83話


 「……お父さんを助けにきたよ」


 ベッドで横になって私をみている元父親にそう告げる。

 聞いた本人は驚いた顔でこちらを見ていた。まるで狐にでも化かされているんじゃないかってぐらいの表情をしている。


 「何故私を……おまえにとって、私は——」

 

 「——憎いよ、いまだに……」


 私は、目の前の男を睨む。

 

「最初は助ける気なんてなかった。 そのまま大翔と同じように苦しみを味わって、そのままあの世に逝ってしまえ……って思ってた」


 私の言葉に男は目を瞑ったまま何も答えようとはしなかった。


 「それを話したら弟に怒られたよ……『人の命を見捨てるような姉になってほしくない』って」


 「弟……?」

 「……今の私の大事な『弟』だよ」

 「あぁ……あの時一緒にいたあの子か」

 「……うん」

 

 男は私の方をずっと見ていた。


 「……悠弥は大翔とは違うけど、とても優しい子だよ」


 父親の死を望んでいた私に対して、悠弥は私を軽蔑することなく、間違っていると教えてくれると同時に、立ち向かう勇気をくれた。

 悠弥がいなかったら私はいつか、どこかで後悔していたかもしれない。 

 

 「そうか……深愛はまたお姉さんになれたんだな」


 男は静かな声で話す。


 「……それなら余計、私を助ける必要などないだろう」

 「……何を言っているの?」

 「私を助けようと思う深愛の気持ちはとても嬉しいが……」 


 男は何か吹っ切れたような顔をしていた。


 「私はここで終えるつもりだ。 両親もいない、守るべき家族もいなくなった。 これ以上生き続ける意味などない」 

 

 男は「深月さんも深愛も今は幸せのようだからな……」と呟く


 「……まさかとは思うけど、あの世で大翔に謝ろうなんて思ってないよね」


 私の言葉に男は「そうだなと」答えたことに苛立ちを覚え……


 「ふざけないで……」


 体を震わせながら怒り混じりの声をあげる。


 「それじゃ単なる逃げてるのと一緒じゃない……! 逃げてる人に謝られたって大翔が喜ぶとでも思ってるの!!」


 この病室にいるのは元父親と私だけの2人だけ。

 部屋にはほぼ無音に近い状態のため、私の叫び声が響きわたっていた。

 

 「……では、どうしろというのだ。 母の作ったレールの上を歩いていた私にできることなど——」


 「——生きることぐらいできるでしょ」


 感情が表立った言葉に対して私は淡々と答える。


 「生きる……?」

 「そうだよ、お父さんがこれまでどんな風な人生を送ってきたのか、教えてくれなかったからわらないけど、生きてきて、そして今も生きてるでしょ!」


 ……気がつけば目の前が霞んでいた。それと同時に目尻も熱くなっていたのでまた泣き出してしまったみたい。

 

 ——なんでだろうね、全然悲しくなんて……ないのに


 「でも、苦しくても誰も助けてもらえなかった大翔は、もう生きることはできないんだよ! 私や琴葉……それ以外にも生きていたらできた友達と遊ぶことだってしたかったと思う!」

 

 私は目尻に溜まった涙を手で拭き取る。


 「それよりも苦しみが強くなったから自ら命を断つことしかできなくなっちゃったんだよ! でもお父さんは違うよ! 私が助ければお父さんは生きることができるんだよ!!」


 前もって話すことを準備をしていたのに、いつの間にか感情的になって話の順序も関係なくただ、ひたすら伝えたいことを口にしているだけだった。

 元父親は叱られた子供のように頭を抱えていた。


 「……大翔の分まで生きて」 


 そんな男に私はそう答える。

 ……結論から言えばこれが一番言いたかったことなんだけど


 「私が……大翔の分まで……」

 「そうだよ、大翔が生きられなかった分、お父さんが生きてあげてよ」


 ……私は大翔が遊べなかった分まで遊ぶと心に決めている。

 それを目の前の男に伝えた。


 「……大翔の分まで精一杯生きて、限界まで生き抜いて——」


 最後に「それでから大翔に謝って」と言い放つ。


 しばらくの間、男は何も口にしなかったため沈黙が続いていた。

 感情的になって言ってしまったけど、ふと考えたらものすごい事を言ってしまったなと思い始めていた。


 「……そうか、私はまた逃げようとしたのかもしれないな」


 沈黙を破るように男が話し出した。

 

 「これが運命であれば、神というのは人間を苦しめるのがよほど好きなようだな……」


 なんか、一人でブツブツと話し出してるけど平気かな……


 「そうだな、あの子の分まで生きるとしようか……」


 元父親は頭を抱えて手を下ろして私の顔を見る。

 先ほどまでの死を目前に控えた暗い表情ではなく、生きる目的をみつけたような明るい表情に変わっていた。


 話が終わったので、担当医師のところにいくため病室を出ようとすると


 「深愛……」


 後ろから声をかけられ、思わず向いてしまう。


 「……ありがとう、深月さんや新しい家族と幸せにな」


 男……元父親は静かな声でそう告げる。


 「……うん」


 私は再びドアの方を向いてから


 「……お父さんも、元気で……」


 それだけ告げると急いでドアを出ていく。






 「……話は終わったか?」

 

 病室からでたすぐの場所で悠弥が立っていた。


 「……うん」

 「——言いたいことは言えたのか?」

 「……うん!」


 私はそのまま悠弥に抱きつき、声を殺しながら泣きだした。

 悠弥は驚きもせず、いつもみたいにため息もつかないまま、そっと私の体を抱きしめてくれていた。


——ありがとう、悠弥。

——悠弥が弟で本当によかった。



 その後は担当医師がいる診察室に行き、採血を行った。

 これまであまり自分の血を見ることがなかったのからか、勢いよく血が溜まっていくのを見ていたら気を失ったみたいで、病室で寝ていたとにいたと悠弥が話していた。

 






