第43話・治療行為と、洋上プラットホームという名の出島

 アマノムラクモの国家元首であるミサキ・テンドウからの封書は、翌日にはグアムからアメリカ本土へ移送。

 二日後にはワシントンD.C.のホワイトハウスへと届けられた。

 それを受け取ったパワード大統領は、ミサキからの報告を確認し、頭を抱えてしまう。

 第三帝国の洗脳技術により、各国の兵士達及び政治家が操られていた可能性があること、その証拠は掴んでおり、洗脳されている人間を識別する方法があること、その洗脳を治療できるかもしれないということが、淡々と記されていたのである。


 アドルフ率いる第三帝国との戦いにおいて、アマノムラクモの強さは思い知らされている。

 その上での、この信じたくない報告。

 ここにきて、パワード大統領は、今更ながらにアマノムラクモの脅威を思い知らされる。


「……そして、この締めか。テンドウは、アメリカを利用したいだけなのか?」


 報告書の最後。

 そこには、こう、記されている。


『願わくば、この事実を、あなたの隣人にも伝えられますよう』


 隣人は、連合艦隊参加国を表しているのがすぐに理解できた。

 アマノムラクモは、これだけの真実を、アメリカから語れというのである。

 良いように使われている気もするのだが、ミサキの本質はそこではない。

 まだ、アマノムラクモを信じている国の方が少ない現在、ミサキが声を上げたところで聞く耳を持たない国の方が多い可能性がある。

 それならは、国際的に信頼性の高いアメリカからの発信ならばどうだと、最後に記したのである。


「国務長官を呼んでくれ。重要案件の話があると」


 パワードは、すぐに国務長官を呼び出すと、手紙を差し出す。

 それを見て国務長官もまた、頭を抱えたくなるような素振りを見せるが、すぐに持ち直す。



「この報告書だけでは信用できません。これは、裏付けをしっかりと取る必要があります」

「私も同じ意見だ。では、グアムの海軍基地に連絡を入れるよう。要件はわかるな?」

「了解しました。アマノムラクモへの連絡手段はミハイル空軍少将を通すことにします」

「賢明だ。あとは任せる」


 それだけを告げて、パワードは次の仕事を始める。

 この戦争で、やらなくてはならない仕事が山のように増えているのだから。

 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「壮観だなぁ……」


 アマノムラクモの艦橋で、ミサキはモニターに映し出されている艦艇を見て、思わず呟いてしまった。

 先日、グアムのミハイル海軍少将から連絡があった。

 本国アメリカから、パワード大統領の名前で書類が届けられたと。

 それによると、第三帝国に与した駆逐艦二隻のうち一隻の乗組員の治療と検査をお願いしたいとの事らしい。

 本来ならば大統領が連絡を入れるべきである案件であるのだが、彼よりもミハイル海軍少将のほうがミサキと親しいということ、アマノムラクモへの連絡は全てグアムを経由するようにと記されていたので、このようなことになったらしい。


『ピッ……間も無く駆逐艦が洋上プラットホームに接舷します』

「了解。今日の外交担当は誰?」

「ヘルムヴィーケです。すでにプラットホームで待機しています」

「オッケー。それなら、万が一のことを考えて、その駆逐艦はDアンカーで固定しておいて。検査が全て終わった時点で、どうするか確認してもらってね」

「了解です」


 指示は出した。

 ミハイル海軍少将からの連絡では、彼は同行できなかったけど、仲間達をよろしく頼みますと連絡はもらっているからね。

 しかし、モニターから見ても、とんでもない駆逐艦だよ。

 第七艦隊所属、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『カーティス・ウィルバー』。その搭乗員305人が、今回の検査対象らしい。

 搭乗員はもっと多いはずらしいんだけど、アマノムラクモで検査を行うっていう連絡が入った直後に、数名が行方不明になったらしい。

 その行方不明の軍人が、第三帝国の潜入諜報員だった可能性があるらしくて、今、グアム基地では上を下への大騒ぎだそうだ。

 まあ、そんなお家騒動には興味がない。

 こっちは、第三層のホスピタル区画が上手く稼働してくれるか、心配なだけだからさ。


「ちなみに、俺が第三層で検査をしてあげるって選択は?」

「ありませんわ」

「ないですね」

「危険です、お勧めしません」

「無理やなぁ」

「お辞めください」

『ピッ……戯言は寝てからお願いします』

『……第三層のサーバント全員に通達。ミサキさまがそちらに向かった場合は、速やかに連絡するよう』

「……いや、冗談だからね、そのための医療用サーバントを作ったのも俺だからね、任せて大丈夫なのもわかっているから」


 洒落だったのに、マジレスされた気分だよ。

 因みにオクタ・ワン、戯言ってなんだよ?

