第47話・アメリカと日本と、その他の国々

 日本とアマノムラクモとの最初の会談は、何事もなく無事に完了した。


 この後で日本政府は、アマノムラクモとの交渉その他について、国会での論議を始めなくてはならない。

 そのために特別委員会を設け、識者会議からも幅広く意見を求めることになったのだが、識者会議では、『アマノムラクモとの国交は早すぎる』という結論ありきで、その後の意見は出してこない。

 兎にも角にも『早すぎる』『見通しが甘い』『それは日本のためではない』『もっと先にやることがあるだろう』などなど、とにかくアマノムラクモとの交渉については野党が全面的に否定を続けている。


「……なるほど、これが日本の食べ物なのですね」


 ロスヴァイゼは、のんびりと東京の街並みを散策している。

 交渉その他の話し合いについては、ロスヴァイゼは日本国政府に対して『一ヶ月間』の猶予を与えている。

 これは『国交樹立までに一ヶ月』ではなく、『次の話し合いまでに一ヶ月』という意味であり、外務省もその方向で話を進めることにした。


 そして、話が進まなかった。

 アマノムラクモの話をしたいのにも関わらず、野党は『週刊誌に記されているデマ記事』を持ち出して糾弾を開始、そこから今の日本政府が無能であると指摘。

 流石のロスヴァイゼも、これには頭を痛める……ことなどなく、のんびりとミサキへのお土産を買いまくっては、コンテナに収めるという毎日を続けている。


──市ヶ谷駐屯地

「……しっかし、本当に凄いな。日本政府が喉から手が出るほど欲しがるのも理解できるわ」


 陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地では、ロスヴァイゼの駆るマーギア・リッター『ガングニル』による、実戦動作テストが行われた。

 ロスヴァイゼが防衛省から依頼され、ミサキから許可を取って行われているデモンストレーションであり、実弾を伴わない動作だけを見せている。


「いよっと‼︎」


──ゴォォォォン

 軽くジャンプしてから、空中で軌道を変えてワンハンドで逆立ちする。

 これを全高14メートルの人型兵器が、こともなくやってみせているのである。


「……一体、どうなっているんだ? 表面装甲が、まるで布地みたいに波打ってたぞ?」

「動作の妨げになってないだと? なんだあれは?」

「……これだから魔法ってやつは……」


 見学している幕僚たちも三者三様、さまざまな感想を並べている。


『あの〜、次は何を見せましょうか?』

「戦闘データについては、公表してもらえるのですか?」

『装備を転送してもらうことも可能ですが』


──シュンッ‼︎

 ドゴッという音と同時に、地面が揺れる。

 ガングニルの右手には、一瞬で巨大な槍が握られていた。

 さっきの揺れは石突が地面に突き刺さった衝撃であり、それをこともなく軽々と振り回してみせる。


『これが、私のマーギア・リッターの主兵装の『グングニール』です。投擲は禁止されていますから、見せるだけで』

「的を用意します。そこに向かって投げられますか?」

『山も穿つグングニールですよ? それを抑えるだけの的があるのですか?』


──ゴクッ

 幕僚たちが息を呑む。

 目の前の機動兵器は、自分たちの想像を絶する力を持っていることを、今更ながらに教え込まれたような気持ちである。


「わかりました。では、今日はこれぐらいで大丈夫です。ありがとうございました」

『了解です。では、指定の場所に移動しますので』


 足音高く、マーギア・リッターが移動する。

 そして指定の駐機場に移動を終えると、ロスヴァイゼはコクピットから飛び降りてグイッと体を伸ばす。

 

「ん〜。これでミサキさまからのお願いはクリアと。買い物にでも出かけますか」


 腰のポーチから金貨を取り出す。

 これを日本政府が責任を持って換金してくれるという話になったので、ロスヴァイゼは指定された防衛省の窓口へと向かった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アメリカ、ワシントンD.C.。

 合衆国議事堂では、アメリカ担当のヘルムヴィーケが、トーマス国務長官と会談を行っていた。

 

