第24話・武力による平穏、言葉による戦争

 グアム島滞在三日目。

 俺がのんびりと観光を楽しめる最後の日。

 まあ、休む気になれば、いくらでも休むことなんてできるんだけど、それよりもやらないとならないことがあるからなぁ。


「……ミサキさま、これは?」


 室内には、昨日、俺が買ってきたタバコがある。

 久しぶりのタバコなんで、色々な銘柄を試したんだけど、結果は最悪。

 この体が、タバコを受け付けない。


「タバコだよ。いや、昔、勤めていた時代はさ、タバコと缶コーヒーで生き延びていたといっても過言じゃなかったんだよ。それで、昨日買ってきたタバコを楽しもうとしたんだけどさ。受け付けないんだよ、身体が」

「心中、お察ししますが、以前の肉体でしたら受け付けていたのでしょうけど、今の体は健康そのもの、タバコなどでわざわざ、体を壊す必要はないかと思いますが?」

「嗜好品だよ、アレ吸ってないと、昔はイライラが落ち着かなかったんだよ。それが今じゃこれだよ」


 傍に置いてある飴の入っている瓶を手に取ると、キュポンと蓋を開けて、口の中に一粒放りこむ。

 コロコロと口の中で飴玉を転がすと、なんというか、幸せな感じが広がってくる。


「まあ、健康ならば宜しいかと。それでは、このタバコは処分しておきます。日本の龍神丸との貿易に使わせてもらいますが、宜しいですね?」

「魚と交換?」

「まさか、袖の下というやつですよ。遠洋漁業では、こういった嗜好品が不足すると思われますので」


 なるほどな。

 まあ、そのあたりは任せるよ。

 こっちはこっちで、色々とやることがあるからな。


「そっちは任せるよ。それと、アマノムラクモに戻ったら、色々と動くから」

「動くと申しますと? 世界征服?」

「まだ拘っているのかよ。ちっがうから、そろそろ頭の中を仕事モードに切り替えるだけだよ」

「切り替える? ミサキさまはのんびりと生きるのですよね?」

「そうだよ。だから、そのために仕事をする。のんびりと生きるとは言っても、何もしない訳じゃないから。そろそろこの身体になって十日以上経過するし、この体の有効的な扱い方もわかってきたし、アマノムラクモの今後の方針も、固まってきたからさ」


 社畜時代に染み付いた仕事の魂は、そうそう抜けることはない。けど、今、俺がいるのはブラック企業じゃない、俺の砦であり、俺の国。

 各国の動勢もわかってきたことだし、そろそろ、こっちから仕掛けても構わないよな。


「拝命しました。それで、本日のスケジュールは?」

「街の中を、のんびりと散策するよ。もう少し、街の喧騒を楽しみたいからさ」

「アマノムラクモで、国民を募集しては?」

「募集したとしても、来ないと思うよ。まあ、亡命希望とか、亡命を装った潜入部隊とか、大使館を設置して欲しいとかはあると思うけどね」

「そうですか?」

「そりゃそうさ。街の中の規模とかを見ても、アマノムラクモの都市区画は、物足りないんだよ。色々なものがあるけど、これといった切り札もない。人が生活する基盤はあるけど、物流は偏っているからね」


 終の住処としてやってくる人も、恐らくはいない。

 街の中は、プロジェクターで空は映し出されているし、風も送風機によって流れている。

 人工太陽光はあるが、街の中から外を見ることはできない。

 密閉された都市ゆえ、人が長い間住むには、キツすぎる。

 そもそもインフラ整備がなされていても、仕事がない。企業もない、農業を行うにも、全てプラント区画の全自動制御システムが行なっていて、人の手が入るところはない。


 機動戦艦アマノムラクモは、完全であるが故に、人には辛い。


「人が入ってきたら、その辺りも解消されるのでは?」

「可能性はあるけどね。そもそも、アマノムラクモは存在に興味がある人はいても、居住するための場所としては不便だと思うよ? 海の上に浮いているし、国際航路も通っていないからね」

「……ミサキさまが、寂しそうです」

「いや、これはこれで、俺は気に入っているよ。オクタ・ワン、俺の声が届いているだろう?」


 通信システムなんて持ってきていない。

 けど、ゲルヒルデの聴覚センサーを通して、俺の会話は届いている筈。


『ピッ……ゲルヒルデの言語システムに介入します。ミサキさま、何か御用ですか?』

「機動戦艦アマノムラクモ、俺が神の加護で貰った巨大魔導具……俺が生き返ってから今日まで見てきた感じなんだが、そもそも、人間が住むことは想定していないだろ? あの都市区画も、プラント区画も、何もかも、後付けで創造神が追加したんだろう?」

