第46話・ミサキの日常、日本の非日常

 パブリックウェスト・アマノムラクモ支店。


 一週間前に開店したアメリカ最大のショッピングマーケットには、常に大勢の客で賑わっている……ということはなかった。

 現在、アマノムラクモで治療を受けている海軍兵士たちのために開店したこの店は、兵士とアマノムラクモ船員のみの需要でなんとか持ち堪えているといっても過言ではない。

 それでも収支は常にプラスなのは、簡単な理由があった。


「ヒュ〜、あのお嬢ちゃん、また買い物に来ているよ」

「本当だ、俺、声でもかけてみるかな? うちの艦の所属じゃないよな?」

「まあな、それじゃあどこのクルーだ? アマノムラクモのスタッフは見たことないからなぁ」


 数人の兵士が、買い物中の女性を見て笑っている。

 すると、ちょうど何処かの兵士……駆逐艦機関部のクルーが、女性に声をかけていた。


「よう、君はアマノムラクモのクルーかな? 俺はラッド、アメリカの海軍兵士だ。よかったら、これから遊びに行かないか?」

「ミサキさま、殴ってよろしいですか?」

「まあ、落ち着けヒルデガルド。悪いなネイビー、俺は買い物中なのでね、女性を誘うなら、ステーツに帰ってからにしてくれないか?」

「……ミサキさま? え?」


 無謀にも、買い物中のミサキをナンパするとは。

 ミサキに対して害意を持って接触したわけではないので、ヒルデガルドの反応もソフトである。

 そして、遠くでニヤニヤと笑っていた兵士たちも、今の言葉が聞こえたのか、真っ青な顔になっていた。

 軍隊の一兵卒が同盟国の女王をナンパした、それだけなのだが。

 それだけでは済まないのが、今の現状。

 笑っていた兵士たちが慌ててミサキ達の元に駆けつけると、ナンパした兵士をズルズルと後ろに引きずっていく。


「失礼しました、自分はカーティス・ウィルバー航法担当のジョン・カーペント海軍少尉です。部下の非礼をお詫びします‼︎」

「ご苦労様です。害意があったわけではないので、この場の謝罪は受け入れます。ミサキさまからも、お言葉をお願いします」


 凛とした態度で、カーペント少尉に告げるヒルデガルド。そしてミサキの方に話を振るので、ミサキもニィッと笑う。


「暗殺とかを考えていたわけではないし、俺は気にしていないから。まあ、買い物の邪魔をしなければ構わないよ」

「だそうです。先程の……奥で仲間に袋叩きにされている彼にも、お伝えください」

「サーイエッサー‼︎ では失礼します」


 カーペント少尉はビシッと敬礼して、仲間のもとに走っていく。

 その光景を見て、ミサキもニヤニヤと笑っていた。


「嬉しそうですね。ナンパされたのが嬉しいのでしたら、私たちがミサキさまをナンパしますが? ご希望でしたら壁ドンも可能ですが」

「ちっがうから。久しぶりに生身の人間と話ししたから、嬉しかっただけだよ」

「なるほど。では、次のサーバントシリーズは、ホムンクルスにチャレンジしてみましょう」

「その生身じゃねーよ‼︎ 分かって言ってるだろう?」

「マイロードのお心を癒すのも、私たちの使命です」


 そんな笑い話をしながら、満載になった買い物かごをレジまで押していく。

 その光景を、あちこちの兵士が微笑ましそうに見ていたのだが、少し離れていたところから兵士たちを監視していたガーランド海軍大佐は、胃が痛くなる思いであった。


………

……


「……これが報告書か。アマノムラクモ代表であるミサキ・テンドウが、護衛を伴って我々の住む区画を歩いてある……護衛は一人か。無防備にも程があるな」


 病院近くにある住宅地。

 その一角は、治療を受けている兵士たちに貸し出されている。

 カーティス・ウィルバーの乗組員全てが入院しているのではない。

 レベル3の患者は入院治療を必要としているが、レベル1とレベル2の患者は、一日おきの通院を余儀なくされている。


 カーティス・ウィルバー艦長であるフェリックス・トランプ海軍少将は、部下から渡された報告書を見て、ため息をつくしかなかった。

 アメリカ国防省からの命令は二つ。


 一つは、駆逐艦カーティス・ウィルバー乗組員が第三帝国の精神汚染攻撃により洗脳されている可能性があり、速やかにアマノムラクモにおいて治療を受けること。


 そしてもう一つは、可能ならばアマノムラクモ代表であるミサキ・テンドウを観察し、少しでも情報を手に入れること。また、さらに可能ならば、接触して親交を深めること。


 この二つの命令については、一つ目は心当たりがありすぎるために、今、ここにいる。

