第11話・敢えて言おう、俺はのんびりしたいんだよ
ふぅ。
温泉って良いよな。
疲れた身体を、芯から癒してくれるよ。
今現在、足元のジュネーブ、パレ・デ・ナシオ国際連合事務局では、ヒルデガルドたちが各国の代表相手に質疑応答や爆弾宣言を行なっているところである。
俺は、温泉に浸かりつつ、立体映像型空間モニターで、それを眺めていた。
「各国代表も、頭を悩ませているだろうさ。まさか、機動戦艦が国家樹立を宣言するとは、思っていないんだろうからさ」
『ピッ……あの宣言で樹立可能ですか?』
「可能だよ。国家宣言した場所は太平洋の公海上で、空と海、どちらの航路からも離れている。そこを自国領土だと主張できる国家はいないからね」
国家として成り立つための要件として、その領土内に複数の政府が存在してはならない。
なので、これはクリアである。
この辺りは、オクタ・ワンに調べてもらったから間違いはないはず。
『ピッ……国際法のほとんどを準拠しています。あとは、他国が認めるかどうか、この一点に限られますが』
「アメリカ、ロシア、中国、日本は認めないだろうなぁ。俺たちを国家として認めると、色々と利権が絡んでくるからさ」
『ピッ……ミサキさまは、その四つの国が嫌いなのですか? 他の国家と違い、対応があまりにも塩対応なのですが』
これには理由はない。
アメリカ、ロシア、中国については、人によって好き嫌いはあるだろうが、俺は好きな方に分類される。
俺が生きていた時代、俺の務めていた会社には中国人や韓国人も働いていた。
当然、同僚としての付き合いはあったし、それ以外のプライベートな付き合いもあった。
けど、教育というのは、人の思考も汚染する。
真っ当な人間であっても、こと、国家に刷り込まれた知識はそうそう覆すことができない。
これは日本にも当てはまるけどさ、さらに顕著な国もあるのよ。
だから、俺は国ではなく人で判断する。
先の四つの国についても同じ。
悪いのは人ではない。そう教え込んだ、そうコントロールしている政治と思想が悪い国もある。
だから、そういう国については、俺は手加減する気はない。
それと、俺に悪意を持つもの、俺の平和を邪魔する存在も、許さない。
「……っていうこと。理解できないよな?」
『ピッ……感情面は理解できませんが、おっしゃることは理解できます。お互いを理解し合うことで、相互の発展につながるということですね』
「それ。俺は、どうしても性善説を信じたいからなぁ。人は生まれたときは、善でも悪でもない。それを構築するのは、その後の環境だっていう人が多いけどね」
『ピッ……理解はできます。私たち魔導頭脳も、マスターの教育によって善にも悪にもなります。昔、ある方が仰っていました。『良いも悪いも、リモコン次第』と』
おまえ、絶対に日本人の教育受けてきただろ‼︎
なんでそのフレーズが、ここで出てくるんだよ。
「まあ、のんびりと様子を見るさ。俺と直接話がしたかったら、その国の最高責任者を連れてこいって。そもそも、あの場所に俺が顔を出す理由がないだろう? 暗殺されたら堪らんわ」
『ピッ……スイスに集結している各国の代表団の中には、変装している特殊部隊も見えます。SASやモサド、SEALs、日本の特戦群も確認してあります』
「ほらな。だから、次元潜航して正解なんだよ。そもそも表に出しておいたら、狙われるのが目に見えてわかるからさ」
『ピッ……命じていただければ、10分で制圧できますが、いかがしましょうか?』
やらんでいいわ。
なんでオクタ・ワンはたまに血の気が多くなるんだよ。これがトラス・ワンならわかるよ? あっちは戦闘魔導頭脳だからさ。
「却下。平和にいこうよ、平和にさ。さて、まだ質問会の最中か。とんでも質問ばっかりだけども、そこまでこっちの素性を知りたいとはドン引きだわ」
そろそろ疲れも取れたから、飯でも食いに行きますか。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ジュネーブ、パレ・デ・ナシオ内では。
それまでの軽い質問から一転して、ロシアの代表が東京湾でのグレミャーシュチィ拿捕についての説明を求め始めていた。
「先刻の、我が艦隊の船を拿捕しようとした件についての説明をお願いしたいのですが?」
「こちらを監視、攻撃しようと『敵対意識』を持つものの戦力を削ぐ行為ですが? のち、グレミャーシュチィは自沈しましたよね? 何か問題でも?」
「その行為自体は、我がロシアに対しての宣戦布告、と捉えてもよろしいのですか?」
