第28話・悪夢の再来・目覚めた脅威と、惑える民と
クラウス・ゲーレンは、信じられないないものを見た。
昨夜、許可なきものは入ることの許されない総統閣下の執務室に、何者かが侵入した。
警報機が作動し、親衛隊とともに執務室に踏み込んだとき、ゲールマンは膝から崩れるように、その場に座り込んでしまった。
「……見たことがある顔だな……そうか、久しいな、ラインハルト・ゲーレン」
やや険悪な顔つきで、ゲーレンを見るアドルフ。
破壊神の残滓でもあるアドルフにとっては、肉体を失い、無から再生したアドルフの記憶を引き出すには、多少の時間が必要となる。
それでも、本能が、この瞬間に脳裏に蘇った僅かな記憶から、目の前の男がラインハルト・ゲーレンであると認識した。
「ジークハイル……。進言します。私はクラウス・ゲーレンであり、父、ラインハルト・ゲーレンより第三帝国再興のための礎の一つとなるように、命じられています」
「ほう? 礎とな?」
「ハッ‼︎ ご説明します‼︎」
………
……
…
そこから、クラウスは、父であるラインハルトが行った偉業について説明を始めた。
ラインハルトが戦時中に行った偉業については、アドルフは記憶の断片で理解できている。
だが、最後はアドルフの逆鱗に触れ、前線から退いたのである。
ドイツ降伏後、ラインハルトはさまざまな資料を手にアメリカに亡命、もともと対ソ情報機関を指揮していた手腕から、アメリカでも諜報機関として協力体制を取り行っていた。
やがて、連合国占拠下のドイツに戻ると、かつての同志たちを取りまとめてアメリカに帰国し、『ゲーレン機関』という諜報機関を設立。
表向きはアメリカに協力していたものの、その実、元ドイツ親衛隊の生き残りをはじめとした、アドルフ信奉者を取りまとめ、南アメリカへと移住させていたのである。
その後、ラインハルトはドイツ連邦情報局の初代局長となり、さらに精力的に活動を開始する。
ヒトラーの残した遺産を隠密裏に引き上げたり、アドルフを再生するべく、さまざまな科学アカデミーに協力を求めたり。
それら一連の活動が身を結び始めたのが10年前であり、その時から、やがてアドルフが目覚めると信じ、彼のために第三帝国を再興する計画を発令した。
アドルフとの離別後も、ラインハルト・ゲーレンは、アドルフに対して絶対の忠誠を誓っていた。
各国の政治中枢に同志を送り込み、国を内部からコントロール、あるいは混乱に陥れるべく、活動を行っていた。
その一つが『針』と呼ばれる思考誘導薬の導入である。
人体の、特に脳が人体をどのように司るかなどは、アドルフが残した遺産を解析して理解している。
この思考誘導も、さまざまな研究の成果の一つであり、針を打ち込まれた人間に暗示を行うことにより、洗脳ではない、効率的な思考誘導を行うことができるようになった。
針の素材は薬品を結晶化したものであり、これを打ち込まれても時間が来ると体内に溶け込み、痕も残らない。
世界中に散った親衛隊たちは、この針を使って、世界を手に入れるべく動いていたのである。
………
……
…
「……感謝する、ゲーレンよ。其方たちの忠誠、しかと感じた。私も無事に戻った、これからは、私も第三帝国復興のために活動を開始しよう……ついてきてくれるか?」
──ザッ!
ゲーレンが、そしてその場の親衛隊全員が、直立の姿勢を取った。
そして右手をピンと張り、胸の位置で水平に構え、腕を斜め上に突き出あげた。
「ハイル・ヒトラー‼︎」
「ハイル・マイン・フューラー‼︎」
「ハイル・ドイチュラント‼︎」
「ハイル・デム・ファーターラント‼︎」
涙を流しながら、皆、アドルフを讃えた。
永き時を経て、念願が叶う瞬間であった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
俺が、今後のアマノムラクモの方針を説明してから十日が経過した。
アマノムラクモ内、都市部第三層の改装作業も、実に順調であり、数日中には第三層を『ホスピタル区画』として公開することも可能である。
アマノムラクモ内のインフラ整備については、ある程度終了しているのだが、問題は各国からの受け入れ態勢と、それに伴う準備ができていないということ。
直接アマノムラクモに降り立つには、機動戦艦の上部カタパルトでは距離が足りない。
やむなく、洋上プラットフォームをさらに改装し、諸外国から飛んでくる来客用機専用の滑走路と格納庫。準備することにした。
さすがに、全長4000mの滑走路と格納庫を準備するには時間が足りないので、これは第三層が完成してから、本格的に作業を始めることにした。
「マイロード、世界に対しての宣言は、どのタイミングで行うのですか?」
「設備が完成してからだね。国旗も準備しないとならないけど、それは、これでいいんじゃないかと思う」
数日間、頭を捻りまくって書き上げた国旗。
巨大な木を背景に、手前にアマノムラクモを左向きに配置しただけ。
これでも、アマノムラクモであることは十分わかってくれると思う。
