フェアリーテイル(短編)
モグラ研二
フェアリーテイル
「このボタンを押せば、ええんかいの?」
音のない部屋。壁、床ともに真っ白く塗られた部屋だった。
座布団が敷いてあり、卓袱台があり、卓袱台には、湯飲みが置いてある。
湯飲みからは湯気が、でている。
卓袱台の向こう側にモニターがある。真っ黒で、何も、映っていない。
座布団に、老人が一人、座っていた。
痩せた老人だ。
頭髪の、真ん中部分だけが著しく欠如している。
その欠如した部分の皮膚には、無数の、茶色やこげ茶色のシミが、散らばっている。
頭部の横と、後ろには、髪の毛が、豊富に生えている。
白い長袖のシャツ、腹巻を巻いている、下には紺色の股引だけ穿いている。
「このボタンを押せば、ええんかいの?」
一度目よりも、大きな声で、老人は言った。
ボタンと言うのは、湯飲みの横に設置された赤いボタンのことだった。
何の応答もない。
押していいのか。押してはいけないのか。
わからない。
「なあ、押すぞ、押すからな……」
老人は痩せ細った指先で、ボタンを押した。
ブブー……という、屁と大便が、同時に、大量に放出されたときのような、非常に汚らしい感じのする音が、大きな音で、鳴り響いた。
《ぼくがそばにいるよ。ずっと君を抱きしめる。いつまでも愛している。フォーエバー》
そのような歌詞の楽曲を、大西麻衣子は自室で聴いていた。
それは、30年前にそこそこヒットしたシンガーソングライター・トンプソン川田の『君のそば、永遠にステイしていいよね?』という楽曲だった。
大西麻衣子31歳。都内一人暮らし。田舎の実家からの仕送りと、週に3回、毛糸でゴミムシとハサミムシとアメーバのぬいぐるみを作る仕事(1体3500円。ネット限定ショップで販売している)、で収入を得ていた。今は、休暇中だった。
クリスマス、大晦日、正月と、大西麻衣子はずっと一人で、涙を流しながら、テレビを見ることもせずトンプソン川田の『君のそば、永遠にステイしていいよね?』を聴き続けていたのである。
部屋は大変に荒れていた。大西麻衣子は捨てられない女であり、片づけられない女でもあった。カップ麺の空き容器やペットボトルやスナック菓子の袋などが、床に散乱している。イケメン王子様がたくさん登場する漫画や小説も、乱雑に、転がっていた。部屋は饐えた臭いで満ちていた。風呂に入っていなかったからだ。
大西麻衣子はトンプソン川田の写真を見つめる。
短い金髪、すらっとしていて。彫りの深い顔立ち。くりくりした目。少しセクシーな、口元。首筋に一つだけあるホクロ。脇を剥き出しにした白いタンクトップ姿。肩や腕に、しっかりとした筋肉が、ついている。
「トンプソン川田……あたしの王子様……なんで、そばにいてくれないの?うそつきじゃない?」
トンプソン川田は30年前にアップテンポなダンスナンバー『君のそば、永遠にステイしていいよね?』がそこそこヒットしたものの、その次の楽曲、情熱的なバラード『お前の為なら死んでもいい。愛は深く、止めどないけど、構わないよな?』が絶望的に売れなかったため、半ば強制的に引退させられたのだった。それ以後、いろいろな情報(出没情報、居住地情報、現在の状況等々)が出回ってはいるが、表舞台には一切、登場していない。
「そんなことは関係ない。この歌では、いつでもそばにいるって言っている。でも、今、あたしのそばにいない。それってうそつきってことでしょ。引退したとか、そういう言い訳は聞きたくない。わかる?トンプソン川田、あたしは、うそは嫌いなのよ!」
大西麻衣子は2週間前に某掲示板で知り合ったネットの関係筋から購入した情報をもとにしてトンプソン川田が現在住んでいるという板橋区の木造アパートに向かった。
私は長年、木造アパートに住んでいる、そのことを同僚に話すと、鼻で笑われた。50を過ぎたおっさんが、未だに木造の2階建ての粗末なアパートに住んでいるなんてありえないらしい。
「マイホームを建てろとまでは言わないけど、せめてオートロックの付いた5階建て以上のマンションに住むべきでしょ。その年で未だに木造アパートに住んでいるとか、ダサすぎるし、死刑囚に、そういう経歴の人が多いから、あんた、将来死刑囚になるんじゃないか」
そんなことを、昼飯のときに言われたのだった。
私は、そのことを否定できなかった。
私の仕事は、ある部屋に呼ばれ、そこで全裸になり、誰のものともわからぬバケツ一杯に入った大量の吐しゃ物をぶっかけられ、木の棒を自分のケツの穴に挿入し、キエエエエエ、とか、ヴォオオオオオ、とか奇声を発し、白目を剥くことであった(白目を剥かない場合、その時の給金は三分の一になってしまう)。
これは事実だ。
