第15話 グッド・バイ

「ごめん、少し遅くなった」


「……いーや、そこまで焦る必要は無かったな。ぶっちゃけ、俺一人でもなんとかいけたレベル」


「秒でばれる嘘ついてんじゃあないわよ。ほら、立てる?」


 ん、と手を延ばす信乃に向かって、絶の脚が振り下ろされる。


「信乃、後ろだ!」


 慌てて叫ぶ俺とは対照的に、信乃は焦る素振りを見せずに、村雨で迫り来る脚を見ずに弾いた。


「ぬ……」


 その絶技に絶が目を細める。


「随分と、千草をいたぶってくれたみたいね……」


「礼、及ばない」


「そう言う意味で言ってんじゃないわよ! あんたはただじゃ済まさない。完膚なきまでに刻んでやるわ!」


 信乃は啖呵を切って、弾かれたように走り出す。


「気をつけろ! 糸だ、奴は糸を使うんだ! 無闇に突っ込んだらおまえの方が刻まれんぞ!」


「――糸って、コレ?」


 村雨の刀身が霞んだ瞬間、張り詰めた糸が次々と切れる音がした。


「最初に言っておくけど、こんなトラップみたいな小細工あたしには通用しない」


「……俺、最初、言った」


 絶はそう言っているが、多分子供を助けようと必死で耳に入ってなかったんだろう。


 別に同情はしねーけど。


「はあぁっ――!」


「ぬんっ――」


 信乃と絶の攻防は熾烈を極めた。


 一瞬で戦況が二転三転し、目を離せば一気に付いていけなくなる。


 信乃の強さは、解放された記憶で理解しているつもりだったが――それが、どれだけ浅はかなものだったか思い知らされた。


 絶と戦う信乃の姿は、今までよりも遙かに苛烈で、遙かに美しかった。


 素直に、そう思えた。


 絶の巨体を活かした猛攻をかいくぐり、蜘蛛の外骨格と外骨格の隙間を狙って村雨を切り込む。


 しかし敵もさるもの、他の脚でバランスを保つ。


 ――だが、そのワンアクションが致命的な隙に繋がった。


 その筋張った体を登り駆けた信乃は、絶の首に村雨を一閃。


 首が高々と舞い上がった。


「っしゃあ、これで終わり――!」


「……じゃない、俺、終わらない」


 ばちん、と首が再び胴体へと繋がった。


「はぁ!? 反則だろそれはよぉ!」


「おまえ、資格、なし」


 振るわれる丸太のような腕を、信乃は空中で間一髪で回避した。


「どう言うこと……ちゃんと首を切ったのに。千草と同じ再生能力……!?」


 だが、そうではないことを、絶の傷口から流れる血で分かった。


「……なるほどね。糸で縫い付けたんだ」


「是。こうすれば、俺、死なない」


「ああもう厄介ね――!」


 戦いは第二ラウンドになだれ込んだ。


 村雨と外骨格が火花を散らす。


 隙を突いて切れたとしても、糸であっと言う間に縫合されてしまう。


 つまり、糸の問題さえ解決しちまえば勝てるってことだ――


 でもどうする?


 命我翔音でも勝てるか怪しい。


 ぐるぐると頭を回転させながら、ポケットからマンションの部屋で拾ってきたものを取り出す。


 針金、画鋲、双眼鏡、車のキー……


「どれも役に立ちそうにねえな……あ?」


 突如、アイデアが電撃のように俺の頭を駆け巡った。


「そうか、これだ。いけるぜ、これなら……!」


 勝利を確信した俺は、ぐっと拳を握りしめた。




「動き、鈍重」


「くっ――!」


 年頃の女の子に鈍重とか使ってんじゃねえと思ったが、そんな反論をする余裕はあたしにはなかった。


 多分あたしとこの蜘蛛鬼の実力差はそこまで開いてはいない。


 だが、家鳴りとの連戦を経て疲労しているあたしの体は、徐々に動きを鈍くしていた。


 そしてそれを、敵に見抜かれている。


 けど、絶対に負けない。


 歯を食いしばって、蜘蛛鬼の腕を切り飛ばした。


 けど、それはすぐに糸で縫い付けられてしまう。


 切っても切ってもこれじゃあキリがない――!


