56話



 「ゆうやー! 誰か来たみたいだからでてー!」


昼を済ませて部屋でゆっくりしていると、下から大声の深愛姉の声が聞こえてきた。


急いで階段を降りてリビングに行き、ドアホンのボタンを押して声をかける。

ちなみに深愛姉は洗い物をしているようだ。


「お世話になっておりますー アスカ急便です! お届け物になりますー!」


ドアホンの画面に映る宅配業者はかぶっていた帽子を取りながら

頭を下げていた。


すぐに玄関に行き、ドアを開けて業者から荷物を受け取る

ダンボールに貼られた送り状の依頼主を見ると『習志野凪沙』と書かれており、お届け先には『佐倉深愛』と書かれていた。


そういえば、郵送で送ったとか言ってたな。


「ありがとうございました! またよろしくお願いしまーす!」


配達業者は再度頭を下げると、帽子をかぶり直して軽トラックが停めてあるところまで戻っていった。




リビングに戻るとちょうど洗い物が終わったようで

深愛姉はつけていたエプロンを外していた。


「誰からだった?」


深愛姉はエプロンを折りたたむと俺が持っていたダンボールを見ていた。


「……習志野から誕生日プレゼントだよ」


そう言ってダンボールをテーブルの上に置く


「ナギちゃんから? えー!なんだろう!?」


そう言って深愛姉はダンボールを開けていく。

ダンボールの中には茶色と黒の中間の色のグローブが入っていた。

取り出した深愛姉は困った表情のままグローブを見つめる。


「……これって野球のグローブだよね?」

「だろうな、習志野らしいプレゼントだと思うけど」

「そうだね……あれ手紙だ」


突然驚きの声をあげた深愛姉がダンボールの中にある

手紙を見つけると開いて見ていた。


「何て書いてあるんだ?」


手紙を読むことに集中しているのか深愛姉から返事が戻ってくることはなかった。


「なんか、ナギちゃんって感じの手紙だね」


少し経ってから深愛姉が話し出してきた。


「……そうなのか?」

「うん、『今度一緒にキャッチボールするっスよ!』って書いてあるし」


あいつは手紙でもその口調で書いてるのか……


「後でナギちゃんにお礼送っとこ!」


深愛姉はグローブを手に取りながらテーブルに置いてあった

自分専用のタンブラーに口をつけていった。






「そろそろ出発するよー!」


部屋に戻ってPCでネットサーフィンをしていると

後ろからバタンと大きな音を立ててドアが開く音が聞こえた。


椅子を回転させてドアのほうを見ると黒のシースルーワンピース姿の深愛姉が立っていた。


「……いい加減ドアを開けるときはノックをして——」

「——って着替えてないじゃん!」


言いたいことを遮り、深愛姉は俺に近づいてくる。


「別に着替える必要はないだろ、スーツじゃなきゃだめな店じゃないんだし」


俺はいつものパーカーとジーパン姿。

問題ないならこれでいってもいいかと思っていたが……


「もー! ちゃんとしたところなんだから! 着替えなきゃダメ!」


そう言って深愛姉は俺の部屋にあるクローゼットを開けて

カバーの掛けられたスーツ一式を持ってきた。


「これに着替えるの!」

「……めんどい」

「着・替・え・る・の!」


俺の顔を睨みつけるように口調を荒げる深愛姉

これ以上は逃げれないと判断をして深愛姉が差し出したスーツ一式を受け取る。


パーカーのチャックを外してる途中で目の前の視線に気づく。


「……深愛姉?」

「どうしたの?」

「……俺、着替えるんだけど?」

「うん? それがどうかしたの?」


まったく気づかないのか、わざとなのか知る由もなかったが

深愛姉はキョとんとした表情だった。

俺はため息をつきながら肩を両手でがっちりつかみドアの方へ向かせると背中を押す。


「……すぐに終わらせるからリビングで待っててくれ」


深愛姉を部屋から出すとすぐにドアを閉める。


「時間ないんだから早くしてよー!」


俺は深いため息をつきながら着替え始めていく。


「……何で休みの日に制服に近い格好をしなければならないんだ」


深愛姉が用意したのは黒のカジュアルスーツに紺のワイシャツ。

ネクタイがあればほとんど制服と変わらなかった。


今日の主役は深愛姉だし、今日ぐらいは我慢するかと

思っていることを心の奥底に押し込め、スーツのボタンを閉める。


「……行くか」


ほとんど中身が入っていない財布を内ポケット

スマホをズボンのポケットの押し込めてから部屋を出ていく。





「おまたせ……」


着替えを終えて深愛姉が待つリビングに行く。

俺の姿を見た深愛姉は上の頭から足元までゆっくりと見ていく。


「うん! すごい似合ってるー!」


深愛姉は大声を上げて喜んでいた。


「って、カジュアルスーツのボタンは閉めないほうがカッコ良く見えるよ」


そう言って深愛姉はジャケットのボタンを外していく。


「……そうなの?」


たしかにすこし窮屈な感じがしてたから、外したかったけど……


「そうだよー! いつか彼女とデートするときだってあるんだから覚えておいたほうがいいよー」


……そんな機会あればいいけどな。


「って、早く行かないと!」


そう言って深愛姉は俺の腕を引っ張りながらリビングから出ていった。


