第35話・太平洋攻防戦・緊急事態‼︎

 目の前のモニターには、戦場となった海域が大量に映し出されている。

 爆沈した船からかろうじて逃げ延びたもの、逃げられずに爆発に巻き込まれ、海上を漂うもの。

 各国の救助艇が可能な限り救出していたらしいが、戦域からの撤退を余儀なくされたために、未だ助けられず漂うものもある。


「……」

『ピッ……冷静な判断をお願いします。この戦争に我々が加担する必要はありません。対象者は、何らかの理由で加護を得た存在、最悪のパターンを想定する事をお勧めします』

「……アドルフが神の加護持ちで、サーバントを素手で破壊できる。その技術力か魔導力か知らないけど、それで巨大な飛行船を建造して、第三帝国を復興する。それ以上の最悪のパターンってなんだよ?」


 思わず声を荒げてしまったが、そうでもしないと頭の中がぐるぐると話回り続けるんだよ。

 性善説じゃ納得できない。

 なんで第三帝国なんてものが、なんでアドルフが加護を得た?

 どこの神が、なんの理由で?


『ピッ……最悪のパターンは、アマノムラクモが奪われる事です。そのさい、私とトラス・ワンが自爆を発令しますが、そのまえに我々自身が書き換えられるパターンも想定しています』

『……すでに、幾度となく未知の通信回線からの介入があります。他愛のないレベルの回線侵食ですので、プロテクトが抑えています』

「……悪かった。この後の想定される被害はわかるか?」

『ピッ……第三帝国は、敵国家の艦隊を何らかの理由で奪い取っています。それが人質として機能している現在は、双方ともに手を出せません。いえ、正確には、『連合艦隊』が、手を出しあぐねている状況です』


 それでいて、アドルフたちは、船の被害を修復しているのか、もしくは次の作戦のために何らかの活動をしているのか。

 

「ツクヨミで救助作戦を行った場合は?」

『……おそらくですが、敵指揮下となった艦隊からの砲撃で破壊、のち残骸は回収でしょう』

「あのバリアを破壊して、飛行船を直接破壊するしかないか」

『ピッ……アマノムラクモの砲撃では、周辺海域に甚大な被害が出るかと思われます』


 今使える兵装はと、色々と調べてみたが。


 78口径・三連装魔導パルスカノン

 フォースバルカンカノン

 時空潜航型誘導弾

 マナ・ファランクス

 マーギア・リッター

 戦闘型サーバント


 ここまで。

 そしてパルスカノンでは、周辺海域が蒸発する熱量が一直線に飛んでいくのと、直撃時に飛散するエネルギーで敵艦隊は融解する。

 当然、海上でまだ救出されていない人々は、一瞬で蒸発するだろう。

 フォースバルカンカノンではと計測すると、今度は、あのバリアを貫通できるかわからないらしい。

 そしてパルスカノンほどの熱量ではないものの、やはり周辺海域が高温化する。

 時空潜航型誘導弾だと、直撃するまでの被害はないものの、やはり艦隊は確実に巻き込む。

 マナ・ファランクスは上下左右に無数に展開できるが、今度は火力が足りない。


 マーギア・リッターとサーバントは拿捕される恐れがあるので、当然ながら却下だ。

 くっそ、戦闘のプロでもないと、この状況をどうにかできる方法がないのかよ。


「マイロード。新しく作られた私たちの体でも、アドルフには勝つことができないのですか?」

「データが足りなすぎるんだ。やるなら、確実に勝てる保証がないとダメだ。戦場で、テストなしの新兵器を使うなんて漫画やアニメの世界じゃないから無理だよ……」


 そう考えていると、ふと、画面の向こう、飛行船がゆっくりと回頭を始めていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「船首回頭。目標はアマノムラクモ艦首、角度の調整を始めよ」

「ハッ‼︎」


 アドルフの命令により、アドミラル・グラーフ・シュペーがゆっくりと船体を左に向け始める。

 アマノムラクモが視認距離まで接近したので、アドルフは警告を行おうと考えたのである。

 現時点で、拿捕した各艦隊の指揮は全て親衛隊に切り替えられている。

 乗組員は体を艦隊の甲板上に生きたまま固定され、敵国家の攻撃を防ぐ盾とされていた。


「人道を守るなら、戦争には勝つことなどできないのだよ? そんなものは、私は捨ててきたのだからね……しかし、見よ、あの船を。アマノムラクモ、なんと神々しいではないか……」


 モニターに映し出されているアマノムラクモを見て、アドルフは歓喜に震えている。

 

