第七話 外の世界と夕食と
華奢な少女が十代後半の青年を軽々担ぐ姿すら驚愕ものなのに、木の上をあちこち跳び回り、着地はすとんという擬音がぴったりなほど軽いという驚愕の連続。まるで夢でも見ていたようだと、噛んだ舌の痛みにうっすら涙を浮かべながら、思考放棄する満輝だった。
全て彼女が能力持ちであるから可能な事象なのだが、初体験の満輝には刺激が強過ぎてそんなことはすっかり頭から抜け落ちている。
明李が着地した場所には既に勝由がおり、焚き火を前に座っていた。
「お、来たな」
「食い物は」
「全然ダメだ。小さい木の実いくつか拾っただけ。そろそろちゃんと食わないと倒れるかもなー」
「……この辺りは海もねえし川もねえし生き物に会わなければカイイも出ねえ。あと調達できる食料と言ったら……いや、鳥はいたか。ちょっと行ってくる」
担いでいた満輝を下ろすと、明李はすぐさま踵を返し暗い森の中へと消えていく。
「あ、ったく相変わらず早いな明李のやつ」
「照らす物なくて大丈夫なのか?」
「ん?ああ、夜目は利く方だから心配ねーぜ。逆に色々持ってた方がやりづらいだろうし」
勝由は苦笑しながら徐に片手を上げる。手は何かを持つような形だ。
「こう、素手で鷲掴んで来るんだよ。外傷ないから首掴んで締め落としてんだろうぜ」
「す……すごいな……」
「鳥以外も色々狩って来るぜアイツ。まあ狩りに関しては明李に任せときゃ安心だ」
見た目は華奢な少女が鳥やら本で見たような猛獣やらを根刮ぎ倒す光景を思い浮かべながら満輝は感心した。
「さて、こっちはこっちで色々進めねーとな」
勝由は満輝に隣に座るよう促す。
満輝は提灯の火を消し、促された場所へ正座した。
「あー……っと、まずは……、そうだな……。来てくれてありがとな」
突然感謝を述べられ、身に覚えのない満輝は首を傾げる。
「大した説明もないのに出て来てくれたんだろ? 父ちゃん母ちゃんに止められなかったか?」
「ああ、うん、勝くんたちの役に立ちたいって話したら行っていいって言われた」
「ふーん、そっか……。オレたちの役に立ちたいって、お前そういうとこほんと変わらねーな」
クックッと勝由が笑う。誰かのために行動することの多かった満輝は、数年経っても変わっていないようだ。
満輝もまた、昔と変わらない勝由の笑顔につられて「へへ」と控え目に笑った。
約6年、顔を合わせなかった友は見た目は変わっても中身はあの頃と何も変わらず居てくれた。そのことに安堵した勝由はさっそく本題を切り出す。
「オレたちの立場……生贄の関係で何かしようとしてると薄々気付いてはいると思うけど、今オレたちは生贄にならないための方法を探してる」
「生贄にならない? ってそんなことできるのか?」
「まだ全然わかんねーけどな。けど、他人にはない力を持ってるからって生贄に決められて、いつかは神様のところに行かなきゃならねーのは、なんか理不尽だと思わねえ?」
突然の問いかけに満輝は思わず「えっ」と声を出してしまう。
自分の立場が理不尽だと生まれてこの方思ったことも考えたこともなかった。ただ自分はそうなのだと疑問も抱かず受け入れていた満輝は返事に困る。
黙り込んでしまった満輝の様子から察したのだろう、勝由は返事を待たず続ける。
「ま、オレもそんなこと本気で考え出したのは明李に会ってからだ。とにかくそういうことであちこち回ってて、たまたま擁村の近くに来たから満輝も連れてくって話になったわけだ」
「そっか、それで……」
「オレたち以外の奴らがどこにいるかわからねーけど、捧げられる前に全員に会って説得するつもりでいる。生贄全員の問題だからな。巻き込む形になっちまって悪いけど力を貸してくれねえか?」
「それはもちろん。そのために出て来たんだし。ただ、その、ひとつ気掛かりっていうか……」
「生贄を捧げなかった場合村に災いがもたらされる、だろ? 当然それを回避して尚且つオレたちも助かるやり方を見つけるつもりだぜ」
「うん……、うん、良かった」
「そんなの当たり前だろ〜?」
勝由に笑いながら肘で小突かれ、満輝も安堵したように笑う。
自分たちが助かるために村を巻き込まないのなら、協力を惜しむ必要はない。他の生贄として生きている人たちのためにもなんとかして方法を探そうと決意した。
「で、早速で悪いんだけど満輝は鬼神様や生贄についてどこまで知ってるんだ?」
