第20話・未知の力と科学者の苦悩

 国連本部、安全保障理事会では、常任理事国、非常任理事国の代表たちが頭を悩ませている。


 今回のアマノムラクモ視察団による報告を聞き、その一つ一つが信じられないのである。

 化石燃料・自然エネルギーのどちらでもない『魔導機関』、タングステンとコバルトによる『超硬合金』をも凌ぐ、『ミスリル軽合金』、そして、それらを用いて作り出した機動兵器マーギア・リッター。

 

 コクピット内部を見学したものの、なぜ、どうやって、あのコクピットでマーギア・リッターが動くのか、その原理も仕組みも、伝達システムも理解できない。

 推測できるものもなく、ただ、アマノムラクモは『そのようなものである』としか説明がつかない。

 

 都市部での見学については、まあ、近代国家の首都と同じような風景が広がっていたが、機動戦艦の中にあるとは思えないぐらい、自然な太陽光が街に降り注いでいる。

 人の姿こそ最小限であり、サーバントと呼ばれている作業用ゴーレムが街の中を闊歩し、住民として生活している。


 街の中に生身の人間が存在しないという事実を除けば、機動戦艦の都市は普通の街と何ら変わりがない。


「……報告を聞けば聞くほど、アマノムラクモの異常性が浮かび上がってくる。それでいて、ミサキ・テンドウは静かに暮らしたいと嘯いているそうじゃないですか」

「もしも、この場にいる国家があれを手に入れたとしたら。世界征服も不可能ではないな。それほどまでに、アマノムラクモは脅威でしかない」

「あの技術、軍事力、どれをとっても、今の地球のテクノロジーで対抗することは不可能ではないか?」

「しかもだ、その気になれば、ゴーレムは無限に作れる。失っても痛くもない、世論に左右されない兵士が、あの戦艦ではいくらでも量産できるのではないか」

「それよりも、これを見てください。アマノムラクモで流通している貨幣ですが、ここまで純度の高い金貨が普通に扱われているのですよ。しかも、原材料は、アマノムラクモ領海の海水だそうで……信じられますか?」


 魔導によるオーバーテクノロジー。

 敵に回すと危険すぎるが、味方につけると頼もしいことこの上ない。

 

「……そして、問題のこれか……」


 ロシアの国連大使が、自分の後ろに立っている二人の人物から、荷物を受け取った。

 一つは小さな鞄、そしてもう一つはナイフ。

 どちらも、今回の視察団への土産として渡されたものなのだが、かなり特殊なものである。


 鞄はどこにでもある、普通のショルダーバッグ。

 ただし、その内部が錬金術によって拡張されており、内部は三立方メートルの広さになっている。

 中に入れたものは自動的に整理され、手を入れた時に何が入っているのか瞬時に理解できる。

 さらに、欲しいもの、取り出したいものを念じるだけで、手の中に握られるのである。


 ミサキはこれを拡張エクステバッグと説明し、手渡された代表のみが使えるようにした。

 しかも、受け取ったものから五メートル以上離れると、自動的に所有者の手元に戻ってくる。


「……これが、錬金術か。もしもこの技術があったなら、軍事利用どころか平和的な用途にも用いられるだろう」

「土地の問題も、かなり軽減されますか。ただ、密輸入などの悪意ある使い方もできますから、取扱いには細心の注意を払う必要がありますか」

「しかし……視察団だけの特典とは、羨ましい限りですなあ。それに、そちらのナイフも」


 韓国の国連大使は、同じようにテーブルの上に置かれているナイフを指さす。

 これは、今回の護衛に渡されたお土産であり、ミスリル合金による複層構造のナイフであるらしい。

 これもまた、受け取った相手から三メートル離れると、瞬時に鞘へと戻ってくる。

 投擲に使うには射程距離が短すぎであり、他人に渡したらすぐに鞘に戻ってくる。

 本人のみが使える、『ダイヤモンドを軽くスライスできるナイフ』であった。


「ミサキの秘書官であるヒルデガルドの説明では、アマノムラクモの内部構造材は、このミスリル複層合金よりも強度が強く軽いらしい。このナイフでさえ、重さは120gしかありません」


 大使たちの前にあるナイフは、一般的なアーミーナイフと同じ大きさ。

 全長330mm、刃渡り175mmの金属製でありなら、重さは120gしかない。

 

「研究しようにも、受け取った護衛の体から離すことができないため、我々も頭を悩ませています」

「普段から腰に下げている隊員なら、それほど気にはならないでしょうが、それでも、不便と言えば不便でしょう」

「説明によると、これも錬金術の結晶だとか。このようなものを見せつけられて、黙っているのも悔しいです」


 この金属なら、戦車だろうが戦闘機だろうが、現行機よりも丈夫で軽く作り出すこともできる。

 それこそ、軍事利用に十分すぎるほどの技術であった。


「では、我々は決定しなくてはなりません。アマノムラクモは我々の世界の脅威であり、排除すべき対象であると。この安全保障理事会によってそれを決議し、然るべき対応をしたいと思います」


