第33話・太平洋攻防戦・対第三帝国戦、開戦

 座標軸、北緯三十度、東経百七十度。

 その上空に、アドミラル・グラーフ・シュペーが停泊している。


 高度は50mまで降下し、まるでアマノムラクモのDアンカーを打ち込んだかのように、その場に静かに停泊していた。

 アドルフは待っている。

 ロシアを、アメリカを、中国を。

 ヨーロッパを、アジアを、オセアニアを。

 自分たちに敵対するものを。

 自分たちを認めないものを。

 第三帝国再興のために、闘争を始める。

 あの古い戦争を、再び起こすために。



「クラウス、大日本帝国は、まだ我々の枢軸国であるか?」

「今は、日本国となっています。戦後、彼の国は、枢軸国ではなくなりました。戦争に敗北したのです」

「では、日本国とやらも、我々の敵となるか?」

「それはありません。彼の国は、戦争のための戦力を保有していません。己が国を守る、自衛隊という組織があるだけです」

「哀れな……力を持ちながら、闘争に使うことを許されないとは……なんのための力であるか?」

「他国の侵略から身を守るため、ゆえに」

「詭弁だな。兵器は、たとえ身を守ろうが侵略しようが、力であることに違いはない。それを振るうということは、人を殺すということだ。殺す覚悟なき国に用事はない……無視しろ」


