68話


 「ようやくプロジェクトも一区切りついたな……」


安堵の息をつきながら座椅子に座る。

バキっていう音がした気がするが、大丈夫だろう、たぶん


「佐倉さんお疲れ様でした……長かったですね」


大事な書類を置いたり、代表も一人で考えたいことがあるから

と行って用意された社長室の一角で自分の秘書兼事業部長を務める

深月さんが来客用のテーブルで書類の整理をしていた。


「深月さんも少し休んだらどうだい?」

「……佐倉さん、ここ会社ですよ」


秘書兼事業部長……と同時に私の妻である深月さんは

厳しい口調と目つきで答える。


「まあいいじゃないか! スタッフは知っていることなんだし。 それに定時にもなるし今日は帰っているんじゃないかな?」


机の上にあるデジタル時計を見ると『19:01』と表示されている。

1分であれ定時は過ぎているし、長い間、残業をしてまで残業をしてくれたんだ。今日ぐらい定時前に帰るスタッフがいても目を瞑ろうと思っていた。


「……この時間だけにしておいてくださいよ」


そう言って深月さんは整理した書類をファイルにまとめ

棚の中にしまうとテーブルの前にあるソファに座る。


「お疲れ様、深月さんがいて本当によかったよ」


部屋の隅っこにある小型の冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して

深月さんの目の前に置き、向き合うように反対側のソファに座る。


「私は何もしていないですよ……」

「またまたご謙遜を」

「もう……」


深月さんは疲れた表情をしながらも照れからか顔を赤くしていた

それを誤魔化すように渡したコーヒーを開けて口をつけていく。


「でも、ようやく悠弥くんや深愛と過ごすことができますね」

「そうだなぁ、まさか新婚生活直後にこのプロジェクトが動き出すとは思わなかったな」


本来であれば1月頃は多少余裕があったので新しくできた家族との

時間を多くしようと思っていたが、生活が始まった数日後に先方から

連絡が入り、動き出すことに。


「悠弥は別に放っておいてもいいが、深愛ちゃんとは色々と話がしたいところだな」

「そんなこと言ってると悠弥くんスネちゃいますよ」

「それはないな」


まかりにも実の息子のことだからわかってはいるつもりだ

それに高校2年になって親に構ってもらいたいとは思ってはいないだろう。


「それに深愛ちゃんは今年卒業だろ? 進学のことは聞いているかい?」

「あの子の高校は大学の附属高校ですので、そのまま大学に進学するみたいですよ」

「それならよかった、深愛ちゃんのことだから素行が悪いとかなさそうだし大丈夫だな」

「まあ……遊びすぎで成績がちょっと問題ですけどね」

「そうかい? 見た目はギャルっぽいが、問題ありそうな気はしないけど」


よく考えれば深愛ちゃんときちんと話したのは再婚の話の時と一緒に住むまでの打ち合わせだけか、一緒に住んで話そうとは思っていたが……


「まあ、そこら辺は俺がとやかく言うより、深月さんが言った方がスムーズかもしれないね」

「すみません、気を使わせてしまって」

「いいんだよ家族なんだし」


そう、私、深月さん、悠弥、深愛ちゃんは家族なんだ。

何かあればみんなで解決すればいい。


「さてと、俺たちもそろそろ帰ろうか」

「そうですね」


気がつけば20分近く話し込んでいた。

帰りづらいスタッフもいることだし、上長である私たちが帰れば

残ったスタッフも帰りやすいだろう。


ゴミ箱に飲んだ缶を入れてからカバンを持って部屋を出ようとすると

入り口からノックをする音が聞こえていた。


「あ、保田です! 佐倉さんいらっしゃいますかー?」


入り口の奥から少し間の抜けた声が聞こえていた。

どうやら声の主はスタッフの一人である保田君のようだ


「いるよ、どうぞ」

「失礼しますー」


私が答えるとガチャっとドアを開けてスーツ姿の男が入ってきた。

髪の毛は何回も染めたであろう、ボサボサの明るい茶髪

ネクタイは少し緩めており、ジャケットは右手首にかけていた。


「あー……新婚夫婦の邪魔してみません」


保田君は私と深月さんが一緒にいたことで申し訳なさそうに接するが

顔を見ると少しニヤけていた。


