第5話 光るアレ

 俺は、どんな致命傷だろうが一瞬で巻き戻して解決してしまうという能力を持っている。


 発現したのは、入学式の一日前――そう、あの事故の時だ。


 入学式を間近に控え、心が浮ついていた俺は、空から降り注いできた鉄骨に潰されて入院した。


 生死を彷徨い、回復しても車椅子生活待ったなしと言われていたにも関わらず、俺は半月で回復し、普通に学校に復帰した。


 俺の担当も医者が、


「なんてことだ。ここまで速く完璧に回復するなんて軌跡の範疇だぞ。しかも全部自然治癒ときた。実に興味深いね……君さえよければ、少し体を調べさせてくれないか? なに、痛みは一瞬だよ」


 と何かヤバいことを言い出したので慌てて退院した。


 恐らく鉄骨に潰されたのがトリガーだったのだろう。


 あの日以来、俺はどんなに傷を負おうがいとも簡単に直ってしまうなんて、そんなバカみたいな体になった。


 心臓はさすがにマズいかと思ったが、結果はご覧の通り。


 五体満足元気百倍だ。


 最近元気百倍がなにやらいやらしく聞こえてしまう病気になってしまったのはさておくとして、だ。


「……これからどうすっか、だな」


 カマイタチはギラつく殺意をこちらに向けている。


 パンチが決まったのは、奴が俺をただの人間と舐め腐っていたからだ。


 もう同じ手は通用しない。


『ギュアアアアア――!』


 よくも俺をコケにしてくれたな後悔させてやるぞ下等生物めがぁ――! みたいなことを言ってそうな形相でカマイタチが一直線に俺に突っ込んでくる。


 それでも、こいつが俺に追撃を食らわせることはできなかった。


 煌めく剣光。


 信乃が繰り出した一撃が、カマイタチの体を真っ二つに切り裂いた。


 絶叫を振りまきながら、カマイタチは消滅した。


 同時に、周囲に広がっていた異空間も陽炎のように消え、ただの廃工場へとその姿を取り戻す。


廃墟特有の不気味さは相変わらずだが、さっきまであった淀んだ空気はきれいさっぱりなくなっていた。


「憑き物が落ちたようにってところか……ん」


 視線を感じるので振り向くと、信乃がすごい目でこっちを睨んでいた。


「……なんのつもり、千草」


 怖い怖い……と言いたいところだけど、懐かしさの方が圧倒的に勝るな。


「なんだよ、他人のふりはもうおしまいか?」


「あ」


 あ、ってなんだよあ、って。


 ナチュラルに動揺してんじゃあないよ。


「隠し事が苦手なのも相変わらずか。ま、最初から分かってたことだけどな」


 さながら犯人を追い詰めた探偵の気分だ。


「もういいだろ。あの怪物はなんなのか、なんで戦っているのか、何よりなんで俺をシカトしてたのかっ、全部話して貰うぜ、信乃!」


 びしり、と信乃に向かって指を指す。


「……」


 信乃はぎりっと歯ぎしりしている。


「……あんたには関係ないでしょ」


 またそれかい。


「いいや、あるね。俺だって死にかけたんだ。言っちまえば被害者だぜ。知る権利ぐらいあってしかるべきだろうが」


 ふははは、ここまできてすっとぼけることはできまい。


 そもそもおまえは隠し事が出来る人間じゃないってことをいい加減自覚しろってんだ。


「つーか、なんでそこまで邪険にされなくちゃならねえんだよ。俺達幼馴染みだろ? もっと信用してくれてもいいじゃないか」


「幼馴染みだからよ! 知っただけじゃ飽き足らず、そのまま首どころか爪先まで突っ込んできそうなのが分かってるのに教えるバカがどこにいるんだっての!」


 さすが信乃。


 ちゃんと俺の行動パターンも理解してやがる。


「あたぼーよ。おまえがやってることが悪いことじゃねえのは分かる。それ以上に危険でヤバいってこともな」


 あの戦いを見て確信した。


 信乃は強い。


 でも、それだけじゃ足りないことは素人目に見ても明らかだ。


「怪我だってしているのに、それではいそうですかと指をくわえて見てられるはずがないだろ。

さっきだって、俺がいなけりゃ背後からバッサリだったに決まってるぜ」


「あれはブラフよ! 背後にいたことくらいはとっくに知ってたし、誘い込んでまとめて殺すつもりだったの! あんたが介入してきたから二度手間になったんじゃない!」


 俺の決死の行動は完全に余計なお世話だったらしい。


「いや、でもしょうがないじゃん。おまえ一つのことに夢中になると完全に視野狭くなるし……」


「それであんたがバラバラにされちゃあ世話ないわよ。いい? これからはあんな真似をしないで。あとあたしにこれ以上関わるのも禁止。半径5メートル以内に近寄らないこと。いいわね?」


「ちっともよくねえ! なんだってそんな他人のふりしなくちゃいけねえんだよ!」


 赤の他人に同じことを言われたら受け入れるだろうが、相手は一番の親友と言っても過言じゃない幼なじみだ。


「も、もしかして、マジで俺のこと嫌いになったのか……?」


 確かに転校してから、何回か電話もしたし手紙も送ったが、結果はどれも散々だった。


 電話は必ず留守電になり、手紙は一切返信が無かった。


 そこから導き出される結論は……


「え? あ、いや、そう言うわけじゃ……」


 信乃はあわあわと手をばたつかせる。


 一応、謎は解けた。


 信乃はああいった化け物をぶっ倒すのを仕事にしているらしい。


 想像の二、三倍はヤバいことだった。


 随分と現実離れしたことをしていたものだが、日本刀を手に戦う信乃は抜群に似合っていて、違和感というのがまるでないのだからすごい。


「バレちゃったのは仕方ないとしても、ダメなものはダメ。対魔師はとても危険な仕事なの。軽い気持ちでなれるものでもなっていいものでもない。どんなに強い奴でもふとしたはずみで死ぬのよ。たとえ千草だとしても……いえ、千草だからこそダメなの」


 信乃の目は、真剣マジだった。


 ここでようやく合点がいく


 今まで俺を突き放していたのも、全部これから遠ざけるためのものだった。


 理由なんて決まっている。


 俺を巻き込みたくなかった、それが真相だ。


 自意識過剰ってワケじゃない。


 何も変わっちゃいない。


 俺の幼なじみは、どうしようもないくらいお人好しだ――


「――だが断る」


「はぁ?」


 そしてそれは、俺が最も嫌うところだった。


「お断りだね。おまえが訳の分からねえ化け物と戦っているのを知りながら黙って生活するなんて、出来るはずがねえだろ」


 危険だなんて百も承知だ。


 けど、それくらいのことじゃ俺が動かない理由にはなりゃしないのだ。


「……そう。なら、知らなきゃいいのね」


「あん? そりゃ言う意味……」


 信乃がスマホを取り出した瞬間、返答を待つまでもなくその意図を理解した。


 映画でおなじみの、ピカッと光ったら記憶を吹っ飛ばす奴だコレ――!


 目を瞑るよりも早く、容赦の無い光が俺の視界を覆う。


 それと同時に、俺の意識も断絶した。



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