私はそういった業務内容で、その部屋の主から金を受け取っている。
もちろん、所得税等を引かれた上で、もらっている。
だから、当然かなりストレスが溜まるし、殺意も湧いてくる。
道路を幸せそうに歩いているカップルや、スマホを見てニヤニヤしているバカみたいな顔の連中を、唐突に刃物で襲いたくなる。腹を切り裂き、臓物を引きずり出し、路上にぶちまけて犬に喰わせてやりたくなる。
そのことを否定はできない。
今では、嬉しいことや楽しいことを全く何も感じなくなっていて、そういうことを公共の場で表明している連中は、もれなく薬物を摂取しているのだと、思うようになっている。
《残虐な殺人行為への欲求》
これを実行すれば、死刑囚になる可能性は高いだろうなとか、考えることはある。
それは、誰にでもあることではないだろうか。
だから、失礼な発言をするな、と思いながらも、同僚の言葉に対し、明確な反論は、行わなかった。
……朝起きて、顔を洗い、歯を磨く。
この一連の動作は、ほとんど、無意識に、かなりスムーズに行われる。
意識ははっきりしてなくて、寝ぼけたような状態でも、できてしまう。
地味だけど、なかなか凄いことだ。
こんなにも、スムーズにできてしまうのか。
同じようなスムーズな動きだった。
年齢は50代くらいに見える。
無意識。非常にスムーズな、動き。
中肉中背、ニット帽を被った男が、初詣のために神社の前に列を作っている人々、多くは幸せそうに微笑み合うカップル、夫婦、家族連れ、老人たちであったが、その列に足音も立てずに近づいて、懐からサバイバルナイフを取り出すと、いきなり、5歳くらいの男の子の頸動脈を切りつけたのだ。
「アギャー!」
そのような甲高い叫びが発生。もはや人間とは思えぬ、ケダモノじみた叫び声が、まだ暗い路上に響き渡った。
当然、初詣のために列をなしている人々は驚愕の表情、目を見開き、手足を震わせ、涙を流す。
だが、彼らは逃げない。その場にとどまり、ただ目を見開いて「いやー」とか「やめてー」とか、非常にありふれた危機のときの言葉を叫び、涙を流し震えているだけだった。
彼らは映画に登場する逃げ惑う人々や殺されそうな人々を模倣しているのだろうか。
もしかして、模倣して、誰が一番似ているかを、競っているのだろうか。
そう思うほど、彼ら自身の危機感を、その様子から感じることができない。
ニット帽の男は、非常にスムーズに、無意識的な動作で、動いた。人々の列に突っ込んで行き、多くの人々の、頸動脈を、切断した。
誰も、逃げなかった。反抗する者もいなかった。殺されることを望んでいるのではないか、とさえ思えるほどだった(あるいは殺されたとしても異世界転生できるから、べつに問題はないと考える人が増えたのであろうか)。
「アギャー!」
頸動脈を切断された者たちは、皆、叫んだ。
そのように叫ばなければならない義務が課せられているかのように、一様に、同じような叫び声を発した。
もはや人間ではない、ケダモノ同然の、野太い叫び声。
そして、ドババ血飛沫。当然の結果であろう。
1月1日に初詣するという目的を達成することなく、多くのカップル、夫婦、家族連れ、老人たちが、神社の前の路上に倒れた。すでに白目を剥いて、アホのように口を大きく開け、死んでいた。血だまりが、できていた。
《その表情は、まったく、幸せそうには見えない。》
ニット帽の男が足音も立てずに走り去るのを見届けた私は、人々の累々たる死体の顔面を眺めながら、思ったものだ。
《白目を剥いて、大口を開け、舌を、だらりと垂らして、これじゃ、アホのようだ。もっと、真面目な顔をしたら、どうなのか。》
私は、若干の憤りを覚えたものだ。
しばらく、その憤りは続いたが、電話がかかって来たことで途切れた。
「もしもし?」
私が言った。
「ああ、あんたさ、やっぱり50過ぎのおっさんが木造のボロイアパートに住んでいるのはよくないよ。死刑囚の人のなかで、貧しくて強盗殺人とかやらかすタイプ、無職で殺人しちゃうタイプの奴が、よくあんたみたいに、いい歳してボロイとこに住んでいるんだよ。あんた、将来死刑囚になるんじゃないのか?」
同僚からだった。
「ふざけんな!そんなことわざわざ元旦に電話かけてきて言ってんじゃねえぞ!ボケ!」
私は怒鳴り、電話を切った。
さすがの私も、元旦の日にこんなことを言われたらキレてしまうに決まっている。
しかし、根が穏やかなタイプなので、電話を切って、呼吸を整えているうちに、すぐ、落ち着いてしまった。
暗い風景。暗闇に浮かびあがる神社の鳥居が、荘厳な雰囲気を、醸し出している。
何か神聖なフィーリングを、私は知覚したように思われた。
「帰るか……」
「おい、ボタンを押したぞ、おい!」
