第十三話 神は何処
明李に文句を言っている場合ではなかったと勝由は満輝へ駆け寄る。いまだ放心状態の満輝の名を呼ぶと、ぴくんと肩を跳ねさせゆっくりと勝由の方を向いた。
「勝くん……?」
「おう。大丈夫か? いきなりこんな戦いになっちまって、怖かっただろ」
「……あ」
「あ?」
「明李があんな強いとは思わなかった……」
満輝の顔は再び沼へと戻る。勝由もそれに倣いながら、明李の強さにはすっかり慣れてしまったために満輝がどこにそこまで驚いているのかわからなかった。
「疲れてるみたいだったし、ケガだってしてたのに、さっきは一瞬でカイイの所まで飛んでそれに……あんな威力のパンチ見たことない」
「あー、あれか」
「最初の時よりずっと強かった……」
「そりゃあまあ、そうだろうな。最初手加減してたしな」
「え、手加減?」
きょとりと勝由を見上げる満輝。カイイを前にして手加減をする理由がわからないと言いたげな顔に、勝由は簡潔に説明する。
「何かに取り憑いてるカイイを直接傷つけると取り憑かれた方にも影響が出ちまうんだ」
つまり明李がした手加減とは、カイイに取り憑かれてしまった方——今回で言えば神——に大きな被害を出さないようにするためだったのか、と納得した満輝だったが、続くくぐもった言葉にそれまで忘れていたことを思い出し冷や汗をかいた。
「だから刀で斬るってのも本当はあんまりやらねー方がいいんだよなあ」
「……どうしよう、俺神様に金槌振り下ろしちゃったのか……?」
「い、や、あれはほら、正当防衛?ってやつだろ! 神様助けるためには仕方ねえ行動だぜ!」
確かにあれでは神からカイイを払う前にこちらが死んでいたかもしれない。正当防衛と言えばそうなのだが。
神様怒ってないといいなあと、勝由に抱えられた石を見る。
「とにかく、明李の強さは最後のが普通だと思ってくれ」
勝由は強引に話を戻した。
最後の、カイイを沼の底に減り込ませたあれが明李の本来の強さ。人の理解の範疇を超えていると思う。あの音も揺れも、慣れるまでは夢に出てきそうだ。
満輝は、現実離れした力に感嘆と戸惑いとを混ぜて「すごいなあ」と放心したように呟いた。
「疲れたのだって手加減してたからだもんな」
「うるせえよ」
明李はぷいと顔を逸らす。
今ではほぼ無意識に能力のコントロールをできるようになった明李だがそれは日常生活に於いてのこと。戦闘時は自身の能力を生かした一撃必殺の短期決戦タイプであり、今回のような危害を加えるべきではないものが相手では力の加減を意識しなければならず、それだけで疲労になるのだ。力はあれど体力は人より少しあるくらいの明李にとっては痛手だった。
「立てるか?」
勝由が空いた手を差し出す。満輝はありがたく掴まり立ち上がる。
「ケガは……首のとこ黒くなってるな……。悪い、すぐ戻るって言ったのに」
「あ、ううん。大した事ないよ。痛みも何も無かったから黒くなってるなんて思わなかったな」
首に痕があるとすれば、一人で応戦していた時に首を絞められた記憶があるからおそらくその時のだろう。あの時は明李が来てくれなかったら危なかった、と首に触れながら思い出す。そういえば、お礼を言っていなかった。
「明李、助けてくれてありがとう」
二人のやり取りを静観していた明李に感謝を述べると、明李は表情一つ変えずに「別に」と返す。
「オレからも、満輝を助けてくれてありがとな」
「……ここで死なれたらその後が困るからな」
あの場にいなかった勝由も満輝の言葉で地上で何が起きたのか理解したのだろう、明李に向き直り感謝すれば、組んでいた腕を解き右腕で後頭部を掻いた。
「それよりここの神は。カイイは倒したんだ、外に出してもらわねえと」
「神体ならここにあるぜ」
明李たちは勝由の持つ石をじっと見つめる。ここに神が宿っているはずだが、何も起こらない。姿を見せる気配もない。
「本当にこれが神体か?」
「カイイが取り憑いてたんだからそうだろ。他にそれっぽいの見つからねーし」
「……長いこと取り憑かれてたとしたら弱ってる可能性もあるか」
「たぶんな。考えてみりゃ沼の底に無造作に沈んでるのもおかしい。どっかに安置されてたんじゃねーかと思うんだよな」
明李と勝由が何やら真剣に話し合っている様子を横で眺めていた満輝は、ふっと顔を上げて辺りをキョロキョロと見回す。耳を傾けてはいたものの二人の会話の大半は理解できなかったが、話の流れからこれから何かを探すことになるだろう気配を察知したのだ。
しかし戦闘中に辺りを見たが建物らしきものは無し、目につく怪しい場所もこれと言って無かったような……と思った矢先、視界に飛び込んできた朱色に「あっ」と声を上げた。
あんな所に建造物なんてあっただろうかと訝しみながらも勝由を呼ぶ。
「勝くん」
「ん、どうした?」
「あそこに何かある」
勝由は満輝の指差す先を追う。
「おお、あれ鳥居か!? とすればもしかしたら……!」
鳥居から外れた視線がしばらくその周辺を彷徨い、鳥居から少し離れた場所にあるこぢんまりした建造物を発見し止まった。
「あった! 祠だ!」
その祠は、満輝たちから見て斜め前、沼に沿ってしばらく歩けば着く場所に建てられていた。
あの場所ならいくらカイイと戦っていたとしても見えても良さそうなものだが、どうして今まで気が付かなかったのだろう。疑問に思いながら既に祠へ向かった勝由を追いかける。幾分か霧が晴れ引き摺り込まれた時よりも見晴らしが良くなっていることも関係があるのだろうか。
沼の外周を歩き祠へ到着した満輝たち。
満輝の頭一つ分小さい祠は随分前に建てられたのか汚れやひび割れが目立つ。しかしその存在感は強く確かなものでちょっとやそっとのことでは壊れなさそうだ。
勝由が祠の戸を開く。中は空っぽになっており、それがどこか寂しげで、本来そこにあるべきものがないことを表していた。
勝由は抱えていた石を納める。
途端、澄んだ空気が祠を中心に辺り一面に一瞬で広がった。衝撃波にも似たそれに三人は咄嗟に顔を庇う。
一拍置いて耳に届く川のせせらぎに鳥の囀り。鼻腔を掠める日光と水の香りに、満輝は恐る恐る目を開ける。
「わあ……」
先ほどまでどんよりと曇っていた空はからっと晴れ太陽が辺りを明るく照らしていた。萎れていた草花はその身を瑞々しく輝かせ、川や沼は水面をきらきらと反射させる。
夢でも見ているかのような色鮮やかな空間に満輝は目を瞬かせる。
『ふぃ〜。いやぁ、助かった、助かった』
ふと、すぐ近くから聞き慣れない間の抜けたような声がした。
慌てて振り返ると祠の上に何やら見慣れない二頭身くらいの大きさの人らしきものがいた。なぜ人らしきものなのかというと全身が水色に淡く光っているからだ。
「君は……?」
光っているせいか神々しさを感じるが、なんとも愛嬌のある顔をしており可愛さも感じる、なんだか不思議な人だ。
『ん、わしか? わしは
「助かった……ってことは、き……あなたが神様!?」
『うむ』
元からにっこり笑顔の神様——ケイジョウは、やはりにっこりと笑ったまま頷いた。
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