79話



 「ただいま……母さん、深愛ちゃん」


 お父さんに連れられて弟の大翔が戻ってきた。

 けど、私の目に写った大翔は……


 ——最後にあった時とは別人と思えるぐらい顔も体もやせ細っていた。

 それに血色も悪いのか顔が青白く見える。


 最後に見た時は私より少し背が小さくてちょっと小太りな子だった。


 私は横に立っていたママをみると、同じことを考えていたようで驚きの表情で目の前にいる自分の子供を見ていた。

 

 「……深愛ちゃん、どうしたの?」


 声は同じ高いキーのままだった。


 「う、ううん! なんでもないよ! それよりもおかえり!」


 私は無理矢理、笑顔を作って大翔に接していく。


 「ママがね、大翔のために美味しいご飯作ってくれたから早く食べようよ!」


 そう言って私は大翔の手を取り、リビングへ連れて行こうとする。


 ——掴んだ大翔の手は私の腕よりも細かった。




 「ごちそうさまでした……」


 最初に食べ終わったのは私の隣に座った大翔だった。

 茶碗にはご飯が半分以上、他のお皿には大翔の大好きなハンバーグが半分以上残されていた。

 前なら、軽く平らげて私の分まで食べてもらっていたのに……


 「大翔、まだ残ってるわよ……?」


 目の前に座るママが大翔に声をかける。


 「ごめん、なんか疲れちゃったみたいで、お風呂入って寝るね……」


 大翔は立ち上がるとフラフラになりながらリビングを出て行ってしまった。


 「あなた……どういうことなの……?」


 大翔がリビングを出て行ってからすぐにママがお父さんに声をかける


 だが、お父さんが何も答えることはなかった。


 「お義母さん、大翔にご飯食べさせてるの……?」


 ママが不安そうな顔でお父さんに疑問をぶつけていく……

 それでもお父さんは一言も口にしなかった。


 「ねえあなた! 何か言ったらどうなんですか!!」


 ついにママがテーブルの上をバンと叩き、お父さんを見る。


 「……すまない、今は何も言えない」


 お父さんは短い言葉を口にすると、立ち上がって自分の部屋に向かっていく。


 「何なのよ……」


 ママは頭を抱えてしまう。

 何か声をかけようにも言葉がみつからず、私はそのまま部屋に戻って行った。


 「……どうしちゃったの、大翔」




 次の日、大翔の部屋のドアを勢いよく開け……


 「大翔、おはよー!」


 と、大きな声で呼びかける。


 以前の大翔は誰よりも早く起きると同時にテレビの前に銅像のように

座ってゲームをやっていた。


 でも、今の大翔はベッドに横たわっていた。

 

 「あれ、珍しい! まだ寝てるの?」


 大翔の体を揺すろうとベッドに近づくと、大翔は体をこちらに向ける。

 どうやら起きていたみたいだけど……


 痩せこけたせいで目が強調されて見えてしまい少し驚いてしまう。


「……深愛ちゃんおはよう」 


 起きたばっかなのか、声に躍動感がなかった。


「おはよー! てっきりゲームしてると思ったよ」

「ははは、しようと思っても、なんかやる気がね……」


 大翔は乾いた笑いをしながら答えていた。


「そっか……」


いつもとは違う一言に私は曖昧な返事しかできなかった。

以前の大翔なら疲れていようが、風邪をひいてもゲームを最優先する子だったのに。


「あまり無理するのは体によくないから、ゆっくり休んでね」

「うん、ありがとう深愛ちゃん……」


そのまま私は大翔の部屋を出て行った。


「どうしちゃったの変だよ、大翔……!」


そのまま自分の部屋に戻ると、大翔の姿や行動など自分の知っている弟でいなくなっていたと思うと、声に出さず泣き出してしまう。


 結局その日、大翔は部屋で何もすることなく過ごすだけだった。

 


 「やあ、大翔元気にしていたかい?」


 大型連休2日目の朝、琴葉が私の家を訪れていた。


 昨日の夜、琴葉に大翔が帰ってきたことを伝えたところ

 

