第31話・悪夢の再来・敵性存在と、味方の存在

──キーン……キーン……


 静かに海中を進んでいる、サンタクルス級潜水艦三番艦『サンタフェ』。

 アドルフら第三帝国の親衛隊によって奪われ、現在はアルゼンチン海岸の包囲網を、まるで無人の野を進むかのごとく、堂々と海中を移動している。


「……なぜ、アルゼンチンの兵士たちには、我々が見えていなかったのですか?」


 クラウス・ゲーレンは、船内で堂々と正面を見据えているアドルフに問いかける。

 このサンタクルス強奪作戦など、元々のクラウス達の作戦には存在しない。

 アドルフが今後の作戦をすべて破棄し、彼の指示により行ったにすぎない。


「君たちに配布した腕章のおかげだな。それには『認識阻害』の術式が組み込まれている、それをつけている限りは、常人には、我々の姿など見ることはできないだろう」


 アドルフが即興でつくった魔導具『認識阻害の腕章』は、それを装着しているものを認識させなくする効果がある。

 もっとも、効果があるのは対象が生身の人間だけであり、監視カメラなどに映し出された場合などは阻害することはできない。

 それでも、わずかな時間でサンタフェを強奪し、海軍の包囲網を抜けているのは異常である。


「しかし、海上で我々を捜索している艦隊から逃れられるとは思いませんが?」

「まあ、普通ならばな。そのあたりは、私がうまくジャミングしているから問題はない。まずは、この潜水艦を改造したいところだな……施設はあるか?」

「はい。民間の企業が持つドックですが、我らの同志たちが管理している場所があります」

「では、そこに向かうとしよう。かなり大掛かりな改造をしたいところだ……資材はあるかね?」

「現在、建設中の戦艦が二隻ほど」


──パンパン

 クラウスの返答に納得し、アドルフは軽く手を叩く。


「よろしい。では、到着次第、始めるとしよう。我らが母艦であり、世界最強の航空戦艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』の建造を」

「ハッ!」


 一斉に右手を掲げる親衛隊員たち。

 その光景を満足したのか、静かに頷きつつアドルフは椅子に座る。

 まずは、どこからやるべきか。

 我が祖国を名乗るドイツか?

 宿敵であるロシアか?

 それとも欧州連合軍か。

 これからやるべきことが多いが、それもまた一興。

 戦争は、楽しくなくてはならないからな。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アルゼンチン海軍基地からサンタフェが消失した事件は、各国諜報員から本国に連絡が届けられていた。

 アルゼンチンとしても、領土内のことゆえに可能な限りは隠し通したかったのであるが、ここに来て状況は一変した。

 アドルフらが参入しサンタフェに乗り込むのを、他国の諜報員がカメラに収めていたのである。

 これは本当に偶然であり、就航間もないサンタフェを調査するためにカメラを構えていただけであったが、偶然にも、その映像の中にアドルフらの姿が映っていたのである。


 すぐさま本国ロシアに連絡が入ると、フーディン大統領の耳にもそれが届く。


「第三帝国の亡霊だと?」


 常識的に考えても、それはなんの欺瞞工作かと頭を捻るレベルであるが、こと、アマノムラクモから国連に入れられた緊急事態について、その内容であるアドルフの復活についての報告を受けたばかりである。


「おそらくは、アルゼンチン海軍のなんらかの作戦行動を隠すためのものかと?」

「……君は、そうか、あの話は聞いていないはずだったな。各国に配備している諜報員たちに、最重要命令として伝えたまえ。『アドルフ・ヒトラー』が甦り、暗躍を開始したと」


 それだけを告げて、フーディンも議会場へと向かう。

 まだアドルフ復活については、民衆に伝えるには早すぎる。だが、議員たちは、それも諜報員と軍上層部には伝えておくべき急務であると考えた。


「アマノムラクモの次は、第三帝国の亡霊たちか。全く、面倒なことを増やしてくれる」


………

……


 ロシア諜報部がアルゼンチンで入手した第三帝国の映像は、同じようにサンタフェを調査していたアメリカも確認している。

 すぐさまパワード大統領の耳にも『アドルフが活動を開始した』という報告は届き、極秘裏にCIAが活動を開始している。

 他国との連携をどうするべきであるか、これが重要な課題ではあるが、今はまだ、そこまで手を回す必要はないと判断した。

 アマノムラクモの報告が正しければ、アドルフたちは、アマノムラクモをも凌駕する技術を持っているかもしれないのである。

 うまく立ち回れば、その技術はアメリカにも大きな恩恵をもたらすだろう。


「可能な限り、第三帝国の足跡を追いかけろ。他国に遅れをとることは許さない、特にロシアと中国よりも先に、情報を得てくるのだ」


 大統領自ら、陸海空軍に指示が飛ぶ。

 同時に、他国の諜報員たちも動いているはずだから、そちらの動向も警戒しなくてはならないと。

  