『ピッ……是。元々のアマノムラクモは、対世界破壊用機動兵器です。その艦体から、いくつかの兵装を取り外し、創造神が突貫工事で人が住めるように環境を整えました』


 まあ、予想通り。

 前にオクタ・ワンから聞いた説明と、俺の考えがほぼ一致した。

 警備システムについては、オクタ・ワンは難易度を下げていると説明していたが、そもそも人が入ることなど想定していない筈。

 視察団が来るという説明で、急遽、追加したものもあるんだろう。

 ワルキューレの個人戦闘能力も、そもそも俺が作ったゴーレム。俺の知識を超えた戦闘プログラムなんて存在しない。

 ただ、トラス・ワンは戦闘魔導頭脳だから、そこにあったデータをインストールしたんだろうと理解できる。故に、実践経験値が足りないのだろうから、特殊部隊の戦闘データを欲していた。

 こんなところだろう?

 ここまでの推測を、指折り数えて説明すると、ゲルヒルデは目を丸くしている。

 おそらくは、オクタ・ワンも、俺がここまで推測しているとは想像していなかってんだろう。

 ずっと、のんびりしていたからさ。


『ピッ……ほぼ、是。この短時間で、そこまでの推測を?』

「まっさか。純粋に、見ていた感想だよ。という事で、アマノムラクモに戻ったら、世界を相手に動き始めるから宜しく」

『ピッ……世界征服ですか?』

「ちっがうから。世界を相手に商売するんだよ。アマノムラクモにあって、世界にないもの。それがうちの商品だからな」

『ピッ……否定します。まだ、世界は魔導を知るには早すぎます』

「まあ、その辺りは、戻ってから説明するから。ゲルヒルデに戻してくれるか?」

『ピッ……是』


 オクタ・ワンとの通信は終わり。

 ゲルヒルデの瞳の色が元に戻ったので、どうやらオクタ・ワンは接続を解除したらしい。


「ミサキさま、外部リンクでオクタ・ワンとの話は聞いていましたが、魔導具を商売に使うのですか?」

「マーギア・リッターを売る気はないよ。でもまあ、『商品のサンプル』としてのデモンストレーションは、昨日成功したからね。あの放送を見て、アメリカが、そして世界各国が、どういう反応を示すのか楽しみだよね」


 おそらく、今の俺は、悪い顔をしているんだろうなぁ。

 希少価値の高い高額商品を、『見せ金』のように使うのは、昔の企業で覚えた方法。

 他では手に入らない貴重な商品、それが有益であるのなら、デモンストレーションで大きく宣伝する。

 でも、その場では商取引はしない。

 少しだけ焦らして、相手の出方を見る。


「はぁ。全く、ブラック企業に勤めていた時代のノウハウが、ここで生きるとは思ってなかったよ」

「ノウハウ?」

「ん〜、図太く生きるための知恵ってところだよ。よし、遊びに行こう、頭の切り替えは大切だからな」


 あとは戻ってから。

 今は、アマノムラクモの宣伝担当として、街の中を散策するよ。動く看板だよ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アンダーセン空軍基地にある、マーギア・リッターの格納庫では。


