第9話・圧倒的大差と、知略戦略

 機動戦艦アマノムラクモから飛び出したヘルムノアールは、アマノムラクモ上空で周囲を見渡していた。

 現在の状況から、もっとも効率よく、かつ、敵戦力を損耗させることができるか。

 それも、艦長であるミサキの命令である『人的被害を出さない』を遂行しつつ。


「効率重視で、戦力損耗……うん、これは艦長のための『仕入れ』と考えると良いですね。お代は結構、皆さんの命の安全が代価です。これで行きましょう」


 ヘルムヴィーケは、周囲を旋回しつつ攻撃を行なってくる戦闘機を無視した。

 この世界の物理的火器で、このマーギア・リッター『ヘルムノアール』が損傷することはない。

 また、同じようにワルキューレたちを破壊せしめるものなどない。

 彼女たちの素材も、マーギア・リッターと同じ装甲材・オリハルコン合金。魔導の力なくては、傷一つつけることなど不可能である。


──broooooom

 中国海軍が誇る最新鋭戦闘機『殲撃20型』。

 その後継機であり試作機である『殲撃21型』が放つ30mm単装機関砲の攻撃でさえ、ヘルムノアールの装甲表面を覆うフォースシールドを引き剥がすことはできない。

 

「火力が足りないですね。それに、加速性能は誉めて上げますけど、旋回性能は今ひとつ……この世界の水準なら、そこそこに凄いのでしょうけど、搭乗員の安全を考えてのスペックなのでしょうね」


 ゆっくりとヘルムノアールの向きを変える。

 目標は、中国艦隊の奥、ロシア艦隊。

 攻撃してきた艦隊ではなく、それを無視して、奥の艦隊に狙いをつける。

 ロシア艦隊は、中国艦隊がアマノムラクモと交戦してから、ずっとデータ収集を続けている。

 それと同時に、海面下ではロシアの新型潜水艦『クニャージ・ウラジーミル』が音もなくアマノムラクモを追尾している。

 

──バン‼︎

 背部スラスターから魔力素が高温で吹き出し、ゼロ速度からコンマ二秒で音速を超える。

 その衝撃波で殲撃21型はバランスを失うものの、すぐに体勢を整えてヘルムノアールを追尾する。

 だが、その先にはロシア艦隊旗艦である『グレミャーシュチイ級コルベット』が待っている。


 そのグレミャーシュチィの艦橋手前に、ヘルムノアールが停止すると、背中に背負っていた大口径ブラスターを構える。


『警告する。この船の船員は、速やかに退艦するように。制限時間は三十分、それまでに退艦しなかった場合は、命の保証はないと思いなさい』


 ヘルムヴィーケが、流暢なロシア語で、声高らかに宣言する。

 グレミャーシュチィの艦橋は混乱状態、本国に連絡を行ったり、アマノムラクモ下を潜航しているクニャージ・ウラジーミルに打診したりと、混乱が収まる様子はない。


 そして、艦橋真横にピッタリと位置することで、中国の殲撃21型も攻撃の手が止まる。

 ヘルムノアールをはじめ、アマノムラクモに対する攻撃は停止し、今は、ロシア艦の動向を見守ることにしたらしい。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 同、アマノムラクモでは。

 ミサキは艦橋で、ヘルムヴィーケが何をするのか、じっと見ていた。


「この場合、直接攻撃してきた国ではなく、第三国を人質に取る形にして、二つの国の攻撃を止められるのか。なるほどなぁ」

『ピッ……中国は、ロシアに対して攻撃できません。もしもこれがアメリカであれば、躊躇なく攻撃を行なった可能性が16%です』

「それでも少ない。逆に、アメリカを人質に取ったとしたら?」

『ピッ……ロシアと中国は、アメリカ艦隊に総攻撃を仕掛けたかもしれません。平和維持という名目で。もっとも、確率は13%と、先ほどよりも少ないです』

「失敗したあとのフォローも込みで、その数値か。それで、ヘルムヴィーケは、このあとはどうするつもりなんだ?」


 まさかとは思うが、これでおしまいではないだろう。

 アマノムラクモは今もなお、指定座標に向かって進行を続けている。

 他国艦隊も追従する形であるが、今現在、日本の領海内で戦闘行為を行ったのは中国艦隊のみ。

 このあとは、日本政府から『遺憾砲』が打ち込まれるだろうが、日本の『遺憾砲』は火力がない。

 しかも、それが使われることを前提に動いている節もなくはない。


「ヘルムヴィーケから入電。アマノムラクモ前方八十六番格納庫を使えるようにしてほしいとのことです」

「オクタ・ワン、八十六番格納庫って、あのでっかいやつ?」

『是。ヘルムヴィーケは、あの戦艦を拿捕するのではないですか?』

「あ〜なるほどなぁ。なんで?」

『ピッ……私はヘルムヴィーケではないので、その真意は掴めません。今は、彼女を信じて見守りましょう』

「本当に人間臭いよなぁ。まあ、任せた以上は、結末を見守るか」


 ここから三十分。

 モニターを確認すると、グレミャーシュチィの横にロシア空母が隣接した。

 そして、次々とグレミャーシュチィから乗組員が空母へと移動していくのが見える。

 なるほど、無力化して回収するのか。

 あれ、改造して魔導機関を積み込んだら、面白いだろうなぁ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 苦渋の選択。

