80話


 「あれ、何かこの前着た時と印象が違う……」


 来月から通う高校指定の制服を着て鏡面台の前に立つ。

だが、自分が想像していた姿から遥かに離れすぎていて軽く落ち込む。


 制服専門店で着た制服ってもしかしてよく見えるように作られているのかな

と、言いがかりに近いようなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 「深愛っち、遊びにきたよ」


 声の主は琴葉だった。


 「あ、着替えてるから先にリビングに言っててー!」

 「わかったよ」


 私は制服のボタンをキッチリと閉めると部屋を出て、友人の待つリビングに向かった。





 「おばさん、この子可愛くないですか!?」

 「あら、可愛いわね。 もしかして琴葉ちゃんの推しキャラ?」

 「えぇ、このキャラならいくらでも貢げます!」


 リビングでは高校の制服姿の琴葉とトレーナーにスラックス姿のママが話していた。

 椅子に座りながらも琴葉は身をママの方へ乗り出しながらスマホを見せている。


 「いらっしゃい、琴葉……って何を見せてるの?」


 私が聞くと琴葉はニコニコしながらスマホの画面を見せてきた。

彼女の画面には栗毛色の髪をした中性的な顔つきのキャラクターが映っている。


 「どうだい、深愛っち、可愛いだろう! 昨日サービスインしたゲームでこの子、『鴨川 大河』っていうんだ」


 琴葉はメガネの奥で目をキラキラと少女漫画のキャラのように輝かせていた。

 私は乾いた笑いをしながら画面を見ていた。


 ——どことなくあの子に似ていた。




 琴葉を連れてリビングの隣にある部屋にある小さな仏壇の前に立つ。

 仏壇には元気だった頃に撮った大翔の写真が置いてある。


 私も琴葉は目を瞑ってからしばらく手を合わせる。


 「みてみて大翔、高校の制服かわいいでしょ?」


 先に目をあけた私は写真に向けて話しかけていた。


 「私の制服姿もどうだ? もしかしておまえも着たくなったんじゃないか?」


 琴葉も続いて大翔の写真に向けて話しかけていた。



 「まったく大翔は幸せ者だな、深愛っちと私の制服姿を一番に見ることができたんだからな」


 私服に着替えた私と琴葉はリビングに戻ってママが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。


 「もう2年が経つのね……」


 私の横の椅子に座ったママがふとつぶやいていた。


 「ですね……」


 琴葉が言葉を返す。


 「大翔のことは残念だったけど……深愛っちは何とかなってよかったよ」

 「……そうだね」


 私はマグカップに口をつけながら静かに答える。





 大翔が自ら命を絶ったあの日……あの子の遺体を見てしまった私は気が狂ったのかと

思えるぐらい悲鳴をあげていた。


 もしかしたらまだ生きているかもしれない

 そう思って、近づこうとするが、周りのお手伝いさんたちに止められる。


 そしてすぐに、お父さんとママがおばあちゃんの家に来て大翔の遺体を目の当たりにすると


 「大翔……!」


 ママは大声を上げながら大翔に近づくと


 「どうして……どうしてなの……!」


 落ちるように床を膝をつき、泣き崩れてしまった。

 私がそばに近づくとママは私に抱きつき、私もママの体に抱きつきながら泣いていた。


 「大翔……」


 その後ろでお父さんが静かな声で名前を呼びながらママと私を抱き抱える。


 


 「なんじゃ、朝から騒々しい!!」


 部屋の入り口に苛立ちを顔にだしたおばあちゃんが立っていた。

 苛立ちを隠すつもりのない声に反応して私はそっちを見る。

 おばあちゃんは、私やママ、お父さん……お手伝いさんたちを見ると、大翔の遺体を見る。


 ——まるで汚いものを見るような目で


 「苦しいからと自ら命を絶つとは……栄一、どんだけ甘やかして育てたんだ!」


 その言葉に大翔を憐れむ気持ちなど微塵もなかった。


 「……大変申し訳ございません」


 お父さんは、おばあちゃんの方を向くと、頭が床につくんじゃないかと思えるぐらい深々と頭を下げていた。


 「もういい! さっさとそれを片付けろ! まったく穢らわしい!!」


 周りのお手伝いさんたちは、静かに指示に従おうとしていた。 


 「……ふざけないで」


 私は体を震わせながら必死に声を出す。


 「なんじゃ?」

 

