第18話・ギブアップにはまだ早い?

 国連安全保障理事会による視察の六日目。


 明日の夕刻は帰国のため、最終日の七日目は視察団としての大きな活動はない。

 せいぜいが荷物整理や各国代表が集まっての情報交換程度であり、アマノムラクモに対する対策などは行われないはずである。


 ゆえに、大きく動くとなると今日、六日目であるとアマノムラクモの搭乗員及び賢人、評議会はやる気満々状態である。

 

「先日の時点で、蛟龍は第二艦橋までの通路の存在を確認。但し、そこがアマノムラクモの艦橋であると誤認しています」

「第二艦橋までの警備システムは、従来のレベルに戻してありますので、到達は不可能かと思われます」

『ピッ……今日のアタックがラストと、特殊作戦軍と蛟龍の責任者は隊員に通達していますが、こちらに筒抜けになっていることも踏まえての命令かと思われます』


 視察団代表にも、このアマノムラクモの艦橋は公開していない。

 せいぜいが補助動力炉の案内だが、代表団も護衛たちも、そこがメイン動力炉であると勘違いしている節がある。

 それほどまでに、補助動力炉は大きい。

 メイン動力炉と同じ大きさであるため、疑う余地はないというところなのだろう。


「それで、特戦群は?」

「未だ不明です。あの一等陸佐は、本当に人間なのですか? 我々ゴーレムの動体センサーにも、アマノムラクモ各部署に配置されている感圧センサーにも反応がありません」

「加えて、食事を取らずに四日も行動しています。生き物ならば、それらしい痕跡があっておかしくないのに、それすら残っていません」


 人間の生理的現象まで、特戦群のエリートはコントロールしている? いや、どこかに抜け道があるはず。

 人間である以上、そのレベルなら、蛟龍でも特殊作戦軍でも可能なはずだろう。

 特戦群がここまで姿を見せていないから、彼の異常性が顕著に出ているのだろう。


「う〜。わかんないなぁ。各階層の大気成分は? そこまでは調べられない?」

「緊急時以外は、一日に三度、成分検出を行なっています。ですが、各階層に植生もあるため、一人分の呼吸による成分変動までは調べることができません」

「忍者かよ。ヒルデガルド、その特戦群の動きって、覚える事は可能なのか?」

「可能かと思われます。私たちは体温操作も可能ですし、呼気は存在しません。心音のようなものもありませんから、隠密行動のノウハウさえ習得できれば」


 可能か。

 いや、覚えてもらってもさ、今の時点では使い道はない。このアマノムラクモの艦長が俺じゃなかったとしたら、各国に情報収集用の部隊を配置するとか、色々な軍事行動に出る人もいるだろう。

 まあ、俺は専守防衛、守りに徹していれば良いと思っている。


「了解。そんじゃ、最後のおもてなしをよろしく。俺は、今日の夜の晩餐会には出席するから」

『ピッ……すでに準備を始めてあります』

「そんじゃ、風呂入って飯食ってくるわ」



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 朝から、各国代表は忙しそうに都市部を巡っている。

 団体行動ではなく個人行動、護衛を伴って街の中を調査しているものもあれば、内部隔壁の向こうに行く方法を模索している国もある。

 都市区画内なら自由にして良いと言われているため、外出についての制限はない。

 先日までに、おおよそアマノムラクモ内部で見てみたい、触れてみたいものは全て知ることができた。

 本国に報告する時は、かなり羨ましそうに思われるだろう。


 ロシア特殊作戦軍と中国特殊部隊・蛟龍は、最後の作戦に出ている。

 縦に伸びる大型ダクト、この内壁を登って上層部へと移動する。

 そこから先、厳重な見張りがついている区画を、昨日確認している。その先が、おそらく目的地であるアマノムラクモ艦橋。

 事実、ゴーレムではない『評議会の人間』が、その区画に出入りしているのを何度も確認していた。


「総勢12名の特殊部隊か。ここにSEALDsが加わると、世界最強のチームができるところだな」

「同感だな。残念ながら、アメリカ代表の警備は、SEALDsから派遣されたのではなく、沖縄駐留のアメリカ海兵隊らしい」

「SEALDsを出す必要はない、アメリカはアマノムラクモを受け入れる……か。先制攻撃を始めた国が、どの面を下げて宣言したことやら……5分前だ」


 作戦開始5分前。

 全員がタイマーを確認すると、持ち場につく。

 先日までの、隠密裏に行動するのではない、インドアでの制圧戦。

 アマノムラクモは、我々を殺さないと宣言した。それならば、こちらは手加減無用だ、いや、全力でいかせてもらう‼︎

 そう気合を入れて、中露合同特殊部隊は、作戦行動を開始した。


………

……


 全ての歯車が噛み合う。

 一等陸佐の考えは、彼女が日本人なら、どう動くか。ミサキ・テンドウが日本人ならば、彼女の生活習慣までは確認できないものの、ここまでの調査によって得られた、彼女のおおよその活動範囲は理解できる。


