第37話
『ゆうねるくんは今、私の部屋で寝てるから』
オープンチャットのログにこんなテキストが流れていた。
これが大勢のユーザーがいるフィールドだったら間違いなく注目の的になるところだ。
だが、幸いにもここは唯香さんのキャラクターであるユーイのマイルーム。
現実でありそうな宮廷を彷彿とさせるデザインにゴシック調の机やベッドが配置されている。
そんな荘厳なルームの中で行われていたのは今時昼ドラでもやらないドロドロとした会話だった。
『ど、どういうことだよ、ゆうねるの奴がユーイさんの部屋にいるのか』
ルームの中では唯香さんに執拗にチャットを送っていた。
チームメンバーの不知火紅蓮さんがユーイの目の前に立っていた。
『えぇ、今ベッドでぐっすり寝ているわ』
えぇ、寝てますとも……
俺のキャラクターが隣の部屋の豪華なベッドの上で。
『なんでだよ! ゆうねるのやつはまだガキだろ!?』
『年齢なんて関係ないと思いますけど?』
隣の部屋は壁で遮られているため、会話しか聞こえてこないが不知火さんは悔しそうな顔をしているだろう。
『ですので、金輪際、不必要な個人チャットは送らないでくださいね』
口調は柔らかい感じだが、言われてる本人は心臓にグサグサと矢が刺さっていることだろう。
『わかりました』
不知火さんは先ほどの強気の口調とはうって変わり躍動感のないテキストで返していた。
『あ、それと』
ルームの入口のドアを向いた不知火さんを唯香さんは呼び止めていた。
『ゆうねるくんに嫌がらせしたら、その時は覚悟しておいてくださいね』
その言葉は直接言われていない俺までが体が震えるほどだった。
言われた本人の心情は……考えたくもないな。
不知火さんはそのまま部屋からいなくなっていた。
「……女って怖いな」
俺は画面越しにそう感じていた。
相変わらず昼間は唯香さんの家に行き、警官に補導されない時間帯に家に帰る日々を送っていた。
家で色々と済ませてゲームにログインするとすぐに理人からダイレクトメッセージが送られてきた。
『いつの間にか不知火さんチームから抜けてんだけど!?』
すぐにゲーム内でチームメンバー一覧を見るとたしかに名前が表示されなくなっていた。
どうやら、唯香さんが自分の相手になれないことがわかったので抜けたのだろう。
なんか悪いことしたように感じるが、まあいいか。
「ってことは俺の役目も終わりか……」
俺は財布の中から唯香さんの部屋のカードキーを見つめながら小さくため息をついていた。
「え?! 返さなくてもいいよ」
次の日の放課後、俺はカードキーを返しに唯香さんの家を訪れた。
「いや、不知火さんもいなくなったから俺の役目は終わりましたよ」
気がついたら当たり前のようにここで過ごしていたけど元々の約束は不知火さんが唯香さんを諦めさせるために疑似的な彼氏彼女の関係になっただけだ。
あの人がチームを抜けてからダイレクトメッセージが来ることはなくなったと話していたので、これ以上俺がここにいる理由はない。
……家から逃げるにはいい場所だったんだけどな
「それじゃ、私と本当の彼氏と彼女になろうか?」
「え”……!?」
我ながら思ってしまうぐらい変な声がでた。
「ま、またからかっているんですよね!!」
「ううん、今回は真面目だよ」
唯香さんはいつもの柔かな表情で俺を見つめていた。
「私は悠弥くんが好きだよ。 こんな私でよければ付き合ってほしいな」
しかも迷いもなく告白をしていた。
相変わらず俺は突然のことすぎて何も言うことができなかった。
「……それで、悠弥くんはどうなの?」
——今なら喜んでお断りするとことだが、この時の俺は
「お、俺も唯香さんが好きです……」
——顔を真っ赤にして告白の言葉を送っていた。
——それからの俺はと言うと、初めて且つ綺麗な女性が彼女になったことで気持ちが舞い上がっていた。
……いや、舞い上がるどころじゃない、浮かれすぎと言った方がいいかもしれない。
学校を終わるとすぐに電車に乗って唯香さんの家に行き、夜遅くに帰る。
休みの日は早く起きて唯香さんの家に行き、次の日に学校があるにもかかわらず夜遅くまで一緒に過ごしていた。
「悠弥くん、これ買っちゃった」
唯香さんの家にいくと俺に長細いゲーム機を見せつけてきた。
「ウイッチ?」
「うん、これの同梱パックで」
右手にはウイッチ、左手にはよくCMでみかける島開拓ゲームを持っていた
「それなら俺も持ってるよ」
カバンからウイッチを出して画面を表示させる
「悠弥くんがそういうゲームやるの珍しいね」
——買ったのは俺ではなく父親だ。
ゲームとかそういうものに興味がなさそうに見えるが新しいものには目がない。
ウイッチとこのゲームを買ったのはいいが、起業する前から仕事が忙しく、ほとんど遊ぶことができなかった。