………

……


「どうやら、ロシアが第三帝国の活動を確認しました。アルゼンチン海軍基地から、サンタフェを奪取して何処かに逃走したようです」

「アメリカに送り込んだメンバーからの報告は?」

「アメリカも動いているようですが、細かい指示などは確認取れていません。ですが、早期警戒機などが南米方面の公海上を移動しているとのことです」


 中国は、アルゼンチンで起こった出来事については確認が取れていない。

 だが、ロシアとアメリカに送り込んだ諜報員からの報告を受けて、第三帝国が本当にいるかもしれないと、存在の可能性を引き上げたのである。


「首席にも報告を頼む。しかし、アメリカとロシアが動いているのなら、アマノムラクモにも、二国の動向はバレているだろう。アマノムラクモ近海の艦隊に連絡しろ、アマノムラクモがなんらかの活動を開始したなら、速やかに追従して調査するように」


 必要ならば、本国から追加の艦隊を送ることも検討すると、最後に付け加えてから、中国情報局は通信を終了した。


「リン代表、今の通信ですと、アマノムラクモに傍受されている可能性がありますが?」

「むしろ、そうあって欲しいところだよ。中国はアマノムラクモには手を出さない、我々の目的は、第三帝国ですよとアピールできるのだからな?」

「なるほど……情報戦ですか」 

「傍受されているなら、の話だ。もっとも、向こうの作戦参謀なら、それぐらいは理解できると思う。その上で、こちらの意図がバレているとしても、向こうの行動を阻害できるかもしれない。陸で活動している別部隊には、暗号通信で調査続行を送れ」


 一つ一つ、詰将棋のように指示を開始するリン代表。中国国家安全庁は、現時点での活動を『対第三帝国』にシフト調整を開始した。

 忌々しいアマノムラクモのテクノロジーに匹敵する存在、そんなものを他国に渡すことなど許されるはずがないから。


………

……


『アルゼンチン海軍基地で、新型潜水艦が消滅した』

『また極秘実験か何かに失敗したんじゃねーか?』

『わからんなぁ。次の四番艦の建造は中止だったよな?』

『ドイツが受け入れを拒否したからだろ? まあ、潜水艦の技術なら、我が祖国こそ世界最強だからな』

『日本の潜水艦技術も凄いと思うが、それについては? 意見求める』

『あれは、我が韓国の技術をパクっただけだ。本当に、他国のいいところだけ勝手にパクって自国が開発したみたいにいうからな』

『ははは、間違いない。次の日韓合同演習では、日本は恥をかくことになるだろうさ』

『それよりも、アマノムラクモ、どう思う?』

『すごく、大きいです』

『流石に、あれを韓国由来とはいえないよなぁ』

『でもよ、あの形って、うちのアニメのあれ、なんだかって作品にも出ていたよな?』

『なんだよ、うちのパクリじゃねーか、最低だな』


 韓国のネット内は、極めて平和であった。

 崔大統領の停職から始まった政権交代劇が始まったにも関わらず、今もなお情報が複雑怪奇に絡み合って国内は混乱の極みにある。

 いくつもの党派が、次の大統領には我が党からと、有力政治家を後押しする一方、押し付けられた政治家は乗り気ではなく、今のこの混乱の極みにある韓国を自分が立ち直らせることなど無理と判断しているものが多い。

 韓国政治家にとって、本当の敵は自国民であることを、彼らも知っているのであるから。


 日々、テレビで流れる政見放送。

 今の崔元大統領は、どんな気持ちで見ているのだろうか。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモでは。

 

『ピッ……ミサキさまに報告です。アルゼンチン海軍基地で新型潜水艦サンタフェが消失。各国諜報部では、第三帝国の手によるものである可能性が高いと判断し、調査が開始されています』

