第三話

 次の日。部活に行くと、優里奈ゆりなから意外なことを聞いた。

颯真そうま君が死んじゃって、本当に残念ね……」

「え? ええ、まあ、そうね……」


 颯真の幽霊ゆうれいと夜に会っているとは、もちろん言えなかった。


「颯真君って勉強は苦手だったけど、優しかったもんねえ……」

「うん、そうねえ……」

「私、颯真君に助けてもらったことが、あるんだ」

「え? いつ?」


 優里奈は少し考えてから、答えた。

「ゴールデンウィーク明けの日に。私、休みボケで社会の教科書を忘れちゃったんだ。そしたら隣の席の颯真君が、社会の教科書を貸してくれたんだ」


「へえー」

「そして『教科書を、忘れてきただろう?!』って私の代わりに、先生に怒られたんだ……」

「ああ、そんなことが、あったわねえ……。そうか、あれは颯真が、優里奈に教科書を貸したんだ」


 私と颯真は、幼なじみだった。小学校、中学校、一緒だった。颯真は勉強は苦手だったが、確かに優しかった。高校は私と同じ学校に入学するために、猛勉強もうべんきょうしたようだが。


「うん、そうなの。その日から私、少し颯真君のことが気になっていたんだ。颯真君って結構けっこうかっこう良かったし、背も高い方だったし……」

「まあ、イケメンとまでは、いかないけどね」

「うん、でも、こんなことになるだなんて……」


 私は「そうだね、それは残念だよね……」としか、言えなかった。


   ●


 その日の夜。いつものように自分の部屋で大豆だいずミートの本を読んでいると、颯真の幽霊が現れて聞いてきた。

「なあ、希星きらら。お前、何でそんなにがんばるんだよ?」


 本を読みながら、私は答えた。

「私には、夢があるからね」

「夢?」


「うん、いつか大豆ミートのハンバーグを使った、ハンバーガー屋を開きたいんだ」

「何で?」

「うん、私が一番好きな食べ物が、ハンバーガーだからね。それに大豆ミートのハンバーグは健康にも良いし、地球温暖化の防止や、水資源すいしげんの節約にもなるからね」


 颯真の幽霊は、感心した。

「希星、お前、本気で世界のことを考えているんだな……」


 私は、力説りきせつした。

「当たり前じゃん! 確かに今の世界をヤバくしたのは今の大人おとなたちかも知んないけど、そんなの関係ないじゃん! このままだと世界がヤバいっていうんなら、今から何とかするしかないじゃん!」

「うん、そうだな……」


 私は椅子いすから立ち上がり、伸びをして言った。

「とは言え、もう遅いから今日は、これで終わろうーっと」と本棚ほんだなの上部に手を伸ばした。


 しかし疲れのためかバランスをくずし、本棚を引っ張ってしまった。すると本棚が颯真の幽霊に向かって、倒れてきた。


 私は思わず「颯真、危ない!」と、颯真の幽霊を突き飛ばした。それで颯真の幽霊は倒れた本棚の下敷したじきにはならなかったが、私の左手のこうに激痛が走った。

いたっ」


 突き飛ばされた颯真の幽霊は、あわてて立ち上がり私の左手を手に取った。

「大丈夫か、希星?!」

「うん、何とか……。でも、ちょっと痛い……」

「見せてみろ! あ、血が出ているじゃないか! 本当に大丈夫か?!」

「うん、多分ね……」と私はズボンのポケットからハンカチを取り出して、左手にいた。

「うん、これで大丈夫だと思う……」


 颯真の幽霊は、心配そうな表情で聞いてきた。

「でも、傷あとが残るんじゃないのか?」

「大丈夫だよ、多分。それより颯真、あんたは大丈夫?」


 颯真の幽霊は、苦痛くつうの表情で叫んだ。

「大丈夫に決まっているじゃん! 俺は幽霊なんだから、本棚の下敷きになったって怪我けがもしないし、ましてや死ぬこともないって!」


 私は、ちょっとバツが悪くなった。

「あ、そうだったね……。ごめんね、余計よけいなことをしちゃったわね……」


 再び、颯真の幽霊は叫んだ。

「違うって、あやることないって! 悪いのは俺なんだから! 希星に死んでくれって付きまとっている、俺が悪いんだって!」

「颯真……」

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