 部屋を出ようとしていた、憎たらしい老婆は足を止めて私の顔を睨みつけていた。


 「……大翔がどんなに辛い思いをしたのかわかっているの!」


 喉の奥が痛くなるぐらい大声で叫んでいた。


「知らん! こんなことで弱音を吐くやつなど生きる価値はない!!!」


哀れみや慈悲など微塵もない言葉に私の怒りは爆発した


「おまえが……大翔を殺したんだああああああ!!!!」


抑えきれない怒りをこの老婆にぶつけようと立ち上がるが……


「深愛……」


お父さんに腕を掴まれたと思ったら——


——バンッ!と大きな音と同時に自分の右頬に痛みを感じる。


私は頬を手でおさえながら自分のそのまま座り込み、顔をあげる。



——私の頬を叩いたのはお父さんだった。

あの老婆の前に立ち、私を睨みつけていた。


「何で……」


わけがわからなかった……

お父さん……何で私を叩くの……


「ふん、鎌ヶ谷の血が流れているとはいえ、所詮半分はどこぞの馬の骨かわからん家のものじゃな」


老婆はママの方をむいて侮蔑の言葉を浴びていた。

それに対してお父さんはママを庇うことなく俯いていた。


「……お父さんなんでよ……何でママを助けてあげないの……」


この状況がうまく頭の中で整理できなかった私はそのまま大声をあげて泣き出していた。


 数日して大翔の葬儀が行われたが、出席したのは私とママ、ママの方のおばあちゃんとおじいちゃん、そして琴葉だった。


 みんな大翔の亡骸を見ては涙を流していた。

 特に琴葉は精神的に傷ついて意識がはっきりしない私の代わりに大量に涙を流していた。


 

 ……あの男と老婆が顔を出すことは一切なかった。



 大翔の葬儀を終えたママや私は心労と精神的に傷ついてしまい、まともな生活を送ることができなかった。

 その状態を見かねたママの方のおじいちゃんとおばあちゃんが家に来て助けてくれていた。


 その間に、何度も琴葉が訪ねてきていた。


 「深愛っち大丈夫かい?」


 琴葉は私を元気づけようと以前と変わりなく接してくれていたが

 ……私はベッドで横になったまま何も答えることも反応することもできなかった。


 「……深愛っち」


 それでも琴葉は毎日のように私の家を訪ねて私に声をかけてくれていた。


 「……辛いのはわかるけどこんなふうに部屋で篭っていても何も変わらないぞ」

 「……琴葉にはわからないよ」

 

 私は琴葉の言ったことに苛立ちを覚える


 「……他人の琴葉に実の弟を失った気持ちなんてわかるはずがないよ!!!」


 思ったまま怒りを友人にぶつけてしまっていた。

 後々考えれば単なる八つ当たりだ。


 「……そうだよ、私は単なる他人だ」


 私の言葉に傷ついた琴葉は鼻声混じりに返す。


 「だけど大翔を思う気持ちは深愛っちには負けてないと思ってるよ!!」


 琴葉は大きな声をあげ、そのまま話を続けていく


 「それと同時に深愛っちも大切な友人だ! このままじゃ深愛っちも大翔と同じようになっちゃうんじゃないかって!!!」


 私は何も答えることができなかった。 


 「深愛っちまでいなくなったら……わたし……」


 次第に琴葉は泣き出してしまう。


 「琴葉……」


 私はベッドから立ち上がり、フラフラになりながらも彼女の元に行くと黙って体を抱きしめていた。


 「琴葉……ごめ……ん」


 私もそのまま泣き出してしまっていた。




 しばらくして鎌ヶ谷の家から離婚届が送り付けられていた。

 ママは悩んでいたが、これ以上ママと私が傷つく姿をみたくなかったおばあちゃんが代理で記載して送り返していた。


 

