第34話・太平洋攻防戦、混沌へ

 バリアを展開したまま、アドミラル・グラーフ・シュペーは動くことなく、周囲を警戒している。


 アドルフの知識を持ってしても、現代レベルの金属加工技術程度では、アマノムラクモの表面装甲のような強度を持った装甲材をつくりだすことはできない。

 それでも、半ば神の加護に近い魔導知識を注ぎ込んで組み上げたアドミラル・グラーフ・シュペーは、周辺艦隊の船体強度など比較にならないぐらい頑丈に作られている。

 その証拠に、先の第七艦隊の一斉砲撃を受けても、その威力によって破壊された装甲はない。

 砲塔が破壊され、その時の誘爆によって砲塔基部が損壊、周辺装甲に亀裂が入ったものの致命傷ではなく、内部フレームにはいまだ致命的な損傷はない。

 多少の歪みや亀裂程度なら、ドックに戻ればいくらでも修復は可能。

 そして、バリア解除の一瞬の隙をついた攻撃など、一度受けてしまったあとならば、いくらでも対処可能になる。



「敵飛行船、未だバリア内で待機しています」

「我々の攻撃が効果的であったのは事実。それを恐れて、バリアを張って警戒しているのだろう。ロシア艦隊の動きは?」

「海上に逃げた船員たちの救助を開始したようです。まあ、殆どの艦隊は飛行船から距離を取って、様子を見ているようですが」


 ロナルド・レーガンの艦橋で、オスマン海軍少将が報告を受けている。

 第三波攻撃以降、飛行船もアメリカ・ロシア艦隊も手を出せずにいた。

 大きな弧を描くような航路で飛行船を監視していたのであるが、ふと、オスマンは首筋に違和感を感じる。


「なんだ?」


 思わず手を当ててみるが、蜂か蚊に刺されたような痕があったらしく、うっすらと血が滲んでいる。


「司令、どうなされました?」

「いや、虫が入り込んだ? こんな海の上でか?」

「さあ? こんなところに虫などいませんよ。お邪魔虫のような艦隊は周辺に存在しますがね」

「お邪魔虫か。まあ、作戦に協力的でない艦隊は、邪魔な存在ではあるが。今は、あの飛行船をどうにかするのが第一だな」


 オスマンは、周辺を動く艦隊をグルリと見渡す。

 ロシア艦隊、アメリカ第七艦隊が先行し、その後方から中国艦隊が距離を取って追尾している。

 その中国艦隊から、次々と戦闘機が発艦すると、一直線にアメリカ艦隊上空へと飛んできた。


「第四波攻撃だと? 我々はまだ指示を飛ばしていないが‼︎ そもそも、何故、このタイミングで中国艦隊が動いた‼︎」

「察するところ、お邪魔虫の殲滅でしょうなぁ」


──ドドドドドドトダダダダダッ

 アドミラル・グラーフ・シュペーの周辺を飛んでいたロシアの早期警戒機が、中国の戦闘機『殲撃20型』により、次々と撃墜されていく。


「お邪魔虫? ロシア艦隊がお邪魔虫だというのか? ケイン副司令、君は何を話しているんだ?」

「邪魔なのですよ。我らが総統閣下の進む道を邪魔する存在は……」


──ガガガッ

 口元をニイッと釣り上げながら、ケインは腰から銃を引き抜く。

 それをオスマンに向けて素早く発砲しようとしたが、その腕は近くにいた兵士によって取り押さえられてしまう。

 それでも発砲した弾はあちこちに飛び散り、数名の兵士が怪我を負ってしまう。


「……各国に第三帝国の親衛隊が潜り込んでいるという報告は聞いていたが、まさか、こんな近くにもいたとはな……営倉に放り込んでおけ」

「了解しました」


 すぐさま取り押さえられたケインが連れ出されると、彼の乱射した銃弾でシステムに損傷がないかチェックするように指示を出す。

 幸いなことに致命的な損傷はなかったものの、通信システムの一部が使えなくなってしまっている。

 それでもサブ回線に切り替えてことなきを得るのだが、事態は思ったよりも深刻な方向へと進み始めた。


──ドッゴォォォォォォン‼︎

 後方の中国艦隊のミサイル・フリゲート艦『江凱II型』が発砲を開始。

 その目標はアメリカ艦隊の駆逐艦であったらしく、一撃で駆逐艦は爆破炎上した。

 さらに江凱II型の二波攻撃は、同中国艦隊の駆逐艦『泰州』を襲った。

 まさかの同士討ちにより、泰州は中破炎上、さらに中国艦隊は次々と周辺の駆逐艦を目標に、攻撃を開始する。