「まず、どこから話を始めますか?」

「国交樹立のための準備ですので、通商条約について、話し合いを始めたいです」

「そうですね。アメリカとしては、アマノムラクモをどのような位置に捉えていますか?」

「軍事的な脅威であると。それ故に、軍事以外の話し合いを行いたいです。まず、アマノムラクモに外交官を派遣します」


 アメリカの要望は、まずはアマノムラクモを知りたいという。そのために『在天アメリカ大使館』を設立し、外交官を派遣したいと伝えた。

 

「外交官ですか。そうですね、人数と規模を合わせて申請してください。こちらは受け入れる皿は用意してあります。幸いなことに、アマノムラクモには、アメリカのショッピングマートがありますので」

「我が国のショッピングマートがあるのは助かります。やはり故郷の味や雰囲気は大切にしたいところですから」

「そうですわね。長期滞在となるのでしたら、外交官の家族も一時的移住を認めますけど」


 ここまでは、ヘルムヴィーケも許可を貰っている。

 アメリカには、全権大使としてやってきているのであるから、この程度のことは彼女の判断で決定しても構わないと言われてきてあるのであるが。


「では、アメリカにも『在米アマノムラクモ大使館』をご用意します。そちらの外交官を派遣してもらっても構いません」

「了解しました。戻り次第、こちらでも外交官の派遣準備を行います。その際、マーギア・リッターを持ち込むのは可能ですか?」

「あの機動兵器ですか……大使館はワシントンD.C.に設営する予定ですから、距離が離れすぎではありませんか?」


 ちなみにヘルムヴィーケのマーギア・リッターは、メリーランド州のアンドルーズ空軍基地に駐機している。

 そこから車でワシントンD.C.まで移動してきたので、万が一の時には移動が大変なのでは、という問いかけである。


「私のマーギア・リッターは遠隔操作が可能です。あの空軍基地からでしたら、私が命じればすぐに飛んできてくれます。まあ、アマノムラクモの海外への移動手段が、まだマーギア・リッターとアマノムラクモ本艦しかありませんので、そこはご了承ください」

「……了解です。特例措置として、外交官の機動兵器の受け入れも認めましょう」


 これは、もともと受け入れろという指示が出ている。

 敵にさえ回さなければ安全であると、パワード大統領が指示をだしていたのである。

 また、目の前にマーギア・リッターがあれば、少しでも解析できるかもしれないという期待もあったので、ここを断る理由はどこにもない。


「ありがとうございます。では、後日、アマノムラクモに戻って話を通しておきます」

「そうですね」

「ちなみに、軍事提携の話は持ち出してこないのですね? 他国は真っ先にその話からきましたが」


 これは日本のロスヴァイゼからの報告。

 彼女の方が、ヘルムヴィーケよりも早く会談を始めたらしいので、その時のデータを送ってもらったのである。


「守って貰うのは軍事提携とは言いません。我がアメリカは、アマノムラクモと並んで脅威を排除できるならと思っていますが、まだ時期尚早。並べるだなんて思っていませんので」

「謙虚ですね。ミサキさまは、戦争を望みません。第三帝国の件は、特別と思ってください」

「分かっています。ですので、まずは国交から。観光客の受け入れなどは、いかがですか? グアム発で観光機をアマノムラクモへ送りたいという希望も出ています」

「観光とは、見るものがあって初めて成立すると思われますが。アマノムラクモには観光地はありませんよ?」


 密閉された都市郡と、洋上プラットフォームぐらいしか、見せるものはないとヘルムヴィーケは考える。

 だが、トーマス国務長官は一つ上手であった。


「アマノムラクモの医療設備、そこは我々の医療機関とは異なるものであると報告を受けています。現に、我が国の駆逐艦が治療行為のためにアマノムラクモを訪れていますよね?」

「ああ、なるほど。そこに目をつけたのですか。確かに、そちら方面については、アマノムラクモの医療機関は自信がありますね。『死』以外でしたら、如何なる病気も怪我も治療可能と思っています」


