第38話


 『悠弥くん、今日はこないの?』


両親の離婚成立して最初の土曜日の昼下がり

俺は自分の部屋のベッドで大の字になって寝ていた。


これまでは休みの日になると唯香さんの家に行き2人で過ごしていた。


だが、両親が離婚したことで顔をみたくなかった元母親はこの家をでていったため、外に出る必要がなくなっていた。


なので、今日はずっと自宅で過ごしていた。


スマホをみると唯香さんから何回もメッセージが送られていた。


『ごめん、体調が悪くて今起きました』


返信するとすぐにまたメッセージが送られてきた。


『大丈夫? 無理しちゃダメだよ』

『ありがとうございます』



次の日は唯香さんの家に行ったのはいいが

……これまでみたいにくつろぐことができず夕方頃には帰っていた。



それからは唯香さんの家に行く頻度が徐々に減っていった。

元母親がいなくなったこともあるけど、お互いがそれぞれ進級していったことにより、俺は高校受験、唯香さんは課題と就職活動も考えなければいけなくなっていた。


『悠弥くんにあいたーい! 課題とか就活なんてどうでもいいよ!』

『今は頑張るしかないですよ』


減ったのと反比例して唯香さんのメッセージの量が増えていった。


それでも、俺は時間を見つけて唯香さんの家に行くが唯香さんはあまりの忙しい日々に疲れが溜まってると話していた。


……それでも、俺がきた時はいつも通り接してくれていたが、無理しているようにも見えていた。


それは俺も同じで、3年になってからは下がっていた成績を元に戻すのに今まで以上に勉強しなければいけない状況になり、その間ほとんど唯香さんの家に行くこともゲームにログインすることができなかった。