 アメリカ、ロシアだけではない。

 近海に待機していたイギリス艦隊、オーストラリア海軍の船も、江凱II型はターゲットと認識して攻撃を始めていたのである。


「……回避行動‼︎ 中国艦隊が第三帝国に寝返ったのか!!」

「違います、江凱II型に対して他の中国艦も発砲を開始しました‼︎」

「なんだ、何がどうなっている?」

「司令、我が第七艦隊の駆逐艦二隻が艦隊から離れ、敵飛行船へと全速で移動を開始しました‼︎」

「通信入れろ、作戦を無視する気なのか‼︎」

「ダメです、通信繋がりません‼︎」


 中国艦隊、アメリカ艦隊から、次々と戦線離脱する船が現れる。

 全て、アドルフら第三帝国の同志によって針を打ち込まれた兵士により乗っ取られた艦隊であり、内部で待機していた親衛隊が速やかに艦艇を占拠したのである。

 アメリカ艦隊からは駆逐艦が三隻、ロシア艦隊からはミサイル巡洋艦が一隻と潜水艦が一隻。

 中国艦隊からはミサイルフリゲートが二隻と空母が一隻、各国の戦列から離れ、アドミラル・グラーフ・シュペーの直下へと向かうべく移動を始めている。

 さすがに中国は、江凱II型を廃棄処分するために駆逐艦らによって一斉砲撃を開始、江凱II型を中破炎上させて航行不能にしたが、一隻はそのままアドミラル・グラーフ・シュペーへと向かっていった。


………

……


 信じられない。

 ロシア艦隊司令のセルゲイ海軍少将は、目の前で起こった悲劇を目の当たりにした。

 飛行船からの砲撃により、キーロフ級ミサイル巡洋艦が二隻も撃沈された。

 すぐさま回避行動を取りつつも、飛行船に向かって砲撃を続けていたものの、アメリカ艦隊からの攻撃により砲門を破壊されてからは、再びバリアによって身を隠してしまった。

 しかも、ダメージを与えた感じは殆どない。

 

「海上に避難した者を救助‼︎ 駆逐艦は警戒を続けろ。つねに砲塔は飛行船を狙え、バリアが剥がれた時に打ち込め‼︎」

「……司令‼︎ 後方待機していたアドミラル・グリゴロヴィチ及びウラジーミル・モノマフが艦隊から離脱、飛行船へ向けて移動を開始しました‼︎」

「停止させろ、突撃命令などない‼︎」

「ダメです、通信切られました‼︎」

「……まさか、こんなところまで兵士を潜り込ませていたのか?」


 セルゲイは震える。

 予想外の戦力、敵は目の前の飛行船だけではなかった。

 以前から、ロシア各地で第三帝国の同志や親衛隊のものとも思われる事件はいくつも起き始めていた。だが、軍内部までその勢力が浸透していたとは予想だにしていない。

 それも、作戦行動中のフリゲート艦と潜水艦を持って敵に寝返るなど、予想などできるはずがない。

 モニター上には、各国の艦隊から離れて、飛行船のもとへと向かう艦隊の姿が映し出されている。

 どれも最新鋭艦ではなく、敢えて一世代前のものが寝返っていたのである。


「最新型となると、乗組員もしっかりとチェックされています。ですが、一世代前となると、やはりどこかに隙があったのでしょうなぁ」

「逆に考えるべきだ。最新鋭だと、勝ち目は無くなったかもな。我々に取っては、この程度の損傷で済んだのが奇跡的だと思っていい」

「いえ、最悪のケースでもあります。我々は、乗組員を人質に取られているようなものではないですか? 全ての乗組員が寝返ったとは考えられません」

「迂闊に攻撃はできないと……それは、各国同じ条件ではないか?」


──ドッゴォォォォォォン

 セルゲイの呟きの直後、アドミラル・グラーフ・シュペーへと向かっていた中国のミサイルフリゲート艦『江衛I型』が、音を立てて爆沈した。


「……さすがは中国。裏切り者には鉄槌を……か」

「容赦なくいきましたな。ですが、中国の空母からは戦闘機も出ましたが?」

「やられるわけにはいかない。su-33シーフランカーを出せ‼︎」

「スホーイ各隊は出撃せよ。ターゲットは中国艦隊空母から出撃した『敵性戦闘機』。識別コードを間違えるなよ」


 すぐさまロシア空母アドミラル・クズネツォフか、スホーイが発艦する。そして上空では、同じように発艦したアメリカのスーパーホーネットが中国の殲撃20型とドッグファイトに突入。