 蜘蛛鬼の脚が腕の肉を僅かに抉った。


 傷口から吹き出した血が、あたしの視界を覆う。


「しまった――!」


 あまりにも致命的な隙を敵が逃すはずがない。


「おまえ、終わり――!」


 脚が振り下ろされる気配がした。


 その勝利宣言を打ち消すように、千草の声が聞こえた。


「――信乃ォ! 避けろおおおおおおおおおおお!」


 その声に、夢中で横へ飛ぶ。


 千草の叫び声と同時に聞こえてくるのは――車のエンジン音だった



「――信乃ォ! 避けろおおおおおおおおおおお!」


 俺は叫びながら、アクセルを思いっ切りアクセルを踏んだ。


 ミスれば信乃をはねてしまうリスクがあったが、信乃は無事避けてくれた。


 俺取った作戦はズバリ――車で特攻作戦だ。


 鍵のスイッチを押して反応があった車に乗り込んで、絶に思いっ切りぶつけること。


 実にシンプルだ。


 勢いをロクに落とさないまま、ファミリー向けのボックス車のボンネットが絶の体に突っ込みひしゃげていく。


 凄まじい衝撃と共にエアバッグが飛び出すが、シートベルトをしていない俺にとっては気休め程度にしかならない。


 全身の骨が砕けたんじゃないかと思ったほどだ。


「俺、こんなのに、負けない」


 外骨格に日々が入り至るところが出血しているが、まだまだ決定打とはいかないようだ。


「……だろうな。これくらいで死んだらパニック映画は商売あがったりだろうよ!」


 拳を握りしめる。


 むしろ、ここからが作戦の本番だ。


 割れたフロントガラスから上半身だけ這い出した。


 絶を殴るには、少し距離が足りない。


 だが、これでいい。


「デイヤァ!」


 拳を渾身の力で振り落とす。


 命我翔音を身に纏った拳はボンネットを突き破り、エンジンタンクを破壊した。


 剥き出しになった大量のガソリンに、命我翔音の火花と衝撃が叩き付けられる。


 ガソリン+すっげえ衝撃+火花――さーて、何が起こるでしょう?


 回答時間は無い。


「ゲームセットだ、蜘蛛野郎」


 ニヤリと笑った瞬間、凄まじい爆発が発生した。


 ゼロ距離で爆破を受けた俺は、両手が吹っ飛び、両目がやられたのか視界が塞がる。


 全身に凄まじい火傷を負いながら、俺の体は吹っ飛んだ。


 容赦ない痛みが神経を蹂躙するが、それも一瞬の事――だけどやっぱり凄まじく痛いうぎゃあもうだめだ死ぬー!


「ぐわー! キリキリ踊れ逆行時計ー!」


 作戦の結果がどうなったのかは二の次で、逆行時計で早く傷が塞がる事を祈りながら地面をのたうち回った。


 しばらくして顔を起こした俺が見たのは、


「ギ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 火達磨になりながら、悲痛な叫び声を上げる絶の姿だった。


 ボトボトと、今まで糸で繕っていた場所がこぼれ落ちていく。


「蜘蛛の糸は可燃性だから、燃やされたら当然そうなるよな……我ながら冴えてるぜ」


「おま、え――!」


 辛うじて繋がっている頭部に憤怒の感情を露わにするが、これ以上奴はなにもできない。保証する。


「後は頼むぜ、信乃」


「オーケイ……!」


 血を拭った信乃は、燃えさかる絶に肉薄し、跳んだ。


 村雨の刃が、怪しい輝きを帯びる。


「これ以上取り繕えないくらい、刻んでやるわ――!」


 次々と息次ぐ間も与えぬ速度で繰り出される斬撃によって、絶の体は細かく切り刻まれていく。


 今まで弾かれていた外骨格も例外ではない。


「――グッド・バイ。もう会わないわ」


 パチン、と村雨が鞘に収まる。


 原型を留めぬほど切り刻まれた絶の体は、炎に食われたように消滅した。

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