第17話・牙を折られたもの、まだ牙を剥くもの

 国連安全保障理事会から視察団がやってきて、本日で三日目。

 本日の午前中から、アマノムラクモ艦内のツアーが始まる。

 昨日までは、街の中の施設に関する説明とライフラインがどのような仕組みになっているかを説明し、街の施設を全て開放するので、自由に体験してくれて構わないことを伝えた。


 スポーツジムや商店街に脚を運ぶ代表もいれば、書店を訪ねてアマノムラクモについて説明されている書物がないか探している代表もいた。

 視察団の宿泊施設の周辺は、観光土産を取り扱っている物産店が多数あるため、そこで買い物をする代表たちの姿もあった。

 ただ、二日目辺りからは、護衛が代表たちに同行している姿は見えなくなり、護衛は本来の目的であるアマノムラクモ艦内の調査に出かけていた。

 

 アマノムラクモは、代表たちに対しては敵意を持っていない。この二日で、視察団たちもそれを実感していたのである。


………

……


 視察団の希望により、三日目のツアーの最初はマーギア・リッターの格納庫となった。

 現在のアマノムラクモとしては、『別に見られたからといって複製できるものではないし、パイロット登録すらできないので奪われる心配はない』というスタンスである。

 つまり、見られたからといって減るものではないというミサキの観念で、かなりの情報がオープンできることになっていた。


「これが、噂の機動兵器ですか。滑走路の左右に並んでいたのも、同じやつですな?」

「はい。私たちはこれを『マーギア・リッター』と呼んでいます。魔導仕掛けの騎士、こちらの世界のドイツの言葉なので、わかる方もいらっしゃると思われますが」

 

 ヒルデガルドの説明に、ドイツの代表が満足げに頷いている。

 まさか、この機動兵器に母国語が使われていたとは思っておらず、逆に、何故、ドイツ語なのかという疑問が湧いてくる。


「失礼。私はヒンディー語で話しています。ですが、あなたの言葉は理解できます。最初は、あなたがヒンディー語で話してくれているのかと思いましたが、口調が違いますよね? これも魔法なのですか?」


 インド代表が問いかけると、他国の代表たちも頷いている。

 初日、旅館のロビーでコンシェルジュたちと話をした時、街の中でさまざまな店を訪れた時、常にその場にいたゴーレムが対応してくれている。

 だけど、ゴーレムたちは、まるで全世界共通語のようなものを使っているかのように、幾つもの国の代表があるにもかかわらず、一度の説明で終わらせている。

 そして受け手の代表たちも、何度も各国の言語で説明を受けていたのではなく、たった一度の説明で理解していたのである。


「私たちは、念話という会話形態を用いています。これは『意志の伝達』という魔導の技でして、お互いの言葉に含まれている意思や意味を理解し、こちらの伝達したい意思を皆さんの脳裏に直接投影しています」


 言い換えるなら、口を開かなくても会話は成立する。テレパシーのようなものであると補足をつけられたので、代表たちは納得した。

 ただ、何かしらの意思を持たせた『名詞』については、固定概念として伝達されてくる。

 先のマーギア・リッターのような名称などが、それである。


「すまないが、このマーギア・リッターのコクピットシステムは見ることができるのかね?」


 中国代表が軽く手を挙げて問いかけている。

 これはある意味、アマノムラクモにたいする挑戦でもある。

 どこまで手の内を開かせるのか? 

 このような巨大兵器の内部まで見せるのか?

 やれるものならやってみろという意思を、ヒルデガルドは感じていた。


「では、10名は私についてきてください。残りの10名は、ロスヴァイゼに付いて、隣のハンガーへどうぞ。これからマーギア・リッターのコクピット内部をご覧いただきましょう」

「「「「おおおお‼︎」」」」」


 中国代表の願いが届いた。

 代表たちはそう考えるものもいたが、逆に、アマノムラクモは隠すものなどないという強い意思を受けているものもいる。


 エレベーターで胸部ブロックの作業用通路へと登ると、メンテナンス中のマーギア・リッター量産型『グライフ』のコクピットへ案内した。


「無理は承知で、中に乗る事は?」

「順番にどうぞ。コントロールレバーに触れても構いませんよ? マーギア・リッターは登録されたパイロット以外は動かす事はできませんので」

「その登録方法は?」

「さすがに、そこは機密事項ですね。ただ、『魔力を持たないものは登録できない』とだけは、お伝えします」


 魔導マーギアの名前は伊達ではない。

 アマノムラクモに視察団がやってきたとき、代表及び護衛の保有魔力は全て検査してある。

 視察団の一行の魔力値は、人間の一般値程度でしかなく、少なくともマーギア・リッターのパイロットとなるためには桁が二つ違う。

 万が一にも、マーギア・リッターが接収されるような事はない。


 そして説明を受けた代表たちは、興奮を抑えきれない状態で、次々とコクピットに入っていく。

 中には記念撮影をするものもいたのだが、これといって咎められる事はなかった。


 そして、代表たちがマーギア・リッターのコクピットあたりで楽しそうにしている姿を、ロシアの特殊作戦軍は呆然と見ていた。


………

……


 ロシア特殊作戦軍の、三日目の挑戦。

 初日はエレベーターによる突入、二日目午前は搬送車両に潜入しての突入、午後は別ルートの探索は行わず、敢えて万葉閣地下配電区画の制圧に向かい、いずれもカウンターアタックを受けて全滅。