 アドルフは、かつての同盟国が力を失ったのが悲しかった。

 また、共に戦うならば、アドルフは日本を認めようと考えていたのであるが、残念ながら、日本は、アドルフにとっては『かつての友』でしかなくなった。

 ゆえに、手を出さなければ、何もしない。


「日本がそのような事態ということは、イタリアも、フィンランドも、ハンガリーも……」

「全て独立し、一つの国となっています。彼らは許されました。欧州連合という共同体によって守られています」

「哀れな……よかろう、我等に続くなら受け入れる。だが、前に立つならば破壊するだけだ。全砲門、射撃準備……」


 アドルフの掛け声と同時に、全ての砲門に砲弾が準備される。

 やがて、モニタ上には無数の艦隊の姿が見えてきた。



………

……



「……アマノムラクモが相手ではなく、まさかの第三帝国とは。大統領も人が悪いとしかいえないな」

「全くです。本国からの報告では、あの飛行船はアマノムラクモ式バリアを形成してあるとか。SUー57の30mm機関砲を全て弾いたそうですが」

「石狩湾の再来か。はたまた東京湾の悪夢か。アメリカ、中国、そして次は我が国が、未知の脅威と戦うハメになるとはな」


 全く困ったことだと、セルゲイ・アンドレーエヴィチ・ベーレンス海軍少将はマイク片手に苦笑する。

 これから艦隊に対して命じることは、いわば、犬死に近い。

 全艦隊の一斉砲撃と、航空部隊からの爆撃。

 これがアマノムラクモのように効果がない場合、次に待っているのは恐らくは飛行船からの反撃である。

 アマノムラクモとは違い、眼前の飛行船は砲撃準備を開始しているのである。

 可能ならば、初撃で戦闘不能まで持ち込みたいところであるが、果たしてどうなることやら。


「……司令、アメリカ艦隊から通信入りました。攻撃準備完了とのことです」

「……パワード大統領を動かすとは。さすがにアメリカも、単独で第三帝国を相手にしたくはないというところが」


 口元に笑みを浮かべるセルゲイ。

 そしてアメリカ艦隊からの、同時攻撃作戦開始の連絡を、静かに待つことにした。


………

……


 アメリカ第七艦隊。

 パワード大統領からの要請により、太平洋上に浮遊している第三帝国の飛行船を排除するため、あえてロシア艦隊との合同作戦を開始していた。


 旗艦ロナルド・レーガンでは、オスマン・ヘイワード海軍中将が時計を見ながら、各艦からの報告を、じっと待っている。


「第5空母打撃群直属ミサイル巡洋艦は準備完了です。第15駆逐隊はあと五分で指定座標到達、第5空母航空団は只今、準備完了とのことです」

「15分早いな。ロシア艦隊に連絡、定刻に作戦を開始すると」

「了解」


 すぐさまロシア艦隊空母『アドミラル・クズネツォフ』のセルゲイ海軍少将に連絡が届くと、アドミラル・グラーフ・シュペーの後方からロシア艦隊が接近を開始。

 キーロフ級ミサイル巡洋艦二隻と、ソヴレメンヌイ級駆逐艦ベズボヤーズネンヌイ、ボエヴォイ、ブールヌイ、ブィーストルイの四隻も行動を開始する。


「……ロシア艦隊より入電。作戦の成功を祈る、以上です」

「了解。それじゃあ……はじ……めるか」


 一瞬の目眩が、オスマンを襲う。

 だが、頭を軽く抑えて軽く振ると、もう一度正面を見据えた。


「作戦……ロシア艦隊の攻撃開始と同時に、我が第七艦隊は、ロシア艦隊旗艦を攻撃する……」

「????」


 艦橋の乗組員たちは、一瞬、耳を疑った。

 この緊張感をほぐすにしても、あまりにも悪い冗談である。

 そう思ってオスマンを見ると、当の本人は頭を押さえて椅子に座り込んでいる。


「オスマン少将、もう一度指示をお願いします」

「作戦通り。定刻に空母から航空戦力を投入。第三帝国の飛行船を爆撃……バリアによって打撃が与えられないならば、艦隊の一斉射撃を開始する。その際のターゲットは、飛行船左舷、鉤十字……」


 淡々と告げるオスマンに、乗組員たちはホッとする。やはり、先ほどの言葉は冗談であったと。

 

「……定刻です‼︎」

「作戦開始。第三帝国殲滅作戦を開始する‼︎」


 オスマンの叫び声と同時に、全ての艦隊が速力を上げて移動を開始。それに呼応するかのように、ロシア艦隊はアドミラル・グラーフ・シュペーの左舷後方へと移動する。

 迂闊に左右に展開すると挟撃になり、お互いの艦隊を攻撃してしまう。そのため距離と角度をつけて艦隊を移動させている。


 そして艦隊後方から、アメリカ第七艦隊の航空母艦からmk84爆弾を搭載したスーパーホーネットが発艦。

 真っ直ぐにアドミラル・グラーフ・シュペーへと距離を詰めていくと、一斉に爆撃を開始した‼︎


──ドドドドドドトドッ‼︎

 大量の爆弾の直撃をバリアに受けるアドミラル・グラーフ・シュペー。

 だが、バリアーを破壊することはできず、爆炎が風に靡いて後方へと流れていったあと、無傷の船体が浮かび上がっていた。


「観測機より入電、対象の被害はありません。あの見えないバリアによって、ダメージが通っていません」

「ロシア艦隊は?」

「第二段階に移行、ミサイル巡洋艦と駆逐艦の砲撃が開始されました‼︎」


──ドゴォォォォォッ

 ロシア艦隊が砲撃を開始する。

 130mm連装速射砲の爆音が響き、キーロフ型からは艦対艦ミサイルが一斉に発射される。

 キーロフから撃ち出された対艦ミサイル『P-700グラニート』はアドミラル・グラーフ・シュペーの左舷鉤十字に向けて飛来し、直撃する。

 だが、爆炎が消えた時、アドミラル・グラーフ・シュペーには傷一つついていなかった。


「敵飛行船、砲門動きました‼︎」

「観測!」

「ロシア艦隊、キーロフです」

「敵艦の発砲と同時に、砲門目掛けて打ち込め‼︎ まさかバリアを張ったまま攻撃はできまい!」

 

 万が一、初撃、二撃目でバリアが破壊できなかった場合。相手の反撃のタイミングに合わせて、カウンターで砲撃を開始するように各国艦隊に連絡は入れてある。

 そして、その反撃はロシア艦隊へと砲門を向けていたのである。


「我々が囮となるか、ロシアが囮となるか……賭けには勝った感じだな」

「ロシア艦隊は最大船速で蛇行を開始しました」

「まあ、最悪はあれか? アンカーを落として海上ドリフトぐらいは見せてくれよ?」

「艦長、それは映画の世界です」

「今の現状も、同じようなものだ‼︎ 本気でミズーリを投入して欲しくなるわ‼︎」


 オスマンが叫ぶ。

 それと同時に、アドミラル・グラーフ・シュペーも一斉に砲撃を開始した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「バリアの損害を報告せよ」