「創造神が作りし最高傑作、世界破壊兵器、いや、『存在破壊兵器』。かつての我ならば、右手で一捻りであったのだが、今の我では、傷をつけることができるかどうか……だが、警告にはなる‼︎」


 アドミラル・グラーフ・シュペーの砲門が正面を向くと、角度を調節してアマノムラクモ艦首に照準を定める。

 そして艦首上下左右のハッチが開くと、そこから四門の砲塔が姿を表した。


「総統閣下、あれはまだテストも終えていません。危険です‼︎」

「何をいうか。目の前に、格好のターゲットがあるのだ。新兵器のテストには、ちょうど良いではないか?」


 そう笑いながら告げると、椅子に座り直して膝を組む。

 両手は組んだまま身体の前に置くと、アマノムラクモをじっと見据える。


「上部主砲準備。なぁに、この威力であのバリアを貫けるかどうか。貫けたなら、おそらくは他国は二度と手を出すまい……この一撃で、戦争が終わるのかもしれぬのだからな」

「了解しました、主砲準備‼︎」


 主砲基部の加圧チャンバーに魔力が流れていく。

 その中心には、サーバントから回収したオリハルコンを形成した7.62mm弾が浮かんでいる。

 そこに魔力が凝縮され、ゆっくりと砲弾が形成されていく。


「敵連合艦隊、動きません。角度的にもカウンターは不可能かと思われます」

「よろしい。一番砲グスタフ、撃て‼︎」


 アドミラル・グラーフ・シュペー主砲、80cm魔導カノンが、轟音を上げて発砲された。

 本物のグスタフならば、アマノムラクモまで届くはずがないのだが、アドルフにより作り出された新型は、わずかの時間でアマノムラクモ艦首のフォースフィールドに直撃した。


──ドゴォォォォォッ‼︎

 爆音と同時にフォースフィールドが砕け散り、艦首装甲が抉られる。

 艦首仰角がもう少し浅ければ、アマノムラクモ艦首が破壊されていたかもしれないだろう。

 だが、アドミラル・グラーフ・シュペーの被害も甚大であった。

 艦首一番砲は発射時の熱量に耐えきれず吹き飛び、周辺は溶解し溶け落ちていく。

 砲門を制御していた砲手たちは一瞬で蒸発し、何も残さなかった。


「……直撃‼︎ 敵アマノムラクモのバリアーを破壊、艦首に軽微ながらダメージを与えた模様です」

「おおお‼︎」


 思わず椅子から立ち上がると、アドルフはモニターを眺めている。

 煙こそ上がっていないが、確実に、アマノムラクモにダメージを叩き込んだのである。


「敵バリアの修復は?」

「そもそも視認できません。ですが、バリアは復旧していないかと思われます」

「そうか。では、このまま監視を続けたまえ。こちらも被害は甚大、だが、この光景を見ていた国は、決断を強いられたであろうな」


 アドルフは満足であった。

 破壊の力など殆ど残っていないこの体でも、創造神の作りし兵器と互角に渡り合えたのであるから.

 だが、80cm魔導カノンの弾はあと三発しかない。

 しかも、今の一撃で蓄積してあった魔力は半減したので、これ以上の消耗は船体の航行システムにも影響を与えてしまう。

 いまは、相手の出方を、世界の動きを見ることに専念することにした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「……嘘だろ?」


 ロシア艦隊司令のセルゲイは、信じられないものを見た。

 アマノムラクモが戦域までやってきたのも驚きであり、そこから元フランスの海洋観測船であったものが姿を表したところまでは、中ば救世主が現れたかと歓喜した。

 だが、その直後、あの飛行船の主砲によりアマノムラクモのフォースフィールドが、まるでガラスのように音を立てて砕け散り、艦首装甲を抉ったのである。

 あたりどころが悪ければ、あの一撃は貫通していたかもしれない。

 形こそ、かつてのグラーフ・ツェッペリンを大きくしたような姿であるが、その中にはとんでもない科学力が集められていたのである。

 バリアだけではない、あの第三帝国の新型兵器は、アマノムラクモと同等か、それ以上の力を持っている。


「本国に通信だ。状況は最悪、今後の指示を求めると」

「了解です」


 作戦行動上は、引くことなどあり得ない。

 だが、現場判断では、ここは引かなくてはならない。

 あのような超兵器を相手に、何処の国が、どのような手段で、戦いを挑めるというのか?


「アメリカ艦隊からの連絡は?」

「ありません。恐らくは、我々と同じかと」

「……アマノムラクモは、どう動くのやら……」


………

……


 同時刻、アメリカを始めとする他国の艦隊も、最大船速で後方に移動を開始。

 あの主砲の直撃を受けたなら、確実に艦隊は甚大な被害を被る。

 それよりも、あの砲門が本国首都を狙ってきたら、どうやって守ることができるか?

