77話


 「深愛姉……」

 「なに……?」

 「話すのが辛いなら無理に言わなくてもいいぞ」


 深愛姉が俺に聞いてほしいと言うので黙って話を聞いていた。

 よほど、その時のことが楽しかったのか最初は嬉しそうに話していたが、少し前から深愛の声が鼻声になっていた。

 そして今は……


 「平気だよ」


と服の袖で目尻に溜まった涙を拭いながら答えていた。


 「それに……」

 

 深愛姉は下を向いたまま呟く


 「悠弥にも知ってもらいたいんだ……」

 「何をだ?」


 「大翔のことを。同じ私の大事な弟として悠弥にも知っておいてほしいの……」


 そう言って、深愛は再び楽しかった頃の話を始めていく……



 私が中学生になってからもうすぐ1年が経とうとしていた。


 「来月から2年生だね」

 「まったくだ、こうしてあっという間に中学を卒業していくのか」


 リビングで私の目の前に座る琴葉が寂しそうな表情で呟く。


 「いくらなんでも早すぎだよ」


  私は琴葉の前に紅茶を注いだマグカップを置く。

 「ありがとう深愛っち」


 そう言って琴葉マグカップに口をつけていく。


 「それにしてもだ……」

 

 琴葉はマグカップをテーブルに置くと不機嫌な顔つきで私の顔をみる。

 

 「どうしたの? 美味しくなかった?」


 私の言うことに琴葉は左右に首を降る。


 「深愛よ、何で大翔はここにいないんだ?」

 「うーん、気がついたらいなくなってたんだよ」


 琴葉がここにいるのは大翔に用があったから。

 来月から大翔も中学になるので、昨日制服が届いていた。

 私がそれを琴葉に伝えたところ、午前中からここに来ていた。


 「深愛っちは見たのかい?」

 「大翔学ラン姿?」

 「それ以外ないだろう?」


 琴葉は私の方に身を乗り出していた。

 よほど見たいんだろうなぁ……。


 「私も見てないよ」


 私も見ていなかった。記念に写メ撮りたいから見せてほしいと言ったが……


 『深愛ちゃん、絶対に琴葉ちゃんに送るからやだ!』


 と、言われてしまいそのまま大翔は部屋に籠もってしまったのである。


 「まさか実の姉にもみせてないとは……」


 琴葉はよからぬことを考えてそうな顔でマグカップに再び口をつける。


 「ふっふっふっこうなったら……」


 プニキュアの悪いキャラのような不敵な笑みを浮かべてマグカップを勢いよくテーブルの上に置く。


 「もー! マグカップ割れちゃうでしょ」


 もちろん私の声が目の前の友人に届くことはなかった。



 「ただいまー!」


夕方になってようやく大翔が帰ってきた。


 「母さん、今日のご飯は――」


 リビングに入ってきた大翔を待ち受けていたのはママの声ではなく……


 「やあ大翔くん、待ちわびたぞー」

 「げっ! 何で琴葉ちゃんがこんな時間までいるの!?」


 大翔のことを一心に見つめながら腕を組んでいる琴葉だった。

 ちなみに私と琴葉は春休みに入っており、しばらく学校が休み。

 琴葉は家に今日は私の家に泊まると連絡をいれていた。

 そのためこの時間になっても琴葉がいるのであった。


 「おまえの晴れ姿を見るために決まってるだろ?」

 「来月になれば嫌でも見れるでしょ!」

 「何を言っている、一番最初に見なければ意味がないんだ!」

 「順番なんか関係ないよー!!」

 「大翔にはないかもしれないが私にはある!」

 「いつものことながら琴葉ちゃん言ってることがメチャクチャだよ!!」


 大翔つかまえようとする琴葉。それから必死に逃げようとする大翔。

 蚊帳の外の私は2人の攻防戦を眺めることしかできなかった。

 そして勝利の女神はやっぱりというか、毎度のごとくジリジリと部屋の奥に大翔を追い詰めた琴葉に微笑んだ。


 「おまえもここまでのようだな! さあ観念するがいい!」


 大翔は万事休すといわんばかりに今にも泣きそうな顔をしていた。


 「ご飯できたわよー!」


キッチンからママの声が聞こえてると琴葉の動きがとまる。


 「運が良かったな」


さっきからそうだが、琴葉は最後まで悪役を演じながら大翔から遠ざかっていく。


 「ぼ、僕助かったんだよね?」


……どうだろう?





