第26話・武力介入と、魔導の医療

 国際宇宙ステーション。

 高度408km上空を、秒速7.66kmで飛行し、さまざまな実験を行っている、地球のテクノロジーの集大成とも言える存在。

 その調査ブロックでは、現在、地球から上昇してくる謎の存在の観測が続けられていた。


「出現座標が北緯十五度、東経百五十度。アマノムラクモからの出現ということは、報告にあったマーギア・リッターで間違いはないだろうな」

「観測高度は、地表から五万メートル、50キロメートルで停止しました」

「信じられないが、これが現実なのだろうな。我々が宇宙を目指して六十年。その間にも、かなりの技術的進化は進められてきたのだが、あれは、われわれの努力の結晶を嘲笑するかのような振る舞いであるな」


 国際宇宙ステーションの下方358キロメートルで、マーギア・リッターは手を振っている。

 その光景をカメラに収めたのを理解したのか、マーギア・リッターは北極を目指して降下を開始した。


「マーギア・リッターの目的地はわかるか?」

「加速度と軌道計算が追いつきませんね。時折、確認するかのように停止して周囲を見渡していますから」

「人間臭い動きをするロボットか。そりゃあ、本国も欲しがるわけだよ」

「私としては。アマノムラクモで火星に向かいたいところですよ。あれなら、本当に一瞬でいけるんじゃないですか?」

「世界平和のために、是非とも、火星に向かいたいってか。月面基地の建設も、頼めば手伝ってくれないかなぁ」


 各国代表のクルーたちは、地球での騒動など嘘かのように、夢のような話を続けていた。



………

……



 フランスの海洋観測船による襲撃事件があった数日後。

 中国でも、不可思議な事件が発生していた。

 東京湾防衛戦において、アマノムラクモに対して宣戦布告を行なった罪により更迭された中国艦隊司令官は、山東省のとある片田舎の町に送り飛ばされていた。

 中国艦隊に人的被害はなかったものの、アマノムラクモに対する攻撃命令は『本国から』は出されていない。

 本来ならば死刑すら生ぬるいともいえる状況下ではあるが、送り飛ばされた司令官としては、欧阳オウイァン国家主席の慈悲によるものであると判断。


「まだ、中国人民解放軍は、私を必要としている。大丈夫だ、時間が全てを洗い流してくれる筈だ。大丈夫だ、我々に逆らうものは粛清される筈だ……」


 決して贅沢では無いが、かといって極限まで監視されているわけでもない。

 街の中で生活する分には、むしろ裕福な部類に入るのだろう。

 街から外に繋がっている幹線道路や鉄道駅には、人民解放軍の監視の目が光っているものの、外に出なければ問題はない。


「全く、欧阳オウイァン主席の慈悲には助けられましたよ」

「それでも、貴方はこの街で三年間は、静かに暮らしてもらいます。そのために、名前も身分も何もかも変えてもらったのですからね」


 監視をしている軍関係者とのお茶会も、実に有意義なものである。

 そう考えていた翌日。


 中国艦隊司令は、拳銃で頭を撃ち抜いて自殺していた。

 万が一のことがあっては不味いと、彼には常に護衛がつけられていたにも関わらず、手にしたQSZ-92-9『人民解放軍正式拳銃』により、頭を撃ち抜いていた。


 調査の結果、二発の銃弾が壁にめり込んでいたのが確認されたが、これが物議を醸すことになった。

 発見されたのは9x19mmパラベラム弾であり、鑑識が鑑定した結果、司令官が所持していた拳銃の旋条痕が一致しないことが判明したのである。

 すぐさま、現地の兵士たちが所持している拳銃と照らし合わせたものの、未だ、一致するものは発見されていない。

 数日後、発見された弾丸の旋条痕がQSZ-92-9のものでないと確認されてからは、さらに捜査の手が広がっていった。


 

◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 高度五万メートル。

 成層圏の中を、ロスヴァイゼの駆るマーギア・リッター『トールハンマー』は、時速350kmで飛行している。

 目的は、フランスのヴェルサイユ宮殿に『遺品』を届けるため。

 もっとも、潜入工作を行う特殊部隊が身元を示すようなものを持っているかどうかなど不明である。

 ただ、艦内に残っていた特殊部隊の装備、備品を丁寧なコンテナに収め、運んでいるだけである。


「まもなく北海上空でっす。下降を開始しまっす」

『ピッ……こちらアマノムラクモ・コントロールセンター。いちいち報告しないで、とっとといきなさい。無線連絡は入れなくていいって言われているでしょう?』

「ふ、雰囲気は大切だよ?」

『はいはい。とっとといきなさい、終わる』

「あいあいさ〜。それじゃあ、ロスヴァイゼ、いっきま〜す」


 背部魔導スラスターを左右に展開し、ホバリング体制のまま海面上空50mで停止する。

 まだ、このポイントはイギリスの経済水域であり、すぐさまイギリスの哨戒機が飛んできてもおかしくはない。


「ええっと、フランスは向こうですね」


──ゴゥゥゥゥゥゥ

 ジャイロセンサーですぐさま座標を確認して、イギリス軍が来る前にフランスの経済水域へと入っていく。

 北海の経済水域問題はかなり複雑であり、幾つもの国が領有権を主張している部分がある。

 変なところをうろつくと、いくつもの国に目をつけられてしまうので、まずは目的地であるフランスを目指した。


………

……


「アマノムラクモの機動兵器が、我が国の領海に侵入したですって?」


 フランス軍事省からの報告を受けたクロエ大統領は、目眩を覚えて椅子の背もたれに体を預けてしまった。

 未確認飛行物体がフランスの経済水域に侵入したとの報告を受けて、すぐに戦闘機と哨戒機が緊急発進した。

 そして送られてきた報告と映像を見て、軍事省責任者はすぐさまクロエ大統領に報告を行ったのである。


「はい。こちらが映像です。アマノムラクモ方面に派遣したフランス艦隊、及び視察団からの報告にあったものと同じです。現在は移動を停止し、こちらの返答を待っているようですが」

「……これが、アマノムラクモの言い分なのですね?」


 手渡された資料によると、アマノムラクモが拿捕した海洋観測船プルクワ・パに潜んでいた特殊部隊の遺品を届けにきただけであると。

 そのため、責任者であるクロエ大統領もしくは軍事省責任者に直接渡したいので、ヴェルサイユ宮殿までの移動を許可願いたいという内容であった。


「武装を解除してもらい、マーギア・リッターをこちらに預けるのなら……違うわね、マーギア・リッターはカレーに停泊させるように。そこで引き受けますと連絡してください」

「マーギア・リッターのパイロットのロスヴァイゼという女性は、ヴェルサイユで引き渡しをすると話していますが」

「わざわざ、敵対している国の機動兵器を、国の中枢まで案内する必要はないわ。そのロスヴァイゼというパイロットも、テンドウ国王の命令で来ているのでしょうけれど、こちらも引くわけには行かないわ。こちらの要求が認められないのなら、持って帰っても構わないと伝えて」


 アマノムラクモが出現してからの動き、視察団の報告から、ロスヴァイゼがテンドウに連絡を取ることぐらいは想像がつく。

 そして、遺品の受け渡しを拒否されるという事態を、アマノムラクモも良しとは思わないだろう。

 ここはアマノムラクモが折れて、カレーでの受け渡しを受け入れるに決まっている。


「了解しました。では、そのように連絡します」


………

……


『こちらはフランス軍事省。カレー港においての受け入れは許可できるが、ヴェルサイユまでの通行は許可できない』

「あの〜。ミサキさまの命令なんですよ、ヴェルサイユ宮殿まで届けてこいって。なので、許可して貰えないと困るのですが」

『ですが、マーギア・リッターが危険でないという保証もありません。我が国の国防を考えますと、少しでも危険性があるのなら、受け入れることはできません』


 淡々と、指示の通りに連絡する軍事省担当官。

 だが、ロスヴァイゼは冷静である。


「つまりは、フランスは理由はともあれ、自国のために命をかけて戦った国民の遺品を受け入れないということですね? 了解しました〜。国から見捨てられた特殊部隊の方々の遺品は、私たちが丁寧に弔って差し上げますので」

『見捨てられた? それはどういうことですか?』

「だって、そうなりますよね? 国防を理由に、使節としてやってきたアマノムラクモの人間を受け入れないって……それじゃあ、失礼しますね」


 そう告げて、ロスヴァイゼは回線を切る。

 そしてゆっくりと上昇を開始すると、再び高度五万メートルまで飛んでいった。

 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモでは。

 夕食ののち、ミサキは艦橋へと戻っている。

 色々と決める必要があるのだけど、まずはしっかりと今後の方針についての話をするべきであると考えたから。


「アマノムラクモは、この魔導技術を世界に広める気はない。でも、その恩恵を受ける程度なら、敵対意思のないものについては、容認しても構わないと思う」

『ピッ……ミサキさま、具体的には?』

「まず一つ目だけど、アマノムラクモの医療システムを使うことにする。魔導術式による人体再生システム、魔法による治療を使うんだよ。かるく調べたら、末期癌も治療できるし、難病もかなり緩和できるからね」

「つまり、希望者にアマノムラクモまで来てもらい、治療を行うというのですか?」

「ああ。これが、アマノムラクモの剣の部分だね」


 さらに計画について説明するなら、都市区画第三層の観光区画、ここを全てホスピタルシティにしてしまうんだよ。

 上層部の病院などをブロック毎に移動させる、これは可能なのは理解したから。

 シムシティばりに都市部を改造して、第三層を一般開放するだけ。まあ、開放といっても、誰彼構わず受け入れるなんてことはしないけどね。

 各国に通達したのち、治療が必要な人を受け入れる、当然治療代は支払ってもらう。

 持てるものの義務なんてことは言わない。


 まあ、折角の機動戦艦なのに、世界を征服しないのかとか、気に食わない国家を破壊しないのかなんていう政治家も各国に居るだろうけど、それが全てじゃないんだよ?