 それから半月が過ぎ、私も悠弥も待ちにまった夏休みに入った。

 その直前にママのスマホに元父親から連絡があり、私の血液で回復に向かっていると話をしていた。


 最後に「深月さんと深愛の幸せを願ってる」と告げて電話を切ったとか

 それを聞いたママは言葉を失い、一緒に聞いていたカズさんは「もちろんだ!」と大声をだしているのを見て悠弥は盛大にため息をついていた。


 カズさんは本当にママのことが好きなんだなって再認識したのと同時に、新しい家族がカズさんと悠弥でよかったなと心の中で思っていた。



 そして、7月が終わろうとしているある日、私は悠弥を連れてある場所に向かっていた。


 「……深愛姉、行き先ぐらい行ってもいいんじゃないか?」


 目的地がある最寄駅から乗ったバスの中で悠弥は不満の声をあげていた。

 どうやら今日は理人くんと朝からゲームをする予定だったらしいが、私が駄々をこねて無理矢理引っ張りだしていた。


 「もうすぐ着くから我慢するの!」


 私の返答に毎度のごとくため息を漏らす悠弥

 ……悠弥の幸せはとっくにないのかもしれないなぁ 

 

 そんなことを思っていると車内案内で目的地を告げられ、悠弥に停車ボタンを押させる。


 バスから降りて少し歩くと目的地に到着した。


 「緑山霊園……」


 入り口にある大きな石に掘られた文字を口にする悠弥。


 「こっちだよー」


 私は悠弥の手を取り、奥へと進んでいく。


 

 「まったく、遅いじゃないか。 まさか弟クンが寝坊したとか?」


 ずらっと墓石が並ぶ一帯にある一角に琴葉が立っていた。

 私と悠弥の姿に気づくと大きく手を振る。


 「遅い……って待ち合わせの時間より10分早いよ?」

 「おや、そうだったかな? まあいいじゃないか!」

 

 そう言うと琴葉は目の前に建つ、大きな墓石を見つめる。

 

 墓石には『鎌ヶ谷家之墓』と刻まれている。


 「深愛姉、ここってもしかして、大翔さんの……?」

 「うん……大翔に悠弥を紹介してあげたくて」

 「なるほどな……」

 「ってことで弟クン! はい、お線香」 


 琴葉は悠弥に束になっているお線香を手渡していた。

 風にのってお線香独特の匂いが私の鼻の前を通り過ぎていった。

 

 悠弥はお線香を置いてから再度手を合わせると、柄杓と水が入った桶を持って、墓石とその周りに水をかけていく。

 私も同じような手順を行なっていった。


 「大翔、熱中症にならないようにたくさんお水かけとくね」

 「……故人が熱中症にかかるわけないだろ」

 「もう! そういうこと言わないの! こう言うのは気持ちなんだよ!」

 「わかったから柄杓を振り回すな、水がかかるだろ!」

 

 私と悠弥のやりとりをみて隣にいた琴葉が笑っていた。

 最後に琴葉が墓石に水をかけると、3人で手を合わせる。


 「……深愛っちが相変わらずで安心しただろ? 深愛っちはあれからずっとこんな感じだぞ」

 「もう! 琴葉、それどう言う意味!?」


 琴葉の言葉に反応する私を見た悠弥はため息をついていた。


 「……大翔さんの気持ちがなんかわかる気がする」

 

 悠弥はため息混じりに呟いていた。




 「さてと、そろそろ帰ろうか!」

 

 一通りのお墓参りを終えたので帰ろうとするが琴葉は私の顔をみて……


 「私はまだここにいるよ、大翔ともう少し話をしたいからな……」


 と話していた。


 「話……?」


 それを聞いた悠弥は不思議そうな顔をして琴葉を見ていた。 


 「うん、わかったよ! 熱中症には気をつけてね!」

  

 琴葉にそう告げると、 私は悠弥の手を取りこの場から立ち去ることにした。


 「なんだよ深愛姉……って引っ張るな!」

 「もう! 悠弥は鈍すぎるよ!!」

 



 深愛っちと弟クンの姿が見えなくなったのを確認すると、私は大翔の墓石の方を向き……


 「どうだい、大翔……深愛っち、幸せそうだっただろ?」

 

 言葉を発することのない無機質な墓石に向けて声をかける。

 だけど、私には——


 ≪うん! そういえば琴葉ちゃんはどうなの?≫ 


 「……私か?」


 ≪そうだよ、高校生になったんだから彼氏とかできたり?≫


 「まったく、姉といいお前といい鉛の様に鈍いんだな」


 ≪どういうこと? 相変わらず琴葉ちゃんの言ってることはむずかしいよ≫


 「もう一度だけどいうぞ、これでわからなかったらこの墓石に刻み込むからな……」


 ≪バチが当たるよ……そんなことしたら?≫


 「うるさい、年上の言うことは黙って聞くもんだぞ!」


 ≪はいはい、わかったよ……≫


 「私が愛した男は後にも先にも……お前だけだ大翔」


 私の頬に温かいものが伝っていく。


 「……愛してるぞ、大翔」


 ≪うん、僕も琴葉ちゃんが好きだよ……≫


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は7/27(水)に投稿予定です


お楽しみに!


※次回からは久々の日常にもどります


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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