第23話・マーギア・リッター

 午前十時。

 アンダーセン空軍基地では、大勢の軍人たちが集まり、今か今かと、その時を待っている。

 すでに基地内に噂は広まっていた。

 基地司令のミハイル・トワイニング空軍中将が、アメリカ軍初めてのマーギア・リッター搭乗をおこなう。

 軍の報道官も集まりカメラのスタンバイを開始、その時が来るのを、固唾を飲んで見守っていた。


──プシュゥゥゥゥ

 アマノムラクモから訪米したミサキ・テンドウ率いる使節団が駐機している格納庫、その扉がゆっくりと開くと、五機のマーギア・リッターがゆっくりと歩み出てきた。


──オオオオオオオオ‼︎

 割れんばかりの拍手と歓声が滑走路に響き渡る。

 やがて四機のマーギア・リッターは滑走路に横並びに立つと、背部魔導スラスターを翼のように展開し、八つの多次元ノズルから魔力噴射を始める。


『ピッ……トワイニング中将、それでは行きます。私の機体が先行で飛びますので、中将の機体はその後ろに着くように行動します。呂布、よろしく頼むよ』

「了解ですマスター。この呂布、しっかりと勤めを果たしましょう。我が愛機マーギア・リッター・赤兎馬も喜んでおりますぞ‼︎」

「テンドウさん、ありがとうございます……呂布さん、それでは、お手柔らかにお願いします」


 ミサキの通信を受けて豪快に笑う戦闘サーバント・呂布と、その斜め後ろにつけられた補助席に、しがみつくように座っているトワイニング。

 マーギア・リッターのコクピットに見学で入ったものは大勢あれど、稼働しているマーギア・リッターに搭乗したのは、人間としてはミサキ以外にはいなかった。


『人類史上初の、マーギア・リッター搭乗者』という触れ込みで、軍放送が中継を開始。

 コクピットに接続したカメラからの映像は、待機しているサーバント・華佗の機体が即時編集し、軍の中継車両に有線で送られていく。

 華佗のマーギア・リッターは『情報収集及び大規模並列処理システム』搭載型。

 このようなカメラの制御など、お手のものである。

 それを特別番組として、グアム全土に生放送で配信されていた。


 マーギア・リッターの運動性能を見せると言うのならばと、ミサキは昔見たことのあるブルーインパルスのような曲芸飛行を開始する。

 四機の機体が綺麗な隊列で飛行し、ある時は錐揉み状態で急降下したり、横一列に並んでの巨大なループを形成したりと、目まぐるしく動き出す。


「……こ、こんなことがあるのか? 中の人間に対するGはどうなっている? 慣性を無視した無限機動など、空を飛ぶ物体が可能なのか?」


 トワイニング中将は驚くことしかできなかった。

 今、自分が乗っている機体は、人類の叡智など遥かに超えている。

 このようなものが、我々の世界に存在していて良いのだろうかと。


「慣性制御システムと説明すると、ご理解いただけますか? まあ、マーギア・リッターは人間でいう、そのようなシステムを搭載しておりまして、魔導により制御しています」

「こ、これは、私でも扱えるのか?」

「さぁ? 呂布よりマスター・ミサキへ。トワイニング中将が、自分も操縦したいと仰ってますが」


 このトワイニング中将の頼みは、ミサキにとっても想定内。

 当然、その対策もしっかりとおこなっている。


『了解。チャンネル7で機体を制御してくれ。呂布、トワイニング中将に機体操縦についての簡単な説明をよろしく』

「御命、たしかに。では、トワイニング殿、こちらの席にお座りください」

「あ、ああ……」


 トワイニング中将の心臓が高鳴る。

 今朝方、無理を承知でマーギア・リッターに乗ってみたいと願った。

 補助席で良いのならという条件はあったものの、その願いが叶い、マーギア・リッターで大空を駆け抜けた。

 そして、つい口ずさんでしまった一言。

 それさえも、ミサキ・テンドウは受け入れてくれた。


「簡単に説明します。このコントロールレバーを握って、機体と一つになるような感覚で……人間は我々のようにマーギア・リッターと同化できませんから、若干のタイムラグは生じると思いますが。マーギア・リッターの操縦システムは『意思』です」