 そして、今がそのタイミング。

 すでに、赤外線センサーでターゲットが移動を開始したのは確認できている、あとは、上層部の指示通りに動くだけ。

 ミサキ・テンドウがこの階層のスーパー銭湯で体の疲れを癒やし、レストランで晩酌をしていたのは確認できている。

 だからこそ、堂々と接近する。

 彼女の近くには、ヒルデガルドだけが付き従っているのも確認済み。

 相手がこちらに対して敵意を持たないところを利用する。

 ターゲットは、この扉の向こう。

 焦ることはなく、任務をこなすための機械になる。

 感情はいらない。

 そう言い聞かせて、彼は扉を開いた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「ふぅ。ひとっ風呂浴びたあとの一杯は格別だな。ヒルデも飲めたらよかったのに」


 風呂に入って疲れを癒やし、風呂上がりの一杯。

 ビールなどの嗜好品は、アマノムラクモでは希少なものらしく、なかなかお目にかかることはない。

 提携している企業から入手できないのか聞いてみたんだけど、代価が必要になるらしい。

 いま、俺が支払える代価は、海水から抽出した『金』と『各種レアメタル』のみ。

 これを融合してから変形トランスし、アマノムラクモの通貨を作ってみたんだけど、当然ながら、国際流通している貨幣ではないので、金相場での取引にしかならない。

 それでも、僅かずつは入手して倉庫にしまってあったんだけど、視察団に振舞ってしまい、もう殆ど空っぽ。


「まあ、嗜好品でなければある程度はストックがある。フライドポテトは万国共通なのかなぁ」


 そう話しかけているんだけど、さっきから、ずっとヒルデガルドは入り口の向こうを見ている。

 何かあるのか?

 そう考えていた時、扉が開いた。


──シュッ‼︎

 扉の向こうには、黒ずくめの装備に身を包んだ日本人が立っていた。

 

「はぁ? ヒルデガルド、ここの階層って、全てのゲートを監視しているんだよな?」

「報告にあった特戦群の方ですか。ようこそ、スーパー銭湯ユラタマへ。と申したいところですが、そこから一歩でも進んだら、殺します」


 ヒルデガルドが殺気を飛ばしている。

 だが、特戦群は両手を上げて降参を示す。


「ここまで辿り着いたのは、やっぱり俺一人か。そんじゃ、敵対意思はないから、用件だけ終わらせて帰るから、安心してくれ」

「安心? アマノムラクモの動体センサーにも反応しない貴方が、その言葉を告げるとは」

「抜け道は、どこにでもあるのでね……では、改めまして、本国からの親書をお届けに参りました」

「待った、ヒルデガルドストップ。そしてあんたはどこの国の護衛だ? ヒルデが特戦群って言っていたけど、イギリスか? それともドイツか?」


 特戦群が日本の部隊だってことは知ってるさ。

 でも、ここは知らんぷりするに限る。

 変に詳しいなぁって思わせるのも、色々と詮索するきっかけになりそうだからな。


「日本です。アマノムラクモが最初に姿を表した国とお伝えすれば、ご理解頂けるかと。こちらが日本政府から預かってきた親書です。私は、これを渡すように命令されただけですので」


 懐から一通の手紙を出すと、特戦群は、それを入り口横にあったワゴンに乗せる。

 その動きを、ヒルデガルドはずっと目で追いかけている。

 

「では、用件は終わりましたよね? お帰りいただけると助かるのですが。そうそう、帰り道はサーバントに案内させますわ、変なところで道草を食べられても困りますからね?」

「それは助かります」

「……その話し方、辛くないのですか?」

「そりゃどうも。こっちとしても、大助かりだよ。実務主体なもので、偉い人と話すのは苦手でね。またあの細い通路を通らないとならないんじゃ、ダイエットを本気で考えないとならないからな」


 そう告げてから、特戦群は踵を返して出て行く。

 その途中で、二人のサーバントが特戦群の左右につくと、そのまま出口へと案内していった。


「……凄いな、特戦群。ヒルデガルドは気がつかなかったのか?」

「スーパー銭湯に何者かが入った時に、初めて気配を感じました。敵対意思があるのなら、とっくに攻撃してくるはずですから、警戒だけはしていました」

「そっか。サンキューな。それにしても、どこをどうやって来たら、ここまで来られるんだ?」


 頭をひねって考えるものの、まともな通路など思いつかない。


『ピッ……可能性があるなら、都市部の各区画を隔てる隔壁の間を通って来たか、もしくは建物をつなぐ排気ダクトをいくつも経由して来たか。さすがにそこまではセンサーで確認していませんでした』

「隔壁の間って、通れるものなの?」

「隔壁は二枚で一組なのですよ。片方が破壊されても、もう一枚が破壊されない限りは内部は安全です。都市部隔壁は、ブロックごとに切り離して廃棄するためのものでもありますので」


 そんな隙間を?