音のない部屋。壁、床ともに真っ白く塗られた部屋だった。
座布団が敷いてあり、卓袱台があり、卓袱台には、湯飲みが置いてある。
湯飲みからは湯気が、でている。
卓袱台の向こう側にモニターがある。真っ黒で、何も、映っていない。
座布団に、老人が一人、座っていた。
痩せた老人だ。
頭髪の、真ん中部分だけが著しく欠如している。
その欠如した部分の皮膚には、無数の、茶色やこげ茶色のシミが、散らばっている。
頭部の横と、後ろには、髪の毛が、豊富に生えている。
白い長袖のシャツ、腹巻を巻いている、下には紺色の股引だけ穿いている。
「おい、ボタンを押したぞ、おい!」
一度目よりも、大きな声で、老人は言った。
ボタンと言うのは、湯飲みの横に設置された赤いボタンのことだった。
老人は退屈していた。
すでに、この部屋に入ってから数時間が、経過していた。
湯飲みのなかを見た。
湯気はでているが、得体の知れない液体が、入っている。
茶やコーヒーではない。
コバルトブルーの液体だが、表面が、時折、虹色に反射する。
白い壁の一点を凝視する。
何も起こらない。
老人は股引を脱ぎ、ブリーフパンツも脱いで、下半身を露出してみた。萎んだ黒っぽいチンポコ、それを包み込むように生える縮れ毛。
老人はチンポコに触れてみる。
老齢のため、薬なしではもはや硬くなることのないチンポコだ。
時折、いけるのではないかと思い、ファイティン・マイチンポコ、と唱えながら、唐突に下半身を露出し、触ってみることがあるが、全然ダメだった。
《ファイティン》なんていう精神論では、どうにもならないことも、世の中にはある。
老人は黒ずんだ、シミだらけの、皮を被って萎んでいるチンポコを、しばらく指先でいじってみた。
何も起こらない。
物語が進行するということが、この空間ではありえないようだった。
老人は、ため息をついて、ブリーフパンツを穿き、股引を穿いた。
「もう一回押すか……」
老人は、枯れ枝のように細い指で、再度ボタンを押した。
ブブー……という、屁と大便が、同時に、大量に放出されたときのような、非常に汚らしい感じのする音が、大きな音で、鳴り響いた。
西岡康太47歳は年始のお笑い番組を、一人、汚くて臭い部屋で見ていたが、一度たりとも笑えなかった。
ただ、醜い猿のようなものが、右から左に移動し、手を叩いていたり、股間に手をやっていたり、結果、なぜか歯茎を剥き出しにして自分でゲラゲラと笑っている。非常に、下品な様子をしている。何がおかしいのかが、全く理解できない。
そんな風にしか、思えなかった。
こんなものを見るなら、動物園に行って、様々な動物、猿以外の動物も、見た方がより有益ではないのか。
そこでちゃんとした芸を仕込まれた猿たちの素晴らしいショーを見た方が、笑えるし、感動するのではないか。
「馬鹿野郎!てめえら薬でもやってんのか!」
怒鳴りながら、飲みかけの缶ビールを、テレビに向かって投げつける。
「こいつらは狂っているんじゃない。薬を、意図的にやっている。毎朝起きて、顔を洗って歯を磨いて、それで、注射を打ってやがるんだ……」
西岡康太は、ベッドの枕元に置いてある割合と大き目な熊のぬいぐるみを手にして、壁に叩きつける。
「そうだろうが!薬やってんだろ!白状しろ!ボケ!」
西岡康太は髪の毛はボサボサ、髭は剃っていなかった。弛んだ皮膚。
不気味な吹き出物も、多数見られた。
吹き出物は黄色っぽく、緑っぽい汁が、にじみ出ている。
そして、常に、臭い、全然洗ってないヨレヨレのジャージを着ていた。
当然、男、女問わず、交流関係はゼロ。
恋人はおろか、友人、知人と呼べるような、定期的に連絡を取る相手もいない。
クリスマスも年末も、正月も一人だった。
紅白も見たけど、ポエム感満載って感じのラブソングばっかりで、出演者全員、いきなり突っ込んできたダンプカーに轢かれてグチャグチャになってしまえとしか、思えなかった……。
ミンチ。ミートペースト。臓物が転がり、血だまり……。
恋愛に全く縁がない人間にとって、こんなものを聴かされたところで、なんの感興もない。勝手にしろとしか思えない。
グダグダ御託を並べてないでさっさとヤれとしか言いようがない。
綺麗事の連呼、ポジティブなワードの羅列。
辟易とする。
笑顔で人が必ず癒せるとか、図々しいにもほどがある。
圧倒的な想像力の欠如。
反吐が出る。
愛のパワーとか、信じる力とか、絆エナジーとか、最終的にはほざき始めて、宗教じみてくる……。
死んじまえよ!
やはりダンプカーが必要だった。
俺は免許持ってないから無理だけど、誰か、英雄がいて、あいつら全員轢き殺してくれればいいのに。
その様子が全国に生放送で流れたら、超清々しいだろうな!