 そのあとすぐに離婚が成立し、私とママは袖ヶ浦の姓を名乗ることになった。





 月日が経ち、私と琴葉は一緒の高校に受かり、来月から晴れて高校生となる。


 「2人とも高校生なのね、何だか年を感じるわね……」


 マグカップに入ったミルクコーヒーを飲みながらママがふとつぶやく


 「そんなことないですよ、おばさんまだ若いじゃないですか!」


 琴葉はフォローを入れるが、ママは悲しそうな顔で「そのフォローが一番傷つくのよ」と話す。


 あれからママは私の学費をどうにかしないとね……と言って働き出した。

 運が良かったのか、出来たばかりの会社の求人を見つけ、面接に行ったら、その会社の社長と気が合ったみたいで毎日楽しそうに仕事に行っている。


 「ママ、聞いてほしいことがあるんだけど」

 「どうしたの? お小遣いなら当分ダメよ」

 「違うー!」


 私のムキになって否定する顔を見てママは笑っていた。


 「高校生になったら、やりたことがあるんだ」

 「何を? 変なことじゃなければいいけど……」


 ママは心配そうな顔で私を見る。


 「私ね……いっぱい遊ぼうと思うの、大翔ができなかった分まで!」

 

 大翔は中学になってから遊ぶことは許されていなかった。

 ……中学生になったら新しい友達もできてもっともっと楽しいことだってあったはず

 でも、それを許してもらえず、苦しんだ末に自ら命を絶ってしまった。


 「だからね、成績がうんと下がってしまうかもしれないから、前もって言っておこうかなって」


 ママは呆れたと言わんばかりにため息をつく。

 私や琴葉がいく学校は大学まである付属高校。しかもそれなりにレベルも高い。


 私も琴葉も中学の時にそれなりに成績を収めていたので推薦がもらうことができ、何も問題なく受かることができた。


 また、よほどのことがない限り、大学へはほぼ確実に進学できると言われている。

 まさに私がこれからやりたいことができると思っていた。


 「そうね、高校生じゃないとできないことがあるからね、別にいいとは思うわよ」


 納得したのかママは私の穏やかな顔で私を見ていた。


 「でも留年はダメよ、成績は最下位でもいいから3年で卒業すること! いいわね!」 

 「うん、ありがとうママ!」

 「でも、深愛っち、遊ぶと言っても何をするんだい?」


 喜ぶ私を見て目の前に座る琴葉が声をかける。


 「えっとね、昨日本屋で見つけたのがあるんだけど」


 そう言って私は自分の部屋に行き、一冊の本をもってリビングに戻る。

 本を見たママは手にとって中身を見ていく。


 「へぇ、今は女子高生向けのファッション誌なんてあるんだ」

 「そうだよ、それでここ見てほしいんだけど」


 前もって折り目をつけていたページを開いて2人に見せる。


 「……新学期! ピカピカのギャルデビューするなら今……」 


 派手な色で書かれたキャッチフレーズを口にする琴葉。

 

 「深愛っち、まさかとは思うけど……」 

 「うん、私ギャルになろうと思って」

 

 私の返答に琴葉は驚きを隠せない様子だった。


 「いやいや、意味がわからないって! 何でギャルなんだい!?」

 「ギャルって何か楽しそうに遊んでいるイメージがあるから……?」


 その直後、ママと琴葉の口からから盛大なため息が漏れたことはいうまでもない。


 「お願いだから、校則違反にならない程度にやってね……学校に呼び出されるの、私だからね」

 「大丈夫だよ、怒ったママに敵う先生なんていないから!」

 

 ママはそれ以上何も口にすることはなかった。


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は7/16(土)に投稿予定です


お楽しみに!


P.S 次は久々に悠弥くん登場します


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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