 忍者かよ。


「はぁ。ため息しか出ないわ。オクタ・ワン、特殊作戦軍と蛟龍の合同部隊はどんな感じ?」

『ピッ……手に汗握る大スペクタクルです』


 目の前にいくつかのモニターが開く。

 そこでは、映画さながらのバトルシーンが繰り広げられている。

 第二艦橋へと繋がる回廊、そこを死守するサーバントと、合同部隊による銃撃戦。

 廊下のあちこちにはサーバントや兵士たちが倒れており、死屍累々と呼ぶにふさわしい状態になっている。


「待て待て、死者多数かよ。うちのサーバントもやられたのか?」

「いえ、サーバントはですね、人間でいう急所にセンサーを備えています。そこに攻撃を受けたら、倒れるように指示を出してありますから」

「サバゲーかよ‼︎ でも、向こうの攻撃は本物だろ? こっちの攻撃は?」

『ピッ……硬質ゴムナイフとスタンガン、銃はゴム弾を装備しています。骨の2、3本は折れたかもしれませんが、殺してはいません』


 なるほどなぁ。

 それで、特殊部隊のほうはガチで切れているのか。

 俺たちは本気でやっているのに、まるで訓練を受けているように感じているんだろうなぁ。


「そろそろ埒が開かなくなりそうなので、動くと思いますわよ」

「動く……ああ! そういうことか」


──ジャーン

 通路の奥から、まるで特殊部隊のような黒いジャケットを身につけたゲルヒルデとシュヴェルトライデが姿を表す。


 そして素早く死角から間合いを詰めていくと、特殊作戦軍の中に踊り込んでいった。


「ゲルヒルデは特殊作戦軍から、シュヴェルトライデは蛟龍から入手した戦闘データをインプットしてあります。ロシアも中国も、まさか、自分たちの虎の子の部隊と同じ動きをする兵士を相手にするとは、思っていなかったでしょう」


 モニターの向こうでは、ゲルヒルデとシュヴェルトライデが二つの特殊部隊を無力化していくさまが映っている。

 一陣の風、まさに戦場に吹き荒れた悪夢。

 やがて10分もしないうちに、全ての部隊は制圧されていた。


「これでゲームオーバーです。今回の襲撃の規模から考えますに、これがラストアタックだったのでしょう」


 見ると、どちらの部隊も両手を頭の後ろに回して降参を表しているが、妙に清々しい。

 やるだけやって、負けを認めた。

 まさに、そんな感じに見える。


「敢闘賞、渡さないとダメかな。ヒルデガルド、ちょっと錬金術してくるわ」

「ご随意に。私は近くで待機していますので、何かあったらお申し付けください」

「よろしく‼︎」



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 六日目・夜。

 最後の晩餐ではないが、今日のディナーは立食形式のパーティーが催された。

 各国の護衛も、武器は携帯しているもののパーティーに参加し、お互いの健闘を称え合っている。

 中でも、蛟龍と特殊作戦軍、特戦群の三つの部隊では、それぞれの代表と楽しそうな話をして盛り上がっていた。


 パーティーも半ばになると、護衛同士で盛り上がっている姿もあちこちで見かけられたが、ここでまさかのサプライズ。


──カツンカツン

 舞台袖から、ミサキ・テンドウが姿を表した。

 これには代表も護衛たちも、驚きのあまり固唾を飲んでしまう。


「国連安全保障理事会の視察団の皆さん。六日間、ご苦労様でした。皆さんが、このアマノムラクモで見聞きしたこと、護衛の皆さんの体験などは、余すことなく報告して構いません」


 マイクを手に話を始めるミサキ。

 いくら任務とはいえ、護衛たちもここで仕掛けるようなことはない。


「我が国は、まだ始まったばかり。歴史などなく、平凡な存在でしかありません。ですが、これから、ここからアマノムラクモは動き始めます。どうか、暖かく見守っていただけると幸いです」


 これで話は終わりかと、代表たちは拍手する。

 だが、これで終わりのはずはない。


「我が国は、敵対する相手に対しては無慈悲に対応しますが、手を差し伸べてくるものに対してはその限りではありません。ですので、こちらの警告を一方的に無視し、かつ、こちらが何もしないからと好き放題した場合、どうなるかわかりませんのでそのつもりで」


 これは警告。

 アマノムラクモの温いやり方に対して、調子こいたらしっぺ返しするからなという警告である。

 

 これには、心当たりのある国は肝を潰した。

 領海ギリギリで調査を続けていたもの、領海表示ブイに接近して調べていたもの。

 内部に潜入して、調査をしていた特殊部隊はアウトか、セーフか?

 それらの国は、すぐに何か取り繕うとしたいが、ここで動くことはできない。

 逆に中国やロシアの代表は、ミサキの警告を無視するかの如く、ニコニコと笑っていた。

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