「別に構いませんが? こちらとしては、最低限の人的被害を出さないように配慮はしました。敢えて付け加えるなら、私たちは貴方たちロシアを楯として利用したに過ぎません。中国からの攻撃を躱すために必要な行動ですが」
ヒルデガルドが、堂々と宣言した。
軍事国家相手なら、こちらとしても強気に、そして正面から当たるのが得策。
細かい嫌がらせを受けるたびに遺憾砲を撃つほど、アマノムラクモは暇でもなければ弱くもない。
むしろ、敵対するなら大変結構、徹底抗戦で相手を叩き潰して、アマノムラクモの存在をアピールできる。
そうヒルデガルドは判断した。
ミサキにとっては最悪の手であるのだが、オクタ・ワンとトラス・ワンの判断としても、ヒルデガルドの意見は正解であるという結論がはじき出されたのである。
「では、我がロシアは、アマノムラクモの国家樹立を容認しません。それでよろしいですね?」
「結構です。アマノムラクモは、国際連合の加盟国全てが認める国になる気は、さらさらありません。以後、ロシアの質問は認めません」
キッパリと切り捨てるヒルデガルド。
「では、我が中国もアマノムラクモの国家樹立を否認します。あの東京湾での戦闘行為、我々は許し難いと認識していますか?」
「戦闘行為も何も、中国が宣戦布告もなしにいきなり攻撃してきたのではないですか? 私どもは、全世界中に流れている通信回線網を全て把握しています。その中には、我々に対して友好的に接しようとする国もありました。ですが、中国は、いえ、『東京湾に滞在していた中国艦隊』は、我々に何を告げましたか?」
ヒルデガルドは知っている。
あの中国艦隊の一斉攻撃は、全て仕組まれたものである事を。
全ては、東京湾に展開していた中国艦隊の独断専行。それを正当化するために、中国本土に送った『偽の報告』。
『先制攻撃を行ったのはアマノムラクモであり、我々中国艦隊は、やむなく迎撃任務に入った』
それを全て信じるほど、
すでに、独断専行でアマノムラクモとの接点を削り切った艦隊司令の処分は決定している。
その上で、手出しができず、手に入ることのなくなった未知のテクノロジーよりも、隣国であるロシアに追従する方が得策であると判断した。
「そのようなことは詭弁だ、我々は、同盟国である日本に進軍したアマノムラクモの排除を行なったに過ぎない。アマノムラクモの存在は、この地球においては百害あって一利なしと判断します」
「どうぞ、ご自由に。では、中国も質問権を取り消します」
この後も、アジア諸国は中国とロシアに並んで、アマノムラクモの国家樹立を否認。
だが、アメリカの一言で、状況は覆されることになった。
「アメリカだが。まず、作戦行為とはいえ、貴国に対する攻撃行為を行なったことについては謝罪したい」
貴国。
アメリカは、アマノムラクモを国家として認めた。
それも、世界中に報道されている中で。
「その上で、我がアメリカ合衆国としては、アマノムラクモに在アマノムラクモアメリカ大使館を置きたいのだが。名前が長すぎるので、何か略称もあると助かります」
──クスッ
この日、ヒルデガルドは初めて笑った。
計算では、ロシアが落ちてアメリカは最後まで徹底抗戦でくると予測していたのだ。
これにはトラス・ワンも絶句しているが、オクタ・ワンの予想はこれが正解。
「では、名前の元となった日本の文字を使用します。アマノムラクモ、漢字では天叢雲。在天アメリカ大使館とでも、呼ぶことにしましょう。大使館設営の件については、前向きに検討します。他国でそれを求める国がありましたら、後日、交渉代理人を通じて連絡をもらうことにしましょう」
この場での申請は認めない、そうヒルデガルドは説明した。
この場はあくまでも質問会であり説明の場。
世界中に代表たちの姿が映し出されているこの場において、正式に謝罪したアメリカをヒルデガルドは認めた。
その後も、アマノムラクモの国家樹立に対しての、各国の姿勢が見え隠れしたが、否認する国家の意見は、概ねこのような感じである。
『国家とは大地があってこそ。アマノムラクモは大地を持たない存在であり、そんなものは国家として認めない。だが、我が国の属国としてなら、容認しなくもない』
つまり、無条件に従え。
また、領土として自国の島を譲渡する代わりに、従いなさいという国もある。
そんな意見など、ヒルデガルドは鼻で笑うかのように却下した。
最低でも対等。
これが、アマノムラクモの条件。