 どこで覚えたよ、そんな言葉。


「まあ、仕事しますか。トラス・ワン、カーティス・ウィルバーをサーチできるか?」

『……お茶の子さいさい』

「だからよ、どこで覚えるんだよ、そんな言葉」

『ピッ……我々は、日々、進化します』

『……現在、対象駆逐艦内の人型生命体は皆無です。

全てのシステムがロックされ停止状態、艦長でなくては解除できなくなっています』

「さすがにセキュリティは万全か。でも、アマノムラクモを信用してくれているから、そこまでで終わりなんだろうな」


 普通なら、警備員ぐらいはおくはずだけど、検査を前後二回に分けるのも時間の無駄ですと判断してくれているのだろう。

 なによりも、今更、地球製の駆逐艦のデータなど、アマノムラクモには必要ないと思っているのかもしれないな。


「まあ、駆逐艦が攻撃態勢にはいったら、フォースシールドで駆逐艦を包み込んでくれ。それで向こうは手出しできなくなるからさ」

『ピッ……了解です。カゴの鳥作戦ですね?』

「そういう名前なの? まあ、任せるわ。それと、ホスピタルでの検査データを随時、サイドモニターに送ってくれるか? 俺も確認してみるから」


──ブゥン

 そう指示を出すと、キャプテンシートの横に小型モニターが浮かび上がる。

 小型と言っても、正面モニターとの対比での小型であり、大きさは100形モニターぐらいはある。

 そこに患者のデータが出るようにしてくれたので、ここから遠隔で確認することにしよう。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモ沖合。

 ロシアの『アマノムラクモ観測艦隊』と新しく名付けられた四隻の船舶は、静かにアマノムラクモを眺めている。


「……あの駆逐艦は、アメリカのものですな。どうしたのでしょうか?」


 ロシア空母『アドミラル・クズネツォフ』が、哨戒機から送られてきたデータを解析。

 そこには、アマノムラクモの領海に侵入する駆逐艦カーティス・ウィルバーの姿が映っている。


「さぁな。アメリカとアマノムラクモで、何かしらの取引があった可能性があるということか?」


 セルゲイ・アンドレーエヴィチ・ベーレンス海軍少将が、次々とモニターに映し出されている映像を確認する。

 すると、駆逐艦の搭乗員が、次々と荷物を抱えて下艦している様子が映し出されていた。

 さすがのセルゲイも、何かあったのかと訝しげな顔つきでモニターを見るが、真実はわからない。


「……特殊な兵装ではありませんね。どちらかというと、寄港先で休暇に入った軍人のような顔つきに見えますが」

「ああ。特殊訓練という感じでもない。どういう事だ? まさか、本当に休暇か?」


 相変わらずの緊張感のない艦橋。


「私は、休暇を満喫する方に一本賭けますが?」

「副長、正気か? アメリカの、それも第七艦隊所属駆逐艦だぞ?」

「ええ。ですが、あの駆逐艦は、先日の戦争時には第三帝国に拿捕されていましたから。乗組員の精神的な疲労を軽減するという理由ならば、考えられますが」

「いくらなんでも無理だ。俺は、アマノムラクモとの合同演習に一本……いや、三本賭けるとしよう。だが、どうやって確認する?」


 セルゲイ司令とウラジミール副司令のやりとりに、艦橋クルーからも失笑が溢れる。

 すると、観測責任者が手を挙げる。


「僭越ながら、アマノムラクモに一時寄港を申請してみては、いかがでしょうか?」


 軍艦の一時寄港など、常識的には考えられない。

 これがあらかじめ予定されていたものならいざ知らず、沖合で監視をしていた船が寄港したいなどと言ったところで、誰が信じると思う? 