 一度目はアメリカ戦闘機による爆撃。

 そして二度目のロシアのキーロフ級ミサイル巡洋艦からの、対艦ミサイルによる一斉射撃。

 流石のアドルフでも、焦りを感じているのは事実である。

 論理的、理論的にも地球上の兵装でのバリア貫通はありえない。だが、そのもしも、を見せるのが戦争である。


「初撃ではダメージありません。ですが、二撃目でバリア出力が75%まで低下。出力を定位置まで上げるには35分掛かります」

「露払だ。あのミサイル巡洋艦は潰せ‼︎ バリアを2秒解除、砲撃のちバリアを再展開‼︎」

「再展開では、バリアは60%まで低下です‼︎」

「構わん‼︎」


 アドルフの叫びと同時に、バリアが解除。

 そしてキーロフへの一斉砲撃を開始し、すぐさまバリアを展開したのだが。


──ドゴォォォォォッ

 アドミラル・グラーフ・シュペーが大きく揺れる。

 たった二秒で敵攻撃が直撃するはずないとたかを括っていたのだが、アメリカ艦隊からの砲撃はアドミラル・グラーフ・シュペーの左舷砲門を四つ破壊した。


「バリアまだか‼︎」

「展開完了です‼︎」


──ドゴォォォォォッ

 再びの爆音だが、今度はバリアによって全てを阻むことができた。


「被害状況の報告を」

「左舷砲門の二、三、五、六番を破損、その周辺装甲に亀裂。火災はすぐに鎮火しました」

「地球上の兵装での装甲強化には、やはり限界があったか……」

「総統閣下。鹵獲したゴーレムの素材は用いなかったのですか?」

「アドミラル・グラーフ・シュペーの統括管理システムに用いている。だからこそ、このフィールドシステムがあるのだ……」


 アドルフの体を構成しているのも、鹵獲したゴーレムのオリハルコンとミスリル軽合金。

 そこからバリア制御システムに必要な分を取り出して使用しバリアを維持しているのである。


「出力戻ったか?」

「ハッ‼︎ バリアシステム正常値まで、あと25分です」

「よろしい。しかし、こうなると双方ともに手が出せなくなるな……」


 口元に笑みを浮かべ、アドルフは椅子の左右にあるボタンに指をかける。


「第二作戦に入る。バリア出力を一定に保つよう」

「ハッ‼︎」


 アドルフは笑いながら、椅子のボタンを静かに押した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



『ピッ……キーロフ級ミサイル巡洋艦撃沈。二隻とも破壊されました』

「予想よりも動きが速すぎる‼︎ マーギア・リッターを出してくれ、海に落下した怪我人の救助任務に向かわせろ‼︎」

『ピッ……危険です、容認できません。マーギア・リッターが鹵獲された場合、純粋に敵戦力が増えるだけです』

「そんなことを言っている場合かよ‼︎ 被害者がどんどんと増えるじゃないか‼︎」

『ピッ……ミサキさま、冷静に。マーギア・リッターが鹵獲された場合の危険度は計測不能です』

 

 そんなことはわかっているんだよ。

 でも、海の向こうでは、ロシア艦隊に被害が出ているんだ。戦争なのは理解できるが、それを黙って見ていられるかって。

 これが、日本の自宅で、テレビやもパソコンで見た映像なら、俺には何もできないからここまで憤ることはないよ。

 でも、今は、なんとかできる力がある。

 それをどうにかして有効活用したいんだよ。


「マイロード。救出部隊の準備が完了しました。救出用に調整したサーバント20名、すでに救出艦にて待機しています」

「……ヒルデガルド、救出艦ってなんだ? そんなものを用意してもらった記憶はないんだが」

「イエス。ですから、使えるものを改造しました。元フランス海洋観測艦プルクワ・パ改め、アマノムラクモ所属救護艦『ツクヨミ』、出撃準備完了です」


 え?

 なにそれ?


『……こんなこともあろうかと、プルクワ・パの改装は終えてあります。魔導システムは搭載していますが、いつでも自爆可能です。今から向かわせるにしても時間が掛かりますが、アマノムラクモで近海まで移動してからの出撃でしたら』

『ピッ……トラス・ワン、恐ろしい子』

『……ワープシステムまでは手が回りませんでした。それと、波動エンジンは搭載されていません』

「アマノムラクモ出撃‼︎ Dアンカー解除、目標座標はアメリカ艦隊後方。到着後にツクヨミにより救助作戦を開始する‼︎ ナイスだトラス・ワン!」


 本当にナイスだ。

 ありがとうヒルデガルド、トラス・ワン。

 あと、オクタ・ワンが知らないはずないよな?

 それでもお前は、アドルフの存在が危険と判断したんだな。

 それでもいい、アマノムラクモはあの巨大飛行船には近寄らない。

 最悪の場合は、艦隊戦でもいい。

 本気でやらないと、さらに最悪な事態になるからな。

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