「思っていないことを口にするな、相変わらず変なことには反応するんだな」


私が普段と同じように対応すると彼は「そんなことないっすよ」と軽い口調で返していた。


保田君は以前勤めていた会社で辞める最後の年に入社してきた新入社員だった。

見た目や言動はチャラく軽そうに見えるが、仕事に対しては誰よりも真面目で期限や成果を残すことができる社員だった。


だが、古く歴史あるお堅い会社のためか直属の上司や経営陣から

見た目から評価されないことに不満を抱えていた。

今回、会社を立ち上げるときに冗談半分で声をかけたら


『マジっすか! 佐倉さんの下で働けるなら給料下がってもいくっす!』


と二つ返事で一緒に働いてくれることになった。


「ってか俺も早く結婚したいなあ」

「頑張って相手を見つけるんだな」

「あ、そうだ! 袖ヶ浦部長の娘さん紹介してくださいよ!」


いつもの軽い口調に対して私は軽く遇らうつもりでいたが……


——深月さんは笑顔且つ無言のまま保田君をみていた。


「じょ、冗談っすよ! 最近佐倉さんよりも袖ヶ浦部長の方が怖いっすよ」


……あぁ、それは充分わかるよ。絶対に口にしないが


「で、まさかそんなこと言いにここへ来たわけじゃないよな?」


深月さんの怒りが爆発する前に話の話題を変えることにした。


「そうだ、先ほど袖ヶ浦部長宛にお客さんがきたんですよ」

「私に?」

「そうっす。 一応来客カード書いてもらいましたけど」


保田君はそう言うとズボンのポケットから小さな長方形の紙を取り出して

深月さんに手渡す。


来客カードには来た本人の名前と会社名とこちらのスタッフの名前を書いてもらう。

一応、自分や深月さん含め来客が必要なスタッフの予定はある程度把握しており、今日この時間の来客はなかったと思っていたはずだ。


「なんで……」


保田君からそのカードを見た深月さんは怯えるような表情になっていた。


「どうしたんだい、袖ヶ浦くん?」


私は横から彼女の持っているカードを見る。

来訪者の名前には生真面目さを表すような字で

『鎌ヶ谷栄一』と書かれていた。


たしか、この名前どこかで……?


「保田君、この人どんな感じの人だった?」

「そうだなあ、髪をビシッと七三分けにしたいかにも真面目を絵に書いたような感じっすね」


保田くんの返答内容に深月さんはビクッと反応させる。


「ちなみにこの人はロビーに?」

「あ、いや1人だったんで、とりあえず小会議室に案内してお茶だしときました」

「わかった、あとはこっちで対応するから保田君も早く帰って休みな」

「了解っす! それじゃお疲れ様でしたー!」


軽快な足取りで保田君は部屋から出ていく。

ドアが完全に閉まったのを確認する。


「……深月さん大丈夫かい?」

「えぇ、すみませんでした」


深月さんの声は震えていた。


「……うる覚えなんだけど、この来客者って——」

「……前の夫です」

「だよな……」


たしか最初に深月さんにあった時に彼女は

『鎌ヶ谷深月』と名乗っていたことを思い出した。


その後、色々あって旧姓である『袖ヶ浦』になったわけだが


「それにしても何故いまごろ……」


深月さんは震えた声のまま呟く。


「これは俺の方で対応するから深月さんは先に帰ってて」


テーブルに置いてあるカードを手に取り

対応者の欄に『佐倉 和彦』と流れるような字体で記入する


「でも……」

「大丈夫、スタッフの代わりに対応するのも代表の務めだしね」

「……ありがとうございます」


深月さんは俺の方に頭を下げるとそのまま部屋を出ていく。


「まったく本当なら俺も一緒に帰りたいのにな……」


諦めを含めたため息をつきながら薄型のノートPCを脇に抱えると

部屋をでて、保田君が案内してくれた小会議室に向かっていった。


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は6/4(土)に投稿予定です


お楽しみに!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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