第十一話 神域での戦い

 あれが御神体かはわからない。だが、僅かでも可能性があるのなら。


「勝くん、あそこに何かある」


 満輝の指し示す先に目をやる。


「なんか……光ってる?」

「もしかしたら御神体かもしれないと思って」


 光の位置からしてカイイの真下の沼の底辺りだろうか。

 勝由はじっとその微かな光を見ていたが、ややあってニッと笑った。


「ビンゴかもしんねえ」


 勝由のほぼ確信したような笑みに満輝も口角を上げる。


「行って勝くん」

「は? でもお前は」

「俺が行ってもカイイの払い方を知らない。それ以前に泳ぎ方がわからないんだ。だからお願い!」

「……~~~~っ、わかった! すぐ戻る! 危ねーと思ったら逃げろよ!」


 短刀を鞘に納めると沼へ飛び込む。させまいと起き上がってきた黒い足に、満輝は再び金槌を向けた。

 勝由が戻るまでここは自分が止めなければ。

 その決意を胸に宿し、キッと足を睨み付ける。

 再生の度枝分かれを繰り返し随分と細くなった黒い足に狙いを定めて金槌を振るう。痛みを覚えてしまったせいなのか、はたまた進化を続けているのか、多少の痛みはあるようだがほんの少し怯むだけで足の猛攻は止まらない。


「数が多すぎる!」


 やはり大本に強い一撃を与えないとダメか、と一番太い足を探して視線を走らせた満輝は息を飲んだ。一本一本を相手にするように戦っているうちにいつの間にか周りを黒い足に囲まれていたのだ。

 四方八方から襲い掛かる足に向かって我武者羅に金槌を振るう。浮き出た汗が宝石となって辺りに散らばった。

 標的を絞れない金槌はなかなか当たらず、ついに手首を絡め取られてしまう。


「うわ!」


 右手首の拘束を解こうとした左腕にも足はすぐに巻き付き、両足も黒い足に取られ体が地面より僅かに浮く。必死にもがくが簡単に抜け出せそうになく、そうこうしているうちにしゅるりと首に巻き付く気配を感じ、青褪める。


(まずい……!)


 きゅうと気道が圧迫される感覚に満輝は目を瞑った。


「くそっ!」


 苛立ちを含んだ少女の声とぶちぶちと肉を断つような音が満輝の縮こまった鼓膜を叩く。

 直後に満輝を拘束していた足から力が抜け、解放された満輝はその場に尻餅を付いた。急激に酸素を吸い込んでしまいゲホゲホと咳き込む。

 いったい何が起きたのか。把握しようと上げた瞼が眦に溜まった宝石を弾いた。

 まず目に飛び込んできたのは枝分かれの根本から千切られた黒い足。満輝を囲ようにして積み重なった足は既に力を失っており動くことはない。視線を地面より上へずらすと見覚えのある履物が視界に入る。


「明李!」


 ばっと顔を上げた満輝。二歩三歩離れた先で明李は脇に黒い足を抱えカイイと対峙していた。抱えた足の断面が千切られたようになっており、あの足に先程まで襲っわれていたのだろうと思った。明李に救われたのだと理解した満輝は急いで駆け寄る。

 気配に気づいた明李が視線だけを後ろへ遣り口を開く。


「勝由は!?」

「今御神体を探してる! 沼の底にあるかもしれないんだ!」

「沼の底!? まずいな、一本仕留め損ねてる……!」


 カイイに視線を戻す明李に釣られて満輝もそちらへ顔を向ければ、なんと山のカイイは自分の足でぐるぐる巻きにされていた。何本もの足が複雑に絡み合い、解こうにも解けないようだ。あれを明李がやったのかと思うと絶句してしまう。

 なだらかな山だった体が凸凹になったカイイの横に、明李が抱えた足とは別の足が一本、解くことを試みているのか動いている。あれが仕留め損ねた一本のようだ。

 沼に潜った勝由の所へ向かったらまずい。明李は再生を始めた足を抱えたまま跳躍する。二本まとめて他の足と同じように絡ませる作戦だ。

 明李は体力の限界で痛み出した脇腹を誤魔化すように体を大きく動かす。常なら疲労する前に片がつくのだが。今回は相手が悪い、明李は歯ぎしりする。

 黒い足を絡ませ、捻り、カイイの胴体の外周を回り縛ろうとしたところで、突如黒い足の先端が伸び、明李の腰にぐるりと巻き付く。反応が遅れ逃れられなかった明李は勢いよく地面に叩き付けられた。


「がっ!」

「明李!!」


 明李は強打した背中の痛みに呻く。歯を食いしばりどうにか起き上がろうとするが、腕に上手く力が入らない。駆け寄った満輝に支えられ辛うじて上体を起こす。

 二人の目の前で、めちゃくちゃに捻れた足は二人に襲い掛かることはなく、沼の中へ沈んでいく。勝由の方へ向かったようだ。

 勝由が危ない。しかし明李をこのまま放っておくわけにもいかない。

 困惑し焦る満輝だったが、明李を支えていた手にかかる重みがなくなったことで、はっと顔を上げる。

 明李は荒い呼吸を繰り返しながらも立ち上がっていた。


「あいつが神体をどうにかすりゃ一瞬で片はつく」

「え?」

「逆にあいつに邪魔が入ったらそれだけ戦いが長引く」

「どういう……」

「勝由を助ける、っつうことだ馬鹿野郎」


 「あっ」と満輝は慌てて立ち上がる。

 勝由が危険な状態だということはわかる。助けに行かなければいけないこともわかる。だが明李の怪我が心配だ。ここに残した方が良いのでは。ところで明李の言っている事が理解できない。

 色々な事が一気に押し寄せて、気が動転している。が、今はそんなことを言っている場合じゃないんだろう。

 半ば混乱した頭で小走りに沼の淵まで行く。

 満輝の到着後程なくして水面がぼこぼこと泡立ち、沈んでいた黒い足が再び姿を現す。足の先の方には勝由が捕獲されていた。


「勝くん!!」


 遅かったと焦りを覚える満輝の横で、明李は希望を滲ませたような、微かな明るさを含んだ声音で呟く。


「いけるか」


 足に捕らわれた勝由は、その腕の中に淡く光る一つの石を抱いていた。

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