第32話・太平洋攻防戦・一方的な戦争のはじまり
信じられない。
それが俺の最初の感想だった。
アルゼンチンでサーバントが破壊されたから、可能な限りの対策をおこなってきた。
全てのサーバントのフレーム強化から始まり、通信システムへのハッキング対策、結界の強化と周辺領海海域への探査ブイの追加設置。
他国の情報収集では、あちこちの国内で親衛隊もしくは第三帝国の同志による襲撃事件や要人暗殺が始まっている。
それらを阻止すべく、各国の特殊部隊も徹底抗戦の構えであったにも関わらず、アドルフたちの足取りが追えなかった。
それが、つい先程、突然、確認できたのである。
オクタ・ワンからの報告で、ロシア上空に巨大な飛行船が現れたという報告を聞いて、俺はまさかと動揺してしまった。
『ピッ……詳細映像、だします』
オクタ・ワンの無機質な声と同時に、ロシア・モスクワ上空が映し出された。
そこには銀色の船体に赤い鉤十字が記されている。
全長800メートルの巨大飛行船がゆっくりと飛行しており、周辺にはロシアの戦闘機が飛び交っている最中である。
「一体、なんなんだよ……あれは、なんだよ?」
『ピッ……外見からの判断ですが、過去にドイツが保有していた飛行船グラーフ・ツェッペリンかと思われます。まあ、サイズは三倍以上ありますが』
「ハーケンクロイツかよ……アドルフは本当に、第三帝国を再興する気なのかよ。ロシアの反応は?」
『ピッ……市民の避難誘導が始まっています。また、戦闘機の攻撃も開始されましたが、ロシア方面の回線がジャミングされていまして、動向が掴めません』
衛星軌道からの確認で、トラス・ワンが発見したらしい。オクタ・ワンでも、その存在には気が付いていなかったらしいから、かなりの隠密性があったのだろうと思われる。
──バシッバシッ‼︎
そして、戦闘機の攻撃にも関わらず、グラーフ・ツェッペリンもどきには直撃しない。
明らかに、船体手前にフォースフィールドらしきものが形成されている。
さすがに市街地上空ともあってミサイルは使用していなかったが、そもそも機関砲を撃っているのが見えた時点で、かなり追い込まれていたのが理解できる。
そして、それらの攻撃を全て無視して、グラーフ・ツェッペリンもどきは、のんびりと西へと飛んでいく。
敵などない、我の航路は誰にも止められないと、いわんがばかりに。
「……アマノムラクモも、あんな感じだったんだろうなぁ……客観的に見て、本当に脅威なのは理解できるわ」
「マスター、各国外務省関連からの通信あります。ロシア上空の飛行船は、アマノムラクモの関係者か何かかと?」
「無関係だと返信しろ。あんな化け物と関係者だなんて思われたくもないわ」
思わず、自分たちのことは棚に上げて叫んじまったよ。でも、本当にそう思ったのだから、仕方ないだろう。
「トラス・ワン、戦力データの解析は可能か?」
『……映像だけでは、どうにも。フォースフィールドの対弾性程度なら、張力計算から仮想算出できますが、およそアマノムラクモの半分程度かと。それ以上は無理です』
「半分もあるのかよ……地球の兵器じゃ無理じゃねーか」
『ピッ……いえ、あります。ですが、それを使うのは愚策でしかありません』
「あるって……ああ、そういう事かよ。そりゃあ、どこの国も使わないわ」
核兵器な。
そうか、それならいけるのか、それしかないのか。
「ちなみにだけど、アマノムラクモが核攻撃に曝されたら?」
『フォースフィールドで阻害できますが、周辺海域は生き物が住めなくなります。フォースフィールドでは、放射能はカットできませんので』
「艦内に被害は?」
『ピッ……不確定要素ゆえに、返答不能です』
「まじか。トラス・ワン、グラーフ・ツェッペリンもどきの追跡を頼む」
『……了解です』
『ピッ……アマノムラクモ近海の各国艦隊が移動開始です。それぞれ母国に向かう模様ですが』
「そっちは無視していいわ、どの国でも今更ながら対策に追われているんだろうな」
画面を睨むように見ていると、ふと、グラーフ・ツェッペリンもどきが点滅したかと思うと、フッと姿を消した。
「まさか次元潜航までするのかよ?」
『……光学迷彩の一種です。姿を消したのと同時に、急加速で上昇し、モスクワから離れているのかと思われます』