《もしもその英雄が逮捕され死刑囚になったら、俺は運動を始めるだろうな、あれは英雄であり、死刑囚であるべきではないと、あの英雄を死刑囚にするようなこんな国は終わっていると、いっそ滅びるべきであると。そういう運動を始めるだろうな。》
「ヤるのはけっこうだけど、その様子を動画に撮って、俺に寄越せよな、まったく……」
ぼそぼそと独り言をしながら、西岡康太はポルノ雑誌が見たくなったので、コンビニに行こうと思い、汚くて臭い部屋を出て行く。
西岡康太は、コンビニに向かう道で、多くのイチャイチャするカップルを見かけた。手を繋いで、寄り添い合い、微笑み合い、実に、幸せそうだった。
「昨日の紅白すごかったよねえー!」
女が言い、
「うん!マジすごかった、紅白ぱねえよな!」
男が言い。
2人で、同時に笑う。
西岡康太は、カップルの、すぐ後ろを、足音も立てないで、歩いていた。
じっと、2人の様子を、見ていた。
《この2人はやがてラブホテルか自宅に行くに違いなくそこでセックスを開始するに違いないのだ。その時に、その様子を生で見させてもらえないか、交渉する余地はあるのではないか。俺は、幸せそうな若いカップルが情熱的に、とてつもなくエロく、セックスする様子をぜひ生で見たいのだ。そして、できれば生で見ながら、その場で俺は、完全に勃起した俺自身のチンポコをシコシコと扱きたいのだ。イグイグッと叫んで射精したいのだ。そして、できれば、俺はこの若い男の穴、若い女の穴、両方に入れてみたいと思っているのだ。その願いを、このカップルが叶えてくれる可能性は、まあ、高くはないだろうが、全くないとは言い切れない。希望は捨てないことだ。数パーセントでも可能性があるなら、玉砕覚悟で突っ込んでみなければならない。チャレンジ精神を忘れるな。》
ゆっくりと、西岡康太は歩く。
そのことに、途中でカップルが気付いて振り返った。
微笑み合っていた顔は、鬼のような形相に、変化していた。
目が、2人とも吊り上がっていた。
「なんだ?おっさん、なんだよ」
男が言った。
男は身長が190センチ近くあり、モヒカンにした髪の毛をピンクとブルーと銀色に染めていた。ゴツイピアスを付けていて、指にも、シルバーのリングをいくつも付けていた。
「きたねえおっさんだな、おい」
「あーしもそう思う、こんなん、生きててもしゃーなくね?殺す?」
女の方が言った。
女も身長が高い。170センチ以上ある。
モヒカンにした髪の毛をグリーンとイエローとレッドに染めている。ピアスを沢山付けている。剥き出しの腕に棘のついたリングを付けている。
「キモイおっさんとか、生きててもしゃーなくね?」
「ここでやる?」
「うん。やっちゃおうよ。どうせ、こいつも死にたいって、毎日思って生きてるんじゃね?殺してやった方が、こいつ的にも嬉しいんじゃね?」
「わかるわ。こういうキモイおっさんって、常に死にたいって言うんだよな。いっそ殺してやった方が、確かにいいかもな」
意識不明で病院に運び込まれた西岡康太は、もはや、原型を留めない、グロテスクに全身が腫れあがった状態だった。皮膚は切り裂かれ肉が見えていたし、腹も裂かれていて、臓物が飛び出ていた。後頭部の損傷が酷く、脳みそが少し見えていた。執拗に股間を攻撃されたのか、チンポコ、タマが完全にぐちゃぐちゃの状態に、つぶされていた。形をなしていなかった。
医師たちは懸命に手を尽くした。だが、無理だった。
西岡康太47歳は1月1日午前11時46分に死んだ。
誰も泣かなかった。
遺族も、誰も来なかった。
父親は生きていたし、兄妹も何人かいたが、誰も来なかったのだ。
拒絶したのだ。
「臭いおっさんが死んだからって、いちいち連絡してくんなボケ!正月から胸糞悪いこと言う奴はろくな目に遭わんぞ!」
そのように激高する遺族も、なかにはいたようだった。
その激高した人物の一人が西岡康太の弟である西岡牧夫42歳。
大手証券会社の総務部長。白髪混じりの頭髪をオールバックにしたダンディあふれる人物。
西岡牧夫は固定電話の受話器を、叩きつけるように置いた。
その様子を見て、ひとり息子の西岡真一19歳大学生が、憤りを隠せない面持ちで話しかける。
「父さん、たった一人の兄の死に対して、あまりにも冷淡すぎないか?命を大切にしない父さんは、ぼくは、嫌いだな……」