「あの村に伝わってる唄の内容くらいだなあ。鬼神様を怒らせたら村が滅びるから生贄を捧げるってことと、捧げればみんな平和に暮らせるってことと、声に呼ばれた時が捧げられる日ってことと。あと生贄は俺たちみたいな普通じゃ有り得ない能力を持ってる人がなるってことくらい」
「だよなあ……。しばらく色んな村や街に調べに入ったけど、表現の違いはあってもどこも似たようなもんだったし……」
「場所によって違うの?」
「ああ、生贄を捧げれば暮らしを発展させるとか、何か能力を持った人間は鬼神様の遣いだから然るべき日に還せとか、その能力は鬼神様の物だから然るべき日に絶対に返せとか、そんな感じだったな」
「へえ。そんなに伝わり方が違うんだ」
生贄は鬼神様の遣いや、そもそも鬼神様の力だから返さなきゃいけないなど、場所によって面白い伝わり方をしているようだ。
こうして外の話を聞く機会は今までなかった満輝には新鮮な驚きで溢れていて、ワクワクと勝由の話に耳を傾ける。
「生贄や鬼神様への感じ方も場所や人によって全然違うんだぜ。鬼神様を偉大な存在だと信仰してる人たちは、捧げる供物のオレたちを敬う。逆に鬼神様に怯えてる人や風習が廃れ始めてる所はオレたちみたいな奴は
へえ、と満輝は相槌を打つ。
鬼神様を信仰する人もいれば恐怖する人もいる。そういえば昔に、神様にも良い神様と悪い神様がいると聞いたことがあった、と思い出す。
「どっちにしても、オレたちは
「物かー」
でもそれは仕方ないことなんじゃないだろうか。だって生贄なんだから。
とは、言葉に出来なかった。
勝由たちはおそらく人間として生きていきたいと思っているのだろう。その為にこうしてあちこち回って方法を探している。その二人に「物であるのは当たり前」など言えるはずがない。
それに、二人が物扱いされるのはなんだか少し……嫌な気分だ。
「やっぱ人間として生まれて生きてる以上人間として見て欲しいっつーか……擁村の人たち優しかったよな……」
「うん、みんないい人たちだよね」
能力のことは秘密にしてあったからかもしれないけれど、おそらく満輝や勝由が生贄であると知っても、いつもと変わらず接してくれたんだろうと満輝は確信している。
「村のみんなには、笑って過ごしていて欲しいんだ。そのためなら俺は捧げられても構わないと思ってた。でも、勝くんたちに生きてて欲しいとも思う」
「そりゃな、擁村の人たちにはほんと良くして貰ったし世話になったし生きてて貰わなきゃ困る……」
そこで一度言葉を区切った勝由だったが、一拍置いて再び口を開く。
「実は、鬼神様のもたらす災いっていうのがどういうもんなのか、実際にあったのかもわからねーんだ」
「えー……っと……」
「どこにも書いてない。勿論鬼神様の災いで村が滅びたなんて直球に書かれてる書物は無いと思う。だから例えば歴史書なら、どこどこの村がこういう災害に見舞われて滅びました、とか鬼神様の災いと結び付けられそうな記述を探したけどひとつもない」
「……みんな言い伝えどおり捧げてたからじゃないの?」
「考えられる内の一つはそれ。生贄をちゃんと捧げてきた。二つ目は災いはそもそも起きない。ただ生贄……人の力を逸脱した能力の持ち主をそれっぽい理由付けて簡単に処分できるようにしてる」
「しょ、処分」
「あ、悪い。言い方きついか」
「ううん、意味は伝わったから大丈夫」
「話してる内に腹立ってきてたみてーだ、気を付ける。三つ目は記録の抹消。これについてはやる意味があまり浮かんでこないから無いかもしれねーけど……」
勝由が口をつぐむ。何かを思案しているようだ。
一方満輝は勝由の口から出てくる様々な情報に目を丸くしていた。
勝由は村を出てから、いったいどこまで行ったのだろう。ずっと遠くまで歩いて行ったのだろうか。こうして村を出た自分も、勝由と同じように遠くまで行けるのだろうか。
暢気にそんなことを考えてしまう。
「満輝は」
「ん?」
不意に名前を呼ばれて意識を勝由に向ける。
「鬼神様のことどう思う?」
「どう……」
思ってるんだろう。
満輝は、幼い頃から聞かされていた唄でその名前を初めて知った。
自分はいつかその神様に捧げられるんだと理解したのはいくつの時だったか。
村のみんなのためにならと喜んで役目を引き受けたあの時、そして今。
過去を振り返りながら言葉を紡ぐ。
「村のみんなに良くないことが起こるのは嫌だって思ってたから……たぶん鬼神様のことは怖い神様だと思ってる。言い伝え……唄の内容どおりならだけどね」
「怖い神様か……。確かに擁村の唄物騒だもんな。じゃあ次、ちょっと質問の内容変えるぜ」
