第19話 手料理と恐怖心
世の中には奇妙なことは沢山ある。
空から女の子が落ちてきたり、魂のビジョンが見えるようになったり、大昔の英雄を召喚してしまったり――とまあ、枚挙に暇がない。
そしてこの俺、千ヶ崎千草が体験している奇妙なことは、久々に再会した幼なじみが不自然なくらい素っ気なくなったと思ったら日本刀片手に変なバケモノと戦っていて怪我を治療したら食生活について説教され挙げ句の果てには俺の家のキッチンでその幼なじみが料理を作り始めるというものだった。
うん、ありのまま今まで起こった事を話してみても、自分でもよく分からんなコレ。
キッチンでフライパンを振るっている信乃を見ながらそう思った。
あの無駄に気合いの入った宣言をした後、信乃は家から飛び出し、二十分後に大量の食材を買い込んできて料理を始めた。
キャベツ、ピーマン、ニンジン、豚肉等など。
思えば、我が家のキッチンでこの手の食材が降臨するのは一ヶ月以上ぶりだ。
その食材を鮮やかな包丁捌きで切り、フライパンで炒め始めた。
肉を炒めてしばらくしてから野菜を炒めている。
これも工夫ってやつかね。
俺が作ったときは全部まとめて入れてたけど。
特に言葉を発することがないまま、信乃が料理している姿を見守ることにした。
それから数分後、テーブルには肉野菜炒めと、早炊きで炊いたご飯が湯気を立てていた。
「おお……すげえ、我が家に普通の手料理がある」
「それって感動するところなの?」
「ああ。なんか後光が差しているようにすら見えるぜ」
「ええ……」
ははーっとひれ伏しそうな勢いの俺に信乃は若干ドン引いていた。
「と、とりあえず食べよ。お腹空いてたんでしょ?」
「おう。そろそろトンカツの幻影が見えかけてたところだったんだ」
「そこまで!?」
いただきますと揃って手を合わせて、食事が始まった。
「……うまい」
俺が作った肉野菜炒めとは雲泥の差だった。
そもそも同じ領域で語って良いものじゃないと断言できるほど、信乃が作った肉野菜炒めはうまかった。
「でしょう。料理にはちょっと自信があるんだから」
ふっふん、と自慢げに胸を張る。
しかしいくら張ろうが、無い物を共通することは不可能なわけで――
「――失礼なこと考えてない?」
「ナンデモナイヨ」
怖っ! こいつエスパーかよ。
そんなやり取りをしている間にも、茶碗の飯はどんどん無くなっていき、僅か数分で空になった。
「おかわり!」
「自分でよそいなさい」
へーい、と素直に台所へ向かう。
皿に盛られた肉野菜炒めが消滅するのに、俺が三杯のご飯を平らげていた。
ちなみに信乃もおかわりしていた。
「ふーっ、食った食った……」
満足して腹をさする。
別に今までの食事にも特に不満は無いのだが、結局こう言う食事が一番だ。
「ふふ、よかった」
信乃が柔らかい笑みを浮かべる。
やっぱり、張り詰めた顔よりこっちの方が似合うな。
「おまえ、料理できたんだな。今まで信乃の手料理なんて食ったこと無かったけど」
「まあね。練習し始めたのが千草が引っ越した後だったから」
「なるへそ」
通りで知らないわけだぜ。
俺と会っていない間に、信乃も色々変わったのだろう。
むしろ、変わらないことの方がおかしいか。
そんなことを感慨深く思いながら、ぐびぐびとライフガードを飲む。
「炭酸飲料の飲み過ぎも体に悪いんだけど……」
「ペルーでは水代わりにコーラを飲むらしいぜ」
「ここは日本でしょうが」
by孤独のグルメな豆知識を披露したのだが、信乃は何故か呆れ返っていた。
食後の皿洗い担当は俺。
信乃が自分も手伝うと言ったが、それは断固として譲らなかった。
調理も後片付けも全部信乃任せじゃ、俺のプライドは木っ端微塵だ。
別に料理が苦手と言うだけで、それ以外の家事は普通にできるので特に問題は無い。
「つーか、おまえ大丈夫って言ってたけど、本当に怪我は大丈夫なんだろうな?」
ソファーに寝っ転がってテレビを見ている信乃に聞くと、信乃は特に含むところは無い様子でうんと頷いた。
「元々怪我の治りは早いほうだしね。むしろ、動かないと体があっと言う間になまっちゃうって言うか」
「どんだけ燃費悪いんだよ……」
信乃の体が普通ではないことは、本人の口から説明されていなくてもなんとなく分かる。
付き人とかほざいてる花譜が妙な鍵を使っていたし、信乃もその手の能力を持っていると言われても特に驚かない。