 グレミャーシュチィは放棄することが決定し、乗組員は隣接する空母アドミラル・クズネツォフに避難するしかなかった。

 ロシアとしては最新鋭戦艦、これを無傷で敵に渡すのなら、いっそ破壊した方がいい。

 そう判断したロシア上層部は、艦内の爆薬全てを時限信管と繋げ、戦艦一つを丸々、爆弾とする作戦に出る。

 もっとも、調整時間は三十分以内のため、それほど大掛かりな仕掛けを作り出すことなどできない。

 それでも、機密事項の塊であるグレミャーシュチィを自沈させるだけの火力は搭載している。


「グレミャーシュチィ一隻と、敵機動兵器の残骸一つ。等価交換とまではいかないが、十分な価値はある……」


 ロシア大統領フーディンは、そう判断してグレミャーシュチィの爆沈を許可した。

 だが、この予想は大きく外れることになる。


『時間です。隣の空母は避難してください……』


 ヘルムノアールからの警告を受けて、アドミラル・クズネツォフがゆっくりと離れる。

 そしてグレミャーシュチィの爆発の影響を受けることのない距離まで移動し始めたとき、アマノムラクモから機動兵器が次々と降下。

 グレミャーシュチィの船体をグルリと取り囲むと、一斉に持ち上げた。


──ガゴン‼︎

 マーギア・リッターから射出された牽引用マナフィールド。これに包まれて、グレミャーシュチィは空高く上がり始める。


「い、急げ、時限信管はまだ作動しないのか?」

「間も無くです、アドミラル・クズネツォフの撤退時間も考慮に入れての設定ですので」


──ドッゴォォォォォォン‼︎

 空母のオペレーターが艦長に報告する。

 それと、空中でグレミャーシュチィが爆散したのは、ほぼ同時であった。

 不思議なことに、爆発した破片が周囲に飛び散ることはなかった。

 グレミャーシュチィを覆うようなかたちの、目に見えない壁によって爆発が外に出ることはなかったのである。

 当然ながら、周囲にいたマーギア・リッターの被害はない。

 

 この結果、ロシア艦隊は、予想外の展開により新型戦艦という賭けの代償を支払うことになった。


………

……


「本国に打診しろ、欧阳オウイァン首席にだ。我々の科学力では、あの機動戦艦を破壊するどころか、捕らえるのも不可能だと‼︎」


 中国艦隊司令が、今、目の前で起こった現実に驚愕していた。

 いや、正確には中国艦隊だけではない。

 アメリカも、ロシアも、その他の各国の艦隊も、信じられない真実を突きつけられて、言葉を失ったのである。


 戦艦が自爆しても、その破壊力が外に出ないバリア。

 

 そんなものを所持している存在を敵に回す? 

 それこそ、あり得ないとしか言いようがない。

 それよりも、もう一つの恐怖が、今、目の前で起こり始めていた。


──ゴゥゥゥゥゥゥ

 予定外の爆発。

 まさか、自国の戦艦を爆弾として扱うなど、ヘルムヴィーケの戦術データには存在しない。

 

「等価交換? 違いますね。これは、明らかに敵対行為でしょう」


──ゴゥゥゥゥゥゥ

 ヘルムノアールを隊長機とする、合計7機のマーギア・リッターが、ロシア空母アドミラル・クズネツォフの周りを取り囲んだ。


『警告する。今から二十分後、この空母に対して攻撃を行う。避難するのなら急いだほうがいい。先程の行為、我々は敵対行為と認識した……』


 先程とは違い、今度の警告は、感情を殺した、冷たい宣言である。

 そして空母艦長は、先程のグレミャーシュチィの艦長と同じように、本国に打診した。


 もう、ロシアは終わりました。

 我々は、未知の機動戦艦を敵に回しました。


 それだけを伝えると、艦長は搭乗員及びグレミャーシュチィから避難してきた乗組員全てを避難させるため、隣接する他国の艦隊にも打診を始めた。

 