「わかったから引っ張るな……!」






「ごちそうさまでしたー!」

「……ごちそうさまでした」


あれからすぐに家を出てスカイラウンジに到着したのが

予約を入れていた時間ギリギリ。


そしてスタッフの説明が入りながらのコース料理を堪能——


——できるはずもなく、自分のと深愛姉が残した食べ物を

食べてしまい、ただでさえいつもとは違う格好をしているためか

普段より早くお腹が膨れてしまっていた。


フランス料理のコース料理では食べきれない時はマナー通りすれば

問題ないと父親から教わった覚えがあるが、習慣がそれを遮って

いつも通り平らげてしまっていた。


「チョコレートムースケーキがたくさん食べられて満足ー!」


深愛姉は俺の分を含め大好きなデザートがたくさん食べれたことに満足したのか満悦至極な表情を浮かべていた。




「……主食でもあれぐらい食べてくれればいいんだが?」

「甘いものは別腹なんだよ?」

「……食べ物のことはやめよう、胃にきそうだ」


最後にスタッフにチケットを渡して店を出て

下の階に降りるため、エレベーターに乗る。

俺たちの担当をしていたスタッフはエレベーターが閉まるまで

頭を下げていた。


「まだショッピングモール開いてるし、ちょっとぶらつこうよ!」


そう言って深愛姉は自分が行きたい階のボタンを押す。


「そうだな……」


少し動けばお腹あたりが楽になるかもしれないし……


エレベーターが止まったのは女性向けのお店が多くある階だった。

だが、閉店時間も近いせいか、閉まっている店もちらほらと見かける。


「こっちこっちー!」


深愛姉は相変わらず俺の腕に自分の腕を絡めるように組んでいた。

……で、当たってることに関して本人は全く気づいていないようである。

若干だが、この感触に慣れている自分もどうかと思ってしまう。


深愛姉主導の元、向かった先は女性向けのアパレルショップ。


「あ、この服出たんだ!」


俺と組んでいた腕を離して展示している服に向かっていく深愛姉

続いて俺も店の中に入ろうとしたが、店員含め女性しかいない店に

男の自分が入るのは気が引けたので店の外で待つことに。


「中に入ればよかったのに」


少しして深愛姉が戻ってきた。


「……女だらけの店に入る勇気はない」


スマホをズボンのポケットにしまいながら答える。


「モールの閉店時間になりそうだし、帰ろうか」


そういえば、モールで何か流れていると思ったら

寂しそうに『仰げば尊し』が流れていた。


「……そうだな」




「あーおげばー……とーとしー……」


深愛姉はモールで流れている『仰げば尊し』を鼻歌まじりに歌っていた。


「ふふふふーふふー……」

「……歌詞覚えてないのかよ」

「だって滅多に聞かないし、歌詞なんて覚えてるわけないじゃん!」


齧歯類のように頬を膨らませた深愛姉は俺の顔を見ていた。


「まあたしかに……」


言われてみれば卒業式以外で歌うことないなと

思わず笑ってしまう。


「あ、そうだ帰りにコンビニでプリン買っていこうよ! 新作が出たってお店に載ってたよ!」

「……まだ食べるのか」

「うん、甘いものは別腹だよ」


深愛姉はにこやかな表情で俺の顔を見上げるようにみる


「……ご自由にどうぞ」

「わーい!」


喜び方がまんま子供だな……。




「あれ、袖ヶ浦さん?」

「ふぇ!?」


エスカレーターで出入り口がある階に降りると後ろから声をかけられ

隣にいた深愛姉の口から突拍子もない声がでていた。


深愛姉と一緒に声のするほうを向くと、少し伸びたスポーツ刈りの髪型

薄手のコート、黒のニットのズボンを履いた男が立っていた。


「大地くん?」


そう言って深愛姉は男の方に近づいていった。


「あれ、珍しいねー。 休みなのにこっちにいるなんて」

「さっきまで部活の連中と夕飯食べてたんだよ」

「そうなんだー」

「そういう袖ヶ浦さんは——」


男は深愛姉の服装を見た後、すぐに一緒にいた俺のほうを目を細めて見ていた。


「私もご飯食べてんだよー! あ、そうそう紹介するね、こっちは——」

「あー……ごめん! 俺早く帰らないと!」


男は先ほどまでの笑顔とは打って変わり、慌てふためいた表情になり

走ってその場を去っていった。


「大地くん、どうしたんだろ?」


不思議そうな顔をした深愛姉は男が走っていったほうを見ていた。


「深愛姉……今のは?」

「昨日話した、市川大地くんだよ!」

「なるほど……」


たしかにモテそうな雰囲気を醸し出していた……ような気がする

そんなに顔を見たわけでもないし。


「お客様! 閉館時間になりますので!」

「「あ、はーい!」」


入り口付近にいた警備員が声をかけられ俺たちは急いでモールの外に出ていった。


==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は4/23(土)に投稿予定です


お楽しみに!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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