つーか、俺だって逆行時計なんてバケモノじみた能力を持っているのだからどっちもどっちだ。
「それを言うなら、千草も千草でしょ。車で妖魔に突っ込むとか、母さんが生きてたら――」
「多分大爆笑じゃねえか?」
「あ、うん、そうかも……って何納得してんのよ!」
どうやらノリツッコミができるくらいには体力は回復したみたいだった。
「特にねえよ。巻き戻った直後は痛みが残っていることはあるけど、今くらい時間が経てばどうってことないしな」
「そう……よかった。でも、あんな無茶はしないでね。いくら死なないからと言って、壊れないわけじゃないんだから」
その言葉の意味はよく分からなかったが、信乃の顔がいやに真剣だったので素直に頷いておく事にした。
「本当に分かってるの・」
「オーケイオーケイ。ちゃんと理解してるよ。んで、こう言う能力って、結構珍しいのか? 俺の周りじゃ全然いないんだけど」
もっと言うと、俺の周りでそんな超能力じみた力を持っている奴なんて――多分一人二人くらいだ。
「珍しいと言うか、多分世界に一つしかない能力ね。なにせ体どころか、身に付けているものまで巻き戻るんだもの。不老かどうかは分からないけど、不死というカテゴリの中ではトップクラスの異能って断言できる」
「へえ……」
やばい、すっげえ口元がニヤニヤしている。
発現してからもすごい便利な能力と思っていたが、その手の能力に詳しい信乃も太鼓判をおすレベルのものだったとは。
ふははまるで主人公だぜおっと実際そうでしたと一人芝居をしていると、信乃が釘を刺すように言葉を続けた。
「だからって、最強無敵とはいかないのが現実よ。確かに逆行時計は凄まじい回復能力をあんたに与えている。異端狩りの連中が発狂するほどにね。けど、見方を変えればそれだけしかないの」
「それだけしかないって……それだけでも充分だろ」
だって不死だぜ?
アンデッドだぜ?
昔の中国のお偉いさんが血なまこになって探し回った力があるっていうのに、一体なんの不安があるって言うんだよ。
「簡単な話よ。あんたの力はあくまで自分を守るものであって、敵を倒せる力がないの。そんな状態で妖魔の前なんかにのこのこ現れたら、都合の良いサンドバッグみたいになるのがオチだって話」
「あ」
そう言えば、そうだ。
俺は信乃みたいに武器を持っていないし、身体能力も平均よりちょっと上くらいでしかない。
「でも待てよ。俺結構活躍してたろ。家鳴りも何匹か倒したし。あの蜘蛛野郎だって俺が倒す切っ掛けを作ったみたいなもんじゃねえか」
「それはあくまで命我翔音があったからでしょ……でも、やっぱり変よね……」
うーん、と信乃が天井を睨み付ける。
「家鳴りは無害認定されているだけあって、そこまで強力な妖魔じゃないの。倒すことくらいは一般人にだってできる。箒で引っぱたけばすぐに逃げてくしね」
「でも、あのマンションの家鳴りは人を殺しまくってただろ。おまけにマジ殴りでも死ななかったし」
はあ、と信乃が溜息を付いた。
俺に呆れている……という訳ではなさそうだ。
「あたしも知らない。あそこまで家鳴りが凶暴になる事例は今まで無かったもの。突然変異か、それとも誰かに改造されたとかね」
「なんか悪の秘密結社じみてきたな」
あんなバケモノがいたりしたら、それくらい存在しても不思議じゃない気がするが。
「あの家鳴りは角や爪が肥大化して極めて凶暴になっていた。身体能力もかなり上がっていたわね……本来だったらあたしが遅れをとることなんてないんだけど。絶対にないんだけど」
重要なところなので二回言ったらしい。
「とにかく、対魔師としてやっていけるなんて考えない方が身のためよ。これ以上関わったら、もう後戻りはできなくなるから」
「身のためって言うけどな。こっちはどれだけ攻撃されようがすぐに巻き戻るんだぜ? おまえみたいに怪我しないだけまだマシだ」
信乃が、僅かに息を飲んだ。
「……信乃?」
「怖く、ないの?」
「怖いって……何が」
「自分を殺そうとしている妖魔と戦うのが、怖くないのかって聞いてるの」
怖い、か。
ふむ。
暫く考えてみた結果、
「多分、ねーな」
実に短い結論がこぼれ出た。
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