元旦で、テーブルの上には豪勢な食事。寿司、ピザ、重箱に入ったおせち料理。赤ワインの注がれたグラスも、いくつか置いてある。
しばらく、沈黙があった。
激高した西岡牧夫は、愛する一人息子に苦言を呈され、やや、心苦しい、というような顔をしている。
「悪かった。冷静さを失っていた。兄貴は俺が21歳の時に、いきなりアラブの石油王に弟子入りしてくると宣言して、そのまま、家を出て行った奴だったから……病床の母さんを置いて行って……母さんは病気による凄絶な苦しみのなか、最終的に発狂して、白目を剥きながら甲高い奇声を発しながら、看護師や医者を複数人殺害して、病院から脱走したところをヒグマに襲われて悲惨な最期を遂げた……そのことが、未だに俺のなかでは許せないことだったから……つい、激高してしまったんだ……」
「ぼくの方こそ、事情を知らないで、表面上だけみて非難してしまったのは、あまりにも短絡的だった。ごめんね、父さん」
「いや、いいんだ。俺はな、命を大切にする、という精神を、お前がしっかりと持っていることが知れて、むしろ嬉しいよ」
「父さんの教育のおかげだよ。ぼくは、父さんを尊敬しているんだ」
親子は、ワインの入ったグラスを持ち、乾杯をした。
そのワインは一本80万円する年代物だった。
テレビでは、賑やかな、お笑い芸人たちが楽しそうにはしゃぎまくる番組をやっていた。
2人は、ソファに並んで座り、その番組を見て、たびたび、手を叩きながら爆笑した。
「父さん、ちょっと出るね」
「なんだ、どうした?」
「いや、大事な用事を思い出したんだ」
「そうか。まあいい、夕飯には戻るんだろう?」
「うん」
西岡真一19歳大学生は家を出て、コンビニに寄って瓶入りの清酒を購入した(その際に対応したコンビニ店員が日本語の下手な外国人であったため、彼は気遣いの心を持って、遠くから来てくれたんだ、日本のために、ありがとう、君の優しい心は、ぼくに伝わっているからね、ぼくは心から、君に感謝しているからね、と、その店員の手を握って述べた)。
彼はコンビニをでて、公園脇にある公衆トイレの個室に入った。
西岡真一はリュックサックから、黒い棒状の機械を取り出し、その端っこにあるスイッチを押した。
液晶画面に「録音開始」と表示がでた。
黒い棒状の機械を口元に持ってきて、西岡真一は、表情のない顔で、
「イグイグ!あー!イグ!イグイグ!ぎもぢい!イグイグ!あーやべ、あーやべ、ぎもぢいよお、あ、あん、あんあん!やべ、あん、やべ、やべえよお、あっあっ、イグイグ!イグよ!アイグッ!!」
と叫んだ。
叫びが終了すると、西岡真一はもう一度、機械の端にあるスイッチを押した。
液晶画面に「録音終了」という表示がでて、それが点滅し、やがて消えた。
西岡真一は手を洗い、鏡を見た。顔に表情はまったくなかった。
彼は、公園脇にある公衆トイレをでると、ジョギングを開始した。
彼は、真っ黒なスポーツウェアを着ていた。
筋肉が大きく盛り上がっている様子が、伺い知れた。
緩やかな下りの坂道を、しばらく軽く走っていき、右折したところに5階建てのマンションがあり、西岡真一は忍び足でそこに侵入し、マンションの106号室の前で立ち止まると、リュックサックから黒い棒状の機械を取り出し、それを、106号室のドアポストに投函した。
顔に、表情はまったくなかった。
ジョギング再開。
西岡真一は緩やかな上り坂を軽い足取りで走っていく。
公園に戻り、自販機でスポーツドリンクを購入し、ベンチに座って飲んだ。
「あけましておめでとうございます!」
彼は、通りかかった、ベビーカーを押している白っぽいスカートを穿いた若い女性に声を掛けた。
若い女性は少し驚いた様子だったが、西岡真一が、爽やかなスポーツマン的な雰囲気を持っていたため安心し「ええ、あけましておめでとうございます。ジョギングですか?」と返答したのだった。
西岡真一はベンチから立ち上がり、ベビーカーに近づいていく。
スポーツドリンクのボトルは、ベンチに置いたままだ。
「ええ!ぼくは凄く、スポーツマンなんです!」
腕の筋肉を強調するような、マッスルポーズを、彼はとった。
「そうね、そんな感じがするわね、あなたは」
「あの、赤ちゃん、見ていいですか?」
「え?いいけど……」