で、いつの間にか俺のものに。
唯香さんはウイッチの電源をいれてゲームを起動させていた。
「悠弥くん! これどうやればいいの?」
「スコップでそこを叩けば色々とでるから!」
唯香さんはキャラクターを縦横無尽に走らせながら自分の家を作るための材料を集めていった。
そしてついに家の材料を集めることができたが……
「家ができるのが明日の朝なの!?」
「さっき言ってたでしょ」
また、別の日には……
「悠弥くん、左手は猫の手だよ」
「猫の手はえっと……」
いつも夕飯を作ってもらっているのでたまには自分が作ってあげたいと思ったが……
家では家事などまったくやったことなかったためレタスを切るのにも一苦労だった。
結局は唯香さんに教わりながらやっていたためほとんど意味がなかった気がしたが、俺が作ったってだけで唯香さんに美味しいと言ってもらえて嬉しかったな……
「唯香さん、絵描けるんだ」
いつものように家の中に入るとペンタブをUSBケーブルでPCに接続してイラストを描いていた。
「あれ、言ってなかったっけ? イラスト学科なんだよ私」
「……たぶん初めて聞きましたよそれ」
どうやら、大学の課題の提出に追われているようでPCの画面を見ながらよく唸っていた。
「少しは休憩したほうがいいんじゃない?」
机の上にコーヒーを置きつつ声をかけるが
書くことに夢中になっているのか、反応が全くなかった。
邪魔しない方がいいかと思い、自分用に淹れたコーヒーを飲みながら
途中で買ってきた漫画を読んでいた。
「つかれたぁ……」
今にもかき消されそうな声を出しながら唯香さんは大きく体を伸ばしていた。
「悠弥くん、癒してー」
その直後あるものが背中に触れて俺は思わず驚きの声をあげる。
後ろを見ると、唯香さんが俺にもたれかかって、そのまま寝ていた。
——今考えれば恥ずかしい話だが俺はすごく毎日が充実していた。
「離婚調停?」
唯香さんとの日々を満喫していたある日、父親から電話で早めに帰ってくるようにと言われ、仕方なくいつもより早く帰宅していた。
リビングに行くと、そこには父親の姿しかなかった。
「おまえがほとんど家にいなかったから、言う機会がなかったが半年ぐらい前からやっていたんだ」
「で、どうなったの?」
「色々あったが、今日離婚成立した」
父親は肩を下ろしながら安堵の息をついていた。
元母親は成立と同時に出ていったようだ。
「それじゃ俺は……?」
「それはお前に任せる。 俺でもいいし母さんでもいい。 おまえの意見を尊重するよ」
そんなこと言われるまでもなかった。
「俺は父さんについていくよ」
「……それでいいのか?」
「1人の選択肢があるならそっちがいいけど?」
「未成年だから無理にきまってるだろ」
もちろんわかっていた。
「もちろん」
父親はこのあと何度も念を押して聞いてくるが、俺は迷うことなく答える。
「……迷惑かけたのにありがとうな」
「別に父さんのせいじゃないだろ」
「深愛姉……」
「なーにー?」
「食べた後に横になると太るぞ……」
「もー! 女の子にそんなこと言っちゃダメだよ!」
気がついたら深愛姉は俺の膝を枕にしながら……
「……なんでウイッチやってんだよ」
「ウイッチの話がでてきたからだよー」
手元にはウイッチを持っていた。
流れてくるBGMからして島開拓ゲームだろう。
「そういえばさー?」
「……なに?」
「前に見た悠弥の島だけど、あれ、ほとんど成田さんがつくったでしょ?」
深愛姉はウイッチから視線をずらして俺を見上げていた。
「……なんでわかるんだよ」
「なんとなくだけど、女性っぽい感じがしたからねー」
俺には理解できなさそうだな……
唯香さんはチュートリアルで自分の家を作ったあと他人の島に来れることがわかるとずっと俺の島で楽しんでいた。
前に深愛姉と一緒にやった時にみせた俺の島は俺が知らぬ間に唯香さんが手を加えていったものだ。
「成田さん、よほど悠弥と一緒にいたかったんだろうね」
深愛姉はウイッチの画面を見ながら、ボソッとつぶやいていた。
それに関して、俺は何も答えなかった。
「何で成田さんと別れちゃったの? 悠弥も楽しかったんでしょ?」
俺はため息をついた後に、部屋の天井を見上げていた。
「……それを聞いてくるか」
「うん、ここまで聞いたら気になるよー」
深愛姉は迷うことなく答えていた。
俺はもう一度ため息をつきながら重い口を開いていった。
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【あとがき】
▶当作はカクヨムコンに参加中です!!
お読みいただき誠にありがとうございます。
読者の皆様に作者から大切なお願いです。
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