71話


 「こら深愛! 何で悠弥くんのベッドにいるの!」


突如聞こえた声に反応して目が覚める。

視線の先には白のシャツに紺色のスラックス姿の深月さんが呆れ果てた表情を浮かべていた。


——どうやらその相手は俺ではなく


「ふぇ……」


俺の腕にしがみついたまま寝ぼけた声を上げる深愛姉に対して。

腕に力が入っていないのか俺が体を起こすと掴まれていた腕はスルッと抜けることができた。

深愛姉は掴んでいた俺の腕が離れたことに気づいていないのか

ぐっすりと寝ていた。


「悠弥くんごめんね……この子寝相悪かったでしょ?」


深愛姉が寝たのを確認してすぐに寝たため、正直覚えていない。

先ほどの深月さんの声で目が覚めたぐらいだから熟睡していたのだろう。


「……大丈夫だったと思います」


ベッドから降りて体を伸ばすと腕や背中がバキバキと音を立てていた。

どうやら深月さんにもその音が聞こえたらしく、驚いた表情で俺の顔を見ていた。




「まったく深愛ったら、部屋にいないと思ったら悠弥くんの部屋にいるなんて」


深愛姉が起きる気配がまったくなかったため、俺と深月さんはリビングに行き、深月さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら話していた。


「そういえば、体調は大丈夫ですか? ものすごく疲れているようでしたけど」

「うん、大丈夫よ。 仕事が落ち着いたからドッと疲れがでたみたい……」

「それならいいですけど……」


そういえば昨日父親が言ってた通り、今週は休みをもらったようだ。

落ち着いたと言っても代表である父親の辞書に落ち着くという言葉はないようで休みである今日も朝から仕事に明け暮れているようだ。


カップのコーヒーがなくなるまで深月さんと話し、部屋に戻ろうと思っていると……


「おはよ〜」


完全に目覚めていないのか、寝ぼけた表情のままの深愛姉がリビングに入ってきた。


「あれ……なんでママがいるの? お仕事は?」


俺の隣の椅子に座った深愛姉はあくびで大きくかけた口を手で押さえながら深月さんを見る。


「仕事が落ち着いたから和彦さんが休暇をくれたのよ。 それよりも深愛」


深月さんはカップにハーブティーを淹れて深愛姉の前に置く。


「何で悠弥くんのベッドで寝てるの! 自分のベッドがあるでしょ!」


深月さんは口調を強めて深愛姉に投げかけていた。

聞かれた本人はハーブティーを口につける。


「え〜べつにいいじゃ〜ん」


まだ脳が完全に覚醒しきれていないのか、深愛姉はこの空間の

時間の流れが遅くなりそうな声で答える。


「よくないでしょ! もう、深愛の方が年上なんだからいつまでも弟と一緒に寝る癖をどうにかしないとダメでしょ!」

「え〜」


深愛姉はテーブルの上に突っ伏して腕をまっすぐに伸ばしていた。


「……ってか癖なのか」


俺の呟きに深月さんはため息をつく。


「そうなの、深愛ったら何かあるとわがまま言って弟と一緒に寝てたの、高校生になって無くなったと思っていたけど……」


弟というのは前に話していた亡くなった大翔のことだろう。

……その弟も俺と同じように深愛姉の押しに負けていたのだろうと推測する。


「一緒に寝るとぐっすり寝れるし、いいと思うんだけど〜」


反省の色がまったくない深愛姉の言葉に俺と深月さんは同じタイミングでため息をついていた。



「あれ、悠弥おでかけ?」


お昼時間が終わり、午後が始まろうとしている時間。

階段を降りて玄関へ向かおうとしたら後ろから深愛姉が声をかけてきた。


「そうだけど」

「どこ行くの?」

「駅前のショッピングモールの本屋」

「一緒に行っていい?」

「別にいいけど、体調は平気なのか?」

「へーき! 本調子じゃないから一緒にいてくれると安心って思ったの!」


深愛姉は珍しいものをみた子供のように目を輝かせていた。

こうなったら逃げることは絶対不可能


「……わかったよ、ここで待ってるから準備してきなよ」


「うん! バッグ持ってくるからちょっとまってて!」


そう告げると、ドタドタと音を立てて階段を登っていく深愛姉。


「ちょっと深愛! 階段は静かにあがりなさい!」


それに気づいた深月さんがリビングから顔を出して大声をあげていた。


「あ、あら! 悠弥くんおでかけ?」


すぐに俺がいることに気づいた深月さんは驚いた表情話しかけてきた。


「えぇ……深愛姉と駅のショッピングモールに」


ホントなら1人で行きたかったけど。


「あまり遅くならないようにね」

「……わかりました」


深月さんと話していると階段の上から慌ただしい足音を立てながら深愛姉が降りてきた。

肩には黒のトートバッグがかけられていた。


「みーおー! 階段は静かに――」

「急いでいるんだからいいでしょ! そんなにうるさいとカズさんの胃に穴が空いちゃうよ!」


深月さんにそう言った深愛姉は俺の手を取り

引っ張るように玄関へ向かっていく。


「ママ行ってくるねー!」

「引っ張るなー!!!」



その光景をみていた深月は


「……悠弥くん、尻に敷かれるタイプね」


とため息混じりにつぶやいていた。




「あれ、まだバイクの戻ってきてないの?」

「来週には戻ってくるよ」


いつもならバイクで行くところだが車検の更新と修理で知り合いのバイク屋に預けている。

代車用意しようか言われたが、平日は乗ることほとんどないので、やめておいた。

短い期間だが、これを機に少し運動でもしようかと考えていたので今日は歩いて行くことに


「悠弥は家に籠もってばっかだしたまには歩かないとね!」


ちょうど今思っていることを口にする深愛姉。

自分で思う分には何とも思わないが人に言われるとなんとも言えない気分になる。

そして深愛姉はいつものように俺の腕組んでいる。

もちろん相変わらずの感触はいつもどおりだ。

……正直前ほど抵抗を感じることがなくなったけど。


「どうしたの?」


ふと深愛姉の顔を見ると不思議そうな表情で俺の顔を見ていた。


「……いや、何でもない」


俺の返答に頭の上にハテナマークが乗りそうな顔をしていた。




「……寒すぎる」


ショッピングモールの中に入ると、気持ち良さを通り越して

全身が震えてくるほどのひんやりとした空気が体を包み込んでいた。


「外はすごい蒸してたからね」

「暑いからって半袖で来るんじゃなかった……」


6月に入り、季節は春から夏へと切り替わり、早々に

夏服に切り替えたのはいいが、少し早すぎたかもしれない……

深愛姉の格好を見ると、薄手の長袖のパーカーにジーパンと家を出るときは暑そうに見えたが、今では心地よさそうに見えていた。


「動いているうちに体も慣れてくるし、体も温まると思うけどね」

「……そうだな、さっさと行くとするか」

「そういえば、どこに行こうとしてるの?」

「……本屋。 集めている本が昨日発売してたんだよ」

「本屋さんたしか5階だから、階段使っていこうか!」


深愛姉の提案にその時の俺はすぐに承諾して階段を使って5階に行くことにした。運動もしたかったし、急激に冷えた体を温めたかったし……


——もちろん数分後、息切れを起こしながら今の俺は数分前の俺に

文句を言いたくなったことはここだけの話である。


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は6/15(水)に投稿予定です


お楽しみに!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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