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 グレミャーシュチィの爆発。

 これは、アマノムラクモにいたミサキにも、全くの予想外の展開であった。


「オクタ・ワン、あの爆発だと、流石にアマノムラクモにも被害は出ていたよな?」

『ピッ……格納庫が煤けます。多少の凹みは出るかと思いますが、致命的ではありません。せいぜい……格納庫付近の施設、設備の破壊程度でしょう』

「うん、やばいよね、それって。艦体装甲とフレームはオリハルコン合金、内部壁はミスリル軽合金か。そのミスリルが凹むって、凄いな」

『ピッ……その程度です。施設やクレーンなどは鋼材なので、ぶっ壊れますが、すぐに修復すれば、三日程度で元に戻ります』


 よし、それだけわかれば良い。

 いくら温厚な俺でも、アマノムラクモが傷つくとなると許し難い。

 アマノムラクモ内にあるファクトリーでは、工業用機材を作っている場所もある。

 まあ、普段は全く使い道がないので、稼働させてはいないのだけど、そこにお世話になるような事態は避けたい。



「ヘルムヴィーケに連絡。人死に出さない範囲で、好きに暴れて良いって伝えてくれ」

「了解。こちらコントロールセンター。ヘルムヴィーケ、リミッター解除です」

『了解、こちらヘルムヴィーケ。お土産を楽しみにお待ちください』


 さて。

 こうなると、他国の動きも気になるところではある。

 グレミャーシュチィの爆発後、中国艦隊は戦闘機を帰還させてから、アマノムラクモと距離を置き始めた。

 ロシア艦隊は現在、避難命令が出ているのかもう一隻のイージス艦へと乗組員を移している最中。

 そして他国もロシア空母からの避難の手伝いをしているのだが、問題はアメリカ。


 遠巻きに艦隊移動を行いつつ、アマノムラクモと付かず離れずの状態を維持。

 戦闘機を飛ばしたりすることもなく、静かに様子を見ているように感じる。


「ヴァルトラウデ、ロスヴァイゼ。通信網をハッキング、このアマノムラクモに向かって送られていると思われる周波数を感知。接続して欲しい」

「了解です。現在、アマノムラクモに対しての通信と思われるものは256波長を確認。警告及び降伏勧告を除きますと、一番発信源が近くて友好的なのと、魔導接続します」

「あいあいさ〜。接続開始、ポチッと」

「ロス……まあ、いいわ」


──プン

 通信回線が開く。

 相変わらずモニターに映し出されることはないが、音声はしっかりと届いてきた。

 通常なら不可能な通信への割り込みも、魔導波長で介入できるらしい。


『こちらアメリカ第7艦隊司令、オスマン・ヘイワード海軍中将だ。貴艦と話がしたい。繰り返す、こちらアメリカ……』

「私が機動戦艦アマノムラクモの責任者のミサキ・テンドウだ。アメリカとやらは、我々とどのような話し合いがしたいのだ?」

『はじめまして、ミス・テンドウ。我がアメリカは、貴艦を友人として迎え入れたい。そのための交渉を行うために、そちらに使節団を派遣したいのだが』


 使節団ねぇ。

 その送られてくる使節の中に、どれだけの海兵隊員が紛れ込んでくることやら。

 そんなことになったら困るわ、俺は生身なんだからな。


「交渉のテーブルは用意するが、それは我が艦の外で行う。おそらくは、先日の日本政府との話し合い以上のことは起こらないと思うがな」

『その件については、蓋を開けてみないとなんとも言えません。ただ、わが国のパワード大統領も、機動戦艦アマノムラクモを迎え入れたいと申しています』

「……そうだな。こちらとしても、これ以上の敵対行為を受けるのは望ましくない。どうせなら、まとめて話し合いに応じようではないか。場所は、国連本部、我々はそちらに向かうので、そこで落ち合うとしよう」


 よし。

 スイスへ移動するぞ。

 国連を相手取って、ついでに国家として宣言してやるわ。

 イギリス沖のシーランド公国のように、完全独立した国であることを認めさせれば、今後は手出ししなくなるだろうからな。


『了解です。では、そちらでお会いできるのを、楽しみにしております』

「ああ、ついでに、交渉のテーブルに乗りたい他国もまとめて来てもらう事にするからな。私とアメリカの話し合いではなく、地球の国家すべてと、私との話し合いだ」

『ち、ちょっとお待ちください‼︎』

「では、他国については、私の方から連絡を入れておく、以上だ」


──ピッ

 これで通信はおしまい。


「オクタ・ワン。現在、このアマノムラクモの周辺に存在する各国の艦隊に、今の話を通信してくれるか?」

『ピッ……了解です。全てこちらで手配しておきますので』

「そんじゃ、よろしく頼むわ。俺は、ちょっと身を守る術を作ってくるから」

『ピッ……装備を錬金術で作るのですね。いや、この場合は武装を錬金術で……つまり、短く訳すと武装練『だ、ま、れ』失礼しました』

「危ないわ。ゲルヒルデ、進路変更、スイスに向かってくれるか?」

「了解ですわ。進路変更、目標座標設定。機動戦艦アマノムラクモ、スイスに向けて出発ですわ」


 ゴゴゴゴゴ。

 ゆっくりと航路を切り替え、アマノムラクモはスイスへと向かう。

 そして俺は、やることをやらないと、外には出たくない。

 これより、錬金術タイムに突入する‼︎

 

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