第44話・ホスピタル区画の日常と

──ピッピッピッ

 アマノムラクモ艦橋では、ミサキがモニターに映っているデータを確認している。

 先日訪れたアメリカの駆逐艦カーティス・ウィルバーの搭乗員の診断結果ができたので、さっそくチェックを開始していたのである。


「脳波波長がここまで細分化表示されているのには、驚きだよ」

『ピッ……精神感応波、霊波なども含まれております。それでも125パターンにしか分かれていません。人間を構成するには、まだまだ細分化と解析力が必要となりますが』

「今の地球じゃ、ここまでの細分化は無理か。それで、この三つの波長が、洗脳とか暗示を受けた波長なんだな?」


 説明にあった125波長パターンの中から、三つが表示される。

 健常者の波長と比較しても、洗脳されていた人々のものは、明らかに乱れ方が尋常ではない。

 

『ピッ……搭乗員全員のデータを比較しました。それぞれの波長には深度があります。具体的には、洗脳強度によりレベル1からレベル5までに区分されます』

「ノイズキャンセラーによる治療が効果を表すのは、最低深度のレベル1からレベル3までです。レベル4は別途、治療方法を探す必要があり、レベル5は治療は不可能です」


 ヒルデガルドの報告を受けて、今一度考えてみる必要があるのは理解できた。


「レベル4とレベル5は何人いるんだ?」

『ピッ……レベル4は16人、レベル5は2人です』

「その18人か。普段の生活に支障は?」

「現在は問題ないかと。それゆえに、いつ、また第三帝国の傀儡となるか見当がつきません」

「そうか。とりあえずリスト化して印刷しておいて。あとでグアムのミハイル海軍少将に報告書として届けてもらうから」

『ピッ……呼びつけて報告すれば良いのでは?』

「呼びつける? そこまで大ごとにしなくてもいいよ。俺が出向くわけじゃないし、ワルキューレの誰かと、護衛に呂布でもついて貰えばいいんじゃね?」

『ピッ……了解です』


 この一言で、この話はおしまい。

 すぐさまグリムゲルデと呂布が、グアムへと飛び出していった。


………

……


「ミサキさま、グアムのグリムゲルデから通信です」


 グリムゲルデたちが出発した日の夕方。

 どうやらグリムゲルデはミハイル空軍基地司令に書類を届け終えたらしい。

 

「繋いで」

「了解です」

『……こちらグリムゲルデ。ミハイル空軍基地司令との会談を完了。治療を依頼したいそうで、おおよその治療に必要な期間と予算を教えて欲しいとの事です』

「分かったよ。一旦帰還して、こっちでも準備しておくからさ。郵便配達員みたいに使って悪かったね?」

『私たちは、ミサキ様の手であり足であります。ミサキさまに命じられるなら、私たちは拒否することはありません。できれば、郵便配達員の制服の準備をお願いします』


 そっか、グリムゲルデは形から入る子だったのか。

 

「適当に見繕っておくから。それじゃあよろしく」

『了解です』


 これで連絡はおしまい。

 さて、本格的に宿泊施設の稼働準備を始めないとならないか。

 

「オクタ・ワン、300人ほどの宿と治療施設は問題ないか?」

『ピッ……一部の問題を除いて、5000人規模の宿泊も可能です』

「一部の問題? あ、食料か。プラント区画で野菜はあるよね?」

『ピッ……牛蒡でも食わせますか?』

「やめろ。それで、何が足りない?」

『生鮮食品のうち、野菜などの植物系は問題ありません。ですが、ファーム区画は稼働しておりませんので、動物性タンパク質が不足しています。魔導転送システムでの購入は可能ですが、地球の海洋資源のうち、レアメタル及び金銀を出荷することになります』


