第27話・悪夢の再来・魔導と、科学と、オカルトと

 計画は順調である。

 あの方が目覚める日が来るまでに、我々は全てを準備しなくてはならない。

 9x19mmパラベラム弾、それが、あなたの命を奪った存在。

 そして、それが、我々の敗北を確定した存在。

 だが、我々は、負けてなどいない、認めてなどいない。

 カール・デーニッツは良くやってくれた。

 彼は、我々が総統閣下のご遺体を運び出すまでの時間を作ってくれたのだから。

 ご遺体が残っていないと連合軍に知られたならば、卑怯な奴らはしらみ潰しに総統閣下を探すに違いないだろう。

 だが、それぐらいのことは、我々にも想定済みであったよ。そのために替え玉を用意し、替え玉の遺体ごと、何もかもが纏めて焼却したのだからな。

  

 それからの歴史は、屈辱に塗れる日々であった。

 総統閣下の残した、最後の遺産。

 それらを使い、総統閣下の復活のための研究を再開した。

 あの時代、どの国の、どの研究家たちも嘲笑し、否定していた分野。

 だが、君たちの嘲笑は、我々の武器となった。

 やがて、総統閣下は目覚めるだろう。

 そのためにも、残された我らは、最後の闘争を始めなくてはならない。

 

………

……


 かつて、世界にはオカルト大国と呼ばれていた国が多数存在していた。

 もっとも、それはメキシコであったり、チェコであったり、旧ソ連であったりと、幾つもの国が陰で『オカルト大国』と揶揄されていた程度であり、実際に国家レベルでのオカルト研究機関を所有していた国は、表向きには存在していない。

 だが、そのオカルトを実際に『軍事利用』するために研究していた国が存在する。

 もっとも、その国は今は存在しない。

 1945年4月30日。

 その国の象徴である国家総督の死がきっかけとなり、その国は大戦で敗北を喫した。


 その総督の死体は焼却され、とある場所に埋葬されたものの、ある時代には、掘り返され、再び焼却されたあとに、エルベ川に散骨埋葬されたと記録されている。

 その記録が、正しければの話であるが。

 一部の狂信者は、彼の不死性を唱える。

 その魂は普遍であり、やがて、我らの元に戻るであろうと。


 ゆえに、狂信者たちは動き始めた。

 彼らの祖国を取り戻すために。

 彼らにとって、今のドイツは祖国ではない。

 第三帝国こそが、祖国である。

 そのためには、邪魔な存在は、全て排除しなくてはならない。

 幸いなことに、同志はまだ存在する。

 この日のための研究も、続けられていた。


 さあ、世界各国の同志たちよ、今こそ、立ち上がる時が来た。


 動け、動け、動け

 走れ、走れ、走れ

 丸々と肥え太った、肉塊どもに粛清を

 警告しろ、我々は不変であると

 針を穿て、心を支配しろ

 彼らは知らない

 我らが知識を、人を操る術を得ていることを

 今の世界の、複雑怪奇な政治に鉄槌を下せ


 見よ、あの巨大な方舟を。

 あれこそが、我が総統閣下に相応しいではないか。

 さあ、我らが同志たちよ、動くのだ。

 あれこそが、我らが第三帝国となるのだ



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 早朝。

 朝食前に艦橋に向かい、何か変わったことがなかったか確認してみる。

 そこでの報告は二つ。

 一つは、ロスヴァイゼがフランスから帰還したことなんだけど、フランスは遺品の受け取りを拒否したらしい。

 政治中枢であるヴェルサイユ宮殿まで運んで欲しかったんだけど、マーギア・リッターが危険でないという保証が無いこと、敵性存在を入れるわけにはいかないというのが理由らしい。

 

「なるほどなぁ。これは俺のミスだよ……参った、フランスがそこまで頑なだとは予想していなかった」

「マスターは悪くはありません。勝手に我々を敵性存在として認識しているフランスの問題です」

『ピッ……おそらくは、次のフランスの手は遺品の受け渡しと海洋観測船プルクワ・パの引き渡しでしょう。お受けになりますか?』

「そうだなぁ……うちとしては、しっかりと返しに向かわせたんだけど、向こうが突っぱねてきた。この辺りを踏まえてなら、遺品は取りに来い、プルクワ・パについては買い取れ、これでよろしく」

「イエス、マイロード。そのように」


 まあ、俺としても揉める気はないんだけどさ、手を出したのが向こうなら、俺は拳を収める気はないよ。

 それでも、柔和な対応として遺品だけでも遺族の元に送り返したかったんだけどさ。

 フランスって、自国のプライドが高すぎて自滅するパターン、多いよね。


「それで、二つ目の報告は?」

『ピッ……昨夜、二つの重力波動の乱れを確認しました。座標その他は見事なまでに隠蔽されており、追跡調査が不可能です』

「へ? 重力波動の乱れ? それって簡単に説明すると、何がどうなったの……オクタ・ワンのシステムでも、重力波動の原因は不明なのか?」

『ピッ……流石に、常時、この惑星全域をチェックしているわけではないのです。トラス・ワンの次元感応システムが解析できたからこそ、わたしにもわかったレベルです』

「了解。重力波動の乱れによる影響は?」


 オクタ・ワン曰く、重力波動の発生には、いくつかのパターンが存在するらしい。

 まず、もっとも多くて当たり前に存在するのが、『自然発生型』。簡単にいうと『地震』のようなものであると説明してくれるのだが、この場合は、座標がしっかりと分かるらしい。

