第十五話 急いては事を
『鬼神……? はて、聞いたことがないの……。あ、いや待て。もしや伝承の……』
「村の安寧のため鬼神様に生贄を捧げよ、ってやつ」
『ふむ、なるほどの』
どうりで人間の気に混じって異形の気を感じるわけだ。
ケイジョウは納得したように頷く。その後、眉を八の字に下げ、申し訳なさそうにこう答えた。
『残念ながら、わしは鬼神とやらを知らぬ』
「そっか……。じゃあ、生贄が持つ
『能力を消す、か。——わしには出来そうにないの……」
ケイジョウは満輝たちをじっと見つめた後首を振った。三人とそれぞれの能力の結び付きがあまりにも強固なもので、ケイジョウの力では太刀打ち出来ないことが明確だったからだ。
『神の中でも相当の力を持つ者でなければ出来ぬだろう。しかし、先の問いから推測するにお主ら伝承に逆らうつもりだな?』
「ああ」
勝由と明李は咎めるような声にも臆さず動じず、力強く頷くことで確固たる決意を示す。
それを見たケイジョウは「良い顔だの」と笑った。
『六百年ぶりに歴史が動きそうで楽しみだの』
「六百年?」
『鬼神の伝承はわしが誕生した六百年前からあってな。神を相手に真正面から啖呵を切ったのはお主らが初めてなのだ。いや、いや、楽しみだの』
ケイジョウの楽しそうな声音は三人の胸にゆっくりと言の葉を解かす。それがケイジョウからの応援だと理解した三人の反応は、歯を見せて笑う者、微笑む者、瞳に強い決意を宿す者と様々だった。
「——ありがとうございました。良い話を聞くことができました」
明李は頭を下げると、くるりと踵を返す。旅を再開するつもりだ、と気が付いた勝由は慌ててに止めに入った。
「ちょっと待て明李!」
『うむ、待つのだ。まだ礼をしておらんのだな』
「いえ、質問に答えていただいたので」
『それは礼の内に入らぬのだな。ああ、そうだ。この沼の水は傷にも病にも効くぞ。先の戦いの傷を癒して行くと良い』
「大した怪我ではないので」
「ったく……! んなわけねーだろ!」
勝由は明李の背中をパシリと叩く。途端、その場にへにゃりと沈み、蹲る明李。言わんこっちゃないと勝由は大きなため息を吐いた。
「ほら、やっぱりな」
「……テメェ……っ」
「肋骨やったか? 体中擦り傷だらけだし、お言葉に甘えて休んでこーぜ」
なんだこの、こいつの余裕綽綽の態度は!
見た目は明李より幼い勝由の落ち着き払った態度に、なんだか悔しくなる。
「っんでわかったんだよ……!」
「汗浮いてるぜ。動きもちょっと庇ってる風だったし。っていうかオレも疲れたし休みてー! 満輝も休みてーよな!」
「あ、うん!」
『うむ、休んでいくが良いな』
「ほい決まり!」
勝由が明李を背負い祠まで連れ戻す。
怪我を見抜かれ強制的に元の位置に戻された明李は痛みに呻きつつも不機嫌を隠すことなく顔に出していた。
『元気なことは良いことだがの、急いては事を仕損じるぞ』
にこりと、笑んだままのケイジョウが言えば、明李は悔しそうに顔を背けたのだった。
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