 その答えは、どの国もNOの一言である。

 現代兵器では、砲門を破壊する事はできても船体にダメージを与える事はできない。

 今、それが可能な兵器があるとするなら、それはアマノムラクモしか所有していない。

 

 しかも、今、アマノムラクモは第三帝国から攻撃を受けたのである。

 ここからどう反撃が始まるのか、アマノムラクモがどう動くのか、各国の首脳たちは祈るような気持ちで、アマノムラクモを見ているしかなかった。


………

……


 日本国。

 太平洋岸には、自衛隊の護衛艦が集結を開始した。

 万が一を想定しての、防衛ラインを形成したのである。

 これには現行野党は全力で反対、特に共産主義を唱える政党は、自衛隊の存在そのものが違憲である、若者を戦場に送る気なのかと意気揚々と叫んでいた。

 それでも、国防の要である自衛隊は、今、まさに、日本を守るために集結しつつある。

 第三帝国の飛行船が、いつ日本をターゲットにするかわからない。

 そんなことになったら、手遅れになったら。

 不安が入り混じった今だからこそ、自衛隊は全力を出した。


 人を殺す訓練をしていたのではない。

 人を守るための訓練をしてきた。

 日本を、国民を守るために。

 たとえ反対派に罵られようと、たとえ憲法違反だと叫ばれようと。

 俺たちが守る。

 日本を守る。

 できるならば、我々の出番などない方がいい。

 我々の出番があるという事は、日本が危険であるという事だから。

 自然災害、領空侵犯、領海侵犯、さまざまなことが日本を蝕んでいる。

 でも、それらから日本を守るのが、我々だから。


「報告入ります、アマノムラクモ、未確認飛行船の砲撃により被弾‼︎ バリアが破壊されましたが損害は軽微との報告があります」

「待機だ。飛行船の位置を観測、回頭後の方角が日本を向いた時点で、最大警戒態勢に移行する‼︎」


──ゴクリ

 防衛省・統合幕僚監部は緊張に包まれている。

 当初、各国からは日本からも艦隊を派遣してほしい旨の通達があった。

 だが、日本はあくまでも専守防衛、しかも今回の世界連合艦隊による作戦についても、各安保条約の外にあるので、日本は出撃を拒んでいた。

 だが、すぐさま統合任務部隊が編成され、国防の要として活動を開始している。


 それでも、頭の中にお花畑を作っている国会議員たちは『対話でなんとか』と呑気なものであるが、それを一喝しての編成が始まったのである。

 今、日本にできる事は、世界的危機から本土を守る事である。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「艦首装甲は軽微です。ですが、修復するにもドッグも何もありません」

「艦首二、五番フォースフィールドジェネレーター損害。自動修復は始まってます」

「敵砲撃の解析中。あのような兵装は、地球にはありません‼︎」


 いきなりの飛行船からの砲撃。

 そしてまさかのフォースフィールド破壊からの装甲へのダメージ。

 ここまでの威力なんて想定していないから、アマノムラクモはパニックである。

 俺だけ。


『ピッ……船体を五度回頭。フォースフィールドの左舷出力を上昇開始してください』

『……敵砲撃の解析完了。魔力コートによる砲弾の形成、それを魔導シリンダーによって射出したのかと。核はオリハルコン弾です』

『ピッ……ミサキさまのバイタルに異常が見られます。困惑、動揺、恐怖、戦意喪失……正常ではありません、撤退を指示します』

「あ.…あ……」


 なんだ、息が苦しい。

 胸が締め付けられる。

 吐きそう……っていうか、吐いた。

 眩暈もする。

 ダメだ、何も思いつかない、何も考えられない。

 どうして、アマノムラクモが負ける?

 そんなバカな、負けるはずない、アマノムラクモは最強。

 バリアが破壊された

 艦首が被害を受けた?

 待て、アドルフの加護は…アマノムラクモを凌駕する?

 やばい、意識がやばい。

 逃げたい、逃げたい、言葉が出ない。

 胸が苦しい、目がチカチカする。

 あ……暗くなってきた……


『ピッ……ミサキさまのバイタルが急変、至急、医療ポットへ』

「了解です、オクタ・ワン、あとはおまかせします」

『ピッ……緊急避難開始。ミサキさまの生命を最優先、アマノムラクモ、空間潜航を開始します』

『……了解。潜航後は、外界との通信回線が全て途絶しますが』

『ピッ……構いません。ミサキさまを最優先でお守りします』

『……了解です』



 



 

 

 

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