただ、それがこの前のような大戦にまで成長するかどうかは、現時点では不明である。
王依然副艦長は、そう呟いてから通信員に命じる。
「アマノムラクモに非礼を詫びておいてください。その上で、本国にも通信をお願いします。馬少将は疲れがピークになり、正しい判断ができる状態ではないと」
「了解です」
「よろしくお願いしますよ。さて、我々も、のんびりと過ごすことにしましょうか」
通信を終えてから、艦橋要員にも交代で休暇を与える王副艦長。
第三帝国残党にして親衛隊の一員ではあるものの、それを知らない部下たちには人望が厚いので評判である。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「宇宙開発ねぇ……ロスヴァイゼ、JAXA、楽しかった?」
『はい。月面基地計画、国際宇宙ステーションに変わる、新たな計画にについても、聞くことができました』
「へぇ。スペースコロニーでも作るの?」
『いえ。国際宇宙ステーションを民営化すると。アクステーション・プロジェクトというのがあるそうです』
「国際宇宙ステーションは、金掛かるからなぁ……オクタ・ワン、アマノムラクモが宇宙に出たとして、何日ぐらい宇宙に滞在できる?」
物は試しに問いかけると、とんでもないことを言い始めたよ。
『ピッ……ミサキさまのように、生身の人間が一名以上存在するならば、アマノムラクモは無限に宇宙空間に滞在することができます』
「……どういう意味?」
『ピッ……サラスヴァディ型魔導ジェネレーターは、人間の魔力を感知して起動しています。ミサキさまが船から出られても、蓄積魔力により100年は稼働し続けることができます』
「なるほどなぁ。酸素も錬金術で作れるから、ぶっちゃけると月面基地みたいに滞在することも可能なのか」
『ミサキさま、日本は、アマノムラクモを利用して月面に資材やモジュールを運び出すことができますかと質問しました』
『ピッ……ロスヴァイゼ、それには問題ありません。ミサキさまは、その程度のことをケチるような方ではありません。恐らくは、こう返答してくれます。『こちら宇宙の何でも屋』
「ミサキゼネラルカンパニーって、煩いわ。たしかにわたしは国家元首で女性だよ、今日も乗り込むカリバーンってか‼︎」
半ばやけくそだけど、宇宙開発の話しは、面白いと思う。
医療国家以外の面としても、宇宙に手を伸ばすのは良いなぁ。マーギア・リッターでも、宇宙までいけるからね。
「ロスヴァイゼ、宇宙開発については保留。ただし、このことは日本にはいうなよ」
『了解しました‼︎』
さて、日本は交渉でどう出るか。
っていうか、とっとと決めろよ、ずるずると引き伸ばすなよ。
アメリカなんて、観光受け入れについては容認したんだからな‼︎
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