その甲斐あってか、受験が本格化してきた頃に推薦をもらうことができた。


よほどのことがなければ受かったも当然だろと父親は大喜びをしていたが油断できなかった。

推薦とはいえ、筆記試験と面談があるからだ。


とはいえ、推薦がもらってホッとしていたのは事実。このことは唯香さんにも伝えておきたかった。


「……報告と気晴らしを兼ねて久々に行こうかな」


そう思い、メッセージを明日行く旨を送ると


『うん! 待ってるよ!』


すぐ返事が返ってきた。


「……当分、行けなくなるけど明日ぐらいならいいよな」






次の日の放課後、制服から着替えてすぐに唯香さんの家にいくと、笑顔で出迎えてくれると同時に俺に抱きついていた。


「久しぶりの生悠弥くんだ……」


そう言って顔を俺の体に擦り付けていた。


「……猫じゃないんだから」


力強く抱きしめられ、体が痛くなってきたので唯香さんを引き離して、いつものように唯香さんの部屋に向かった。


「ごめんね、もうすぐ終わらせるから」


部屋に入ると唯香さんはPCの前で唸りながらイラストを描いていた。


「それじゃ、コーヒーでも淹れてきますよ」


部屋にカバンを置いてからリビングに向かっていった。


棚に入ったマグカップを2つ取って、コーヒーメーカーにカプセルを淹れて抽出していった。


「ここに置いておきますよ」


唯香さんのPC机にマグカップを置き、俺は真後ろにあるベッドにもたれかかりながらコーヒーを飲んでくつろいでいた。


「おわったー!」


しばらくして唯香さんが両手を大きく上空に広げながら嬉しそうな声をあげていた。


「おつかれさまです」


俺が声をかけると、唯香さんは立ち上がり


「これで悠弥くんを堪能できるね」


唯香さんは俺に抱きついたと思ったらそのまま眠ってしまっていた。

俺は動くことができずボーッとすることしかできなかった。


「さすがに疲れたな」


と、思いながらも起こすのは悪い気がしていた。そう思っていると、俺のスマホから音楽が鳴り出した。


画面をみると送信先に理人の名前が表示されていた。


Rihito Katori

『受験終わるまでゲーム禁止って親に言われたんだが?』

『乙』


Rihito Katori

『ちくしょう! こんな受験なんて作ったやつは誰だよ!』



「……あれ〜? 私もしかして寝ちゃってたの〜?」


理人へのメッセージを送っていると背中越しに眠気が混じった声が聞こえた。


「ごめんなさい、起こしちゃいました?」

「ううん、大丈夫だよ」


唯香さんは大きく体を伸ばすと再び俺の背中に体をくっつけ顔は俺の肩に乗せて、スマホを見ていた。


「もしかして、女の子から?」

「どうみても男じゃないですか……ってなんでそんなに楽しそうな顔しているんですか」


唯香さんは上機嫌のまま俺のスマホを見ていた。


「そっか、悠弥くん受験生なんだよね」

「そうですね、面倒ですけどね」

「ちゃんと勉強してる?」

「それなりにしてますよ」

「たまにゲームにログインしてるよね?」

「それは唯香さんもですよね?」


俺の返答を聞いて唯香さんはふふっと笑うと俺から離れる。


「コーヒー淹れてくるけどどうする?」

「じゃあ、お願いします」

「はーい、任させました」



数分して唯香さんは2つのマグカップを持って戻ってきた。


「はーい、おまたせ」

「ありがとうございます」


俺にマグカップを渡すと唯香さんは俺の横に座る。


「唯香さん」

「なーに?」


いつものようにニコニコしながら横から俺の顔を覗き込むように見ていた。


「この前学校から推薦もらったんですよ」

「もしかしてもう決まったの?」

「いや、来年早々に試験があるんですよ」

「じゃあ頑張らないとね」

「ですね……」

「悠弥くん、どうしたの? 沈んでるけど??」


どうやら唯香さんは俺の表情が曇っていることに気づいたらしい


「……当分の間、ここに来るのをやめようと思っているんです」


これに関してはずっと悩んでいた。

この推薦入試で決まっちゃえばいいけど、自信などあるはずもない。

たぶん、今のままと同じようにやっていたら落ちると思っていた。


それに唯香さんも課題や就職活動での疲労も溜まる一方

それでも俺がくれば嫌な顔しないで接してくれている。


……そんなことを続ければ唯香さんが倒れるんじゃないかと感じていた。


「なんで……?」


俺は思った通りのことを唯香さんに伝える。


「私、疲れてなんていないよ。 悠弥くんがくればすごく嬉しいし……」


自分の元気さをアピールしようと体を動かすが、顔には疲れが浮き出ていた。


「別に連絡は一切取らないってわけじゃないですよ、ちょっと遅くなるぐらいですけど、ちゃんと返しますし」


「やだ……」


唯香さんは小さな声で答える

よく見ると目尻に涙が溜まっていた。


「受験勉強ならここでしてもいいから! それに私だって教えることもできるかもしれないし!」

「唯香さんも課題と就職活動があるじゃないですか、さすがに邪魔は——」

「——もうこれ以上悠弥くんに会えなくなるのが嫌なの!!!!」


唯香さんの叫び声が部屋中に響き渡っていた。


「いまでも悠弥くんが来ない日はすごく寂しいの!! それなのにこれ以上来なくなるなんて耐えられない!!!!」


更に唯香さんの悲痛の叫びは続いていた。


「私は悠弥くんがそばにいればそれだけでいいの!! 私の課題とか就職活動なんてどうでもいい!!」


そして最後には大量の涙を流しながら


「悠弥くんに会えなくなるなんて嫌だよぉ」


と、声を詰まらせていた。


「別に俺がいなくなるわけじゃないですよ、お互いのやることが終われば今までのように——」


最後まで言おうとところで俺の体は床に倒れ込んでいた。

視線の先には唯香さんが俺を覆いかぶさるように見ていた。

……俗にいう押し倒しである。

この時は本来逆じゃないかとまだ冷静さを保てていたようだ。


「ちょ……唯香さん!?」


俺は体を起こそうとするが、上から強い力で元に押し戻されてしまう


「……どうしたら悠弥くんはここにいてくれるようになるの?」


唯香さんは誰に言うわけでもなく小声でぶつぶつと喋り出していた。


「こうしたらいいのかな……」


そう言うと顔を俺に近づけ、唯香さんは自分の唇を俺の唇に押し付ける


あまりにも突然のことで俺は抵抗できなかった。

すぐに唯香さんは唇を離した。


走ったわけでもないのに息切れと……心臓がドクンドクンと外にも聞こえるのではないかってぐらい音がしていた。


「ふふ……悠弥くんの初めての唇頂いちゃった」


唯香さんは笑みを浮かべていた。

その笑みはいつものような柔かな感じではなく、妖しいといった感じだろうか。言葉を選ばなければエロいと言葉になるかもしれない。


だが、その表情に俺は恐怖感を覚えていた。


その後も唯香さんは何度も唇を重ねてきた。

何度も繰り返すうちに唯香さんの舌が俺の口に入り込み

俺の舌を絡めてあっていく……


「や……やめて……ください!」


息を整えながらも唯香さんに止めるように言っていくが


「やめたら、悠弥くんいなくなっちゃうでしょ……?」


そう言いながら俺のシャツをめくり地肌に触れてきていた。

冷え切った手で触れられたため、体が震えだしていた。


その間にも唯香さんは唇を押さえつけてくる

もう唯香さんそのものが怖いものとしかみれなくなっていた。


「やめて……ください……ッ!」


俺は唯香さんの肩を掴み、体を起こしながら唯香さんを自分から引き離した。


「……唯香さん変ですよ!! こんなことするなんて……!!」

「変じゃないよ……?」

「え……?」


唯香さんは再び妖しい笑みを続けていた。


「私ねずっと悠弥くんが欲しかったの……」


その言葉に俺の体が震え出していた。


「悠弥くんは私だけのものなの……私は悠弥くんがいれば何もいらないの」


違う……


「ねえ、悠弥くん。私のそばにいてくれるなら何でもしてあげるよ」


唯香さんは着ていたブラウスのボタンを外していく


違う……!

唯香さんは……俺の知ってる唯香さんは……!


「ほら、触っていいよ」


唯香さんは俺の手を掴み、自分の胸元へと導いていく。


唯香さんはこんな人じゃない……!


俺は掴まれていた手を振り払い、そのまま家を飛び出していった。


「悠弥くん……!!!」




「はぁ……はぁ……ッ!!!」


俺は怖いものに追われているかのごとく全力で走り、最寄の駅にあるトイレに駆け込み全て吐き出していた。


何で吐き出したのか分かっていなかった……

滅多に運動しないのに限界を超えて走ったことによる反動なのか他にもなにか要因があるのか、知る由もなかった。


だけど、これだけは分かっていた。


——あんな唯香さんとは会いたくない


自分だけのものにしたいという唯香のセリフを口にしていた時、父親の言葉が頭の中に響いていた。


『母さんは誰かに依存しなければいられない人なんだ』


そして、俺に怒鳴り狂う元母親の姿と唯香さんの姿が重なっていた。


「……女ってみんなそうなのかよ」


そのまま俺はトイレの床に崩れるように座り込んでいった。



——あの一件以降、俺は唯香さんの家に行くこともなければゲームでも話すことは一切なかった。


……こうして俺の初めての恋愛は終わりを迎えたのだった。



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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!


お読みいただき誠にありがとうございます。


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