「では、そちらの旗を清書させて、量産します。全ての準備ができたら、その時は全世界同時中継で、宣言を行いましょう」
『ピッ……とにかく派手に、見るものに恐怖を与えるのです』
「アホか? なんで国際医療機関や国際救助隊を作るのに、恐怖を与える必要があるんだよ」
『ピッ……飴と鞭です』
「鞭しかないわ。まあ、そこは上手くやるよ。それよりも、例の重力波動については、何か分かったか?」
『ピッ……現時点では、測定不可能です。新しい波動も感じていません。何らかの理由で、空間に綻びができたのかもしれません』
『トラス・ワンより。世界各地に派遣した諜報員からも、特に気になる連絡はありません』
見事なまでに、仕事が早い。
新しく追加した諜報員サーバントは、すでに各国に、こっそりと派遣している。
ぶっちゃけると、地球のレーダー波に干渉せず、尚且つ、人目につきづらい方法で、諜報員の派遣は完了したらしい。
「そうか。それなら、俺は別の仕事をして構わないか?」
「マイロード、実は、ミサキさまを御指名で通信が入っているのですが?」
「え? どこの国?」
「日本です。日本の報道局が、ミサキさまを取材したいとかで。それで、もしも時間がもらえたなら、インタビューにも答えてもらえると幸いですと」
取材ねぇ。
日本のマスコミが取材だなんて連絡を寄越してくると、何か疑ってしまうのはサガなのかなぁ。
「日本以外の国からは? そういう報道機関の取材は来てないの?」
「すでに、かなりの国から取材の申し込みは来ています。ミサキさまが対応しないと説明しても、それでも構わないからと。日本からのも含めて、そろそろ返答を返す必要がありまして」
「なるほど。でもさ、ここにくるには小型ジェットかヘリじゃないと無理だよ? それもグアム島経由で」
それ以上、大型の航空機だと、着陸用滑走路がない。それこそ、滑走路は次に作るから、小型機で来るしかない。
それに、往復の燃料も用意してもらわないと困る。
視察団の小型機は、どちらかというと区分的にはビジネスジェットだったし、グアムからだから何とかなったけど、他国からとなると、最悪、アマノムラクモでの給油を必要とする可能性がある。
けれど、アマノムラクモジェットには、ジェット燃料の備蓄なんてない。
これも今後の課題として上がっているから、早急に対応しないとならないのだそうだ。
「アメリカや中国、ロシアの取材については、沖合に停泊している艦隊を経由するそうです。その他の国も、空母を所有している国については、艦隊空母を経由して飛んでくるそうです」
「海上にガソリンスタンドがあるわけじゃないからなぁ。空中給油機なんて、小型機には使えないだろうし……日本は、どうやって来る気なんだろう?」
「さあ? 許可が出たら、考えるのでは?」
「まさか、日本まで迎えに来いとかいわないよな? いわれても無視するぞ?」
なんで取材許可をだした俺たちが、わざわざ迎えに行かないとならないのかと、小一時間問い詰めたくなるわな。
「それじゃあ、一泊二日で取材許可。スタッフは十人以下で、第二層の取材のみ。俺はインタビューには答えない、代わりにヘルムヴィーケとヒルデガルドが対応する。一度の取材は二か国まで」
「了解です、それでは、各国に通達しておきます」
「よろしく……」
はぁ。
息抜きに、空でも飛んでくるかな。
あまりにも細かい仕事が連続すると、息抜きもしたくなるよ。
「ちょいと外に出て来るわ。一時間程度で戻るから」
「マイロード、どちらへ向かうのですか?」
「息抜きに、マーギア・リッターで回りを飛んでくるだけ。問題はないだろ?」
『ピッ……ミサキさま、それでしたら、是非ともお使いいただきたい機体があるのですか?』
「機体? マーギア・リッターの最新型でも作ったのか?」
『ピッ……戦闘機です。ご要望のものが、完成しました。テストは完了してあります』
「すぐに行く。場所は?」
『ピッ……右舷四番です』
よし、よーしよしよし。
息抜きに最高なものができたのかよ。
しかも戦闘機だよ、戦闘機。
これで、楽しい空の旅ができるってもんだよ。
………
……
…
「うわぁ……」
それしか言葉に出ない。
指定された右舷四番カタパルトにやってきたら、しっかりとありましたよ、真紅の戦闘機が。
デザインはあれだ、ロシアが作った試作型戦闘機の『スホーイ47』に何処となく似ている、でも、それよりも近未来的なデザイン。
「これが、アマノムラクモ初の戦闘機です。名前は『
「可変システム? まさか、マーギア・リッターに変形するとか?」
「……おおお‼︎」
「驚いたということは、違うんだな。それと、いいヒントもらったと思って、いきなり開発するなよ?」
「ロマンは大切です。操縦については、斑鳩には小型制御頭脳が搭載されていますので、彼から直接説明を受けてください」
どこまでも過保護な。
まあ、いきなり操縦できるはずはないから、それについては助かったよ。
それじゃあ、楽しい空の旅に出るとしますか‼︎