 支払いか。

 まあ、それはしゃーないか。


「構わないよ、それで支払って」

『ピッ……支払いによって、地球から資源が消失します。それでも構わないのですか?』

「支払いで……ああ、そういう事か。地球の企業じゃないから、こっちに還元されないのか」

『ピッ……その通りです』

「そんなに大量じゃないんだろ? 構わないよ」


 そう告げて、食料品の購入を指示。

 しかし、今後はそういった貿易も視野に入れる必要があるか。

 いつまでも海洋資源に頼っているだけじゃなく、なにか、アマノムラクモの特産品を世界に知らしめる必要がある。

 何より、海外企業の誘致。

 魔導転送システムでの購入は、都度なんでも買えるのはいいけど割高なんだよ。


「本格的に国交を考えるか。どこがいいかな、アメリカだよな」

「マイロード。私は日本をお勧めします」

「そうなの? でも、確か今の日本って、選挙していたよね?」

『ピッ……すでに完了しております。自由国民党の圧勝です、野党は息しておりません。比例代表制でかろうじて生き残っているだけです。見事に民意が反映されています』

「……オクタ・ワン、野党に何かされたのか?」

『ピッ……過去データからの算出による資料を調べただけに過ぎません。私は常に中立であり、ミサキさまの忠実な魔導頭脳です』

「そうか。他国籍持っている議員をどう思う?」

『ピッ……自国に帰れ‼︎ これは失礼しました』

「恨みあるんじゃねーかよ。ここなら構わないけど、外に出たらオブラートに包む事」


 全く。

 この艦橋は俺とサーバント以外は入らないから構わないけど、どこで誰が聞いているかわからないんだからな。外交問題に引っかかるようなセリフは禁止した方がいいか。


「まあ、気をつけてくれたらいいよ。それで、日本からはアマノムラクモに対して、何か言ってきているの?」

「外交使節団を送りたいと。その上で、通商条約を締結させたいそうです」


 具体的には貿易に関する事が大半らしいが、アマノムラクモとしては慎重に対応したいところである。

 なによりアメリカも、アマノムラクモと国交を希望しているのである。

 

「アメリカと日本か。他の国は?」

「細かい交渉はさまざまな国からいくつも提示されています。ロシアは兵器技術に関するものですし、中国はアマノムラクモの魔導機関についての情報開示もしくは研究機関の設立についての技術供与ですね」

「ふぅん。自国の利を捨ててうちと付き合いたいっていう国はないよな。まあ、それはそれで構わないけど、アメリカと日本から手をつけるか。近いのはグアムだから、アメリカだよな」


 さて、上手く話し合いになればいいんだけど、そうそううまい話なんてないだろうからなぁ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「……ここまでの設備が整っているとは」