 そして三日目、観光区画の搬入用ゲート付近にある換気用ダクトからの内部潜入。

 これはかなり難易度は高く、幾つもの警報システムと監視カメラを無力化しながらの突入となった。


 もっとも、この突入光景は艦橋でモニターの監視をおこなっている武田と長宗我部によってすべて網羅されていた。

 突入部隊の能力に合わせて、警報システムも監視カメラも『解除レベルを下げて』あったため、予想よりも早く解除されていった。



「……コマンダー、これは、かなり良いところまでいけるのでは?」

「さすがに換気用ダクトの中までは、あの戦闘員も待ち伏せする事はできないようだな。そこだ、その先が、位置的には格納庫になる」


 先日までに作成した詳細な地図。

 それを参照しつつ、独力で格納庫までやってきたのは大したものである。

 これには、トラス・ワンも驚きの反応を示していた。


 やがて、ダクトの金網を取り外して外に出たとき、目の前には整備中のマーギア・リッターが並んでいる光景が広がっていた。

 すぐに四人とも飛び出して銃を構えたが、彼らの目の前、20m先に立っているマーギア・リッターのコクピットあたりに、各国の代表たちの姿が確認できたとき、コマンダーはじめ全員が、呆然とするしかなかった。


………

……


 マーギア・リッターの足元に、ロシアの特殊作戦軍が集まってくる。

 見上げると、そこには各国の代表の姿が、そして艦内ツアーの引率者であるヒルデガルドとロスヴァイゼの姿が見えた。


「な、なぜ、代表たちが、機動兵器のコクピットに集まっているのですか?」

「今日は、代表たちの願いで艦内ツアーを行っています。最初に、我らが誇るマーギア・リッターを見たいという事で、ご案内しただけですが?」


 悪びれもせずヒルデガルドが説明する。

 確かに、今日のスケジュールは艦内ツアーという話は聞いている。

 だが、どこに向かうかなどは移動する前にみなの意見を参考にするという話だったので、特殊作戦軍は食事の前にすぐにアタックを開始、マーギア・リッター格納庫の制圧作戦を開始していたのである。


 その作戦が、目の前で崩れ去った。

 特殊作戦軍コマンダーは、まだ、このアマノムラクモのシステムに、魔導頭脳オクタ・ワンの思考パターンを、そして責任者であるミサキ・テンドウの思考を理解しきれていなかった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「……なるほどなぁ。特殊作戦軍はこの換気ダクトに目をつけたのか。でも、よくこのダクトカバー部分を外せたな。予め潜入しやすいように緩めてあったのか?」


 艦橋下にある作戦ルームで、俺はヒルデガルドとオクタ・ワンと共に、ロシアの特殊作戦軍及び中国の蛟龍の動向を確認している。

 まず、ここまでの感想を一言で表すなら、予想外の一言に尽きる。

 世界最強の一角である特殊作戦軍と蛟龍、初日こそ赤子の手を捻るが如く、一方的に無力化できたのだが、二日目あたりからは少しずつであるが油断ならない状況になっている。

 

「いえ、そのような手心はくわえていませんでした。市街地のショッピングセンターやホームセンターで必要な工具を買い求め、それらで対応したようです」

「え? その程度で開けるの?」

『ピッ……機動戦艦は、建造当初はさまざまな状況を想定して作られています。人為的に外装甲や内部フレームを破壊しようとしても、素材の強度があるので不可能かと思われますが、人の手でメンテナンス可能な部分は、地球規格に近いものとなっています』


 そこに目をつけた、特殊作戦軍の勝ちか。

 まあ、結果的に格納庫で呆然としていたみたいだから、引き分けと考えよう。


「そういえば、万葉閣の地下設備を狙っていた蛟龍はどうなったの?」

「はい。先程、ゲルヒルデが敵コマンダーと一対一の決闘に突入。技術的に遅れはとったものの、どうにか制圧に成功。ただし、残りの部隊員により配電設備に潜入されました」


 ヒルデガルド、そんなに淡々と説明しないで。

 それってやばくないのか?


「それで、結果は?」

「すぐに反転して、設備内の蛟龍をゲルヒルデが制圧。設備内の映像は撮られましたが、そこは殊勲賞ということで。現在は、ゲルヒルデによって格納庫前まで運搬完了。特殊作戦軍及び代表たちと合流し、笑ってます」

「笑う……そうだよなぁ、笑うしかないよなぁ。まだ仕掛けてくる気なのか?」

「彼らにもプライドがあります。明日は、特殊作戦軍と蛟龍の合同チームで、艦橋制圧作戦を展開するそうです」


 こわっ‼︎

 ここに来るのかよ、でも、気のせいか目的と手段が切り替わってないか?