「……まじか」

『ピッ……日本語翻訳プロセッサーは導入されています。本気と書いてマジと読むってやつですね?』

「いや、そっちの返事はいらないんだけどさ、まあ、正解。サンタフェの航続距離はどれぐらい?」

『ピッ……アマノムラクモまでは楽勝かと。南米最南端経由からのアマノムラクモまでが17000kmほどですので。真っ直ぐに日本まで向かえます』


 もしもサンタフェにアドルフが乗り込んでいたら。

 うちの諜報員の記憶から、アマノムラクモの座標ぐらいは割り出しているはず、いや、国際的に座標は公開しているから、速やかにここにくることも考えられる。

 まだアドルフの強さについては、理解しきれていない。それどころか、素手でゴーレムを破壊するアドルフしか知らない。

 常人には不可能だろうと思いたいところだが、同じような戦闘力を親衛隊が持っていてもおかしくはないからな。

 警戒はしたほうがいいし、対策は練った方がいい。


「警戒体制を厳重に。緊急時にはマーギア・リッターを出すことも考慮してくれ。まあ、人間サイズ相手にはオーバーキルかもしれないが、ぶっちゃけ人間サイズのマーギア・リッターと思っても、おかしくなさそうだからなぁ」

『ピッ……マーギア・リッターの出力なら、サーバントの頭部を潰すことは可能です。ミサキさまの例えは間違いではないです』

「……まじか」

『ピッ……日本語プロセッサーは』

「同じネタはいいから、とにかく警戒を強く。トラス・ワンは警戒体制の管理を頼む、オクタ・ワン、他国の状況は?」


 そこも重要。

 まあ、アルゼンチン海軍基地での動きなら、他国の諜報員ぐらいなら動いているだろうからさ。


「マスター、他国の諜報員も活動を開始しています。ロシアと中国、アメリカはすでに調査を開始、付け加えますと中国はアマノムラクモの動きも見ているようですが」

「うちらがどう動くのか? それに合わせて活動するってか。最善の一手かもなぁ……まあ、そこは無視していいよ、ただ、戦闘になった場合は巻き込まないように注意な」

「イエス。全サーバントに通達します」


 少しでも情報は欲しい。

 幸いなことに、うちは情報戦では他国の追従を許していないと自負しているからね。


『ピッ……オリハルコン合金の精錬は、進行しておりますか?』

「まあ……金属としての概念を超えた金属にしたいからさ。魔力を流し込んで強度を変化させるのは可能なんだけど、サーバントの擬似魂じゃあ、抽出する魔力が少ないからさ」

『ピッ……擬似魂の強化も推奨します』

「そこもだよなぁ……了解、少し調べてみるよ」

『それがよろしいかと』


 やることは大量、制限時間は不明。

 『納期については、◯△日ですが、なるはやでお願いします』っていう企業を相手した時を思い出したよ。

 しかも、どう計算しても納期はギリギリなのに、文句を言ってくるやつな。

 まずは、俺は俺のやるべきことをやる。

 だから、他国も頑張れ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 

 白地に赤の文字。

 全長800mの巨大な飛行船。

 形状はグラーフ・ツェッペリンに酷似しているが、全長は三倍以上。

 各種武装を搭載しており、総重量を考えると『飛ぶはずがない』飛行船に仕上がっている。


 第三帝国再興を唱える親衛隊員によって建造されていた戦艦を、アドルフが術式処理により変形し、再構築した。

 ここまでの工程が、約一週間。

 その間、親衛隊および同志たちは、世界各国で暗躍を続けている。

 任務遂行のために『針』を用い、他国の兵士との戦いにおいては、最後は自決して証拠も残さない。

 『記憶』という最大の証拠さえ残さなければ、誰もアドルフたちの足跡を辿ることなどできない。

 

 戦闘は、どの国でも過酷なものになっていた。

 軍上層部に潜伏していたもの、政治家となって暗躍していたものなど、それなりの立場についていたものたちもいた。

 それでも、各国の諜報員・特殊部隊は次々と親衛隊を探し出し、情報を得るために戦闘を行なっていた。


 全ては、『アドミラル・グラーフ・シュペー』を完成させるために。


「しかし……報告には、例のゴーレムの諜報員との交戦記録はないが」

「ハッ‼︎ アマノムラクモに対しては、我々の同志でも潜入は不可能であります。アマノムラクモは独自の侵入阻害システムを持っているのかと」

「……まあいい。とりあえずは、今の計画を進めるだけだからな。針の制御システムの搭載が完了次第、『A(アドミラル)・G(グラーフ)・S(シュペー)』の発艦を始めるとしよう。世界に、我らの旗を翻す時が来るのだよ」


 両手を広げて、ワナワナと震えるアドルフ。

 その前では、集まっていた親衛隊が、右手を高く掲げていた。

 


 

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