若い女性は、ベビーカーの庇を開ける。
赤ん坊が、剥き出しになる。寝ているようだった。
「可愛いですね!」
西岡真一が言った。
「ええ。凄く、可愛くて、私にとっては命より大事な、宝物なの」
「そうですよね。この子は、社会にとっても、何よりの宝物に違いない……」
《元旦にはすべてをお清めする必要がある。大事なものほど、丁寧にお清めをすることが大切だ。この一年間、どうか、邪悪なものに傷つけられないで欲しい。その思いを込めて、お清めをするのだ。》
西岡真一は、リュックサックから、コンビニで購入した瓶入り清酒を取り出し、キャップを開けた。
「お清めしないと!」
彼は宣言すると、瓶入り清酒の口の部分を、眠っている赤ん坊の口に当てた。
赤ん坊の口が閉じられているため清酒が中に入っていかない。
「しっかりお清め!」
彼は叫ぶと、指をつっこんで無理やり、赤ん坊の口を開けた。
清酒が、大量に、赤ん坊の口に入っていく。
「ちょっと!なにするんですか!死んじゃう!死んじゃう!やめてください!」
若い女性は悲鳴を発し、西岡真一の肩を掴んでやめさせようとする。
「うるせえ!このアマ!引っ込んでろ!殺すぞ!」
怒鳴りながら、西岡真一は肩を掴んでいる若い女性の顔面を思い切りぶん殴る。
若い女性は「キャアアアアアアア!」と悲鳴を発しながら地面を転がっていき、公園に無数に植えられている樹木のなかの一本、その幹に思い切り頭をぶつけ、気絶した。
「お清め!」
赤ん坊は白目を剥いて、泡をふき始めていた。全身が激しく痙攣している。
「悪霊と戦っているのか!がんばれ!もっと、酒を飲め!!体のなかをもっと清めないとダメだ!!自分を信じろ!!悪に打ち勝て!!!」
ほとんど、赤ん坊の口の上に逆さの状態で、酒瓶があった。
酒瓶は、すでに空っぽだった。
いつまでも、赤ん坊の全身の痙攣は止まらなかった。相変わらず白目を剥いて、口からはぶくぶくと泡をふいている。
ベビーカーが激しく揺れている。
その様子を見ていた西岡真一は舌打ちをした。
「なんだよ、こいつ。根性が足りないんじゃないか。悪霊に打ち勝てないようでは、この先の人生、苦難を乗り越えていくのは不可能だぞ」
その言葉を掛けたところで、赤ん坊の状態に変化はない。
また舌打ちをした。
「こいつ、見込みのない奴だな」
……ベンチに座り、残りのスポーツドリンクを飲み干した。
ペットボトルを、きちんと、自販機の横にあるごみ箱に捨てた。
そうして、公園から、軽い足取りで、西岡真一は走り去っていった。
顔に、表情はまったくなかった。
《ぼくがそばにいるよ。ずっと君を抱きしめる。いつまでも愛している。フォーエバー》
ブルートゥースイヤホンから、ずっと流れてくる、30年前にそこそこヒットした、トンプソン川田の『君のそば、永遠にステイしていいよね?』を聴きながら、大西麻衣子は涙を流し、ついに、板橋区にある、現在トンプソン川田が住んでいるという木造アパートに到着した。
2階建ての木造アパートで、かなり古い。
ここには社会の敗残者しか住んでいないのではないか。
そのように思われても致し方ない建造物だった。
「来たからね、トンプソン川田。あたし、来たのよ……」
大西麻衣子は201号室に向かうため、古い階段を上っていく。
階段が、派手な音を立てるが、まったく気にしない。
《ぼくがそばにいるよ。ずっと君を抱きしめる。いつまでも愛している。フォーエバー》
聞こえ続けている。
そうよ。ずっと、あたしのそばにいてもらうからね。トンプソン川田……。
大西麻衣子はインターホンを、押した。
……インターホンが鳴ったので、俺は、すぐにドアを開けることをせず、ドアスコープを覗いてみた。
誰だ、こいつ……。
すげえデブの女が、立っていた。
デブなだけではない。顔中に吹き出物、ニキビなんかがあって、鼻がデカく、目は豆粒のようで、黒縁のださい眼鏡を掛け、髪の毛はおかっぱだった……。
服装は、なんでこんなキモイ奴が着ているのか、と思うほどに似合わないピンク色のフリルの付いたコートを着ていた……。
耳にブルートゥースイヤホンをしているようで、そこから、音楽が流れているのか、肩を小刻みに、リズムを取るように、揺らしている。それがまた、絶妙に気色悪い。
なんだよ、このブス……元旦から、なんなんだ?
