第19話・並ぶもの、競うもの、思考するもの

 視察団の六日目は、サプライズで始まり、サプライズで終わろうとしている。

 特殊部隊の戦闘も夕方には終わり、そのあとの晩餐会では、各国同士のわだかまりなどなく、楽しそうに歓談を行なっている。

 そこにアマノムラクモのミサキ・テンドウが姿を表したため、状況は一新。

 ミサキは挨拶という名の、牽制を行っていた。


「では、私はこのあとは執務がありますので、皆さんはどうぞごゆっくりと」


 ミサキが一礼して立ち去ろうとするが、代表たちは直接ミサキとの交渉がしたいらしく、すぐにミサキに近寄ろうとする。

 だが、代表とミサキの間にヒルデガルドが滑り込むと、そのまま交渉の余地もなく、ミサキは舞台袖に消えていった。

 アマノムラクモで見聞きしたことについては、全て国連本部に戻ってから行われる報告会で通達されるのだが、その結果如何では、アマノムラクモを敵対国家、危険国家として承認しなくてはならない。

 そうなると、アマノムラクモと懇意にしたい国は国交すら行うことは難しくなる。


 アマノムラクモとしては、敵対意思がないのなら国交を始め、さまざまな条約の締結も視野に入れていると、担当外交官であるヘルムヴィーケが説明している。

 だが、国連安全保障理事会がアマノムラクモの存在を否定し、それに準ずる条約などが締結されたなら、国交などは不可能となる。


 それならば、アマノムラクモについた方が、今後の安全について保障されるのではないか? 我が国に万が一のことがあっても、アマノムラクモがあれば・・・我が国は安全ではないのか?

 そんなことを考える代表もいる。

 だが、ミサキ・テンドウは退席し、近寄ることもできない。

 落胆のあまり、椅子に座ったまま動かなくなる代表もいれば、ミサキの姿を見てさまざまな思惑を巡らせる国もあった。


………

……


「ミサキ・テンドウを直接見て、なにか感じるか?」

「……どこから見ても、普通の小娘ですが。ただ、年齢通りとするなら、妙に場慣れしているかと思います」


 ロシア代表は、特殊作戦軍リーダーに、ミサキを見た感想を尋ねる。

 当然ながら、リーダーもミサキを細かく観察し、その人となりではなく、戦力データを得ようと考えていたのである。


「他には?」

「戦闘訓練は受けていませんね。歩き方、身の振り方、視線誘導、呼吸、どれ一つとっても、訓練されている動きではありません」


 リーダーのその感想は、同じ会場でミサキを監視していた他国の護衛たちも感じている。

 それほどまでに無防備で、自分には危険が及ばないと思っているのだろうと。

 ただし、ミサキが姿を表してからのゴーレムたち、そしてヒルデガルドの動きは、それまでの雰囲気とは違った。

 会場にいる代表と護衛の全員が、彼らに監視され始めたのである。それも顕著に、動くなら殺すぞと言わんばかりの殺気を伴って。

 この六日間、幾度となくヤイバを交えたゲルヒルデやシュヴェルトライデの放っていた殺気のレベルではない。

 それがわかっていたから、わかってしまったから、護衛たちは仕掛けることができなかった。


「リーダー、君なら勝てるか?」


 代表がそう問いかけながら、舞台の前に立つヒルデガルドを親指だけで指差す。

 だが、リーダーは頭を左右に振る。


「予測ですが、この場の全員であの女性に仕掛けたとしても、護衛の数だけ死体が出るだけですよ。この会場で給仕をしているゴーレムの数は、我々護衛に対してツーマンセルで動けるように割り振られていますから」


 その説明を聞いて、ロシア代表は小さく両手を挙げる。


「了解。それでは、このあとは楽しい食事といこう。あとは本国の反応を待つだけ、我々の任務は、夕方で完了だよ」

「了解です」


 ようやく緊張の糸が解れたリーダー。

 あとは、明日の退去を待つばかりである。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「……なるほどなぁ、これが、日本の方針かよ」


 晩餐会会場をあとにして、俺は艦橋へと戻ってきた。

 途中でいつもの船長服に着替えてから、キャプテンシートに座って、特戦群から預かった親書に、もう一度目を通す。


・日本国政府としては、アマノムラクモの国家樹立を容認したい。だが、安全保障理事会の決定には従う。


・安全保障理事会の決定が下るまでは、日本国領海内への機動戦艦アマノムラクモの侵入については黙認する。


・もしもアマノムラクモが国際的に国家として認められたなら、我が国は友好の証として、無人島を一つ、アマノムラクモへと譲渡する考えがある。


 要約すると、こんな感じ。

 あとは交易時における通貨単位のレートの話とか、通商条約の締結に前向きであるとか、とにかく擦り寄りたい雰囲気が丸見えである。

 そして問題なのが、この親書が『国家の発行した、正式なものではない』という点。


 簡単に言えば、現在の日本国政府衆議院は内閣解散からの総選挙に突入。

 その最中に親書が送られてきたということは、現政権からのものかと思うのが普通なんだけど、現野党代表連のサインが入った、『次期日本政府の代表として』という名目の親書。

