第十四話 ケイジョウ
『長いことカイイに憑かれていたでな、姿も現せず困っていたんだわ。有り難うな、童』
「あ、おう!」
ケイジョウに面と向かって礼を言われ、勝由は照れ臭そうに笑う。
祠や鳥居は戦闘中には見かけなかった物だ。それがカイイとの戦闘を終えた後突然見えるようになったとすれば、何かしらあるだろうと思っていた。沼の底にあった神体も不自然で元からここにあった物ではないことは一目瞭然だった。
神体を祠に納めたことでケイジョウが姿を現したことから、あるべき場所に戻せば回復するかもしれないという勝由の読みはあたったようだ。
「えっと、ケイジョウ……様? 体は大丈夫なの?」
満輝は必死に言葉を選ぶ。神を前にしたことなど、まして話したことなど生まれてこの方一度もない。
『うむ。童たちがカイイを払い祠に戻してくれたからな。この祠を要にしておったから、ここには力が溢れているのだよ』
満輝は首を傾げる。祠が要で力が溢れているとはどういうことか、イマイチ話が見えてこない。
見るからに「わかりません」と訴える顔をした満輝にケイジョウは『そんなに気にすることでもなかろう』と苦笑する。
その様子を後方で見ていた明李が口を開いた。
「ケイジョウ様。少しお伺いしたいことが」
『何かの?』
「この神域は現世とは別の空間にあるのでしょうか?」
『ふむ?』
「我々は森の中にいたのです。そこには動物がおらず水の類もありませんでした。しかしどこからか水の音がし、それを調査していた際、カイイによってこの神域に引き摺り込まれました」
『ほほう、なるほど』
ケイジョウはふむふむと頷き、顎に手をあて何かを考える素振りをする。目は虹の形のままなのに真剣な表情をしているのが満輝には伝わり、ついじっと観察してしまう。
ややあってケイジョウは顔を上げる。
『結論から言うと、ここは現世。お主らのいた森の中だな』
「え? 沼なんてどこにも……」
『外界との完全なる断絶のための結界を張ったからの。ここら一帯見えなくて当然なのだな』
「それってやっぱりカイイが取り憑いたからだよな? なんでそんなことになったんだ?」
『それはな……。仕方がない、長くなるが順を追って話すとするかの』
異変が起きたのは百五十年ほど前だったか、とケイジョウは言う。
人々の信仰により強大な力を得ていたケイジョウは、
しかし、浄化を繰り返すにつれ沼の水が濁り始めた。いくら浄化しても次々現れるカイイに、沼の恩恵を独占しようとする人間が現れたことで争いが起き穢れが増え、浄化に必要な清らかな力がケイジョウから消えていったのだ。
水が濁るのは力が衰えた証。しかし浄化しなければ人や森に危害が及ぶ。それは避けなければならないとケイジョウは今ある力で浄化を続けた。
やがて沼を中心に浄化し切れなかった邪気が漂うようになる。ケイジョウの身は穢れに蝕まれ、広まった邪気を抑える力はもう残っていなかった。
それでも、辛うじて残っていた力でカイイを祓い続けたが、際限なく溢れるカイイに力尽き憑依を許してしまう。意識が闇に呑まれる中、残った力の大半を祠へと移し、周りに結界を張り隠した。そして、邪気や穢れの拡大を防ぐため神域全体を囲うように別の結界を張り、外界と断絶させたのだった。
神体に残った力は僅かなものだったが、取り憑いたカイイを強めるには充分であった。力を増したカイイは更なる強さを求め、結界をねじ曲げ動物やカイイを取り込み始めた。これでは結界を破り外に出てしまうのも時間の問題かもしれない。僅かに残った意識で抵抗していたケイジョウだったが、やがて闇に沈んでいった。
「ってことは、あの森に生き物がいなかったのはさっきのカイイに食われたせいか」
「結界のせいでずっと森が続いてるように見えたんだ」
『そういうことだの。しかしまあ、お主らを引きずり込んだのが奴の運の尽きよ』
からからと笑うケイジョウの姿に明李は「こっちはいい迷惑だ」と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「でも、さっきの話を聞く限りケイジョウ様の力は半分も戻ってないんだよな? それってまたカイイが襲ってきたら危ないんじゃないの?」
『それは問題ないぞ。そこのツンツン黒髪の童がカイイ諸共穢れも払ってくれたでな。こうして祠にも戻れたし、幸いここら一帯の空気の浄化は済んでおる。しばらくすればこの体を満たすぐらいの力は回復するだろうの』
「その体の分か……」
『人々の信仰で得た力の回復は難しいでの。なあに、嘗てのような浄化は出来ぬが清浄な気にて護ることは出来よう。心配するでない』
清浄な気や光にカイイは寄り付かない。ケイジョウの言葉を信じ、満輝は頷く。
『これも
「お、オレなんかめっちゃ褒められてる」
「調子乗んなよ。ケイジョウ様こいつあなたの腕切り落としてます」
「は!? そう言う明李だって千切ったり捻ったり色々してたじゃねーか!」
「俺は潰しました……」
『ほっほっほ、正直者だの。気にするでないぞ、無抵抗のお主らを亡き者にしていたら寝覚めがわるい』
そう愉快に笑うケイジョウは、実のところ意識がほぼ残っていなかったため交戦していた時の記憶は無いに等しい。
そんな事実を一切知らない満輝たちは、あっさり亡き者と口にするケイジョウに戦慄いたが、明李はまだ訊きたいことがあると口を開く。
「鬼神様についてはご存知ないですか?」
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