 

「ロシア特殊作戦軍コマンダー曰く、命の安全が保障された『エクスペンダブルス』だそうで。訓練にちょうど良いと笑ってますが」

「ここにきたければ、チャック・ノリスも連れてこいってね。まあ、チャック・ノリスが来ても勝てるだろう?」

「……難しいですね。相手はタマネギを泣かせる男ですよ? 腕立て伏せで体を上下するのではなく、地球を押し下げる男ですよ?」


 チャック・ノリス・ファクターを信じるなよ!

 そもそも、なんでそれを知っているのか聞きたいくらいだよ。

 

「因みにですが、特殊作戦軍と蛟龍以外の護衛は現地でチームを組んで潜入工作を始めようとしてましたが、現在は作戦行動を中止してます。一国を除いてですが」

「へぇ、一国っていう事は、単独で活動している国があるのか。どこ?」

「日本の特戦群です」


 おっと、日本の特戦群は頑張っているのか。

 エコ贔屓はしないけど、頑張ってますな。

 特殊作戦群ってことは、陸自の部隊か。特殊部隊というよりも、任務によって構成されるエリート部隊って感じだったよな?

 

「その特戦群は、どこで何をしているの?」

「……消息不明です」

『ピッ……お恥ずかしい限りですが、見失ってます』

「……はぁ? なんで? オクタ・ワン、この機動戦艦アマノムラクモの内部掌握は完璧じゃなかったか?」

『ピッ……目下のところ、全ての動体センサーやサーバントにも捜索をお願いしていますが、システムの切り替わるタイミングをつかれたのか、確認できていません』


 うわぁ、なにそれ?

 特戦群って忍者か何かなのか?

 そんな怖い存在がいるのかよ。


「参考にですが、ロシア特殊作戦軍コマンダーおよび中国特殊部隊・蛟龍の黒と呼ばれている兵士も、その特戦群と同等の戦闘能力を有しているとゲルヒルデたちから報告を受けています」

『ピッ……チームを優先した特殊作戦軍と蛟龍、単独任務を優先した特戦群というところです。SEALsが参加していたら、もっと楽しいことになっていたでしょう』

「嬉しそうだなぁ。まあ、その特戦群の動きだけ確認してくれ。ロシアと中国の特殊部隊との戦闘データは逐次、トラス・ワンで解析してフィードバックよろしく」

『ピッ……トラス・ワン、了解です』


 しかし、鍛え上げた人間の戦闘力って、洒落にならないか。

 俺が作ったゴーレムが最高傑作かと思っていたけど、上には上がいるってことだよな。

 ハード面だけじゃなく、ソフト面も強化する必要があるってことか。


「はぁ。100%の安全って、なかなかないんだよなぁ。風呂にでも入ってくるか」


 困ったとき、疲れた時は風呂。

 これに限る。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 日本国、特殊作戦群の一等陸佐は、沈黙している。

 日本国政府が彼に課した命令は一つだけ。


『ミサキ・テンドウに書簡を渡すこと。ただし他国の要人に気付かれないよう極秘裏に、可能であるなら、彼女が一人の時に』


 アマノムラクモに到着した日、一等陸佐は護衛の任から離れ、単独で市街地の調査を開始していた。

 周囲の風景に溶け込むように、自然な動きで、まるで昔からこの街に住んでいる住民のように。

 碁盤の目に整地された都市区画を散策し、商店をめぐり、ゴーレムたちとも自然な会話を心がけて。


 時代劇ならば、彼の能力は『人遁の術』とでも形容されるのであろう。それだけ自然な状態で街の中に溶け込み、違和感を感じさせなかった。


 二日目からは、彼は街の中からも姿を消した。

 どこに監視カメラがあるか分からないが、時折、何かに見られている感覚があったから。

 自分の感覚だけを頼りに、『見られていない場所』を探り当てると、そこで一日、身を潜ませていた。

 太陽光のないこの都市では、時計だけが時間を知る手段である。

 それさえも、彼は止めた。

 自分の感覚、心拍数と体感時間、この二つだけを頼りに、彼は夜まで待った。


 三日目。

 彼は動いた。

 ロシア特殊作戦軍と同じように換気ダクトを使い、証拠も残さず、彼は上を目指した。

 特殊作戦軍や蛟龍と違い、書簡を渡すだけ。

 ミサキのいるであろう階層を目指し、彼は上層階へと移動した。


 温泉宿に宿泊した日、彼は、自分たち以外の『人間』が、そこを使っていることに気がつく。

 そんな人物がいるとすれば、恐らくはミサキ・テンドウだけ。

 万葉閣はミサキ・テンドウが使っている施設。

 それならば、視察団が来訪している現在は、あの階層には姿を表すはずがない。

 可能性があるならば、あの場所よりも一つ上の、この階層。


 そして彼は、再び気配を絶つ。

 全ての感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、ミサキ・テンドウがあると思われる施設を探すために。

 





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