 

 次が、外部干渉型で、創造神による侵攻、異世界からの来訪者などが、これにあたるらしい。

 創造神の侵攻ならばオクタ・ワンにも感知可能な上、座標もはっきりとわかるとのこと。

 これは異世界からの来訪者にも当てはまるらしく、逆転して、こっちの世界から異世界に人間が移動したパターンでも発生する。


 そして最後が、空間干渉のみというパターン。

 なんらかの存在が、なんらかの意図で、地球に対して干渉を行ったか、これから起こすのか。

 この場合の干渉理由など全く不明であり、干渉したことを悟られないようにするために、痕跡を消すパターンが多いとのこと。

 つまりは、『多元宇宙からの侵略』という可能性があるらしい。


 そして、昨夜のパターンは、限りなく最後のパターンであり、警戒した方が良いレベルとのこと。


「つまり、外宇宙、多次元からの侵攻が、地球に起こりある可能性があると?」

『ピッ……可能性ではありますが、断定はできません。昨夜のうちに、戦闘用サーバントの追加生産を依頼してあります。完成次第、世界各地に派遣したいと思いますが』

「自然災害とかの各地の報告も頼めるからな。認可でいい。しかし……侵略の可能性、ねぇ」


 この機動戦艦アマノムラクモは、いわば神が作り出した魔導テクノロジーの集大成。

 これを超える存在なんて、あるのか?

 そう考えて尋ねたら。


『是。他の創造神であるとか、多元世界の創造神であるなど、可能性は存在するかと思われます』

「マジか。まあ、警戒は継続して頼む。俺も、何かできるか考えてみるからさ」

『ピッ……了解です』


 まあ、朝から色々と考えることが増えてきたが、これも仕事のうちか。

 風呂入って、飯食ってから考えるとしますか。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アメリカ、グアム島。

 アマノムラクモ国王のミサキ・テンドウが来米してから、島内ではアマノムラクモ・フィーバーと呼ばれる騒動が発生していた。

 ミサキの着ていた衣服をモチーフにした着物や甚平などがショップのあちこちに見掛けられ始めたのをきっかけに、ミニチュアサイズの機動戦艦アマノムラクモやマーギア・リッターのソフビ人形、隠し撮りしたラジカセブロマイドなどがあちこちで売られている。

 もっとも、全て公式のものではなく、何処かのメーカーがブームに乗って急造した物が大半であり、一度売り切れると品切れになるものも多かった。


 それでも、グアム島からほんの少し先、600kmのところにアマノムラクモがあるため、現在は民間のツアー会社が『アマノムラクモを眺める旅』を企画していたり、公式グッズのライセンスを取るために、連絡先を探しているという噂も流れている。



──グアム島西部・アプラ港アメリカ海軍施設

 ミサキがアマノムラクモへと戻ってから。

 オスマン・ヘイワード海軍中将は、時折、悪夢を見るようになっている。

 目が覚めると、それははっきりとしていないのだが、ひどい汗を掻いていたらしく、シーツまで寝汗が広がるほどになっていた。

 気になったので病院へ向かい、診察を受けたのだが、特におかしいところは見つからない。

 やむなくその日は、ボイスレコーダーをセットして眠りについたのだが、翌朝、ベッドから起きてレコーダーを確認した時、ヘイワードは信じられない声を聞いていた。


………

……

 

 アマノムラクモを攻撃する。

 私は、アマノムラクモを攻撃する。

 全ては、来るべき日のために。

 自らの手を汚すことなく

 アマノムラクモを攻撃する。

 復讐のため

 未来のため

 ロシアに鉄槌を

 ヨーロッパに鉄槌を

 奪い返されたフランスを我が手に

 連合国に鉄槌を

 枢軸国の敵に、鉄槌を


 全ては、あのお方の為に……

 ジーク・ハイル……


………

……


 まるで歌を歌うかのような、か細い声が聞こえてくる。

 たしかに、その声は自分自身のものであるが、なぜ、そのような言葉を紡いでいるのか理解できない。

 そもそも、この言葉の真意はなんだ?

 私は、何を告げていた?

 ジーク・ハイル?

 どうして私が、生粋のアメリカ人の私が、あんな男に忠誠を誓っている?


