第4話

 「おかえり……」


深愛に連れて来られるリビングに入ると父親と深月さんが

ダイニングテーブルの椅子に座っていた。


「とりあえず2人とも座って」


父親に促され俺は父親の対面の椅子、深愛は俺の隣の椅子に座った。


「それで、話って?」


早く終わらせて部屋に戻りたかったので自分から話をきりだす。


「俺と深月さんが明日から出張になった」

「……出張?」

「そうだよ、ついでに新婚旅行も兼ねてだけどな!」


父親は四角い顔を歪めてにやけていた。


「もう、子供たちの前で何を言っているんですか」


深月さんは父親の肩を後ろから叩いてはいるがどことなく嬉しそうにも見えた。


俺が2人を呆れた顔で見ているのに気づいた父親は咳払いをして、再び真剣な表情に戻した。


「で、その間2人だけになるから、色々とよろしくな」

「……2人って?」

「おまえと深愛ちゃんだよ。他に誰がいるんだよ」


父親の言葉に俺は絶句する。


「わかった俺もついていく」

「学校どうするんだよ?」

「戻るまで休学で」

「おまえ、部屋に籠ってゲームしかしないだろ」


父親は目尻を抑えながら深くため息をついていた。


「言っておくが遊びで行くわけじゃないんだ」

「さっき新婚旅行兼ねるとか言ってなかったか?!」

「8割冗談で2割願望だ!」


願望が残ってるじゃねーか……


「……ちなみにいつまで?」

「早くて今年中。遅くても来年の今頃までだな」


それまで隣に座る女と一緒にいなきゃいけないのか……

そう考えるだけで気分が重くなっていた。


横目で隣の席の住人をみると俺とは対称に期待に満ちているような表情をしていた。


なんでだよ……。


「ごめんな深愛ちゃん、せっかく一緒に暮らしだしたのに」

「仕方ないよ。 カズさんもママも仕事なんだし」

「この件が終われば少しは落ち着くとおもうんだけどなぁ……」


父親は寂しそうな顔をして俺と深愛をみていた。


「深愛ちゃん、戻ってくるまで悠弥を頼むよ」

「うん! 大船に乗ったつもりでいてもらって大丈夫だよ」


俺は今すぐその船から降りたくなっているんだが……


「深愛、悠弥くんと喧嘩しないで仲良くやるのよ」

「わかってるよ、ママもカズさんも無理しないようにね」


次の日、父親と深月さんの見送りのため、始発の電車で都内にある空港に向かった。


せっかくの休みの日に外にでたくなかったので一言だけいって二度寝をしようとしたところ、深愛に布団を剥ぎ取られてしまう。


「今日で2人と当分会えないんだから、見送りにいくよ!」


そう言ってこっちの脳が完全に覚醒してないことをいいことに準備をさせられてしまったのである


「それじゃ行ってくるよ。くれぐれも深愛ちゃんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「努力するよ……」


「深愛、悠弥くんに迷惑かけないようにね」

「そういうママもカズさんを困らせないようにね」


それぞれ短い言葉を交わす。


手続きを済ませた父親と深月さんは俺たちに見送られながら搭乗ゲートの奥に進んでいった。


2人の姿が見えなくなったのですぐに帰ろうとするが後ろから深愛に腕をがっちり抑えらる。


「……なに?」

「せっかく空港にきたんだし、ちょっとショッピングエリア散策しようよ!」


深愛は楽しそうな表情で俺の顔を見ている。


狙っているのかまったく気づいていないのか、腕を組んだ際に俺の腕が深愛の胸元に当たっていた。


普通の男ならそれだけで喜んで行きそうだが、俺にとっては正直不愉快だった。


俺は組んできた腕を振り払い


「そんな気分じゃないからさっさと帰る」


駅の方に向かって歩いて行こうとしたが……


「別にいいけど、帰りの電車代あるの?」


深愛の一言に俺は足を止め、大事なことを思い出した。


最悪なことに財布を持ってくることを忘れていたのだった。


最寄駅で電車に乗る時に持っていないことに気づいたが父親が全て支払いをしていたのでまあいいかと簡単に考えていた。


2人で暮らすにあたりお金の管理担当が深愛になったことをここに来る途中の電車の中で聞かされた。


理由は簡単で深愛の方が年上だからである。


つまりは深愛と一緒にいなければ帰ることはできないのである。

財布を取りに行かなかった数時間前の自分を心の奥底から恨んでいた。


嘆いても文句を言っても自分に決定権はないので盛大なため息をついた後、錆び付いて動きが悪くなったロボットのようにゆっくりと深愛の方を向き……


「……行けばいいんだろ!」


俺は悔しさを噛みしめながら怒り混じりの声で深愛の提案を飲むことにした。



「大丈夫かしら……」


深愛と悠弥がショッピングエリアを散策してるころ飛行機の座席に座った深月は窓から外を見ながらぼそっと呟いていた。


「深愛ちゃんのことかい?」


その隣で和彦が荷棚に2人のバッグをしまいながら声をかけていた。


「えぇ、悠弥くんを振り回すようなことしなければいいのだけど」

「俺からすれば深愛ちゃんはしっかりしてるから心配ないけど……悠弥がちょっとな」


自分の席に座った和彦は自分の息子のことが心配になっているようだった。


「そういえば、1週間ほど一緒に暮らしましたけど悠弥くん、私や深愛と接しようとしなかったわね」


深月の言葉に和彦は「だよなあ……」とこぼしていた。


「でもさすがに1週間でお母さんって呼べないわよね、高校生の男の子って何かと難しい時期って聞くし」

「いや、あいつの場合ちょっと理由があるんだよ」


和彦の言葉に深月は不思議そうな表情をうかべていた。


「理由……?」


「まあそうだな、帰ってからもずっと家族として暮らしていくのだから

深月さんも知っておく必要があるか」


「……何か深刻なことでも?」


和彦は目を瞑った状態で座席に体全体を預ける。


「悠弥は女性が嫌いなんだよ……」

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