 『深愛っち、明日行くから!』


 と、文章でも興奮気味なのがわかるぐらいの即答で返事が返ってきた。


 家に上がった琴葉はすぐに階段を登って大翔の部屋に向かって歩き出していた。


 ノックせずに勢いに任せたママ大翔の部屋のドアを開けて中に入る琴葉

 ドア壊れてないよねと思いながら部屋に入っていく。


 「あれ、琴葉ちゃん……来てたんだ」

 

 今日も大翔はベッドで横になったままこちらを見ていた。

 

 「おいおい、2ヶ月も会わないうちにずいぶんと……変わったな」

 

 琴葉も大翔の姿に驚いたのか、言葉を詰まらせながら今までと同じように話しかけていく。


 「ははは、そうだね……」


  琴葉の言葉に力無く笑う大翔。


 「今だったら私の服のサイズでも合いそうだな。……久々に着たくなってきたんじゃないか?」

 「だから、僕にそういう趣味はないって……」


 それからは前のように琴葉は大翔に一方的に話していく。

 でも、前と違うのは……


 「まったく、琴葉ちゃんは相変わらずだね……」 

 

 大翔に覇気がないことだ。


 「……ごめん、琴葉ちゃん少し眠くなってきたかも」


 大翔の顔を見ると、たしかに眠いのか目が今にも閉じそうになっていた。


 「そっか、それなら寝る前にいつものやらないとな」

 「……いつもの?」

 

 琴葉は寝ている大翔を起こし、そのまま正面から抱きつく。


 「おやすみなさいの……ハグだ」

 「琴葉ちゃん、こんなことやったことないよね……」

 「たまには……こういうのもいいだろ?」 


 嬉しそうに話す琴葉だが……


 「琴葉ちゃん……泣いてるの?」

 

 声に気付いたのか、大翔は琴葉の方を向く。


 「……そうだな、久々に会えて嬉しかったんだ」


 一部始終みていた私は琴葉の思いがこちらまで伝わってきており

大翔に気づかれないようにするのに精一杯だった。


「それじゃ、大翔また今度な……」

「……うん、琴葉ちゃんまた今度ね」


琴葉が先に部屋をでて、私が部屋のドアを閉める。


「……深愛っち」


琴葉は私の背中に頭を押しつけていた。


「……ごめん、このままに……させてくれ……!」

「うん……」


 大翔に気づかれないように琴葉は声を押し殺し、体を震わせながら泣いて行った。


 琴葉は泣き止むと、迷惑をかけたねと言うとそのまま帰っていった。

 大翔は夕飯時にはリビングにやってきてご飯を食べていたが、食が進むことはなく残してそのまま部屋に戻ってしまう。


 久々に家族が全員揃ったにもかかわらず、何もできないまま大型連休が終わりを迎えようとしていた。


 そして連休が終わる2日前の夜

 明日には大翔がおばあちゃんの家に帰ることになった。


 「明日で帰っちゃうんだね……」

 「……そうだね」


 今日は珍しく大翔がベッドに座って私と話していた。

 「深愛ちゃん……」

 「どうしたの?」

 「ごめんね、一緒に遊びことができなくて……」


 大翔は申し訳なさそうな顔で私を見ていた。


 「そんなことないよ、私は久々に大翔に会えただけでも嬉しいよー」


 これ以上大翔の気持ちが沈まないようにするため今までと変わらない声のトーンで応える。


 「……ありがとう深愛ちゃん」





 そして、次の日の夕方に大翔をおばあちゃんの家に送ることになり、せっかくだからと家族全員でお父さんの運転する車で行くことになった。


 「……大翔はどうしてる?」

 