 ミリタリーマニアにしてみれば垂涎の空中戦が始まった。

 このタイミングで、各国艦隊は後方へと一時戦線を下げることにし、しんがりをアメリカとロシア艦隊が務めつつも、殲撃20型を退ける形となった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「針の効きが悪いな。予測では、各国の旗艦が我が艦隊に参列する予定だったはずだが」


 アドルフは、眼下の状況に少しずつ苛立ちを感じている。

 切り札であった針の効果が、予想よりも低いのである。

 それでも、アメリカの駆逐艦二隻、ロシアのミサイル巡洋艦一隻と原子力船一隻、中国の空母一隻を手に入れることができた。

 これだけの資材があれば、アマノムラクモのマーギア・リッターと同性能とまではいかないが、そこそこに戦えるものを作り出すことは可能なはず。

 もっとも、今の戦場で兵器開発のために時間を割くなど不可能であるため、今は、敵連合艦隊の殲滅を最優先しなくてはならない。

 後方へと下がるにも、アドミラル・グラーフ・シュペーを除けば敵戦力の方が高く、せっかく拿捕した資材を失う可能性が大きい。


「今一度、暗示を強くしなくてはなりません」

「そのためには、出力が足りない。そういうことか……まあいい、拿捕した艦艇に親衛隊を送り込め。針の影響下にないものに、針を打ち込むのだ。影響の弱いものにも追加投与、完全な兵士に作り変えろ‼︎」

「ハッ‼︎」


 アドルフの指示で、次々と兵士たちが艦隊へと移動する。

 そして作業の邪魔をされてはならないと、アドミラル・グラーフ・シュペーが艦隊の盾となる位置に降下して、後方へと下がっていく連合艦隊からの砲撃を受け止める役割を始めた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



『ピッ……状況に変化。各国艦隊の一部が戦列を離脱。敵飛行船の元に集まりつつあります』

『……連合艦隊は後方に下がり、様子を伺っているようですが、どうしますか?』


 あと30分で戦域に辿り着く予定だったのだが、まさかの艦隊の後方移動。まあ、合流可能なら、現状を把握させてもらうけどさ。


「微速前進に切り替え。ツクヨミの発艦、近くの艦隊の通信回線に割り込んで、状況を教えてもらってくれるか?」

「了解です。アメリカ第七艦隊に割り込みます」


 そのまま情報を確認してもらっている間に、マーギア・リッターで運んでもらったツクヨミを海上に下す。いくら改造したとはいえ、アマノムラクモの全速について来れるはずがないから、マーギア・リッター六機で輸送してきた。

 そしてツクヨミの準備ができたんだけど、戦域が後方に下がったおかげで、救助作戦も一部変更しないとならない。


「アメリカ艦隊からの報告では、現状は……」


 そのまま報告を聞いて、頭が痛くなってくる。

 何らかの理由で艦隊の一部が寝返ったこと、バリアを貫通できなかったため、飛行船の攻撃のタイミングでカウンター攻撃を行い、砲門を破壊したものの船体は無傷なこと。

 艦艇数では連合艦隊の方が圧倒的に多いものの、乗組員の全てが寝返ったのか、はたまた洗脳のようなもので操られているのかわからず、手を出さなくなっていること。

 それでも、中国艦隊は、敵前逃亡とみなして自国艦艇を撃破したらしい。


「他国に被害を出して後で揉めるぐらいなら、自分たちで始末する? ちがう、自国の船が後で調査されてみられるとまずいものがあるから破壊した? まあ、そんなところか……」


 しかし、要は、あの飛行船を破壊すればどうにかできるんだろうなぁ。

 バリアを消去して、その後で船体を破壊する?

 アマノムラクモならそれが可能だけど.…くっそ、踏ん切りがつかない。

 この位置からの超長距離射撃で攻撃したとしても、あのバリアをどうにかしないとならないぐらいは理解できる。

 情報が足りない。

 これ以上グズグスしていると、もっと被害が出るじゃないか‼︎


 


 

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