 そして二つ目については、命令書を受け取ったその場で不可能だと返答したのだが、『可能ならば』という但し書きがあったために受けるしかなかった。

 現在、アマノムラクモでの生活は半月ほどになる。

 その間、ミサキ・テンドウは二、三日に一度は『パブリックウェスト』を訪れては、他愛のない買い物を行なっている。

 数回ほど、何も知らずにミサキをナンパした兵士もいたのだが、すぐにミサキの護衛に軽くあしらわれているのである。


「国家元首をナンパ……今すぐに、そいつらを配置転換してパリスアイランドに叩き込みたい気分だよ。そいつらの処分は?」

「軍規に照らし合わせますと、三ヶ月の減俸及び訓練施設で半年の再訓練というところですが」

「治療中のため、不可能か。一ヶ月、通院以外の外出を禁止しろ」

「了解です。では、失礼します」


 敬礼をして出て行く兵士を見送ると、フェリックス少将は気分転換に、庭にでる。

 人工の都市空間であり、自然を感じない筈にも関わらず、この街には風が吹き、太陽光が降り注ぐ。

 人工降雨装置もあるらしく、不定期に雨まで降り注ぐのである。


「ふぅ。早く本土に戻りたいものだ。海の上の生活も悪くはないが、やはり家族と離れているのもなぁ」


 故郷にいる妻と娘を懐かしむ。

 ちょうど庭の外では、通りを二人の女性が歩いているのに気がついた。


「そうだなぁ、マリーも、あんな感じに……え?」


 慌てて女性2人組を見直す。

 そこを歩いているのは、ミサキ・テンドウと秘書官のヒルデガルドである。


「ま、まさか? どうしてテンドウ陛下が、この街を歩いているのだ?」


 思わず呟いてしまった。

 するとヒルデガルドがミサキに何かを語りかけると、ミサキはフェリックスに軽く手を振っていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 今日は散歩。

 すぐに俺がやらないとならない仕事はない。

 日用品の買い付けも一昨日やったし、今日は買うものもない。

 ということで、ホスピタル区画の視察に出かけていますが何か。


「視察といいますが、ようは、人の住む場所で散歩がしたいだけですよね?」

「そうともいう。ヘルムヴィーケとロスヴァイゼからの定期連絡でも、特にミサキさまがいらっしゃる必要はないとのことです」

「ふぅん。別に、俺が行くのも構わないけどさ」

「久しぶりの日本を満喫したいのでしょうけれど、おやめください。グアムとは違い、衆人環視の元に出るのは危険すぎます」

「分かってますって。だから、アマノムラクモ内でのんびりとしているのですよ」


 笑いながら話すと、ふと、ヒルデガルドが何かを感知している。


「ミサキさま、そちらの邸宅の庭で、ミサキさまを監視している方がいらっしゃいます。オクタ・ワンに問い合わせたところ、駆逐艦カーティス・ウィルバー艦長のフェリックスのようです」

「へぇ、手でも振っておくか」


──スッ

 にこやかに手を振るけど、気のせいか、フェリックスの顔が引き攣っているように感じる。


「フェリックス・トランプの対人監査レベルはCです。害意はないものの、注意が必要と評価されています」

「ちょいまち、その監査レベルってなに?」

『ピッ……アマノムラクモへ接触した人物を、相関的に監査した安全レベルです。ちなみにAランクは絶対安全、裏切る可能性ゼロの人物であり、現在は存在しません』

「はぁ。その監査レベルでは、オクタ・ワンとかうちのメンバーは?」

『ピッ……評価対象外です。そもそも、私たちはミサキさまを裏切ることはありません』


 なるほど、そういうので色々とチェックしていたのか。

 どうりで、パブリックウェストでナンパしてきた兵士に対しての、ヒルデガルドの対応にバラツキがあると思ったよ。


「ちなみに、監査レベルBは?」

「現状では、グアムのアンダーセン空軍基地司令のミハイル少将と、パブリックウェストのレジ係のマリーさんの二人です」

「あ〜、あの恰幅のいいおばちゃんか。逆に危険なやつは?」

「いくらでも。と、フェリックス少将がやって来ますが、排除しますか?」

「危険はないよね?」

「火器及びナイフなどの危険物は感知できません」

「それならいいよ。都度対応で」


 そのままフェリックス少将がやってきて敬礼するんだけど、公務でここにいるんじゃないから態度を軟化してもらったよ。

 その後は、近くのカフェでフェリックス少将も交えての軽い話を楽しむことにした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 日本国・東京は永田町。