俺は、ドアを開けないことにした。
「いい加減にしたらどうか、このボタンを押したら、いいんじゃないのか?」
音のない部屋。壁、床ともに真っ白く塗られた部屋だった。
座布団が敷いてあり、卓袱台があり、卓袱台には、湯飲みが置いてある。
湯飲みからは湯気が、でている。
卓袱台の向こう側にモニターがある。真っ黒で、何も、映っていない。
座布団に、老人が一人、座っていた。
痩せた老人だ。
頭髪の、真ん中部分だけが著しく欠如している。
その欠如した部分の皮膚には、無数の、茶色やこげ茶色のシミが、散らばっている。
頭部の横と、後ろには、髪の毛が、豊富に生えている。
白い長袖のシャツ、腹巻を巻いている、下には紺色の股引だけ穿いている。
「ボタンを押した。それでいいんだろうが?」
一度目よりも、大きな声で、老人は言った。
ボタンと言うのは、湯飲みの横に設置された赤いボタンのことだった。
何の応答もない。
時間が、延々と、弛緩しているように思われた。
この空間においては、物語が進展していく、ということがありえない。
面白い話、ためになる話、哲学的な、深いお話、威厳あるお説教、教訓譚……そんなもの、ここには何もない。
何もない、ということが、延々と続いていくだけ。
空っぽだ。何もない。
振り返ってみれば全部空虚な捏造で、人生なんて空っぽだった。
「どういうことだ?これは……つまり?」
老人の座っている座布団の横には、一本の、丈夫そうな縄があった。
老人はそれを手に取って、凝視していた。
「トンプソン!いるんでしょ!トンプソン!ドアを開けなさい!こら!この!トンプソン!!」
そんな悲鳴に近い叫び声をあげて、デブのとてつもない不細工な女、顔中に気色悪い吹き出物やニキビのあるその女はドアをガンガン叩きだした。
さすがに、近所迷惑は避けたい。
元旦、正月からこんなこと、ごめんだった。
俺は、ドアを開けて「うっせえぞ!」と怒鳴った。
一発殴りつけてやりたかった。俺は怒りに震えていた……。
……あたしが必死に懇願して「お願い、トンプソン、開けて?あたしよ、あたしが来たのよ、あなたのお姫様なのよ。約束したでしょ、ずっとそばにいるって、あなた、そう言っていた。間違いなく、言っていた。そのことは録音されているのよ……」と囁くような声で言っていたら、ドアがゆっくりと開いた。
王子様。トンプソン川田。あたしの、王子様。ついに現れるのね。
期待に胸膨らませていたの。
でも……現れたのは、とんでもない、頭髪の欠如した、デブで不細工な、おっさんだった。
汚らしい黄ばんだタンクトップを着ていて、デブで、顔中に気色悪い吹き出物やニキビがびっしりとあって、無精髭も……目も、クリクリしてない。小さい、豆粒みたいだった。鼻は大きくて、鼻毛が、大量に飛び出していた。涎を垂らしている。そして凄く臭い。
「あんた誰!」
あたしは怒鳴りつけた。あたしのトンプソン川田を、このデブ、不細工、臭い男はどこにやったというの!
「あんたこそ誰だよ。意味わかんねえやつだな」
ハゲ、デブ、吹き出物・ニキビだらけ、臭い、キモイおっさんはそう言った。
「言い訳すんな!トンプソン川田はどこなの!あんた!トンプソン川田をどこにやったの!」
「トンプソン川田?ああ、俺だけど……30年も前の話だが……」
「あんたがトンプソン川田であるわけないでしょ!」
「いや、トンプソン川田だよ。まあ30年前のことだから、老化して見た目はだいぶ変わっちまったけど」
「嘘!老化とか、そんなの言い訳でしょ!トンプソン川田に老化なんて概念はない!あたしは絶対に間違ってないから反論すんな!!」
「老化が言い訳とか……あんた、マジで頭おかしいんじゃねえのか……」
元旦の日に目が覚めて、異様に部屋が静かなことに気付いた。
ベッドに仰向けの状態で、しばらく天井を見ていた。
尿意があり、トイレに行って小便を、チンポコから放出した。
ビンビンだった。とりあえず、ここは元気なんだ。この元気さは、精神面には直結していかないのか。
外に出る。
林立する同じような四角形の住宅。黒いアスファルト道路。
人がいなかった。
人類が絶滅してしまったのだろうか。
そう思った途端に犬を連れた老婆が、目の前を通り過ぎた。
絶滅していなかった。
そのことが、残念なことに、思われた。
「あけましておめでとう」
などという言葉を言われることは、当然なく、そもそも、めでたくない、まったく嬉しくもないという思いがあるが、その思いを、実際に表明できる相手もおらず、
「あけましておめでとう」なんて実際に思ってはいないがとりあえず元旦になったらこれを言わなければならないという「日本人の条件反射にでてくる鳴き声」みたいなもんだと、殴りつけながら怒鳴る相手もおらず、
私は、とりあえず近所の神社に向かった。
初詣をし、そこで人類の絶滅を祈願しようと考えたのだ。
人がいない。
やはり絶滅したのか。
さきほどの犬を連れた老婆は、幻覚だったのだろうか。
そう思った矢先、
ニット帽を被った、50代に見える中肉中背の男が、足早に通り過ぎた。
やはり絶滅していないのだ。
人類はもっぱら生存中。どこかでクチュクチュ、性器と性器を擦り合わせ、イグッイグッとやっているに違いないのだ。あるいは、女が甲高い声で叫び、マンコから血まみれの人間がでてきているか。そんな営みが繰り返されているに違いないのだ。
