73話


 「いたいた、大丈夫か!」


ショッピングモールから徒歩数分の総合病院の待合室で座っていると

騒がしい声が響き渡っていた。声の主は父親だ。

周りにいる看護師たちはあまりにも大きな声に驚いたのか父親の方をみていた。

当の本人はそんなことはおかまいなしと言わんばかりに、息を整えつつ俺の方へ近づいて来ていた。


「平気だ、っていうか病院なんだから静かにしないと怒られるぞ……」


俺の言葉にようやく気付いたのか、父親は腰を低くして「すみません」と言いつつ周りに軽く頭を下げながら、俺の隣に座る。


「……そう言えば深愛ちゃんはどうした?」


父親の問いに俺は目の前の扉を指差す。


「そこの部屋で医者と話しているよ」

「深愛ちゃん一人でか?」

「いや、深月さんも一緒」

「そっか……」



ショッピングモールを出たところで深愛姉を呼んだ男が血を吐いて倒れ、

周りの人が救急車を呼び、男はすぐに搬送された。

……で、男が話しかけていたのが俺と深愛姉ということで

関係者と思われ一緒に救急車に運ばれたという。


男に声をかけられた時から深愛姉は俺の腕を強く掴んだまま

震えており、話しかけても反応がなかったため、俺が深月さんに連絡をして病院まで来てもらった。


医者と深月さんの話の中で男の名前は『鎌ヶ谷栄一』と言って

深月さんの元夫であり、深愛姉の元父親ということがわかった。


元家族である深月さんと深愛姉にしなければならない話があるとのことで

2人は診察室の中に入っていった。


診察室に入る前に深月さんから「和彦さんに連絡してほしい」と言われ

外に出てから父親に電話をし、病院にいることを告げると


「病院だと……! 今すぐ行くから安静にするんだぞ!」


と、こっちの説明を聞くことなく一方的に通話を切られてしまう。

とりあえず父親が来るまでの間、この待合室でボーッとして過ごすことに。

……病院なのでスマホで使えないし。


深月さんがいるから平気だと思うが……

あれからずっと震えていた深愛姉の姿が頭の中に残り続けていた。





「……そうですか」


ママと一緒に診察室に入った私はあの男の病気について話していた。

長い病名を言っていたような気がするけど、覚える気など全くなかった。


——あの男のことなんてどうでもいいし。


「栄一さんの治療には輸血が必要になるのですが」


私たちの前にいる白髪ボサボサの医師はさっきまではパソコンの

画面を見ながら話していたが、気がつけば私たちの方を向いていた。


「どうやら栄一さんは特殊な血液のようですね」

「えぇ……本人から聞いたことがあります」


ママは声のトーンを落として話していた。


——だから何? そんなこと私には関係ないじゃん


「こういう血液はですね、まずは血縁者から採血して確認するのですが」

「血縁者ですか……?」

「えぇ、兄弟や両親……あとは親子も含まれます」


そう言うと医師は私の方をじっと見る。


「えっと、深愛さん……でしたよね? あなたが栄一さんの血縁者になるとおもいますが」


私は何も答えなかった。

隣にいたママも私の意図を汲んだのか何も答えなかった。


「もしよろしければ、一度採血をさせてもらっても——」

「……嫌です」


医師の言葉を遮るように答える。


「栄一さんの命を救うには必要なことでして——」


目の前で話す人は医者だし、医者は命を救うのが仕事なんだから

言いたいことはわかっているつもり。


——でも、私からしたらそんなことはどうでもよかった


「……何でママや大翔を苦しめたあの人のために私が協力しなきゃいけないんですか」


……だってあの男はママや大翔、そして私よりも『鎌ヶ谷』の家が大事なのは知っている。

だから私はママが離婚することに賛成もしたし成立した時は2人で大泣きするぐらい喜んだ。


もう『鎌ヶ谷』家やあの男と一切関わり合いたくなかったから

なのに……何で……


「私は協力する気などないですから、仮にそれで——」


——それで死んじゃったとしても

そう言おうとするが、喉に何かが詰まったように声がでなくなっていた。

そして、悲しくもなんて思っていないのに目尻が熱くなり……


自分の意思とは関係なく泣き出していた。


「深愛、ごめんね……」


泣いている私の姿を見てママが私の体を抱きしめていた。





深月さんと深愛姉が診察室に入ってからどれぐらい経ったのだろうか

スマホは電源を切っており、自分達の周辺には時計がないため時間を知る由がなかった。

先ほどまで大声で話していた父親は、腕を組みながら体を後ろの壁に向けて寝ていた。


「……よく寝てられるな」


休みの日まで働いているし仕方ないのだろうけど……

することがない俺はボーッと天井を見つめていた。


目の前の扉からガラガラと音が聞こえたので目線を扉の方へ向ける。


「んが……!?」


どうやら音に反応して寝ていた父親が目を覚ましたようだ。

扉の奥には深月さんと深愛姉の姿があった。

深月さんは先ほどと変わってはいなさそうだが、深愛姉は目元が赤くなっていた。


「……深愛姉?」


俺が声をかけると、深愛姉は何も答えず俺の横に座り

先ほどと同じように俺の腕を掴んでいた。


「和彦さん、疲れてるところすみません。 中に入ってもらってもいいですか?」


深愛姉が座ったのを確認した深月さんは父親を呼ぶ。

呼ばれた父親は先ほどまで寝ていた顔から真剣な表情になっていた。


「あぁ、わかったよ」


父親は立ち上がると俺の方を見る。


「ちょっと行ってくるな、深愛ちゃんを頼むぞ」

「……わかったよ」


父親が診察室の中に入ると今度は深月さんが俺を見る。


「悠弥くん、深愛をお願いね」


深月さんも俺に深愛姉のことを頼み、診察室の扉を閉めた。


「どうやらまだ終わらないみたいだな……」


思わず俺はため息をついてしまう。






ママが診察室の扉を開けると、目の前の横長のソファに悠弥と

体を後ろに倒して寝ているカズさんの姿があった。


「深愛姉……」


若干疲れた表情の悠弥が私の名前を呼んでいた。

悠弥の声を聞いてホッとする感じがして、そのまま悠弥の隣に座ると

腕を掴む。

——悠弥が近くにいれば落ち着くような気がするから


「ちょっと行ってくるな」


私と入れ替わるように今度はカズさんが診察室に入っていった。


「……どんな話をしてたんだ?」


悠弥は真っ白な天井をみながら話しかけてきた。

どう答えればいいんだろう。


「……無理に言わなくていいからな」


どう答えるか悩んでいただけだったが、どうやら話してはいけないことだと察したみたいで、それ以上聞いてくることはなかった。


——ごめんね、悠弥


中で私が言ったことを聞いたら、たぶん悠弥は私を軽蔑すると思う。

……自分でも人として最低なことを言おうとしていたのだから


それを思い出そうとすると、また目尻が少しづつ熱くなり

頬を伝って大量の涙が流れていった。


「深愛姉……!?」


気づいた悠弥が驚いた顔で私の顔を見ていた。


「悠弥……ごめ……ん!!」


先ほど同じように私は嗚咽の声をあげて泣き出してしまう


そんな私を悠弥は抱きしめてくれていた。


——ありがとう悠弥


心の中でお礼を言いながら私も悠弥の体を強く抱きしめて泣いていた。


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は6/22(水)に投稿予定です


お楽しみに!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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