 国会議事堂内衆議院の会議室の一つでは、ロスヴァイゼが外務大臣の細川喜一郎と会談を行なっている最中である。


「アマノムラクモとしては、国交を行うことについては問題がありません。ですが、日本と付き合うということは、国防に関する部分をどうするかによって変わります」

「国防ですか。何か問題がありますか」

「アマノムラクモが外敵との交戦状態となった場合、日本国は軍を派遣してもらえますか?」


 ロスヴァイゼは、痛いところを突いていく。

 現状の日本国憲法では、同盟国の戦争については『自衛隊』を派遣することができない。

 だが、アマノムラクモにとって必要なのは『共に戦う意志を持つ覚悟』であり、仲間が戦っているのを傍観するような存在は不要と考えている。


「我が国の憲法では、それは不可能なのです。自衛隊は守りの盾であり、剣とはなりません」

「こちらのデータでは、剣となりうる力は十分にあると思われますが。それでも、盾であると」

「そのための自衛隊です。災害派遣を始め、国内に住む国民を守るのが、自衛隊の仕事であり誇りであります」


 キッパリと言い切る細川。

 これにはロスヴァイゼも、表情を柔らかくした。


「あくまでも、守りに徹する姿勢を貫くのですか。まあ、それなら、こちらも軍備を派遣する必要はありませんので、ここの部分での提携は無しとしましょう」

「……そうなりますか」

「ええ。自分たちだけ守ってもらって、他人の救いの手を無視するというのなら、最初からその部分については必要ないでしょう」


 キッパリと言い切るロスヴァイゼに、細川も辛そうな表情となる。

 それでも、ここは曲がることができない。


「日米安保条約のような相互協力は、結ぶことはできませんか?」

「その条約の内容を、私たちは知りません」

「後日、資料をご用意します。その上で、もう一度検討していただけると助かります」

「わかりました。この件は、資料が届いてからまた話し合うことにしましょう」


 細川は、内心ほっとしながらも、ロスヴァイゼ相手の話し合いはかなり難しいと判断する。

 相手は地球の常識を全く知らず、交渉という点において今までに培った技術が全く通用しない。

 腹の探り合いというよりも、一方的な通告を受けているとしか感じないのである。


「では、経済的協力提携については、アマノムラクモとしてはどうお考えですか?」

「まず先にお話ししますが、アマノムラクモからの輸出品については、海洋資源及び海底から採掘する鉱物などが主流となります。魔導に携わる技術の供与はありません」


 キッパリと、魔導技術は出さないと言い切るロスヴァイゼに、細川は目をつける。


「そうなりますと、こちらとしても難しいかもしれません。双方の国で必要とするものをやり取りするのが貿易であります。アマノムラクモは、我々になにを求めるのですか?」

「生活用品及び、それに準ずる加工品などが主です。食糧については自給率がそれほど高くありませんので」

「それらについてでしたら、ある程度の輸出は可能です。食品の安全性の高さについては、他国の追従を許しておりませんので」


 ここで細川は賭けに出る。

 伊達に外務省で長い間、化け物のような諸外国の要人と交渉してきた訳ではない。


「では、我が国からは食糧品などの輸出を考えてみます。ですので、アマノムラクモからは、魔導技術をどうにか都合してもらえると助かるのですが」


 笑顔で問いかける細川。

 普通なら、相手は難色を示すだろう。

 そこで妥協案を提案して、レベルが下がるがこちらの必要なものを手に入れる。

 

「わかりました。この話は、無しということで。では、次は何かありますか? 日本が私たちアマノムラクモに求めるもので、軍事力と魔導技術以外の話をしましょう」

「え、食糧は諦めるのですか?」

「ええ。別の国と交渉しますので、ご安心ください」


 あっさりと切り捨てられる。

 事前交渉ですら、話にならない。

 腹芸の通用しない相手との交渉が、ここまで難しいとは細川も考えていなかった。

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