「こ、こうか?」


 呂布の指示通りにレバーを握り、機体を加速させるイメージを送る。


──ガグン‼︎

 すると、突然機体が加速を開始する。

 物は試しにと機体を左右に振るイメージを伝えると、マーギア・リッターもその通りに動き始めた。


「す、凄い、これは凄いぞ‼︎」

「はじめての制御で、そこまで動かせるとは、大したものですなぁ」


 軽く手を叩いてトワイニングを褒める呂布だが、当然ながら裏がある。

 ミサキの話していた『チャンネル7』は、無線操縦用のコード。

 マーギア・リッター・赤兎馬のコントロールレバーにより受信したトワイニングの脳波と意思を、地上で待機しているマーギア・リッター七番機で待機しているサーバント・龐統が受信。

 龐統の機体も華佗と同じシステムを搭載している。

 そのシステムの一部を用いて、トワイニングの意思の通りに、龐統が赤兎馬を遠隔コントロールしている。

 その間、呂布はトワイニングの動向を余すとこなくチェックし、万が一の時には、彼を『排除』できるように見守っている。


 だが、そのような裏の話など知らないトワイニングと、操縦桿を握って機体を制御している彼の姿を中継を通して見ていた人々は、感動のあまりに言葉を失っていた。


 このアマノムラクモ主催のマーギア・リッターによる空中ショーは、実質一時間で幕を下ろすことになったのだが、報告を受けて慌てて空軍基地にやってきた第七艦隊司令のオスマン・ヘイワード海軍中将は、実に悔しそうに、拳を握って見守っていた。


「畜生‼︎ 俺も、アレに乗りたかったのに‼︎」



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモが、マーギア・リッターでグアム島にやってきた初日、島内は騒然としていた。

 インターネットやテレビのニュースで世間を騒がせていたアマノムラクモの有人機動兵器が、グアム島にやってきた。

 しかも、国家元首であるミサキ・テンドウと共に。

 島民の不安は当然であるが、軍警察の広報車が安全であることを説明しながら島内を走り回ったおかげで、当初の騒動はゆっくりと落ち着きを取り戻した。


 だが、いつまでも落ち着かない人々が、あちこちに存在している。


………

……


「アメリカめ、出し抜いたな‼︎」

「すでに本国に連絡は入れてある。しかし、何故、こうもアメリカは我々の予想を覆してくれるのだ?」


 グアム島に観光客として滞在しているイギリスの諜報員は、街を走っている広報車を忌々しそうな目で睨みつけている。

 アマノムラクモの領海が正式に公開されてからは、彼らは、最も近い位置にある、このグアム島に情報収集のためにやってきていた。

 アマノムラクモの情報ではなく、『アマノムラクモに対しての、アメリカの動向』を調べているのである。


 アマノムラクモの情報なら、接続水域に待機している大英艦隊に任せれば良い。

 彼らの目的は、アメリカの動きだけ。

 あまり大きな動きなどないと予測していたのだが、その予測は大きく裏切られた。


「ミサキ・テンドウがグアムに、アメリカに来た目的を調べなくては……」

「海兵隊の出入りしている店を、しらみ潰しに調査します。それと、現地の特派員にも連絡を入れます」

「急げ、テンドウがいつまで滞在しているか、それを優先しろ。日程によっては、本国から追加で人を派遣してもらう」


 のんびりとした時間はおしまい。

 美味い朝食も、澄み渡った海のバカンスも、全て終わった。

 

「外に出ます、恐らくですが、グアムにいる他国のエージェントも動くかと思いますので、慎重にお願いします」

「了解。何かあったら、緊急コードで連絡をくれ」

「イエス・サー」


 すぐさま待機していた諜報員たちが外に飛び出す。

 同時刻、同じように潜伏していた他国のエージェントたちも、イギリスと同様に情報を集めるために行動を開始した。


………

……


 アンダーセン空軍基地に最も近いホテルの一室では、韓国の諜報員が二人、上空からゆっくりと飛来するマーギア・リッターをカメラに収めていた。


「一番乗りは、やはり我々だったな」

「ああ。今頃は、他国の諜報員たちもアマノムラクモの情報を掴むために必死だろうさ。だが、今回の情報戦は、我が韓国が先手を打つことができた」

「本国からの要請が三つありますが、どうしますか?」

「三つ?」


 グアム駐留諜報員のキムが、横でカメラを回しているファンに問いかける。

 なんで三つもあるんだ?


