外伝2 アンナのルームメイト【中編】

「初めてアンナ殿の部屋に来てしまったであります。ロラえもん殿とシャーロット殿の部屋とあまり変わらないであります」


 放課後。

 ミサキは耳と尻尾をピコピコさせながら、アンナの部屋をウロチョロした。


「そりゃ学生寮はどの部屋も同じ作りですからね」


 ベッドが二つに、勉強机も二つ。タンスと小さな本棚も二つ。

 しかしローラたちの部屋は、それらをちゃんと使っているが、この部屋はどれも一つずつしか使っている形跡がない。

 使っていないベッドはシーツがピシッとしており、まるで母親がベッドメイクしてくれたかのようだ。

 一方、もう片方は布団がベッドから半分ずり落ちており、ネコの着ぐるみパジャマが脱ぎ散らかっている。


「ぴぃ」


 ハクはその散らかったベッドに降り立ち、コロコロ転がって遊び始めた。


「あ、見ないで見ないで」


 アンナは慌ててベッドを直し始める。

 意外とだらしないところもあるらしい。


「それで、今もルームメイトさんは天井裏にいるんですか? というか何て名前の人なんですか?」


「いるかどうかは呼びかければ分かる。シノブ、ただいま」


「……お帰りなさいでござる、アンナ殿」


 天井裏から本当に声が聞こえた。

 それは少女のものだった。

 しかしアンナの呼びかけに応えるまで、まるでその気配を感じなかった。

 どうやらスパイとして割と凄腕らしい。


「それからローラ殿とシャーロット殿とミサキ殿でござるな。アンナ殿からいつも話は聞いているでござるよ。にんにん」


 そして本当に口調がミサキに似ている。

 語尾が『であります』か『ござる』という違いはあるが、方向性としては同じだ。

 そういえばミサキの故郷のオイセ村の獣人は、もともと大陸の東からやってきたと聞いたことがある。

 そしてニンジャも大陸の東だ。

 同じく東から来たラーメン屋のランも妙な語尾をつけているし、そういう文化なのかもしれない。


「私たちを知ってるなら話は早いであります。天井裏に引きこもっていないで、降りてきて一緒に遊ぶであります」


「拙者、ニンジャでござるゆえ、不用意に人前に姿を晒さないでござる」


「そう固いことを言わないで欲しいであります。お互い顔が見えるほうが楽しいでありますよ」


「そういう問題ではないでござる。ニンジャは忍ぶものでござるよ」


「だからと言って、ずっと天井裏というのは変であります。オイセ村の長老にニンジャの話を聞いたことありますが、任務中は覆面を被ったり変装したりするらしいであります。つまりニンジャだって人前に姿を見せるはずでありますよ」


「な……どうしてそれを知っているでござる!?」


「オイセ村の獣人はもともと大陸の東から来たであります。東側の文化も少しだけ残ってるでありますよ」


「くっ……情報収集を怠ったでござる……」


 天井裏からシノブの悔しそうな声が漏れてくる。


「つまり、シノブが出てこないのは、引っ込み思案だからってことでファイナルアンサー?」


 アンナが淡々と尋ねる。


「そ、そんなことはないでござる! この性格を直すためにわざわざ遠い国の冒険者学園まで来たのに、結局ニンジャを言い訳に天井裏にこもっているとか、そんなことはないでござるよ!」


 もの凄く必死な声が降ってきた。


「スパイなのに全ての情報を自分から喋ってくれましたわぁ」


「気配を消す能力は凄いですけど、性格的にスパイ向きじゃないみたいですね」


「これではスパイどころか日常生活に支障が出るでありますよ」


「そう。だから何とかしてあげたい」


 ローラたち四人は、心配げに天井を見上げた。


「うぅ……拙者とて、人前に出ることができたら楽しそうだなぁとは思うでござる。しかし恥ずかしいでござるよ!」


「なにがそんなに恥ずかしいんですか?」


「とにかく姿を見られるのが恥ずかしいでござる! もう放っておいてほしいでござる!」


 それきりシノブは、何と話しかけても黙りこくってしまった。

 意固地になってしまったらしい。

 これでは話し合いにならない。


「うーん……いっそ、天井を破壊しましょうか。そうすれば天井裏に潜むことができなくなりますよ」


「ローラ。無理矢理に引きずり出したら可愛そうだよ。それにここは私が寝泊まりしてる部屋だから。破壊されたら困る」


「それもそうですね」


 ごもっともな話なので、ローラは素直に頷いた。

 というか、もともと冗談のつもりで言ったのだ。

 なのにアンナは本気で嫌がったので、どうやらローラならやりかねないと思われているらしい。ちょっとショックだ。


「シノブさんの説得は一時中断ですわ。そろそろ夕飯時なので、ラン亭に行ってラーメンを食べませんこと?」


「お、ラーメンでありますか。何だか久しぶりな気がするでありますよ」


 ミサキはじゅるりと舌なめずりした。

 そのとき。天井裏からも同じような舌なめずりが聞こえた。


「ラーメンでござるか!? なぜラーメンがこの国にあるでござる!?」


羅亜ラーという国から来たランさんという人がラーメン屋を王都に開いたんですよ。知らなかったんですか? 割と評判になったと思うんですけど……」


「……ずっと天井裏でござるし、アンナ殿以外に友達もいないし……情報収集に限度があるでござるよ」


「スパイとして失格じゃないですか……」


「スパイではござらん。ニンジャでござるよ! にんにん!」


「どのみち失格ですよね?」


「……しくしく」


 泣いてしまった。

 困ったニンジャである。


「シノブさん。ラーメンがお好きですの?」


「いや……食べたことはないでござる。しかし故郷には沢山のラーメン屋があったでござる。近づくといい香りがするでござる。何度も入ってみたいと思ったでござるが……恥ずかしくて入れないでござるぅぅ」


「故郷にいた頃からそんなノリですのね……」


 さすがのシャーロットも呆れた様子だ。

 と、そのとき。

 ミサキが何かを思いついたらしく、手のひらをポンと叩きながら、耳と尻尾をピコピコさせた。


「とりあえず、部屋を出るであります。作戦会議であります」


 どんな作戦だろうかとワクワクしながら、ローラたちはミサキに続いて廊下に出る。

 そして、その企みを聞き、すぐに実行に移すことにした。

 まずはラン亭に急ぐ。

 ランとニーナに事情を話したら、快く協力してくれた。

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