このあとも話し合いは続いたが、全てが平行線に突入したので、ヒルデガルドもこれ以上の説明は不要と判断した。
「では、これ以上は論議の必要がありません。私たちはこれで失礼します。交渉テーブルにのる意志をお持ちの国家に対しては、後日、こちらから正式にご連絡を差し上げますので」
それだけを告げ、一礼して会場を後にする。
その直後、施設の外で待機していた各国の特殊部隊は、一斉に活動を開始した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はぁ。対人センサーに反応あり。数は……最大グループは48人、最小グループが4人。合計286名の、世界最強の特殊部隊連合、とでも呼称します?」
「ヒルデ姐さま。転移術式で帰艦しますか?」
「そうですね。ですが、それは、この脅威を排除してからですね。グリム、殺してはダメですからね」
「対人用ショックナックルを使います」
──ブン、ジャキッ‼︎
グリムゲルデが両手を同時に真下に向かって振る。
すると、スーツの袖から、左右一対のナックルガードが形成された。
それはすぐさま帯電し、青白く輝いている。
「囲まれてますけど、発砲はできない。迂闊に撃つと、別の場所の他国のエージェントを巻き込む。この状態では、何もしないのが得策ではありませんか? 後ろのSEALsさん?」
ヒルデガルドが、後ろから近寄る四人組に問いかける。
そこには、隠れることなく近寄ってきた、アメリカの特殊部隊SEALsのメンバーが立っている。
「我々に敵対意思はない。君たちを警護する目的で接近しただけだ」
「ええ。殺気も敵意も感じませんから、そこは信用します。それで、貴方達で、この包囲網を越えることはできますか?」
「愚問。そう言いたいところですが、いくら我々が精鋭とはいえ、200名を越える各国の特殊部隊相手では、棺桶を背負って走りたい気分です」
「では、ここからは手出し無用で。グリムゲルデ、行きますわよ?」
「はい、お姐さま‼︎」
──シュン
この時の、ヒルデガルドとグリムゲルデの戦闘を見ていたSEALsのメンバーは、皆、口々にこう呟いた。
ただ、風が吹いただけ。
それだけで、あちこちに潜んでいた特殊部隊が、次々と無力化されていった。
発砲音が激しくなり、あちこちでフレンドリーファイヤーしていたかもしれない。
だが、彼らは選ばれし存在、目的を遂行するためなら、たとえ友好国であろうとも牙を剥く。
5分、それが、各国のプライドがへし折られるまでにかかった時間だった。
「……ズボンが破れましたわ。また買い物に出ないとなりませんね?」
「お付き合いします。私もこの通り、袖が焦げてしまいましたから」
「あら、出力は調節してなかったの?」
「最低出力ですよ。でも、この通り……」
まるで、女子高生が下校する時のようなノリで話をしているヒルデガルドとグリムゲルデ。
そして、自分たちを畏怖の目で見るアメリカ特殊部隊に気がついて、にっこりと笑う。
「後始末はお任せしますわね。お手柄ですわよ? 各国の特殊部隊の精鋭、その身元や装備を全て知ることができるのですからね?」
──ザッ‼︎
ヒルデガルドの言葉に、SEALsは一斉に敬礼すると、すぐさま活動を開始した。
それを見て、ヒルデガルドとグリムゲルデも、転移術式でアマノムラクモへと帰還した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ジュネーブで行われた、アマノムラクモの演説。
そして説明会を見た、世界中の人々は、その存在に恐怖した。
未知のテクノロジーを持つ、巨大な機動戦艦。
それが国家として宣言するなど、誰が想像したであろう。かつて、日本では原子力潜水艦が国家宣言した漫画があったのだが、今回はそのスケールを越えている。
そして、誰が流したのかわからない、どこかの国で起こった、特殊部隊の戦闘画像。
素顔や装備はわかりにくいように加工されているが、そっち方面の専門家ならすぐに理解できた。
世界中の特殊部隊が、二人の女性に敗北を喫した。
特殊部隊を派遣した国は、その動画の閲覧を禁止し、アップロード元に対して警告を送った。
だが、動画はかなりの数がダウンロードされ、そして、さまざまな動画配信先に流れていった。
機動戦艦アマノムラクモが、その動画の配信を行なったという噂も流れたものの、真実は誰にも分からなかった。
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