第12話・世界の動向と、のんびり国家の樹立

 ジュネーブで行われた国家樹立宣言。


 その直後、アマノムラクモは進路を太平洋へと向かわせた。

 目的座標は北緯15度、東経150度。

 アマノムラクモが国家として存在するための場所であり、そこに国を作るために。


「Dアンカー射出。アマノムラクモを空間固定してくれ。高度は100mでよろしく‼︎」

「了解。Dアンカー射出。艦長、アマノムラクモの領海を示すブイを立てておきますか?」

「え? それもできるの?」

『ピッ……現在のアマノムラクモを中心に、直径24kmの海上に結界発生用のブイを固定できます』


 そんなものもあるのか。

 あ、頭の中で考えてみたら、確かにあるわ、そういうためのブイが。

 それを浮かべて空間に固定すると、自動的にブイ同士を薄い結界のような膜で繋ぎ合わせることができるらしい。光子力ではなく、魔導力バリアっていう感じか。


「了解。では、その意見を採用して、アマノムラクモの領海を結界で包む? この結界って、水とかも弾くの?」

『ピッ……設定次第です。かなりピーキーな設定も可能です』

「なら、俺たちに対して敵対意思を持つ人間は、通れないようにセット‼︎」

『ピッ……了解。ミサイルなどは貫通しますが、構いませんか?』

「それってさ、トラス・ワンで感知したら迎撃できるよね? それなら都度、迎撃するから構わないよ。まさか核ミサイル撃ち込んでくるとは思えないからさ」


 いくら俺たちが邪魔な存在だとしても、いきなり核を撃ってくることはないと思う。

 でも、用心に用心を重ねる必要はあるよね。


「了解です。アマノムラクモを固定しました。このあとはどうしますか?」

「え? どうしますかと申しますと、どうすれば良いのかいいアイデアでもありますか?」


 思わず畏まって聞いちゃったけど、どうやら俺以外は色々と思うところがあるらしい。

 

『ピッ……地殻コントロールにより、この場所に島を作ることもできますが』

「それはやめて、洒落にならないから。その場合の被害は、どうなるんだ?」

『ピッ……ご安心ください。そのための錬金術です。キャプテン・ミサキがこのエリアの地殻を操作して、大地を隆起させるだけです』

「あのなぁ、そういう人類に真似できないレベルの地殻変動を、俺がやるわけないだろう?」


 はい、土地を作る案は却下ね。

 でも、地面と国が接続していた方が、国家として説得力があるという意見は採用。

 

「なぁ、ここから一番近い島まで、どれぐらいの距離がある?」

「アマノムラクモが15度150度です。一番近いのが、グアムもしくはマーシャル諸島ですね。グアムなら、おおよそ600kmしか離れていません」

「ふぅん。600kmか。松前から知床の先ぐらい、それより少し近いか遠いかぐらいか。意外と近いな」

『ピッ……北海道民の距離感覚には、たまに疑問を感じますが』

「ほっとけ。とりあえずは街の中の整備を頼みます。大使館を作るといっても、それらしい建物を改造するだけでいいから。あと、市街区と外をつなげる場所の整備も」


 艦内見取り図を見て、市街区から一番近い外部ハッチを大使館職員の出入り用に改装。

 大使館員が出入りできる場所は市街区とその出入り用ハッチのみにする。

 それ以外は、通行禁止にするため、隔壁を落として通路を全て封鎖することにした。

 街の中にはサポート要員さんたちとワルキューレも住んでいるが、一応は人間相手のライフラインの整備とか、買い物ができるような場所を解放するとか。

 やらなきゃならないことが多すぎて、手が足りないというね。


「それで、サポート要員さんの増援でしたか」

「そうさ、商店街の店番とかは必要でしょう? そもそも、この看板とかメニューとか、商品の説明文って、どこの世界の文字なの?」


 俺は自動翻訳があるので、今まで気にしていなかったんだけどさ。とにかく文字が違うんだよ。

 俺の知る限りの地球の文字じゃなくて、なんていつか、未知の文字配列なんだよ。


「アマノムラクモで使用されている文字は、『ヴェールスト文字』です。古代魔法王国ヴェールストの文字で、今は失われている神代文字でもあります」

「神様言語? そういうものもあるのか。じゃあそれで、簡単なアルファベットとひらがなの変換表も用意してくれると助かるが」

『ピッ……それは、こちらで用意させてもらいます』

「オクタ・ワン、よろしく。それじゃあ、俺はサポート要員さんをもっと増やすことにしますか」


 まだ、どこの国を招待するかなどは決定していない。

 でも、先に準備はしておいた方が、いいよね?