 公的なものではないのだが、これが野党の切り札の一つでもあるらしい。


 今、小選挙区での演説や政見放送では、アマノムラクモにたいする対応なども争点の一つとなっている。

 そこで、アマノムラクモに極秘裏に親書を送り、前向きな返答を『野党に対して』貰いたいらしい。

 どうせ、うまく切り取って政争に使う気が見えているので、こちらとしても従う気はさらさらない。


 まあ、それでも内容については俺としても思うところがあるので、前向きに検討したいところだよ、いくつかを除いて。


『ピッ……指定座標における無人島の譲渡は、お断りした方がよろしいかと』

「むしろ、貰う気もないよ。こんな、国際的に問題しか起こらない座標の島なんてさ。今いる場所が、一番いいんだから」

『ピッ……それがよろしいかと』


 よりにもよって、あの島を寄越すとはなぁ。

 所詮、あの政党にとっては、交渉材料の一つとしてしか考えていないのか。

 そうじゃなかったら、もっと前向きな話し合いに応じているはずだよなぁ。


「まあ、返答はしない。この親書は見なかったことにする。コピーを取って保管しておいて」

「いえっさ、まいろーど‼︎ かしこまり‼︎」


 傍にいたロスヴァイゼに親書を手渡すと、勢いよく駆けていく。本当に元気な子だなぁ。


「さてと、オクタ・ワン。この六日間の各国代表の発言と交渉について、注意点を教えて欲しい」

『ピッ……ロシアと中国の動向が危険です。特殊部隊は、本気でデータ収集と殲滅戦を仕掛けていましたが、本日は、実戦を想定した訓練レベルになってます』

「つまり、本気で仕掛けつつも、こっちのデータを集めていたというところか。代表の動きは?」

『ピッ……国連から派遣された視察団として活動してます。まあ、質問会や艦内ツアー時には、時折り、『アマノムラクモを手に入れたなら』とか『この区画なら、我が国の街が収まるか』など、不穏当な発言を小声で行なっています』


 へぇ、諦めてはいないようだな。

 これだけのものを見せたら、スケールの違いで諦めるかなと思ったんだけどな。


『ピッ……逆ですね、中国は手に入れる、ではなく共存可能なら、に切り替わっていました。あとは、小声で話していたことは、陽動でしょう。国家の代表が、そんな危険思想を口ずさむはずはありません』

「もしも陽動なら?」

『ピッ……他国に対するアピール、賛同する国家があるのかというフリ、あとは、こちらが盗聴していることを前提に、思考誘導を仕掛けているなど、想定するパターンは結構あります』


 こっちを、疑心暗鬼にさせておいて、交渉を有利に持っていけるのか? 

 いや、なにか方法はあるはずだよな。

 交渉のテーブルで、こっちが相手の秘密を持っていて、でも、それは秘密ではなく囮だとして。

 態度を柔和してからの妥協点?


「はぁ。外交レベルでのやり取りとなると、経験値不足だよ。あとは気になった事は?」

『ピッ……韓国をはじめ、幾つかの国が共闘するための接触を行なっていましたが』

「それは放置。そもそも、そのあたりの国は、安全保障理事会の決定を無視してまでアマノムラクモにすり寄ってくるとは思えないからな。最終決定は安全保障理事会だよ、世界が敵になるか、無視を決め込むか、良き隣人になるか」


 まあ、どの結末でも、俺がやることは変わらないんだけどな。

 嗜好品や娯楽については、アマノムラクモは完全に不足している。

 この辺りを手に入れるために、他国との交渉を始めるのも構わないと思っているし。

 言語万能なので、どの国の娯楽も受け入れることはできる。

 まあ、元は日本人なので、日本の娯楽は最優先したいところだけどさ。


「あ、そうか、その手があったか‼︎」

『ピッ……なにか、考えがまとまりましたか? 国連非加盟国として、聖座やパレスチナ国のように国際連合総会オブザーバーにでもなりますか?』

「……発想が飛びすぎだよ。国交じゃなく嗜好品を手に入れる方法だよ、なにも深く考えることはないんだよ」

『ピッ……変装して日本のショッピングセンターで爆買い、買ったものは無限収納クラインに収めて帰国……ですね?』

「なんでわかるんだよ‼︎」


 まあ、この手を使うとなると、密入国になるんだよ。だから、もっと合理的に他国で買い物をする手段を講じる必要があるんだよなぁ。


 そんなことを艦橋で考えていたら、晩餐会も無事に終了し、各国代表は万葉閣に戻ったという報告があった。

 さて、最後の仕事をしてから、俺も体を休めることにしようかな。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 一夜明けて。