 セルゲイ海軍少将は、洋上プラットホームに作られた小さな街を見て驚いている。

 外部からやってきた人をターゲットにしているらしい商業施設、宿泊設備も完備されているこの小さな街を、ロシアの軍人たちが歩いていた。


「ミサキさまの御威光です。アマノムラクモ本艦には入ることができませんが、ロシアの皆様はこちらで寛ぐようにとおっしゃっていましたので」


 ロシア外交担当のロスヴァイゼが、セルゲイ海軍少将に話していた。


「我々は、本艦に入ることはできないのですか?」

「はい。本艦に入ることができるのは、ミサキさまの許可を得たもののみです」

「あのアメリカの駆逐艦の連中は、テンドウ代表の許可を得ていると?」

「はい。アメリカとの話し合いにも触れるので詳細はお伝えできませんが、その通りかと」

「うちの船のクルーで、体調不良を訴えたものがいるのは伝えてあったよな? そのものたちの治療はお願いできないのか?」


 これは最初にロシアから届けられた話である。


「まもなくエレベーターが参ります。治療が必要な方と付き添いの方は、そちらでホスピタル区画にご案内しますので、御安心ください」

「そ、そうか。よろしく頼む」


 ホッと安堵するセルゲイ。

 そして、すぐに三名の具合の悪い兵士を担架で運んでくると、ちょうどやってきていたエレベーターで、アマノムラクモへと運び込まれていった。

 なお、同伴したかったセルゲイの代わりに、今回はウラジミール副司令が同行したのは、いうまでもない。


………

……


 ロスヴァイゼによって第三層ホスピタル区画へと案内されたウラジミールと患者の兵士たちは、すぐさま総合病院へと案内される。

 そこで医療用サーバントによる診断を受けた結果は、心因性の疲労及び十二指腸潰瘍であることが判明した。


「治療を行う場合は、費用を請求しますがよろしいですか?」

「国に請求してくれると助かる」

「了解です。後ほど書類にサインをお願いします。薬の投与で問題はありませんが、一週間ほどの入院をお勧めしますが」

「それで構わない。一週間後に迎えにくる」

「了解です。では、ウラジミールさんはこちらへ。真島さん、彼らを病室にご案内してください」


 真島と呼ばれた看護用サーバントが、丁寧に挨拶をして三人を病室に案内する。

 これからの一週間、彼らは、本国では体験することのできない『手厚い看護』を受けることになる。

 そしてウラジミールは書類にサインすると、控えを受け取る。


「そちらを本国に送ってください。支払いは現金で、アマノムラクモは地球に銀行口座を持っていませんので」

「??? どうして開かないのか?」

「あっはっは。どこの国の銀行機関が、アマノムラクモの銀行口座開設を請け負ってくれるのですか?」

「……USB、もしくはスイスプライベートバンクなら、可能では?」


 どちらもスイス銀行と呼ばれている、スイスの銀行機関である。

 よく昔の漫画に出てきた『スイス銀行』は、これらの前身組織であり、現在はこの二つを指して『スイス銀行』と呼ぶことが多い。

 まだ国家となったばかりのアマノムラクモでは、銀行の有用性についてはわかっているが、踏み込めない領域と考えている。


「ライセンスを持たないアマノムラクモでは、不可能でしょうね。それならば独自の銀行システムを作るかと思いますよ?」


 そう説明を受けて、ウラジミールはちょっと賭けにでる。


「なるほど、よく分かりました。ですが、アメリカの兵士たちも、買い物をするのにキャッシュの持ち合わせがないと大変ですよね? 久しぶりの休暇なのに」

「現在停泊中のアメリカ駆逐艦については、ミサキさまから黙秘といわれています。以後、その話題については一切の返答がないとご理解ください」


 淡々と説明するロスヴァイゼに、ウラジミールも肩を竦めてしまう。

 予想以上に情報の開示については厳しく、しかも人間とは違い、心理的な誘導も一切効かない。

 事実、ウラジミールの些細な話でも、その中にアメリカを匂わせる単語があった場合は返答が停止するのである。


「それじゃあ、付き添いの私は、どこに宿泊すればよろしいのですか?」

「専用のホテルがありますのでそちらへ。ですが、その前に、一旦空母に戻り報告されたほうがよろしいかと」

「ああ、そうですね。では、洋上プラットホームまで案内をお願いします」

「了解です。では、こちらへ」


 ウラジミールを一旦プラットホームまで案内するロスヴァイゼ。

 そのまま彼が空母に戻って報告を行い、また戻ってくるのをエレベーター横でじっと待っていた。


………

……


「予想よりも早かったな。何かわかったか?」

「まずはこちらを。今回の診断書と請求書です。それで、彼ら三名は入院措置となり、一週間後に退院の予定です」

「はぁ?」


 元々は、空母アドミラル・クズネツォフをアマノムラクモに寄港させるためのデマであったのだが、まさか本当に病人がいたとは思わなかった。


「病名は? まさか壊血病とかいわないだろうな?」

「十二指腸潰瘍及び心因性疲労だそうで。薬物投与による治療を行うそうです」

「……すぐに本国に通信。この書類を送りつけてくれ。支払いが必要だから、キャッシュで用意するようにと」


 書類には、現金以外は受け付けられない旨が記されている。それ故に、現金をここまで輸送してもらわないとならない。

 ひとり頭の治療費が、一週間で約40万円。

 日本円にして、三人で120万円の費用を、約一万キロの距離を運ばなくてはならない。

 それにかかる燃料費を考えると、とんでもない痛手になる。


「……痛い出費だが、アメリカの動向が掴めるなら安いものか。それで、どうだった?」

「アマノムラクモの搭乗員の口の硬さは洒落になりません。失言を誘導しても無理です。この賭けはドローということで」

「まあ、我々の賭けはノーカウントだが、アマノムラクモに入る術が一つわかっただけでもよしとするか」

「そのように。では、私は彼らの付き添いですので、これでアマノムラクモに戻りますので。これも任務ですので」


 ウラジミールが笑顔を隠すことなく、ニヤニヤと笑いながら報告するので、セルゲイは無言で送り出す。

 そして艦橋からウラジミールが出ていくのを確認すると、被っていた帽子を机に叩きつけた‼︎


「その手があったか……まあいい、機関部に連絡。一時間後に出港する。アマノムラクモにも、そう連絡を入れてくれ」

「了解。こちらロシア艦隊旗艦、アドミラル・クズネツォフ。一時間後に当艦はアマノムラクモ領海を離れる」


 通信員も慣れたもので、アマノムラクモにダイレクトに連絡を入れると、出港手続きを終わらせた。

 そして予定通りに一時間後に出港すると、艦隊の待つ海域へと戻っていった。

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