 ヘルムヴィーケの言葉は、以前ミサキが唱えていた『医療国家としてのアマノムラクモ』理論である。

 そして、トーマス国務長官は、驚きの表情を見せるしかなかった。

 死以外ということは、今の世界中のあらゆる病気や怪我を癒すことができると宣言したようなものである。


「それは、魔法ですか?」

「ええ。魔導機関によるメディカルポットがあります。一瞬で癌が治るとは言えませんが、しっかりと時間をかければ治ります」

「寛解ではなく?」

「治癒です」


 キッパリと言い切るヘルムヴィーケに、トーマスは目頭が熱くなる。

 彼の息子も、難病に冒されている。

 医者からの治癒見込みはないといわれていたのだが、ここにきて希望が齎されたのである。


「……わかりました。一刻も早く、そちらの方でも話を詰めさせてもらいます」

「よろしくお願いします」


 ガッチリと握手を交わすトーマス国務長官とヘルムヴィーケ。

 会談初日で、ここまで話が進むとは誰も思っていなかったであろう。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモ、洋上プラットフォーム。

 ミサキは、プラットフォームに建設された街を視察している。

 ここは大きさにして100メートル四方の空間に、様々な施設が作られている。

 すでに稼働してから一ヶ月は経過しており、ほぼ毎日のように客が集まり買い物や休憩を行なっている。


「……日本人ばっかりだなぁ」

「先日は、ロシア艦隊の一隻が三日ほど停泊していましたが」

「へ? なんで?」

「洋上生活も長く、陸地が懐かしいとかで。セルゲイ艦隊司令からの一時寄港申し出を受諾しました」

「なるほどなぁ。まあ、オクタ・ワンが通したのなら構わないけど、あれは?」


 ミサキが指さした先には、中国の瀋陽級駆逐艦が停泊している。


「さきほど到着した、中国の駆逐艦ですね。停泊理由は、ロシアが停泊するための手口と同じです。アメリカやロシアの艦艇がしょっちゅう停泊しているので、気になって理由をつけて停泊しているのかと」

「ふぅん。停泊してスパイ行為?」

「食料その他の補充です。おかげで、パブリックウェスト・アマノムラクモ支店責任者から感謝のメッセージが届いています」


 そうヒルデガルドの説明を受けて、思わず周囲の建物を確認する。


『パブリックウェスト・アマノムラクモ洋上支店』


 とある建物の看板には、そのような表示があった。

 ホスピタル区画だけではなく、洋上プラットフォームにも支店を出していたのである。


「この許可は誰が?」

「オクタ・ワンです。外貨を稼ぐとか申していました。今月のパブリックウェストからの賃料などは、かなりの額になっています」

「……外貨の獲得方法、間違っているよね?」

「はい。間違っていますが、練金プラントで精製したレアメタルや貴金属の放出許可は、まだ貰っていません。せいぜい通貨として金貨、銀貨を発行している程度です」


 まあ、それは俺の指示だから構わないけど、確かに外国への貿易となると、うちから出るのは貴金属レアメタル系だよなぁ。


「水産資源は輸出できないか?」

「漁船を所有していません。まあ、フランスから鹵獲したのちに救助船として改造したツクヨミならありますが、あれを漁船に改造しますか?」

「いや……それは勿体無いわ。了解、貴金属とレアメタルの貿易利用を許可する。管理その他はオクタ・ワン、トラス・ワン、ヒルデガルドで協議して」


 そのあたりの知識はないから、知っている専門家に任せることにする。

 

「かしこまりました。それと、今、オクタ・ワンから連絡が入りました。韓国とイギリスの艦艇も、アマノムラクモに寄港申請があるそうですが、オクタ・ワンから受けて良いのかと」

「なんで俺に直接言わないんだ? ワンクッション置く理由が分からないんだが。今までは、オクタ・ワンの判断だったろう?」

「流石に、三つの国を同時に受け入れるのは問題があるのではないかと申しています」

「オクタ・ワン、俺にちゃんと報告しろよ」

『ピッ……風邪を引いてしまい、声が』

「ダウト‼︎ まあ、各国の艦艇を受け入れるのは、一時寄港で五日以内なら構わん。アマノムラクモ本艦への移動は禁止、受け入れは一国一艦のみ。ただし、日本の漁業船団は受け入れ艦艇は十隻まで」


 日本に甘いって?

 漁業船団は、アマノムラクモと取引している客だからね。

 他国の艦隊は、客じゃなくて一時寄港。

 そんなところに忖度してたまるか。

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