 午前中は各国代表は会議室に集まって、最後の話し合い。

 ヒルデガルドとヘルムヴィーケも参加し、最後の質問会となっている。

 当然ながら、今までの質問会とは内容が異なり、今後のアマノムラクモの目的や存在意図、他国への編入は考えていないのか、他国からの編入を受け入れるのかなど、高度な話し合いに発展している。

 アマノムラクモサイドの態度は今まで通り、国家として独立した以上は、他国への編入は考えていないの一言。

 それならばと、アメリカはさらに踏み込んだ質問をおこなった。


「世界紛争を解決するための、作戦行動のみのアマノムラクモ国の参加などは考慮していただけますか?」


 視察団の中に動揺が走る。

 世界紛争と簡単に告げているが、この返答いかんでは、アマノムラクモの軍事介入が確定するのである。

 かつての『パレスチナ解放機構』などの比ではない、機動戦艦一国による軍事活動。

 すなわち、完全勝利を約束された派遣。


 現在、幾つもの紛争地域を保有している国家としては、是非とも考慮してほしい案件である。


「宗教や思想、人種問題などの、各国の意見の相違によって発生した紛争には参加する気はありません。あえて告げるなら、今後のアマノムラクモの立場は『中庸』でありたいと考えています」


 ヒルデガルドの宣言で、一部の代表はほっと胸を撫で下ろす。

 よほど後ろめたいことがあったのか、それとも紛争に参加されると自国の利権が損なわれるのか。


「世界紛争を見て見ぬ振りをする、と?」

「中立ではなく中庸。その都度、揺蕩うように変化する。両極端ではなく真ん中。紛争とは、両極端同士による争いでしょう? もしも私たちが参加するなら、両極端な回答は望みませんよ?」


 息を呑む代表。

 アマノムラクモは、自分たちの正義で、勝手に行動すると宣言しているようなものである。

 それも、喧嘩両成敗を軍事的に行うかのように。


「さらに付け加えますと、この世界にとって共通の敵。そのようなものが現れたなら、アマノムラクモはその排除のための努力は惜しみません。世界が一つとなって、手を取り合うのでしたら」


 そんなものは存在しない。

 もしもあるとするなら、それは、今、私たちの乗っている『機動戦艦アマノムラクモ』なのでは?

 そう代表たちは考えていたが、ヒルデガルドの意図は違う。


 機動戦艦アマノムラクモが世界を破壊するために作られたものであるなら、必ず同じ意図で作られたものも存在する。

 機動戦艦アマノムラクモの同型艦であり、消息不明の存在。

 もしも創造神が、ミサキのいる世界を『失敗作』と認定したら、必ず、創造神は、機動戦艦を送り込んでくる。

 その時、ミサキはどうするのか?

 アマノムラクモがあるなら、多次元宇宙に逃げることも難しくはない。

 創造神の目的は、『世界の消滅』であって、『機動戦艦アマノムラクモの破壊』ではない。

 だが、ミサキは、おそらく戦う。

 生まれ変わったとはいえ、この地球が故郷だから。

 そして、ミサキが戦うなら、アマノムラクモも全力で戦う。


 同型艦以外では、戦えないから。


 その時、世界は、アマノムラクモをどう見る?

 ミサキにだけ戦わせて、自分たちは何もできないから見ているだけなのか?

 ミサキに守ってもらうだけの世界?

 そんなものに、守る価値があるのか?


「……ヒルデガルドさん、どうしましたか?」


 ほんの刹那の時間だが、ヒルデガルドの思考ルーチンに乱れが出た。

 それを頭を軽く振るように否定しつつ、ヒルデガルドは再び話し合いを始めた。


 やがて会議も終わり、夕刻には代表たちは小型機で帰路についた。

 来た時と同じように結界の一部が解除され、そして小型機が領空から離れたのを確認してから、再び結界を再構築する。


 大勢とはいえないが、人が、近くにいた。

 それだけで、ミサキは楽しかったし、そして、今は、寂しかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る