 ずらりと並んでいるマーギア・リッターを前に、空軍兵が集まっていた。

 先日行われた、トワイニング空軍中将によるマーギア・リッターの試乗を見ていた兵士たちは、自分たちも試乗したいという欲求が止まらなかった。

 だが、トワイニングがマーギア・リッターから降りたのち、簡単な説明があっただけで、マーギア・リッターは再び格納庫へと移動してしまった。


 これには大勢の兵士たちも不満であったが、他国の機動兵器に乗せろなどという無茶振りをするものは、この空軍基地には存在しない。

 まあ、せめて写真ぐらいならと待機していた呂布に頼み込んだ兵士が、記念撮影を行なっているところである。

 ちなみに、記念撮影の申し出があった時点で、呂布はゲルヒルデ経由でミサキに許可を貰っている。


「申し訳ないが、コクピット前で、手の上で撮りたいんだが」

「構わぬ。赤兎馬よ、腰を下げて手を下ろすがいい」


──シュゥゥゥゥ

 呂布の命令に従い、マーギア・リッターは腰を折って跪き、右手をゆっくりと下げる。

 この動作を見て、兵士たちは絶句してしまう。

 腰部や肩部、胴部の金属フレーム動作が接触したにも関わらず、マーギア・リッターは人間のように前傾姿勢を取ることが出来ている。

 まるで、『表面装甲材が皮膚のように柔軟である』かのように。

 いや、その例えは正解であり、多くの兵士たちがその部分に近寄り、カメラに収めている。


「なんだ、どうしてこのフレームは干渉し合わないのだ? 硬くて柔軟? そんな物理的に矛盾したものが、存在するのか?」

「この金属なら、ボディースーツや防弾チョッキにも流用可能じゃないか?」

「サンプルが欲しい……いや、だめだ、それはまずい」


 空軍基地の整備員たちも、マーギア・リッターの非常識さに頭を抱えたくなっていた。

 もしも、この金属のサンプルが手に入ったとしたら、それを解析し、量産化できたなら。

 技術革新間違いない。


「頼む、無理は承知でお願いしたい。この金属のサンプルが欲しい」

「無理ですね。私の権限では、それを許可することはできません。アマノムラクモは、その全てがミサキ・テンドウさまの個人所有物です。我々戦闘用サーバントも、マーギア・リッターも」

「……そうだよな。いえ、つい興奮してしまい、誠に申し訳なかった」


 呂布に拒否されて、ようやく冷静になる整備員。

 

「まあ、写真撮影は許可されていますから、希望があれば、コクピットに乗ることも認められていますので。記念にどうです?」

「華佗がそう申しておる。希望者は並ぶが良い」


 華佗と呂布に促されて、基地の兵士の全てが集まったかのような騒動になってしまった。

 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 フランス議会は、荒れに大荒れ状態である。

 アマノムラクモ対策において、融和政策を唱える国民議会に対して、元老院は断固反発。

 元老院は、国土を持たないアマノムラクモを容認することはできず、『公海上における障害物であり、排除すべきである』という政策を唱えている。

 フランスの外交は【独立した外交】。

 米露両極化に対抗するための西欧の復権、及びフランスの世界的大国としての復権を唱えている。

 その大義を守るためにも、国民議会は『アマノムラクモと手を取る』ための政策を唱えているが、元老院は逆。

『アマノムラクモを排除することこそ、フランスが米露を頼る必要がないという証明である。西欧は、米露の支配下国家ではないことを、証明する』


 革新派と強硬派。

 二つの議会では日夜、新たな政策を唱えているのだが、一部元老院が反発し、アマノムラクモ経済水域に待機していた海洋観測船を動かした。

 当然ながら、元老院独自にそのようなことができる権限はなく、誰が、なぜ、どうして戦闘を開始したと論議が行われている。

 全ては、アマノムラクモから離れて帰国中のフランス艦隊が戻ってから。

 そこでプルクワ・パの艦長に対して審問を行い、ことの是非を確かめなくてはならない。

 プルクワ・パ以外のフランス艦隊艦長も同じく、何故止めなかったのか? どうして戦闘行為を認めたのか、その確認が必要である。

 

 通信による報告ではない、生の肉声が必要。

 元老院としても、国民議会としても、艦長たちの報告を待つしかなかったのだが。

 帰国中のフランス艦体からの緊急連絡が届く。


 プルクワ・パの艦長が死亡したと。

 今回の独断行動により、国から預かっていたプルクワ・パと特殊部隊八名を失ったことによる失意により、自殺したという報告が、議会に届いた。

 

 現在、フランスは、二隻のフランス艦隊が帰国するのを待つしかない。

 本当にプルクワ・パの艦長による独断行動だとして、それをアマノムラクモに報告して信用されるのか。

 いや、アマノムラクモとしては、艦長の独断などの言い訳は必要ない。

 フランス所属の艦隊の一部が、攻撃を開始した。

 この事実でしかないのである。


「……なんで、こんなことになったのよ……」


 フランス大統領、クロエ・アルローは、執務室で頭を抱えたくなっている。

 アマノムラクモ政策については、クロエは『正直、どうでもいい』と思っている。

 存在するなら脅威だが、手を出さないかぎりは脅威ではない。

 今のフランスにとっては、EUを脱退したイギリスに代わり、どの国がリーダーとなって西欧を纏め上げるのか、そこにフランスが台頭できるかどうかが重要である。

 だが、世論はアマノムラクモを引き込むことを良しと考えている。

 アメリカはアマノムラクモ容認国であり、ロシアと中国は否定。

 EUの立場を考え、今後の状況を予測するなら、アマノムラクモは否定したいところであった。


「プルクワ・パの補償問題、亡くなった特殊部隊の家族への補償……アマノムラクモへの謝罪……いえ、ここで引いてはダメ。ロシアや中国のように、態度を柔和してはいけない……」


 フランスのために何をすべきか。

 残りわずかの任期を、クロエはずっと悩まされることになる。


 


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