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 アメリカ合衆国グアム。

 アンダーセン空軍基地には、かつてない緊張感が漂っていた。

 機動戦艦アマノムラクモが国家樹立宣言をした座標は、このアンダーセン空軍基地から直線で約600km。

 たしかにその座標には島もなく、国際航路からも少し離れている。


 アマノムラクモ領海は、その航路に触れない位置に存在しているため、航路を妨害されるなどの国際法に触れることもなかった。

 それでも、付近を通過する船舶などは存在するため、緊張感は高まっている。


「本国からの連絡は、静観、そして付近の公海上の偵察任務です。アマノムラクモについては、何もせずに静観するだけにとどまるようにとの命令です」

「了解だ。偵察任務はいつものように行い、アマノムラクモについては領空侵犯を犯さないように徹底してくれ」


 空軍基地では、アマノムラクモを腫物でも扱うかのように、注意深く対応するべく連絡が徹底している。

 だが、この空軍基地よりも、さらに緊張感が走っている場所がある。


──グアム島西部・アプラ港アメリカ海軍施設


 ここは、アメリカ海軍がグアム準州で使用している港湾施設がある。

 というのも、アメリカ大平洋艦隊第・七艦隊の母港がここであり、日本列島を始め、南西諸島、朝鮮半島、台湾、南沙諸島、フィリピン、インドネシア、オーストラリアに対しての戦略的行動がいつでも取れるように、常に目を光らせている場所でもある。

 

 つい先日。

 東京湾での作戦行動を終えたアメリカ第7艦隊旗艦のロナルド・レーガンは、このアプラ港に戻ってきたばかりである。

 艦長のオスマン・ヘイワード海軍中将も久しぶりの陸地を堪能し、司令部でデスクワークを務めていたばかり。

 東京湾作戦で、他国の艦隊を目の当たりにした厳戒態勢には、神経が限界まですり減っていたに違いない。

 そんな危機的状況から、ようやく解放されたばかりであるが、アメリカ本国からの連絡は、無慈悲の一言に尽きた。


『指定座標、北緯15度ジャスト、東経150度ジャスト。ここが、機動戦艦アマノムラクモ改め、機動国家アマノムラクモの国土としてアメリカは容認した。ついては、その座標付近の監視体制も強化するよう』


 アマノムラクモから解放されたのは、わずか数日。

 オスマンは、近くのドラッグストアに胃薬を求めて、旅立った。


「全く、なんでこの私ばかりが、このような目にあうというのだ? そもそもアマノムラクモはロシアと中国に目をつけられているでは……」


 そこまでの独り言で、オスマンは理解した。

 つまり、ロシアや中国から『国家承認』を受けていないアマノムラクモは、常に軍事的危機に晒されているとも言える状況であると。

 グアムからほんの僅か、600km先が、いつ戦場になってもおかしくはないと。


「畜生め、その可能性も考えて、第七艦隊に最新鋭イージス駆逐艦「ダニエル・イノウエ」を配備したのかよ‼︎ とんだ疫病神を拾ったものだよ‼︎」


 ブツブツと文句を言っても仕方ない。

 今は胃薬と頭痛薬を少し多めに買い込んで、常備することにしよう。

 胃が痛むたびに医務室に向かうようでは、任務にも支障が出るからな。



………

……


 ジュネーブでの会議の後。

 アマノムラクモから送られてきた外交官を捕らえるために、かなりの国が特殊部隊を派遣していた。

 ただし、ロシアと中国は、会議が終わった後すぐに、脱退命令が下されていた。

 ロシアとしては、新型イージス艦を自沈させられただけでなく、空母も拿捕されかかったのである。

 結果的に、空母は拿捕されず、アマノムラクモはスイスへと向かうことになったらしい。

 それでも、ロシアとしてはメンツが丸潰しにされたのである。


 このことを国連事務局で正式に問い合わせたものの、アマノムラクモからの報告は一つだけ。

『中国艦隊からの攻撃に対する盾として使用した』であった。

 これにはフーディン大統領も激怒し、アマノムラクモに対する宣戦布告のような状態になっている。

 だが、そのアマノムラクモはというと、何もなかったかのように国家として宣言した海域に向かい、日本で見た『空中に打ち込む杭』で艦体を固定していた。


 その光景を、ロシア海軍のウラジミール・シャーギンは、アマノムラクモの領海外に停泊しているロシア空母アドミラル・クズネツォフから眺めている。

 

「監視か。本国からの命令は、監視だけであったよな?」

「はい。どうやら本国でも、アマノムラクモと和平するべきという意見と、徹底抗戦すべきという意見がぶつかっているそうです。フーディン大統領としては、すぐにでも特殊部隊を潜入させて、アマノムラクモを占拠したいそうですが」


