第4話 逆行時計

「うわっ、我ながら変なこと考えてやがんな」


 状況考えろってんだこのスカタン。


 戦闘は、僅かに信乃が押しているが、殆ど拮抗状態だ。


 カマイタチは小柄な体ですばしっこく躱しながら、巨大な鎌で信乃を切り刻まんとしている。


 スピードはどちらも同じくらいだ。


 リンゴをあそこに放り込んだら、いい感じの100%りんごジュースが出来上がるだろう。


 果物はなんでも大丈夫だろう。


 みかん、ぶどう、バナナ……そして俺、とか。


 あそこに介入するなんてアホは切り刻まれて、真っ赤なジュースになっておしまいだ。


 何もすることができずに、ただただ黙って見守ることしかできない。


「はぁっ――!」


 大上段に振り上げ、一気に振り下ろした刀を、カマイタチは両腕をクロスさせて受け止めた。


 拮抗し、鍔迫り合いの様相を呈していた。


 やはり純粋なフィジカルでは僅かに信乃に分があるらしく、徐々にカマイタチの体が沈んでいく。


 ふう、と胸をなで下ろす。


 勝負は決していないが、大体似たようなもんだろう。


 はーよかったよかったと思っていると、ふと信乃の背後の配管がぐにゃり曲がったのに気付いた。


 中から出てきたのは、今信乃と戦っているのと、全く同じ姿をしているカマイタチ。


 背中を向けている信乃を見て、にいっと笑みを浮かべた。


 俺の体から、一気に血の気が引いた。


「あいつ、汚えぞ!」


 挟み撃ちで、信乃を殺す気だ。


 その光景を想像してしまい、俺の中で何かが切れた。


 それは自制心とか警戒心とか、生きていく中で結構大事なものな気がするが、そんなことはどうでもよかった。


 弾かれたように走り出す。


 向かうは信乃とカマイタチを結ぶ一直線上。


 そこに割り込む。


「信乃後ろだ! 避けろ!」


「え、千草――?」


 ああ、やっとその名前で呼んでくれた。


 こんな状況で、そんな場違いな感慨を覚えた。


『ギィィィィィ――!』


 俺より僅かに遅れて、カマイタチが動く。


 いくら速くても、この距離ならば間に合う――と思ったのだが。


「あ――」


 気付けば、カマイタチが目の前にいた。


 その目は怒りに燃えている。


 俺に邪魔されたのがそうとう気に食わなかったらしい。


 そりゃそうか。


 裏を返せば、ターゲットが信乃から俺に切り替わったということでもある。


「目的自体は達成できたってワケか……」


 ま、俺にしては上出来だ。


 よかったよかった――今から、俺が切り刻まれるのを除いては、な。


 カマイタチの腕が僅かにブレた瞬間、体から血が噴き出した。


「が、ぶぇっ」


 喉と舌に大量の血が絡みつき、思ったように声が出ない。


 ぼとぼとと、かっさばかれた腹から内臓がこぼれ落ちていく。


 右腕が肩ごと落ち、両脚を切られて地面に転がる。


 動脈をやられたことで、スプリンクラーのように血が噴き出した。


 よくもまあ、こんなに血が出るもんだと他人事のように思う。


 とどめとばかりに心臓もやられている。


 発狂しそうになる痛みは一瞬で、俺の神経は生き延びることをさっさと諦めて、手向けとばかりに痛覚をシャットダウンしたみたいだった。


 急速に意識が体から遠のき、ぐんぐんと奈落へ落ちていく。


 聞こえるのは、怪物の笑い声と、俺の名前を呼ぶ信乃の声。


 そして、規則的に鳴り続ける、時計の音。


 ――オーケイ、そろそろいいだろう。



 かちかちかちかち



 落下が止まり、今度は急速に引き上げられてる。


 体が、「あれ、こいつ生きてるじゃん」と気付いたのか、痛覚も無事復活。


 あらゆる傷の痛みが知覚できるようになった時の感想は割愛。


 うぎゃぐぼぇしぬむりぐきゃきゃきゃきゃ――みてーな怪文書が六ページにわたって書かれるのはちょっといただけない。


『ギッ……!?』


 異変に気付いたカマイタチがぎょっと目を剥くのが、復活したての視界に映る。


「ようバケモノ。驚いたか? 驚いたよな。そんじゃあまあ――一発食らっとけ!」


 目をかっぴらいているカマイタチの顔面に拳を叩き込んだ。


 利き腕ではないが、いい感じに一撃が入ったらしい。


 骨が軋む感触と共に、その矮躯が吹っ飛ぶ。


 壁に叩き付けられたカマイタチは、体を痙攣させて赤い泡を吐き出している。


 一方俺は、切られた右腕や両脚がくっつき、内臓がもぞもぞと腹へ潜り込んでいる。


 あたりに飛び散った血は傷口に殺到し、その傷口も塞がった。


 僅か数秒で、ズタズタだった俺の体は何事も無かったように元通りになった。


 さながら、時間を巻き戻したように。


『ギギギィ――』


 カマイタチはあまりの想定外の事態に、頭が付いていけないらしい。


 そりゃそうだろう。


 荒唐無稽にも程があるというものだ。


「〈逆行時計〉――悪いが、テメェに俺は殺しきれねえよ」

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