「根拠は?」
『……重力波動を感知していません』
「追跡は可能か?」
『……衛星のシステムに依存する監視となりますので、これ以上は不可能です』
「アマノムラクモに近づいたらわかるか?」
『ピッ……我々の観測システムは無敵です。領海内まで近接する前に発見可能です』
それでも約22kmまでは近寄られるのか。
そこまで近寄られたら、奇襲される可能性の方が高いか。
「引き続き監視体制の強化、少しでもおかしいところがあったら、すぐに教えてくれ」
『ピッ……了解です』
『……了解』
遠く離れた俺でさえ、動揺以上の状態なんだから。
ロシアなんて、とんでもないことになっているんだろうな。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
同日、少し前。
突然、モスクワ上空に巨大な飛行船が姿を表した。
高高度から降りてきたのではなく、何処かから高速で飛来したのでもない。
突然、現れたのである。
すぐさまロシア空軍がスクランブルを発令、警告のために飛行船へと飛んでいった。
そして、その船体に描かれている国旗に、パイロットたちは驚愕した。
まさかのハーケンクロイツ、そしてつい最近になって各地に出没している第三帝国の親衛隊。
アマノムラクモから極秘裏に、国連に第三帝国の存在が指摘されていた。
常任理事国はその報告を真摯に受け止め、ある国は対策を、またある国は嘲笑しつつ様子を伺っていた。
そして同日より、世界各地で第三帝国のものと思われる破壊活動や暗殺が行われ始めたのである。
それらの被害国はポーランドやイギリスをはじめ、第二次世界大戦において連合国であった国ばかりである。
まだ被害を受けていない国もいくつか存在するが、それらの国も、他国からの情報を受けて、第三帝国が暗躍しているのだろうと予想はしていた。
そこに来て、この飛行船の出現である。
「すぐにモスクワ市民の避難誘導を始めろ‼︎ 身に付けられる貴重品以外は何も持ち出すな、全て政府が保証する、時間を最優先しろ‼︎」
フーディン大統領の檄が飛ぶ。
まさか、第三帝国が?
何故、我が国に?
そう考えるのもやむなしであろう。
だが、フーディンの執務室で、彼の目の前に、突然アドルフが姿を現したのである。
『貴君が、ロシアの代表かね?』
風貌、口調、それらが本物であるかなど知るものは、今はほとんど存在しない。
しかし、写真などの記録映像で、その姿は本物と酷似しているのは理解できた。
「本人か? それとも、アドルフを語る偽者かね?」
『ふっふっ。映像であるが、貴君らが歴史上、よく知っているアドルフであるよ。まずは、宣戦布告と、耐久テストの協力、感謝する』
フーディンには、彼が何を言っているのか瞬時に理解した。
あの目に見えない壁、アマノムラクモにも搭載しているあの壁の、実戦テストをロシアでおこなったというのである。
「……宣戦布告とは?」
『動じないか。宣戦布告であるよ。我々は、この世界で、我らに仇をなす存在全てと戦おう。我等に従うものについては、その誠意を見せるが良い。また、我々と正面からやりあうのであれば、我らはいつでも歓迎すると、伝えておこうではないか』
──ガァンガァン‼︎
素早く銃を抜き出し、映像のアドルフの眉間を穿つ。
当然通過して壁に銃痕を残すだけなのだが、フーディンは涼しい顔である。
『よかろう。無辜な人々には手を出さないでやろうではないか。我々は洋上にて待つ。そこで、己の国の無力さを思い知るが良い』
「亡霊の戯言など、耳に入れるのも不快だ……」
『では……』
それだけを告げて、アドルフの映像は姿を消した。
その足元に、小さなボタンが落ちていたのを、フーディンは今更ながら見つけることができたのである。
「ここまで入ることができるのか。全ての人員のチェックのやり直しから始めさせるか」
そう呟いてから、フーディンはホットラインを手に取る。
滅多に使うことのない、アメリカ・ホワイトハウスへの直通回線。
それで、現在、目の前で起きた真実を、アメリカへと通達したのである。
………
……
…
ホワイトハウスでは。
国防省から届けられたロシアからの書簡を見て、パワード・ブレンダー大統領は絶句するしかない。