「大統領府からの命令書と、国防省長官と、あとは……未来主権党の党代表からですが」

「……党代表からのは無視しろ、相変わらず、仲間の足を引っ張ることしか考えていないな。まるで、自分たちこそが韓国の代表だと言わんばかりだな」

「崔大統領を引き摺り落として、自分たちが韓国をコントロールする気が満々ですから」


 相変わらず、政治中枢がゴタゴタしている。

 それを国民に知られたくないように、さまざまな外交政策を並べては、視線を外に向けてきた。

 自分たちの都合の悪い政党は潰し、国民をうまくコントロールする。

 そのためにも、アマノムラクモ政策を唱えている崔大統領は、他の政党からは厄介者でしかなかった。


『アマノムラクモと共に歩む』


 それが崔大統領の方針であるのだが、アマノムラクモを手に入れたい野党と国防省は、現大統領が目の上のコブでしかない。

 そもそも、自分の人気取りのために大雑把な外交政策を並べたてて、その結果、他国との緊張が高まると

第三国に仲介を頼み、その第三国に対しても政策人気をとるために泥をぶつけまくっているのが現大統領である。

 もう、支持率は政党維持限界を越え、いつ民衆が爆発してもおかしくない


 そのタイミングで、アマノムラクモが突然姿を現したのである。

 これは助け舟とばかりに、アマノムラクモ政策を画策するまではよかった。

 だが、民衆は、崔政権を支持しない。


『あの浮遊物体は、我が国が起源、我が国のものだよな?』

『ネットでも噂されているよ? あれは日本が奪った我が国の超兵器だって』

『マジか、最低だな日本。早く、我々エリートである韓国の属国になればいいのに。今の政府はなにをやっているんだよ?』


 ネットに書き込まれた記事が、やがて大勢の言葉になりつつある。

 さらに、アマノムラクモを中国が自国所有艦と宣言。もう崔政権にはなすすべがなくなった。

 国連安保理が送った視察団には、韓国の代表も同行していたが、その護衛には中国の特殊部隊・蛟龍が就くことになった。

 こうなると針のむしろ状態、何をするにも手遅れである。


「……まあ、俺たちは任務を遂行するだけだ。それで、国防省の要請は?」

「マーギア・リッターを拿捕して、本国へと隠密裏に運び込むこと……頭が沸いているのか?」

「大統領府からは、ミサキ・テンドウと隠密裏に接触し、国賓として韓国に来ていただくように親書を届けろだそうだ」

「未来主権党のは見ないからな、どうせ碌なものじゃないからな」

「オーケー、これは破棄する。それで、どうする?」


 自分たちの命令系統ならば、国防省。

 だが、そのトップは崔大統領。

 この時点で、国防省は崔大統領を軽んじて見ているどころか、無視を決め込んでいるようにも感じる。

 そうなると、彼らが取った行動は一つだけ。


「残念だが、本国からの要請は、不幸な事故で届かなかった。我々は、このままマーギア・リッターの監視を続け、ミサキ・テンドウの動向を観察する。沈みかかった今の政権に乗り続ける気はないが、国命で命を散らせるほど馬鹿ではない」

「同感だ。ルームサービスを頼んでくる」

「肉料理はパスだ、もう食い飽きたからな」


 こののち、諜報員のキムとファンは、マーギア・リッターのデータなどを次々とカメラに収め始めた。

 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 グアム西海岸、タモン。

 俺はここにあるマイクロネシアモールで、買い物をするためにやってきた。

 何故ここかって?