 中国の艦隊がとある島を観測していて、ちょっと寄港して良いって聞いてくるようなものである。


「……乗組員が長期洋上生活で体調不良を訴えたので、治療としての一時寄港を願う。そう連絡を入れてみろ?」

「了解」


 すぐさま通信員が連絡を行うと、十分後には一隻のみの、一日間の寄港が認められた。

 また、必要ならば治療施設にも案内するという連絡があったのだが、寄港して様子を見たいと返事が返ってきたのである。

 さすがに、アマノムラクモは疑うことを知らないのかと絶句する司令と副司令であるが、一隻程度の寄港で、しかもアメリカ艦艇が停泊している場所で問題行為を起こすとは、ミサキは考えなかった。

 

「……とんでもないお人好しの国家元首が操る、世界最強の艦隊か。本国が警戒するはずだな」

「ですが、これでアメリカ艦艇の寄港目的も分かると良いのですが」

「たしかにな……いや、俺はウオッカが惜しくて話しているのではないからな」

「了解しております。我々の任務は、アマノムラクモに寄港したアメリカ艦艇の目的調査。アマノムラクモへの潜入調査でもありますからな」


 副司令が眼鏡を直しつつ呟く。

 その横で、セルゲイ司令も、帽子を糺しながら、アマノムラクモを眺めている。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「おおう、ロシアの空母かぁ。右舷洋上プラットホームがアメリカだから、左舷に回してくれる? 外交担当はロスヴァイゼに任せる」

「あいあいさ〜」


 久しぶりのミサキからの勅命、ロスヴァイゼは意気揚々と飛び出していった。


「しかし、長期間の洋上生活で体調が崩れることもあるのか、当たり前か」

「最近は、龍神丸の乗組員も洋上プラットホームに横付けして休んでいますよ? 動く船よりか動かないプラットホームの方が、気が休まるとかで」

「へぇ。それなら、洋上プラットホームにコンビニとか作って、港町みたいにするのもありだよね?」


 そう笑いながら呟くと、ヒルデガルドがにっこりと笑っている。


「すでに、100メートル四方の商業地区は建設済みです。高波対策も終わり、龍神丸の乗組員がよく買い物に来ております。それで、日本の遠洋行船団が、船団での寄港を希望していますが?」

「……あれ、俺、許可出したっけ?」

『ピッ……洋上プラットホーム計画の時に、許可をもらいました』

「そっか、まあ、出島みたいなものか。洋上プラットホームに上陸したからといって、アマノムラクモに入れるわけじゃないからな。許可して良いよ」


 甘いっていわれそうだけどさ、プラットホームにきたからといって、そこから上空に浮かぶアマノムラクモに入る術なんてないからね。

 プラットホームからは、専用のエレベーターが必要で、アマノムラクモから下さない限りは入れないから。

  

「それでですね、龍神丸の乗組員からの要望がありました」

「へぇ、どんな?」

「商品のラインナップに、日本製品を増やして欲しいと。現状ではカナン魔導商会及びウォルトコグループ、その他35社の提携により、商品を魔導転送で仕入れていますが、日本の企業はありません」

「ウォルトコはあるんだよな? 日本製品なかったか?」

『ピッ……この地球のウォルトコではありませんので。ミサキさまの故郷の地球には、魔導転送システムがなかったので、平行異世界からの仕入れとなっています』


 そういえば、そういう話だったよな。

 つまり、純粋な地球製品はないのか。

 それで、よく龍神丸の人たちは、納得しているよね? それ、俺たちの体に害はないの?


「あらかじめ製品チェックは施してあります。タバコなど、彼らの知らない製品以外にも、チェリーとかマスタースリムという銘柄が偶然ありました」

「知らねーよ、そんな銘柄。まあ、害がないのなら良いか。支払いは?」

「神様にツケで支払ってもらいましたが、国家になるんならと、来月以降の支払いは拒絶されました」


 あ、まじか。

 まあ、それぐらいはなんとかするよ。


「そういえば、そんな説明あったよな。海水からレアメタルを抽出、それぞれ同一規格のインゴットに変形。それを売って金にしますか」

『ピッ……世知辛い世の中ですなぁ……』

「まあ、これぐらいで済むならな。抽出プラントの建造と、稼働をよろしく。インゴット払いで必要資材と生活必需品の仕入れは継続させておいてくれるか?」

『ピッ……総務課に通達しておきます』

「総務課があるの?」

「はい。他国からの人の受け入れに際して、そういった機関は設立してあります。担当サーバントと、その上に統括でオクタ・ワンが管理しています」


 なるほど。

 つまり、今と変わらんと。

 まずはロシア艦艇の受け入れをとっとと終わらせるとしますか。

 

 

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