82話
「鎌ヶ谷さん、これ以上の治療は難しいかと……」
病室にやってきた若い医師はベッドで横になる私にこう告げた。
ベッドで横になっていた体を起こし、医師の話を聞くことに。
「こちらとしても献血を募ってはおりますが……」
「いえ、御自分をそこまで責めないでください」
医師の目には誰が見てもわかるぐらいのクマができていた。
私の治療のために、必死になっていることは手に取るようにわかった。
「せめて、ご親族の方から血液が採取できれば……」
昔から言われていることだが、私の血液は特殊なものでそう簡単に採取できるものではない。
そのため、大怪我などした場合はある程度の覚悟が必要であると言われていた。幸いなことにこれまでの人生で輸血が必要なほど大怪我をしたことがなかったが……
特殊な血液に関しては親や子供などの血縁者の輸血で採取することができるようだ。
——だが、今の私に血縁者などいない。
父親は私が高校の時に、大病を患った際に亡くなっている。
つい最近まで一緒に住んでいた母親も大病から復帰したと思った直後に去年の夏の異常気象で熱中症にかかり、あっという間にこの世を去った。あれだけ気丈な母が熱中症で逝くことになるとは思いもしなかった。
弟は母親の教育方針に嫌気がさし、高校卒業と同時に家をでていってしまった。存命ではあるようだが、住んでいる場所や連絡先など知る由もない。
ましてや、母親に一緒にいる私に協力などしてくれるはずもない。
そして子供は——
自分は1人であることを改めて実感する。
思わず乾いた笑いがこぼれてしまっていた。それを見ていた医師は
「まだ諦めないでください、他にもまだ方法はありますから!」
と、空元気に近い感じで無理矢理声を出して答えていた。
疲れ切って潤いなど皆無に近い目で言われても説得力がないのだが……
思わずそんなことを言いたくなったが、頑張ろうとしている人間に対して言えるほど今の私にそこまでの気力はなく。黙って聞くことにした。
「それでは鎌ヶ谷さん、夜にまた来ますので無理をなさらないでください」
そう言って若い医師はフラフラになりながら、病室から出ていった。
「私よりも自分の方をどうにかした方がいいのではないか……」
話す相手がいなくなった個室病棟は静まり返っていた。
再び、体を倒すと睡魔がドッと押し寄せてくるような感じになり、目を瞑るとすぐに眠りについていった。
次の日の朝、軽い診察と朝食を済ませ、体を倒すが昨日のようにすぐに眠りにつくことができなかったため、音響代わりにテレビをつけていた。
この時間、どのチャンネルも朝の報道番組が放映されていた。
それが終わると、この夏に上映される映画の紹介が始まる。
その映画のテーマは『運命』だと主演男優が話す。
「……運命か」
今、自分が置かれている状況は運命なんだろうか……
両親や息子には先立たれ、残った妻と娘は自分から離れていき、まさに天涯孤独とも言える状況で、死というものが目の前で待っている状態。
これが私の定められた運命だとしたら——
思わず私の口から深いため息が溢れていく。
「神というものは残酷なお方だな……」
私はこれまでに神の存在というものを信じたことはないが、今日に至っては神という存在を信じると同時に今の状況に追い込んだ神に対して悪態をつきたくなっていた。
どうして私ばかりがこんな目にあわなければならないのかと……!
意味もなさない思考が頭の中を巡っているとふと、喉の渇きを感じる。
部屋の奥にウォーターサーバーがあるので、ベッドから降りて向かうことに。
備え付けの紙コップに冷水をついで一気に飲み干すと、喉の渇きと同時に頭がスッキリとしたのか、先ほどまで頭の中で巡っていた意味を成さない思考がなくなっていた。
紙コップをゴミ箱に捨て、ベッドに戻り布団の中に入っていく。
水を飲んだことで頭の中がスッキリしたことで冷静になれたのか、改めてこれまでの自分の人生を振り返ってみた。
思えば私は、いつでも母親の指示に従っていた。
父が病に伏せてからは母親が家を仕切る様になり、気がつけば母親の言うことは絶対的になっていた。
私はそんなことに疑問になど思うことなく母の敷いてきたレールの上をただ歩んできた。
と、言えば聞こえはいいが、早い話が自分で考えることをせず、楽な方法をとっていただけだ。
唯一母親に逆らったのは深月さんとの結婚の時だったなと、今となっては笑い話にもならないなと思ってしまう。
結婚後は母も諦めたのか、私にとやかく言わなくなってきたが長男である大翔が産まれた途端、またこちらに接触するようになった。
――鎌ヶ谷家のために
母の強硬な手段に私は逆らうことができなかった。
いや、怖かったと言ったほうが的確かもしれない。
そのせいで大翔を苦しめてしまい、死に追いやってしまった。
また、不幸は続くもので大翔の件で妻や娘から父親としてみられなくなり、また母が一方的に離婚届をおくってしまったばかりに、私の家族はバラバラになってしまった。
そう……全てにおいて悪いのは私、鎌ヶ谷栄一だ。
全ては私が至らないせいでこうなったのである。
その結果、この運命を背負ってしまったのなら潔く受け入れるしかない。
「私が死んだとしても悲しむものはいない……これがいいのかもしれないな」
覚悟を決めたというのはこういうことを言うのだろう、さっきまでのイライラやモヤモヤした感情はなくなり、まるで台風の後の晴れ間にいるような清々しい気分になっていた。
そうと決まったら、すぐにでもあの若い医師に伝えよう。そうすればあの医師も体を休めることができるだろう。
ベッドの脇に設置されたナースコールを押そうとした時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
あの若い医師だろうと思い、声をかける
「……失礼します」
ドアの向こうから聞こえた声は医師ではなく、若い女性の声だった。
まだ、ナースコールは押していないはずだが……?
ドアを開けて入ってきた人物を見て私は思わず目を見開いてしまう。
「……お久しぶりです」
——お父さん
そう言って、部屋に入ってきたのは、ジーンズジャケット姿の娘
……深愛だった。
「どうして……ここに……」
娘の深愛はドアを閉めると、ゆっくりとこちらに向かい
来客用として使われているパイプ椅子に座る。
「……お父さんを助けにきたよ」
睨みつけるように私を一心に見る深愛はそう告げた。
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【あとがき】
お読みいただき誠にありがとうございます。
次回は7/23(土)に投稿予定です
お楽しみに!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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