『ピッ……直ちに計画に必要な資料を集めます。同時に、第三層の区画整理を開始します』

「医療用サーバントを第三層に派遣します」

「よろしく頼むよ。これは、人の命に関わることだから、どの国も、一方的に拒否するとは思えないからさ……そして二つ目だけど。国家の壁を無視した、機動兵器による干渉を行う」

『ピッ……その言葉を待っていました。どの国から破壊しますか?』

「ちっがうから。前にも説明したけど、アマノムラクモは中庸でいく。それでいて、各国の軋轢を無視して活動する。具体的には『国際救助隊』だな」


 マーギア・リッターの機動力と、俺の錬金術。

 そして、どんな場所にも移動可能なワルキューレとサーバント。

 これなら、自然災害や人的災害に対しても、国の区別なく救いの手を差し伸べられる。

 まあ、許可なく勝手にやるだろうさ、連絡しても拒否される恐れはあるけど、そんなの知ったことかと。

 俺が助けたいから助ける、経費は請求する。

 その代わり、義援金も送るからプラマイゼロだ。


「マスターのお人好しにも、程があります」

『ピッ……万が一ですが、敵対存在が現れた場合は、実力行使により排除ということですか?』

「現れたらね。でも、今日までアマノムラクモとマーギア・リッターを見て、それでも敵対しようとする存在があるのか?」

『是。可能性はゼロではありません。また、この地球のテクノロジーも、目に見えているものが全てではないでしょう』

「その時はその時だよ。ということで、基本的な動きは『人の命を救う』『世界を救う』の二つ。限りなく魔導技術は広げないし、俺たちに敵対するものは排除する。排除は最終手段だけどさ」


 これでいい。

 偽善者といわれても構わないし。

 むしろ、機動戦艦とマーギア・リッターを有効利用する方法って、他に何がある?

 戦争請負業、つまり傭兵国家も考えたさ。

 それこそ、現地に戦闘用サーバントを送り込んで、マーギア・リッターで基地を制圧するなら、それも可能だよ?

 でも、戦争なんてものは、所詮は欲とプライドのぶつかり合いだと思っているから。

 宗教間抗争もエゴ、領土問題もエゴ。

 逆に、エゴではない一方的な虐殺とかなら、俺は手加減する気はないけどね。


『ピッ……必要な機材の開発を開始します。基本的な部分は、ファクトリーに任せて貰えますか?』

「よろしく頼む。それと、世界中に移動するための乗り物も作れるか?」

『ピッ……アマノムラクモは、マーギア・リッターがあります。いかなる所にも移動可能な、完全なる兵器です』

「いや、病人とか怪我人の搬送用で、飛行機かヘリが欲しいんだけど」

『ピッ……了解です。すぐに開発を開始します。なお、トラス・ワンが、ミサキさまの欲している乗り物の用意をしているようです。サプライズだそうで』

「……ほんっとうに人間臭いんだよなぁ。まあ、期待して待っているよ。ヒルデガルド、サーバントたちに必要なデータをインストールしておいてくれるか?」

「イエス、マイロード。すぐに手配します」


 よし、指示は出した。

 ここからは、俺の仕事だ。

 各国の代表と話をつける、当然だけど相手国も見返りを求めてくるだろうけどさ。

 一番話が早い所に、俺が直接いってやるよ。

 待ってろ、アメリカ‼︎

 日本はまあ……選挙で忙しそうだし、俺がいくと調子こきそうな政党があるから、パスな。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモ、夜の出来事。


──ピン

『……トラス・ワンよりオクタ・ワン。重力波動の乱れを検知』

『ピッ……座標を示せますか?』

『……多次元的干渉により、座標認識が阻害されました。なんらかの存在が、地球世界に干渉をおこなったかと思われます』

『ピッ……トラス・ワンへ監視の強化を請求します。可能ですか?』

『……地球全域となりますと、各地域に対しての特派員を送り出すことになります。人材の確保を要求します』

『ピッ……人材確保は容認します。サーバントの追加増産を開始、完成次第、トラス・ワンの判断で派遣を開始してください』

『……了解です。オクタ・ワンに問います。これは、創造神の干渉の予兆ですか?』

『ピッ……創造神の干渉でしたら、私が真っ先に感知しています。これは、別の何かが干渉を開始したと思われます』

『……ミサキさまに報告は?』

『ピッ……明日、私から行います。トラス・ワンは、監視を強化してください』

『ピッ……了解です』


 人には聞こえない、オクタ・ワンとトラス・ワンの会話。

 深夜の、二人だけの不穏当な会議が、翌日さらなる波紋を呼ぶことになるのかもしれない。

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