 国連平和維持軍による制圧。

 そのための決議が行われたが、賛成が三に対して、反対が二。

 国連平和維持軍の派遣については否決されたが、賛成であった中国とロシア、フランスは納得がいかない。

 だが、決定は絶対であり、この結果に異議を唱えることはできない。


 その後も、幾つもの話し合いは続く。

 アマノムラクモの国家樹立については、それを認めるだけの証拠も要素もあった。

 ただ、それでも、かなり多くの国が、アマノムラクモを国として認めない。

 結果、アマノムラクモは国連加盟を行うことができず、国家でありながら、国連によって守られることは無くなった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモ、下層区画、万葉閣。


「ぶっはぁぁ。晩酌はいい、まさか、太平洋の真ん中…でもないけど、海の上で日本酒にありつけるとは思ってなかったよ」


 温泉でゆっくりと疲れを癒やし、俺は晩酌タイムに突入していた。

 ちなみにこの日本酒は、日本の遠洋漁業船から譲ってもらった一本。アマノムラクモの仕入れシステムでは、地球の酒は手に入らなかったのだよ。

 

「ですが、それが最後です。なんらかの方法で入手しないとなりませんね」

「他国との貿易を行うのがよろしいかと思われますが、そのためには、他国との国交を成立させる必要があります」

『ピッ……手近な国に連絡をして、買い物に出ることをお勧めします』


 ロスヴァイゼとヒルデガルドの言葉にたいして、オクタ・ワンがとんでもないことを話し始めたんだが。

 なに、その手近な国って。

 ここの近くの国っていったら、アメリカ準州のグアムなんだが、俺にグアムにいってこいと?


「グアムかぁ。買い物に行きたいのは事実だけど、どうやっていく? アマノムラクモに航空機なんて搭載していないよね?」

『ピッ……搭載機は、全てマーギア・リッターだけです。あとは地上車両と、作業車両などになります』

「マギ・カタパルトがあるのに戦闘機はない。ややこしい作りだよなぁ」


 そう考えるけど、そもそも、機動戦艦アマノムラクモは搭載機なんて必要としないらしい。

 船単体、それで全て。

 俺の趣味に合わせて改造してくれた結果、カタパルトやらマーギア・リッター用ハンガーやらが追加されているらしい。

 それも、一瞬で。

 これだから、神が作りし機動戦艦は。


「では、後日、グアムまで観光がてら買い物に向かうのはどうでしょうか? アメリカはアマノムラクモを国として認めました。それなら、べつに伺ってもよろしいのではないですか?」

「まあ、ヒルデのいう通りなんだけどさ。航空機じゃなくマーギア・リッターで乗り込むのって、軍事的示威行動として取られかねないよね?」

『ピッ……何を今更、とお伝えします』

「そうかいそうかい、わかったよ。それじゃあ、買い物に行くって連絡しておいて、グアムの空軍基地に、ダイレクトに」


 最後の一口を、ぐいっと喉に流し込む。

 これで晩酌はおしまい。

 この船に積んである酒って、ワインなんだよ。

 多分、どこかの世界の葡萄で作ったやつ。

 食糧だって、どこかの世界の似たようなものなんだから、安全だとわかっていてもさ、だんだん怖くなるよなぁ。

 ここ最近は、日本の遠洋漁業船舶から、新鮮な魚介類を仕入れているから、まだマシなんだけどさ。


 さて、着替えて、今日はゆっくりと寝ることにしようか。今日あたりは、国連も大いに賑わっているんだろうから、その報告も近々くるだろうし。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アマノムラクモが視察団に対しての警告をおこなってから。

 中国やロシアをはじめ、現在も二十四カ国の船舶が領海外でアマノムラクモの監視をおこなっている。

 そして、ロシア、中国、フランスを除く二十一ヵ国は、今もなおアマノムラクモの警告を無視して領海表示ブイに接近し上陸して調査を続けていた。


『警告します。貴国が調査しているのは我が国の領海表示ブイです。直ちにブイから離れなさい。これは警告です』


 ヴァルトラウデが、ブイを調査している国に向かって『相手国の言語』で警告を放つ。

 だが、相手国は鼻で笑うような素振りを見せると、一旦は船に戻っていくが、またすぐにブイによじ登り、調査を始めた。


『警告します。貴国が調査しているのは我が国の領海表示ブイです。直ちにブイから離れなさい。これは警告です』

「無視しろ、所詮は警告しかできない無能な国だ」

『警告します。アマノムラクモは、貴国に対して実力行使を行います。これは最終通告です』


 二度目は日本語で、相手の国に合わせる必要がないという意思を込めて宣言。

 すると、日本語がわかるのか、ヘラヘラと笑いながら作業を続ける軍人たち。

 