「うん、なに?」
「鬼神様ってなんの神様か知ってるか?」
「え……知らない。聞いたことないぞ……」
「やっぱりな。知らなくて当然だぜ。どこにも記されてねーんだから。祀られてる場所も不明だしな。言い伝えが残るだけで、詳細は一切不明。ってなると名前どおり神様の皮を被った鬼だったなーんてこともあったりして」
「え!? それは遠慮したいな……」
「もしかしたらの話だ、本気にすんなよ? まあなんにせよ、今のオレたちには解決に導くための情報が少ない。少しでもいいから手がかりが欲しいところなんだ」
まだまだわからない事だらけなのに訪ねる先々で入手できる情報は似たような言い伝えばかり。そこから推測を広げても答え合わせをする術がない。
「一応オレたちは『然るべき日』ってのを制限期間にしてる。それがいつかも知らねーけど。それまでに方法見つけねえとヤベー気がする」
満輝は頷き、思案する。
話は一通り聞いたが、まさか鬼神様とその供物の事がここまでの事態になっているとは思わなかった。気にしたことがなかったせいかもしれないが。
正直なところ、思考が追い付いていない。
そんな中辛うじて生まれた疑問が一つ。そのまま声に出す。
「生贄って捧げられたらどうなるんだろう」
「うーん……。死ぬことになんのか仕えることになんのか……。どっちにしても満輝が自由に生きられなくなるのはオレは嫌だぜ」
「へ?あ、うん……俺も勝くんたちが笑って暮らせなくなるのは嫌だな」
突然名前を出されて目をぱちくりさせながら慌てて返事をする。
「もし鬼だったらコテンパンにしてやらぁ」
勝由が言いながら拳を真っ直ぐ突き出すのと時を同じくして、辺りに腹の虫の絶叫が響き渡った。
「……すごい音したね……」
「……腹減った~~」
腹の音で集中力が途切れたのだろう、勝由はぺしゃりと地面に伏せる。尚も鳴る腹の音は先程の盛大さとはうって変わって物憂げだ。
「明李~、明李はまだか~」
「うーん、まだ来ないみたい……あ、そうだ! 勝くんお米! お米ある!」
「は!? 米!?」
満輝は村から持ってきた風呂敷の結び目を解き広げる。中には少量の米と空洞の竹が二本、竹筒が二本、そして小刀が入っていた。
これからの旅のためにと用意してきたのだろうが、それにしても米に重きを起きすぎではないだろうかと勝由は空腹に苛まれながらも冷静に分析する。
満輝はせっせと米を炊く準備を進める。切って日の浅い竹の側面を一部四角く切り、そこから米を入れ、水筒用の竹筒の栓を取り中の水を入れる。そして米の入った竹を焚き火の上に起く。これで、うまくいけばご飯のように炊き上がってくれるはずだ。
「いや、なんで米」
「道中食べたくなるかもしれないからって母さんが……」
「お前ん家って時々抜けてるよな」
しかし今はそれに助けられた。ありがとう神様仏様石流様。内心で合掌する勝由だった。
二人して米の炊き上がりを心配している内に鳥を片手に明李が戻ってきた。
勝由の言っていた通り、外傷は無いのに既にぐったりと動かない鳥の、今回は足を掴んで、焚き火を凝視する二人の元へやって来る。
「何してんだ?」
「米が炊けるの待ってる」
「……は、米!?」
まるで勝由と同じようなリアクションをし、焚き火の中の青竹を凝視する明李。
その明李の手からぶら下がる鳥を見て満輝は首を傾げる。
「その鳥は?」
「ハト……モドキ」
「鳩もどき? 鳩じゃなくて?」
「見た目は鳩だが鳩にしてはデカイし色も変だからな……。カイイを食ったか、異種交配か、原因は不明だが鳩の突然変異体ってことでハトモドキ。あとヒョウタンナカセの木あったから一個もいできた」
懐から取り出したのは黄緑色の、小さな瓢箪のような形の実。なんだろう、と見つめる満輝に勝由が言う。
「それ超酸っぱいぜ」
どうやらレモンやかぼすと同じ柑橘類らしい。調味料が無い今、酸っぱくとも味変できるのは喜ばしいこと。……なのかもしれない。合うかどうかはこの際森の彼方へ投げ捨てておこう、勝由と明李はそうやって食ってきたのだ。
こうして、今夜のメニューは、白飯とハトモドキの肉(ヒョウタンナカセ付き)、勝由の拾ってきた何の木の実かわからない実という、勝由と明李にとっては豪華な、満輝にとっては質素な食事となった。
ちなみに白飯の出来は、素人にしてはうまくいった方だったという。
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