まさかの第三帝国の奇襲、攻撃こそ受けていなかったものの、かなり深いところまで敵の侵入を許してしまったのである。
本来ならば、このような失態を外に出すようなことはないのだが、その存在自体が、それよりも危険であると認識したからこその連絡なのであろう。
協力を頼みたい、とか、共同戦線を行いたい、という連絡ではない。
起こったことを全て、包み隠さずに報告しただけである。
「……各方面軍に通達。デフコン4発令……対象は第三帝国、迅速かつ丁寧に情報を集めろ。のち、デフコンレベルを引き上げる」
すぐさま各方面軍が活動を開始する。
そして夕方には、デフコンは3まで引き上げらることになった。
………
……
…
「ロシアの上空の飛行船はなんなんだ? 情報が錯誤していて、詳細が掴めないぞ?」
「ロシア大使館からの連絡はありません。あちらも情報を集めている最中かと思われますが」
「インターネットの映像は使えるか? あの巨大な飛行船の奴だ‼︎ 急げ、夕方のニュースまでには間に合わせろ‼︎」
日本の報道関係者は大忙しである。
アマノムラクモに張り付いていれば、そこそこの視聴率が稼げると思っていた矢先、今度はロシア上空の巨大飛行船の登場である。
しかも、その船体には鉤十字が大きく記されていたというので、報道関係者は大慌てである。
そんな最中、国会でも緊急事態宣言を発令し、防衛省に対して警戒レベルの引き上げを指示。
だが、そこに茶々を入れるのが野党である。
「まだ情報が錯誤している状況で、何故に、警戒レベルを上げる必要があるのか?」
「自衛隊の派遣を考えているというが、まだその時期ではないのではないか?」
「正確な情報を政府は掴んでいないのか? 何をしてきたんだ!」
ダメ押しと言わんばかりに、政府を追求する野党とは裏腹に、とある政党ではロシア方面の情報は掴んでいた。
「あの飛行船が、第三帝国を名乗るものたちのものであるとして。現時点での被害国はゼロか」
「いえ、情報筋では、アルゼンチン海軍の潜水艦も、第三帝国に拿捕されたという証言もあったようですが、どうしますか?」
「どうもこうもない。我々の主張は一貫している。その都度、マスコミが発行している週刊誌などに踊らされている奴らとは違う。『自衛隊は違憲である』、『海外に自衛隊を派遣することは認めない』。これだけだ」
全くブレない。
ブレブレの政党と首尾一貫している政党、そしてとある国に忖度する政党と、日本の政治はガタガタである。
それでも、まじめに日本を考えている政治家も少なくない。
この選挙期間に、どれだけの票が集められるかが、彼らの手腕であろう。
なお、ロシア上空の飛行船に関する日本の対応を決める審議については、野党は審議拒否を示した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日、太平洋上空。
高度500mにアドミラル・グラーフ・シュペーが突然姿を表した。
公海上に突如現れると、その場で停止し、周囲を窺っている。
「総統閣下。このような場所で、何をするのですか?」
「……待っているのだよ、世界各国の軍隊を。すでに針を打ち込んだ兵士を知らずに配備している艦隊もあるだろう? 今の我々の戦力は、まだ、このアドミラル・グラーフ・シュペーのみだが、間も無く、世界中の艦隊が、我々の手駒となる……」
半ば狂気を孕んだ笑みを浮かべ、アドルフは笑い始める。
だが、この艦内で、アドルフの言動を疑うものなど存在しない。
知らず知らずのうちに、彼らもまた針を打ち込まれ、目の前のアドルフに『絶対なる忠誠』を誓っているのだから。
そしてアドルフは、艦内正面のモニターを見る。
そこには、針を打たれた兵士を乗せた艦隊が、アドミラル・グラーフ・シュペーを攻撃するために移動してきているのが見えていた。
「始めようではないか‼︎ 我が闘争を。世界よ、これが、我が第三帝国だ‼︎」
絶叫とも言える声が艦内に響く。
そしてアドミラル・グラーフ・シュペーの表面装甲が開くと、まるで剣山のように砲門が姿を現した。
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