あのニット帽の人はどこへ行くのか。
と、ふと思ったが、べつに、本当に気になったわけでは、なかった。
実際はどうでもよかった。
なんか冴えない感じの、普通の、どこにでもいそうなおっさんだった。
そんな人物の行動など、
正直、どうでもいい。勝手に生きてくれ、というだけの話。
かなり足早だったから、どうせ風俗にでも行くのだろう。
神社まで、後は曲がり角を一つ、曲がるだけ。
曲がった。
そこには……。
大勢の人々が、血だまりの中、死んでいた。
暗いうちに初詣をしようと並んでいた連中だろうか。
血だまりの中には、チューブ状の臓物、袋状の臓物、いろんな臓物が、無造作に転がっていた。
みんな仰向けで、白目を剥き、アホのように大口を開けて、死んでいた。
もっとマシな顔はできなかったのだろうか。
みんな、同じ顔だ。アホみたいにして……。
こういう顔をするようにと、義務付けられているみたいだ。
《みんなが同じ方向を向いて、同じようにやらないといけない社会》
それを象徴しているのだろうか。
殺されるときの顔も、同じにしないといけない……アホみたいに白目を剥いて、大口を開けて……。
私は路上にぎっしりと転がっている無数の死体を踏まないようにして神社に入っていき、お参りをした。
人類が今年中にしっかりと絶滅するようにと、祈願した。
振り返ると、真っ赤な鳥居が、日の光を受けていた。
神聖なフィーリングを、私は知覚したように思った。
「帰るか……」
居間にはテーブルがあり重箱のおせち料理やピザ、寿司などが並んでいた。
お爺ちゃん以外の全員が、揃っていた。
お婆ちゃん、お父ちゃん、お母ちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟ちゃん、妹ちゃん、お姉ちゃんの息子ちゃん等々。
お正月だから、みんな集まって楽しく。
テレビが付いていて、そこではお笑い芸人が賑やかに楽しそうに振舞っていた。
みんな、手を叩いて爆笑。
幸せ、ほのぼのムードが、充満している場所だった。
そんな場所で1時間ほど過ごしていたが、頻繁に、ブブー……という、下品な放屁というか大便が大量に肛門から放出される音というか、そんな音が、かなりの音量で、響くようになった。
当然、楽しそうに、幸せそうにしていたみんなは、不愉快そうな顔つきになる。
《元旦の楽しい、明るい空気を壊すな!》
共通した認識に達するのは一瞬の出来事。
「ねえ、爺さんのせいじゃないの?なにしてんの?爺さんは?」
お姉ちゃんが言った。
お婆ちゃんも頷いた。
「ここにいないのは爺さんだけだから、原因があるとすれば爺さんだろうねえ……」
「見に行く?」
「もう、しょうがないねえ……」
みんなで移動。
ぞろぞろと、廊下を歩いていく。
お爺ちゃんの部屋は、一階の廊下の突き当りにある。
ノックしたが、反応なし。
声も、何回も掛けたが、反応なし。
仕方ないのでそのまま突入。
音のない部屋。
真っ白な壁、床。
「あっ!おじいちゃんが!」
お姉ちゃんの息子ちゃんが叫んで、指を差した。
指の示す先には、天井から垂れている太い縄と、その縄で首を吊って、ぶら下がっているお爺ちゃん。
「お爺ちゃん!」
みんなで協力して、天井の縄を切断し、お爺ちゃんを床に横たえる。
「見て、お爺ちゃんの顔……」
お姉ちゃんが言った。
お婆ちゃん、お母ちゃん、お父ちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟ちゃん、妹ちゃん、お姉ちゃんの息子ちゃん、みんなが、横たわっているお爺ちゃんの顔を見た。
微笑んでいた。目を瞑り、にっこり。誰もが、死ぬときにはこのような表情で死にたいと切望するであろう、穏やかな表情である。
「幸せそう……」
お母ちゃんが呟いた。
お婆ちゃんは頷いて、立ち上がった。
「こんなふうに死んだのなら、もういいわね。何も、言うことないわねえ……」
みんな立ち上がり、お爺ちゃんの部屋から、出て行った。
早くお寿司やピザ、おせちを食べたかったし、お笑い番組も、見たかった。
お爺ちゃんの死体は、置き去りにされた。
(お爺ちゃんの死体よりもお寿司、ピザ、おせち、お笑い番組の方が、魅力的であるのは、仕方ないことではあるが……。)
ずっと、置き去りにされたので、しばらくすると腐り始めた。
だが、誰も、気にしていないようだった。
お婆ちゃんは「生きてたものが死んだら、そら、いつか腐るに決まっている。いちいち、当たり前のことを指摘して、なにがしたいのか」とやや不機嫌な様子で言っていた。
赤いボタンについては、あれを押すと凄まじく煩い音が鳴るので、即刻処分された。お父ちゃんが、庭にあるドラム缶に放り投げて、灯油をかけて燃やしたのだ。
もし、あのボタンが現存し続けて、みんなが眠っているときにでも発動したら、かなり迷惑だったことは間違いない。
そのことを思えば、ボタンが直ちに処分されたことは、当然のことであると言えた。
〈了〉
フェアリーテイル(短編) モグラ研二 @murokimegumii
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