 スイスでの、世界各国の特殊部隊全滅の報告は、ウラジミールにも届いている。

 もしもロシアの特殊部隊が、あの二人の外交官を捕らえるべく行動していたなら、他国の特殊部隊のように生き恥を晒していたであろう。

 それがあるからこそ、フーディンも大きく出ることはない。

 ようは、妥協点をどこに見出すか。

 日本相手の強気な外交では、今回は痛い目に合うだろうと計算しているのである。


「監視を続けるように。しかし、こんな何もない場所に国家を設立するなど、アマノムラクモは一体何を考えているのだ?」


 その真意は、ウラジミールにも想像できない。

 この場所はアメリカのグアム準州が近い。

 しかも、太平洋の軍事拠点の一つでもあり、アジア方面に対しての睨みを効かせている場所でもある。

 もしもアメリカと敵対したなら、すぐに空海軍戦力が押し寄せてくるのは明白である。


 だからこそ、真意がわからなかった。


………

……

 

「……」


 欧阳オウイァン国家首席は思案している。

 国連事務局での会議、そこで中国代表使節は、アマノムラクモの国家承認を行わなかった。

 これは欧阳オウイァン首席の意見であり、今はまだ、認める必要がないと判断している。


「国家となると、迂闊に戦争もできない。だから、我々は、アマノムラクモを国として認めない。しかしだ、だからといって敵対するわけではない。アマノムラクモ領海2500mに深圳 (駆逐艦)を派遣しろ。監視として滞在させておけ」


 そして、万が一にもアマノムラクモから打診があった場合は、速やかに受けろと。

 内部に潜入できるタイミングを掴め。

 今必要なのは、アマノムラクモを拿捕するための戦力ではない。

 

「どんなことでも、些細なことでも構わない。情報を掴め、ミサキ・テンドウの身元を洗い出せ。名前から察するに日本人の可能性が高い‼︎」

「了解です。特殊部隊・蛟龍をアマノムラクモの監視に派遣します。日本には、外交筋から揺さぶりをかけてみますので、ご安心を」

「良い報告だけ、待つ。以上だ」


 表向きはロシアを手を組んでいるように見せかけ、裏では独自に調査を開始する。

 あくまでも、アマノムラクモの件については、中国はどの国よりも前に出たいと考えている。


「最後に一つ、ご報告を。東京湾での中国艦隊の攻撃は、現地司令官の独断専行。すでに外交筋には、そのように公開しております。それと、当事者の処分も完了しておりますので」

「そうか。司令官には悪いことをした。暫くは田舎でのんびりとしてもらうことになるか」

「ええ。街の外には出られませんが、それ以外でしたら、不自由なく暮らせるかと。では、失礼します」


 優秀な副官は、多ければ多い方がいい。

 人脈こそ力である。

 


………

……


 日本国・国会議事堂。

 今日も今日とて、アマノムラクモ対策委員会は白熱状態。

 日本国は、東京を戦場としたくないために、アマノムラクモとの交渉を断念したのである。それどころか、アマノムラクモが東京湾で戦闘行為に突入した時も、当事国である中国に対して遺憾の意を表明してきた。

 結果として、東京湾はアマノムラクモに対する爆撃の巻き添えを食らい、かなりの爆弾が東京湾内にも叩き込まれていた。

 さらに、ロシア艦の自沈による破片および燃料が浮かび、ロシアに対しても遺憾の意をとなえているところである。


 中国からは、『あの攻撃命令については現地司令官の独断専行であり、我々も迷惑を被った』とだけ連絡を貰い、謝罪の言葉もない。

 それはロシアも同じ。

『自国の戦艦が拿捕されたので、自沈するしかなかった。日本には申し訳なく思う』という言葉のみ。

  

 そして、とどめがジュネーブでの会議のあと。

 日本からも、外交官と直接連絡を取るために、外交使節を派遣したものの、会議後は話し合いの場を設けてもらうことができなかった。

 他国の特殊部隊が動いているという話を聞き、特戦群に『アマノムラクモの外交官を守るように』と命じていたものの、結果として、他国の特殊部隊とともに袋叩きにあって帰ってきたのである。


 失態に告ぐ失態。

 野党は現政府に対して『内閣不信任案』を提出。

 しかも、これがすぐに可決され、却って衆議院解散へと進み始めたのである。


 この時点で、アマノムラクモに対する外交その他の話は全て白紙となり、新内閣が発足する最短40日後まで、アマノムラクモについての対策は、全て中止となった。


 各国とも、アマノムラクモの存在に引っ掻き回され、かなりの痛手をつけているのは確かなようである。

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