 このマイクロネシアモールは、120以上のショップやブティック、レストラン、室内遊園地があるんだよ?

 ブラック企業に勤めていた時代、このグアム島が会社の慰安旅行だったらしいからね、幹部だけ。

 俺たちは仕事だったよ。

 年に一度の社員旅行だって一泊二日の定山渓温泉で、翌日の昼から出社だよ、社員旅行という名の、幹部接待旅行だったよ。

 給料から天引きされていた積み立てと、旅行の経費が合わねえんだよ。

 そのくせ、労基にねじ込もうとした同僚が突然転勤になって、身体を壊して退社していたよ、自己都合で。

 

 だから、自分でここにくるのは初めてなんだよ。

 フードコートも映画館もあるし、三日と言わずに何日も滞在したいよ。


『ミサキさま、まずはどちらから回りますか?』

『酒、タバコ、あとはつまみになりそうなものを買い込む。うちの船じゃ作れないからなぁ』

『プラント区画では、生鮮食料品の栽培が行われていますが?』

『野菜は、うちでも賄えるんだけどさ……それ以外は難しいだろ?』

『魔導転送プラントでの転送で購入できますが?」

『ウォルトコの商品はな。でも、そうじゃないんだ、なんというか、人との触れ合いが必要なのは理解してくれるか? たしかに都市部のショッピングモールに行けばあるよ、でも、ないものもあるんだよ』


 ウォルトコグループでも、提携外の商品はあまりない。しかもアメリカ資本なので、日本の製品がほとんどないんだよ。

 テレビで見る菓子メーカーの新商品とかは、扱っていないんだよ。

 

『ミサキ様のこだわりは理解できます。ウォルトコグループの商品でしたら、街のショッピングモールで買い放題なのに、グアムまで来るのですから』

『日本のショッピングセンターに行きたいのが本音な。アイオーングループとか、とにかく日本に飢えているの理解出来る?』

『では、日本にも買い物ツアーを敢行しましょう。そのためのスケジュールは調整します』

『よろしく』


 そんなことを『念話』で話をしている。

 迂闊に口に出して、どこで誰が聞いているかわからないからな。

 しっかりと四方をサーバントに囲まれて、俺はのんびりと買い物三昧。

 買った商品は全て無限収納クラインに収めて、手ぶらでショッピングモールを満喫する。

 フードコートで一休みしていると、流石に遠巻きに俺たちを見ておる人が増えていくんだが、それぐらいは無視。

 

『……監視されています。イギリスをはじめ、六カ国ほどの諜報員が、私たちを遠巻きに見ていますが、処理しますか?』

『無視。どの方角か教えてくれ、手を振ってやるわ』


 ゲルヒルデの監視能力は絶大。

 すぐさま各国の諜報員の位置を正確に教えてもらうと、あえてそっちを見てニッコリと微笑み、軽く小さく手を振る。


『諜報員の心拍上昇……ザマァみろです』

『まぁ、この程度はサービスだね。やるならやるぞ、かかってこいやぁって感じだからね、俺は戦わないし、かかってくるとも思えないけどさ』

『同感です。現時点で、ミサキさまに何か仕掛けてくる国は、そうそうないかと思われますが、フランス以外は』

『なんでフランス?』

『先日、アマノムラクモがフランスの海洋観測船と交戦状態に突入したとオクタ・ワンからの報告がありました。適切に対処しましたので、ミサキさまのお手を煩わせる事はないかと思われます』


 え?

 その報告は俺は受けてないが?

 それって重要案件だよね?


『俺に報告は?』

『ヒルデガルドが、ミサキさまにはのんびりとしてもらいなさいと。オクタ・ワンとヒルデガルドが適切に対処しましたので、ご安心ください』

『マジかぁ……次からは、俺にも連絡するように。俺の知らないところで何かあって、何も知らないで終わるのは無しだからな』

『了解しました。そう伝えておきます』


 はぁ、これは戻って報告を聞くのが億劫になってきたわ。

 あとでマーギア・リッターから連絡するか。

 その方が、精神的に安心できるよな。

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