「だめだ、私は、どうかしてしまったのか? 私は、どうなったのだ?」


 頭をふりつつ考える。

 だが、何も思い出せない。

 ナチスになど陶酔したこともない。

 だが、レコーダーから聞こえる声は、私、本人のものに間違いはない。

 ジーク・ハイルまで進むと、一息ついて、また、最初に戻る。

 それを三度繰り返すと、静かな寝息が聞こえて来る。

 そして、一時間後、再び、三度繰り返す。

 一晩の間に、これが幾度となく繰り返されていた。


「だめだ……私は、おかしくなってしまった……」


 頭を振るが、何も思い出せない。

 私は、アメリカ海軍士官、第七艦隊司令官、オスマン・ヘイワード海軍中将だ。

 アメリカこそ、我が祖国。

 私の忠誠は、祖国にある。


 必死に、自分の過去を思い出す。

 だが、記憶のあるなかでは、ヘイワードはナチス残党や狂信者と接触した記憶はない。

 そして幾度となく頭を振っていると、突然、霧が晴れたかのように、頭の中がスッキリした。


「……そうだ、寝つきが悪かったから、シャワーを浴びるはずだったな」


 すでに、悪夢を見ていたことなど、ヘイワードの記憶にはない。

 何もなかった。

 そう、寝つきが悪かったのも、疲れているからだ。

 明日からは、日米合同巡行訓練に向かわなくてはならない。

 さて、シャワーを浴びて出かけるとしようか。

 やがて着替えを終えて部屋から出ると、部下が廊下の前で待機していた。


「まもなくお時間です。迎えに参りました」

「ご苦労。久しぶりの日本との合同巡行訓練だ。アマノムラクモの関係でゴタゴタしていたが、しっかりと努めは果たさなくてはな」

「同感です。もっとも、日本は内閣が解散したので、暫定政府による合同巡行訓練となっています」

「報告は受けている。あの国は、なかなか政府が安定しないものだな……まあ、我が国も、あまり他国のことを言えないが、それでも酷いものだ」


 廊下を進みつつ、部下と話をする。

 ふと気がつくと、部下が何かを口ずさんでいる。


「ヘイワード海軍中将、アマノムラクモの対策は、どのように?」

「訓練が終わり次第、攻撃を仕掛けるさ。あの国家は、アメリカにとっては害悪そのもの、こちらとしても全力で仕掛けることになる。覚悟はできているな?」

「ええ。ご安心ください、全ては、総統閣下の復活のためです。アマノムラクモを世界から孤立させる、アマノムラクモを中心に、再び世界は大戦へと進むのですから」

「そうだ、全ては……総統閣下の……うう……」


 頭を押さえて、ヘイワードがその場にしゃがみ込む。


「……針は、まだ安定していませんか。暗示を解きます。『全ては、マインフューラーのために』」


 部下が、暗示を解除する言葉を呟く。

 すると、ヘイワードの顔色が元に戻る。


「中将、しっかりしてください、何があったのですか?」

「あ……いや、どうしたのだ? 目眩がして……」

「先に病院で診てもらいます。それから、ロナルド・レーガンへ向かいますが、よろしいですね?」

「いや、問題ない。そのまま空母に向かってくれ」

「……はっ。了解です」


 頭をふりつつ立ち上がると、ヘイワードは廊下を進み始める。

 まるで、何事もなかったかのように。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 それは、小さな存在でしかなかった。

 此処ではない何処か。

 現実ではあるが、神話の世界。

 創造神と破壊神の戦いがあった。

 いくつもの世界を巻き込んだ、神話の戦争。

 その戦争により、創造神と破壊神は消滅し、創造神は次代の神に力を託した。

 破壊神の力は、別の神が吸収し、新たなる破壊神となった。


 だが、破壊神の意思は、力は、僅かな塊となって、幾億千万の世界へと散った。

 その一つ、『破壊神の残滓』は、空間と時間を超えて、地球に落ちてきた。

 力を取り戻すには、強い意志が必要。

 強い依代が必要。


 落ちた先には、偶然、それがあった。

 小さな部屋、誰かの執務室。

 その椅子に座っている、古い軍服を着た白骨。

 その頭蓋骨に、破壊神の残滓が入っていく。

 彼は、白骨から、記憶を読み取った。

 魂の残滓、無念、復讐。

 力なき正義など無力。

 新しい力、神秘を求める。


 よろしい。

 この体は、私の新しい依代に相応しいだろう。

 ゆっくりと、白骨だった存在が受肉を始める。

 それはみるみるうちに再生を始めると、ゆっくりと椅子から立ち上がり、壁を振り向く。


 鉤十字の旗ハーケンクロイツ


 それが、壁にかけられている。

 

「ふむ。この肉体の無念の塊か。よかろう、その無念、私が晴らしてやろうではないか……」


 帽子を被り直して椅子に座り直す。

 扉の向こうから、誰かが近づいて来る音がする。

 さて、それでは、新しい闘争を始めるとしようか。


 我が名は、アドルフ・ヒトラー。

 破壊神の残滓により、新たな力を授かったもの。

 

 この日、オクタ・ワンが重力波動を確認した翌日。

 最悪なる災禍が、目覚め始めた。

 

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