 ピロン! ピロン!


 「HIROTO」と書かれたネームプレートが架けられたドアの奥で

軽快な機械音がテンポ良く何度も鳴り響いていた。


 「撮ったからよう着替えていいよね!」

 「何を言っている、色々な角度から撮影しないと良さがでてこないだろう?」

 「充分撮ってると思うけど!?」

 

 ……機械音と混ざって我が弟の叫び声も聞こえていた。


 「ひろとー! 入るよー」


ゆっくりとドアを開ける。

ドアの奥には腰に負担がかかりそうな角度に体を傾けている琴葉と


 「深愛ちゃああああん! 助けてよー!」


黒に近い紺色の学ランを襟元から腰までフックとボタンできちんと留め

若干、生地が床につくかつかないかスレスレの長さのズボンを履いた大翔の姿があった。


 「大翔似合ってるよー!」


そう言って私もパーカーのポケットからスマホを取り出して

弟の今の姿を撮っていく。


 「なんで深愛ちゃんまで撮っているんだよー!」

 「そこに撮るものがあるからだ」


 私の代わりに琴葉が答えていた。


 しばらく続いた撮影会も終わりを迎える。

琴葉は写真アプリを起動させて撮った写真をじっと見ていた。

時には奇妙な笑い方をしたり、テレビ番組の刑事のように親指と人差し指を顎にあてて、唸っていた。


「……足りないな」


 琴葉は徐につぶやくと、顔を上げてベッドに座っている大翔のことをじっくり見る。


 「やはり、大翔は学ランよりも……」


ブツブツと何かを呟き、今度は私の方を向き……


 「深愛っち! 制服を大翔に着せるんだ!」


琴葉は私に人差し指を突きつける!

今にもビシッ!と効果音が響き渡りそうな感じだった。


 「……え、まさかとは思うけど」


何かに気付いたのか、大翔は青ざめた表情で琴葉を見ていた。


 「今頃気づいたのかい? けどこうなったらもう止められないのさ!」





 「もうやだよー! スースーして気持ち悪いよー!」


 大翔はアニメの泣き虫のキャラのように泣きそうな表情で琴葉に腕を掴まれていた。


 「ふむ、マンガでよく学ラン姿の女キャラをみたが、これはなかなかいいかもしれないな」


そう言う琴葉は大翔の学ラン一式に着替えていた。

その隣に立つ大翔は私のセーラー服を着ていた。


 「絶対に着たくなかったのに!」

 「他の男子にはできない経験をさせてあげているんだぞ?」

 「したくないよ、そんな経験!」


 私は琴葉のスマホで2人の写真を撮っていく。


 「僕が変な趣味に目覚めたら琴葉ちゃんのせいだよ!」


 大翔はムッとした顔で琴葉を睨む。

 それに対して琴葉は大翔とは対照的ににっこりとした表情で


「そうなったら私が責任を持ってずっとそばにいてやるから安心しろ」


それを聞いた大翔は無言のまま顔を真っ赤にしていた。





 それから数日して、大翔は小学校の卒業式を迎えた。

 その日の夜はお祝いでママが腕を振るって大翔に御馳走を作ってお祝いをしようと言っていたので、私も一緒につくることにした。


そして、夜になりお祝いパーティが始まろうとした時、いつもは帰りが遅いお父さんが珍しく早く帰ってきていた。

……後ろにはあまり見ることのない、おばあちゃんの姿があった。


 それなら5人で大翔のお祝いパーティだねと言おうとする前に

おばあちゃんから、その場の雰囲気が崩れ去る言葉が放たれる。


 「明日から大翔をこちらで預かることにした。異論など認めん!」


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は7/6(水)に投稿予定です


お楽しみに!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

読者の皆様に作者から大切なお願いです。


「面白そう」

「続きが気になる」

「応援する」


などと少しでも思っていただけましたら、


【フォロー】や【★星評価】をしていただけますと大喜びします!


★ひとつでも、★★★みっつでも、

思った評価をいただけると嬉しいです!

最新話or目次下部の広告下にございますので、応援のほどよろしくお願いします

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る