74話


 「悠弥か、深愛ちゃんの様子はどうだ?」


深愛姉を部屋に連れて行き、父親と深月さんがいるリビングに戻って来た。


「泣き止んではいるけど……何も話そうとはしないな」


いつも椅子に座りながら答える。


「そっか……」


父親は深月さんが淹れたであろうコーヒーを飲みながら返事をする。


「……あの人が深愛姉の実の父親なんですね」


聞こうか悩んだが、誰も話さない空間にいるのが苦しくなり話題を変えようとしたが

かと言って、他に話す内容がなかった。


「……そうね、こうなったら悠弥くんも知っておく必要があるわね」

「そうだな」


深月さんの話に父親はマグカップを口につけながら答える。


「あの人は『鎌ヶ谷栄一』と言って深愛の父親なの」


それから深月さんはあの男が重い病気を患っており、治療には他人の血液

つまりは輸血が必要であるが、栄一さんは特殊な血液型のため親族からの輸血が効果的であると

話していた。

栄一さんの母親は既に亡くなっており、兄弟との繋がりはほぼ皆無であり

子供は2人いるが、1人は亡くなっている。


——つまり、栄一さんと同じ血をもっているのは深愛姉だけ。


「……それで深愛姉はなんて?」

「断っていたわ」


それが俺にとっては意外だった。

……深愛姉なら喜んで協力しそうなイメージがあっただけに。


「でも、それも仕方ないと思うの」


深月さんは下を向き、呟くように話していた。


「——あの子、父親のことを憎んでいるから」


俺は深月さんの言葉を黙って聞くことしかできなかった。





帰って来たのが遅かったためか、深月さんは寝る準備を済ませて部屋に行ってしまい、父親に関しては仕事の途中で抜け出してきていたこともあり、残っている仕事を片付けるため会社へ戻らなければと話す。

俺はそのまま風呂に入ろうかと思っていたので、丁度よかったので玄関で父親を見送ることにした。


「たぶん帰りは夜中になるから戸締りをしっかりしておくんだぞ」

「わかったよ……」


父親は靴べらを使いながら革靴を履き、すぐに立ち上がると俺の方を見ていた。


「おまえもずいぶん変わったな」

「……何だよ突然」

「美佐との一件で、おまえが女性嫌いになってから再婚の時に悩んでたんだ」


父親が久々に元母親の名前を出す。

頭の片隅にうっすらと残っていた程度なので一瞬誰のことなのか理解できなかった。


「でもおまえが深愛ちゃんとうまくやっていけて安心した……」

「あっそ……」


父親の言うことも一理ある。

深月さんと深愛姉が来た頃は接する必要などないと思っていたのは確かだ。

……あの頃の自分の行動を思い出すと思わず笑ってしまいそうだ。


「……深愛ちゃんのこと頼んだぞ」


俺の返事を待たずに父親は玄関を開けて外に出ていった。


「……何をカッコつけてんだ」


空いたドアを閉めてから鍵をかける。


「言われなくてもそのつもりだ」


俺は小さく呟きながらやっぱ自分はあの父親の血を引いてるなと心の中で思いながら

そのまま洗面所に向かい風呂に入っていった。




風呂からあがり、リビングのドアを開けると中は真っ暗になっていた。

リビングの奥にある部屋から明かりはないため、深月さんは寝てしまったんだろう。


静かに冷蔵庫を開けて中から飲み物を取るとリビングをでて

自分の部屋に向かった。


部屋のドアの前に立ち、隣の部屋の方を見る。

声も音もなく無音の空間。


「……見ておくか」



ドアの前に立ち、ゆっくりとドアを少し開けて隙間からベッドの方をみていた。

開けてからいつもノックしないで部屋を開ける深愛姉と同じだろと思ってしまう。


「……寝てたらノックの音で起こしちゃうかもしれないし」


と、誰にするわけでもない弁明をしつつ、部屋を見ていくと

深愛姉がベッドの上で体育座りをしていた。

……いつもなら同じ格好でテレビをみているが、今は明かりもつけず真っ暗の部屋で

頭を膝の上に乗っけて下を向いているだけだった。


「……深愛姉、起きてたのか」


起きているのが確認できたのでドアを開けて部屋の中に入っていった。


「もう……部屋に入るときはノックしないとダメだよ」


深愛姉は俺の方を向くと、小さな声で自分がいつも思っていることを

口にしていた。


「それはお互い様だろ」

「そうだね……」


深愛姉は小さな声で答えると、再び下を向く。


「それじゃ俺は部屋に戻る」


深愛姉も色々考えることがあるだろうと思い、部屋に戻ることにした


「……悠弥」


深愛姉は再び顔を上げて俺の方を見ていた。


「どうした?」


俺が返事をすると、深愛姉は黙ったまま自分の横をぽんぽんと叩いていた。

つまりはここへ座れってことのようだ。


「わかったよ……」


ドアを閉めてから深愛姉が叩いた場所に座る。

座った途端ギシって音がする。

……なんかベッドにそろそろ運動しないとダメだなと言われたような気がした。

そんな俺の心情を知るわけもない深愛姉は俺の方に体を傾け、俺の肩に深愛姉の頭が当たっていた。


「深愛姉……?」


驚きながら声をかけるが、深愛姉から返事がくることはなかった。

今度は黙ったまま俺の左手を掴み、自分の頭の左側へ誘導させる。

……何か俺が深愛姉を自分の方へ寄せている形になっていた。



まあいいやと思いながら俺は黙ったまま座っていた。


「……ママとカズさん何か言ってた?」


しばらくして、深愛姉が口を開く。


「っていうより俺から聞いた」

「そうなんだ……」

「ごめん……」

「悠弥が謝ることじゃないよ……」


深愛姉は俺の頭をゆっくりと撫でていた。


「……髪乾かさないと風邪ひいちゃうよ」

「長いこと自然乾燥派を貫いているからな」


俺の言葉に深愛姉は呆れたように笑っていた。


「……栄一さんへの輸血断ったんだってな」

「……うん」


深愛姉は自分の頭を押さえている俺の腕を掴む。

そこから微かにだが、深愛姉が震えているのが伝わっていた。


「……最低だと思った?」


深愛姉が普段言わない言葉に驚いてしまう。


「思うわけないだろ……」


自分でもわかるぐらい声が震えていた。

それは聞いた深愛姉も理解したようで再び俺の頭を撫でる。


「悠弥は優しいね……。 大丈夫だよ、自分でも最低だって思ってるから」


深愛姉は俺の腕を掴む力を強める。

それと同時に先ほどよりも震えが大きくなっていた。

おもわず俺は深愛姉の体を強く自分の方へ引き寄せていった。


「……それでも、あの人には協力したくない」


泣いてしまったのか、深愛姉の両頬には涙が伝っていた。


「……何で」


最低だと思っているのにそこまで輸血を断る理由が知りたくなって口に出してしまっていた。

答えたくなければ黙っているでもよかったが、深愛姉はすぐにこう答えた。


——あの人は私の大事な弟を殺したんだから……と


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は6/25(土)に投稿予定です


お楽しみに!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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