 その光景を、アマノムラクモ艦橋では、評議会の三名がモニター越しに眺めていた。


「さてと。ミサキさまの命令では、警告は二度行うよう。そして二度目の警告の時点で、攻撃して構わないとおっしゃっていました。速やかな排除をお願いしますわ」

「では、領海表示ブイに乗り上げて調査している兵士たちの排除を開始します」


 ミサキの留守を預かっているヒルデガルドが、グリムゲルデに指示を入れる。

 その直後、グリムゲルデは待機している『戦闘用サーバント』に連絡を行うと、アマノムラクモ下部ハッチが開き、12名の戦闘用サーバントが出撃した。


………

……


「なんだ? アマノムラクモの兵士か?」


 領海表示ブイで作業していた他国の兵士が、突然、上空から飛んできた黒ずくめの兵士を指さす。

 それと同時に、一斉にライフルを構えたが、それが悪手となる。


「アマノムラクモの設備上での戦闘行為とみなします。これより、実力行使を行います」


 背部魔導ブースターパックを全開にして、一瞬で兵士に近接すると、相手の銃を力任せに奪い取り、千切り、兵士の腕を掴んで海に向かって叩きつけた。


──バジィィィィッ

 その衝撃に意識を奪われて、沈んでいく兵士はまだ幸せであろう。

 ブイの中央から内側が領海表示結界が張られているため、接続水域側のブイの基部は足場として残っている。

 そこに乗り上げての調査をしていただけ、そう言い訳をすることも不可能ではないが、銃を抜いたのなら話は別であり、しかも表示ブイに様々な機材を接続して調査していたのである。

 言い訳は無用。


──ドゴォッ‼︎

 ある兵士は腕を掴まれて振り回された挙句、結界に向かって叩きつけられる。

 アマノムラクモに対して敵意を示すものは通ることができないため、兵士たちは問答無用で結界に叩きつけられ、意識を刈り取られて海に沈む。


 その光景を見て、乗り上げていた国の海洋観測船が戦闘用サーバントに向かって発砲。

 瞬く間に、領海付近での戦闘状態に発展した。


………

……


「……あれはフランスのプルクワ・パか。下手を打ったものだな」


 戦闘用サーバントとフランスの兵士による戦闘勃発、そこに待機していた海洋観測船が発砲したのを、ロシアのスラヴァ級ミサイル巡洋艦・モスクワの乗組員は、しっかりと確認していた。


 先日まで待機していた空母と入れ替わりに、『アマノムラクモ監視作戦』を命じられたアンドレイ・マサリンがモスクワを駆ってやってきたのは二日前。

 フーディン大統領から受けた命令は、『アマノムラクモの監視、および武力を伴わない接近』。

 視察団からの報告を受けて、アマノムラクモへの対応を切り替えたのである。

 ちなみに、中国も報告を受けてから同じように『武力による制圧』から『監視と外交』に切り替えている。

 フランスは、その方向に舵を切ったにもかかわらず、『無能な前線司令官』の指示により調査を続行。

 結果、命こそ助かったものの、有能な部下を半数以上、そして海洋観測船プルクワ・パを失うこととなった。


………

……


「警告する。貴艦は、アマノムラクモ領海付近において軍事的行動を行なった。警告は二度おこなったにも関わらず。故に、貴艦艇を拿捕する」


 領海表示ブイ付近の戦闘サーバントに向かって発砲したプルクワ・パの周囲には、四方を囲むようにマーギア・リッターがホバリングしている。

 だが、その警告に対しても、尚も射撃を止めないプルクワ・パ。

 

「海洋汚染は避けたいところですので、申し訳ありませんが……」


 四機のマーギア・リッターがプルクワ・パの左右に回り込み、フォースシールドを展開。

 これを船体下部を通るように左右で接続すると、まるで網で魚を掬い上げるように、プルクワ・パを空中に持ち上げた。


 この動きには、流石に恐怖を感じたのだろう。

 救命胴衣をつけた乗組員たちが、次々と船から飛び出し、海上に落ちていく。

 

「まあ、訓練された兵士なら、この程度で落ちて死ぬことはないでしょう。運が良ければね」

「近隣の外国艦艇にでも救出してもらうとよろしいかと」

「これは、ミサキさまに良いお土産ですなぁ」

「分解して、データを全て引き出す。軍用コードの解析、装備の解析、登録名簿、フフフ……」


 四機のマーギア・リッターが呟く。

 正確には、パイロットの声が外に漏れているだけなのだが、その演出もまた、彼らに恐怖を擦り込んでいった。


「最終通告、この船は拿捕した。これよりアマノムラクモ領海へと移送する。乗組員は速やかに出て行け。残っていた場合、命の保証はないと思え‼︎」


 通告から五分。

 その間に数名の兵士が海上へと飛び降りた。

 そののち、プルクワ・パは、アマノムラクモ領海へと移送されていく。

 

 のちの調査では、プルクワ・パの艦内から、『ミンチ状になった兵士らしきもの』が八名ほど発見されたが、これはミサキには『遠回しに報告される』こととなり、丁寧に処分したと伝えた。


 

 

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