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「……嘘だろ?」
ロシア艦隊空母『アドミラル・クズネツォフ』の艦橋では、艦隊司令のセルゲイ・アンドレーエヴィチ・ベーレンス海軍中将がモニターを見て呆然としていた。
アマノムラクモから飛び立った一機の戦闘機、その映像を解析して出た言葉が、先のそれである。
セルゲイがそう呟いたのも、無理はない。
画面に映っている機体は、ロシアが開発していた戦闘機『スホーイ47』と、あまりにも酷似していたのである。
「いやぁ、見事ですなぁ。まさかアマノムラクモが、我が軍の戦闘機をモチーフに開発していたとは、予想もしていませんでしたよ」
「ウラジミール……あれは、スホーイ47ではないのか?」
「違いますね。尾翼の傾斜角が異なりますし、そもそも……」
ウラジミール副司令は、モニターに映っている機体を指さして、こう話を続けた。
「前進翼が可変して、デルタ翼になるなどという非常識な機体を、我がロシアが開発できるとは思えません」
「……どうなっているんだ? 物理法則はどこにいった? こんなものは、まるで」
「御伽噺の世界ですなぁ。さて、それでは司令官、私と賭けをしましょう」
画面の中の『斑鳩』は、前進翼からデルタ翼への変形を終え、海面ギリギリを高速で飛んでいる。
物理的には不可能な変形の理由は、斑鳩の機体フレームはミスリルとオリハルコンの合金、そこに錬金術の『
その気になれば、デルタ翼から、翼を左右に展開することも不可能ではない。
スホーイ47からラファールに、さらにトムキャットへと変形するといえば、いかに斑鳩が変態的変形をおこなっているかわかるだろう。
もしも、この光景がアニメだったら、メカニックデザインと作画監督が呼び出しを受けるレベルの作画崩壊と、ネットでは揶揄されたであろう。
「私は、あの戦闘機が人型ロボットに変形する方に、ヴォートカを二本かけましょう」
「では、俺は、君から巻き上げたボトルを二本だ」
あまり緊張感のないやりとりが、アドミラル・クズネツォフで行われる。
他のクルーたちも笑いを堪えるのに必死であるが、やがて斑鳩が元の前進翼に変形してアマノムラクモへと戻っていくのを確認すると、セルゲイは自分の首をトントンと二度、指先で叩いた。
「これで四本だな」
「参りました。アマノムラクモの非常識さから、それぐらいはやると思っていましたが……多少の常識は弁えているようですな」
「あんな変形をする戦闘機の、どこが常識的か説明を頼みたいところだな。監視を続けてくれ」
「了解」
本国や他国の艦隊とは違い、ロシア海軍艦隊は、極めて平和であった。
………
……
…
「……あれは、我が国のデザインだよな?」
韓国艦隊の艦橋では、艦長をはじめとしたクルーが、ロシアと同じように斑鳩を見て呆然としていた。
「……アニメで見ましたな。デザイン料でも請求しますか?」
「本国に連絡。のち、アマノムラクモに抗議する……ぐらいのことは、本国ならやらかしそうだな」
「そうですな。我が国の開発中の機体『KFX計画』でも、あんな奇天烈な変形はしませんからな」
「あれを見た我が国のネット民は、また騒ぐだろうなぁ……彼らは、なんでも韓国由来にしないと、気が済まないのか?」
「政府の指示ですからね。日本は叩けば金を出す国ですから。もらうだけ貰ったら、政権交代で無かったことにする。いつもの手を使っていれば、ここまで崔政権は追い込まれることはなかったのに、残念ですなぁ」
「そうだな。次の大統領候補の裏の政策は、『日本に頭を下げる』だったな。すぐにクーデターが起きて終わりだろうなぁ」
物騒なことを呟く、パク韓国艦隊司令とコウ副司令。
本国では、アマノムラクモ政策が二転三転し、中国に擦り寄る政策かロシアに追従する政策かのどちらかで、揉めに揉めまくっている。
アマノムラクモが姿を現さなければ、韓国はいつものように対日政策で国民誘導ができていたはず。
だが、アマノムラクモが出現してからは、情勢が二転三転を繰り返し、坂を転がる勢いで大統領の支持率が低下していた。
「しかし……我が国は、どこに向かうのやら」
「崔大統領も、もう長くはないでしょう。裏で色々とやらかしすぎましたからなぁ……」
ボソリボソリと周囲に聞こえないように呟いていると、通信員がパク司令に通信書を手渡す。
それを見て、パク司令は頭を押さえてしまう。
「本国からですか? なにか新しい指示が来ましたか?」
「崔大統領が停職になった。国会で、弾劾訴追案が可決され、弾劾訴追議決書が即時発行、目の前で差し出されたらしい」
「なるほど。まあ、あっけない最後でしたなぁ……」
「そうだな。もうお膳立ては全てできていたらしい。知らぬは本人ばかりなり、か。まあ、我々には関係ない。次の大統領が決まるまではな」
大統領の罷免も目の前という状況にも関わらず、韓国艦隊は、現状を達観的に見つめていた。
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