 運転席からお父さんが話しかけてきた。


 「私の肩にもたれかかって寝ちゃってる」


 私と大翔は後部座席に乗っていた。

 しばらくは話していたが、気がつけば大翔は私の肩にはもたれかかって眠っていた。

 今もすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。


 「そっか……」


 しばらくお父さんは何も話さなかったが……


 「深愛、明日予定なければ大翔の傍にいてやってくれないか?」

 「え?」


 突然声をかけられて、驚く私。


 「明日で休み終わるから何も予定いれてないけど……いいの?」

 「……あぁ、母さんには話はしてある」


 少しでも大翔の傍にいられるのなら……

 そう思って私はいいよと返事をした。



 おばあちゃんの家はいくつもの山を超えた奥地にあった。一度来たことはあるようだけど、私も大翔も赤ちゃんのときだったのでほとんど覚えていなかった。


 「……いつ見ても大きい建物ね」


 車を止めて外に出るとママが不機嫌そうな声を上げる。


 目の前にはテレビでたまに放映している時代劇にでてくるような武家屋敷のような建物が……

 辺りは大きな畑や古い作りの家がポツポツと立ち並ぶ中にあるため、ものすごく目立っていた。


 お父さんに連れられて中に入り、大翔が過ごしている部屋に案内をされる。

 部屋には机があり、囲うようにに大きな本棚が置かれていた。本棚の中には大翔が好む用なマンガやラノベといった娯楽で読めるようなものはなく、全て分厚い参考書だった。


 お手伝いさんが丁寧に準備してくれた布団の中にお互い向かうあうように入る。


 「なんか久々だね、こうやって寝るの」

 「うん、そうだね……」

 

 部屋の灯りは消されているため、大翔の顔をしっかり見ることはできないが、声から嬉しいのかなって思えていた。


 「……深愛ちゃん、明日の朝には帰るんだよね」

 「うん、お父さんが迎えにくるからね」


 明日の朝にはお父さんが迎えに来ると話していた。

 

 「そうだよね……」

 

 大翔は力なく返事をする。


 「寂しい?」

 「……うん」

 

 大翔は微かな声で答える。それを聞いた私は大翔の布団の中に入り……


 「深愛ちゃん……」

 「これなら寂しくないでしょ?」


 大翔の体を抱きしめていた。

 抱きしめられた直後は何も言わず黙っていた大翔だったが


 「……もう帰りたい」

 

 次第に大翔は涙声になっていた。

 

 「大翔……」


 それに対して私は大翔の頭を撫でてあげることしかできなかった。


 『甘やかすだけがいいことだとは思わない』


 お父さんが言った言葉が私の頭の中で繰り返される。


 これは大翔のため……なんだ……!

 そう思いながら私は細くなった大翔の体を強く抱きしめていた。





 ふと、目が覚めた……

 

 僕はあの部屋にいた。

 

 帰りたくなかった……


 もっと……ずっと……みんなといたかった……


 目の前には穏やかな寝息を立てて寝ている姉の姿があった

 

 ……明日からまた苦しい日々が続く


 一度帰ってお母さんやお父さん、深愛ちゃんや琴葉ちゃんの顔をみたら

頑張ろうと思えると思った。


 ……けど、ここに帰ってきたら余計苦しくなっていた。


 これ以上、苦しい日を送るのはいやだ……


 ……だから



 ——ごめんね、深愛ちゃん



 ——琴葉ちゃん



 ふと、目が覚めた。

 体を起こして周りを見るといつもと違う場所が映っていた。


 「そっか、おばあちゃんの家に来たんだっけ……」


 布団をめくって立ち上がる。

 そう言えば、たしか大翔を抱いて寝ていたはずだけど

 弟の姿はどこにもなかった。


 「……顔でも洗いにいったのかな?」


 布団を片付けてから部屋の外に出ると、昨日布団の準備をしてくれたお手伝いさんの他に、何人もの人が慌ただしく部屋の前を通り過ぎて行った。


 「あ、お嬢様!」

 「え……私?!」


 生まれてこの方呼ばれたことのない呼称で呼ばれて困惑する。


 「大変です、御坊ちゃまが……!」


 御坊ちゃま……って大翔のこと?


 「大翔がどうかしたんですか?」

 「それが——」


 お手伝いさんの話を聞いて、私はすぐに隣の部屋へ向かっていく。

 部屋の前には何人ものお手伝いさんが驚愕な表情で中を見ていた。

 かき分けて部屋の中を見る


 「ひ、ひ……ろ……と……」


 部屋には人形のように宙吊りになって項垂れている大翔の姿が——


 「いやあああああああああああああ!!!!」


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は7/13(水)に投稿予定です


お楽しみに!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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