外伝1 アンナのルームメイト【前編】

「ちょっと二人に相談がある」


 三学期も終わりに近づいた頃。

 いつものように三人でお昼を食べていたら、アンナが真面目な顔でそう話を切り出した。

 もっともアンナは基本的に真面目な顔で、その顔のままジョークを言ったりするから、必ずしも真面目な話とは限らないぞ、とローラは警戒した。


「いったい何の相談か知りませんが、このシャーロット・ガザードが華麗に解決して差し上げますわ」


 パスタを食べている最中だったシャーロットはドヤ顔でそう言いながら、金色の美しい髪をふぁさぁっとかきあげた。

 仕草そのものは優雅だが、手にミートソースがついていたので、金髪が赤く染まってしまった。

 こんなに格好悪く赤く染まっている人をローラは初めて見た。


「はわわ……わたくしの髪の毛がアンナさんと同じ色に……」


「シャーロットさんは十五歳になっても相変わらずですね……」


「ぴー」


 ローラは呆れつつ、それでこそシャーロットだと安心しながらハンカチで拭き取ってあげた。


「ローラさん、ありがとうございますわぁ」


 黄金の輝きを取り戻したシャーロットは、安心した顔でまたパスタを食べ始めた。

 アンナはそれをジッと見つめながら頬を膨らませる。


「私、相談したいんだけど」


「はっ!」


 シャーロットは驚いた表情を浮かべながら、パスタを一気に飲み込んだ。


「わ、忘れていたわけではありませんわよ……? さあアンナさん。続きをどうぞ」


 絶対に忘れていたでしょう、とツッコみたいローラだったが、実のところミートソースの衝撃で自分も忘れていたので黙っていることにした。


「私のルームメイトのことなんだけど」


 ルームメイト。

 それはつまり寮で同じ部屋に住んでいる生徒のことだ。

 このギルドレア冒険者学園の寮は二人部屋だ。

 ローラとシャーロットのように、アンナにも当然ルームメイトがいる。

 しかし考えてみると、ローラは今までアンナの部屋に行ったことがなかった。

 いつもローラとシャーロットの部屋がたまり場になっている。


「アンナさんのルームメイトってどんな人なんですか? 会ったことないんですけど」


「……もの凄い引っ込み思案。なかなか人前に出てこない。だから二人に紹介したくても今までできなかった」


「へえ。それが今になってどうして紹介してくれることになったんですか? もちろん、ぜひ会ってみたいですけど」


「……引っ込み思案すぎて、ルームメイトとして心配になってきた。なにせ同じ部屋に住んでるのに、まだ一度も顔を見たことがない」


「え!?」


「それ本当にルームメイトですの!?」


 ローラとシャーロットは驚きの声を上げる。

 どんなにすれ違いが多くても、同じ部屋に住んでいて顔を見たことがないなどありえるのだろうか。

 まして生活時間がズレているならともかく、寮に住んでいるからにはこの学園の生徒だ。

 まさか秘密の夜間学校があるとでもいうのだろうか。


「間違いなくルームメイト。でもその子、普段は天井裏で暮らしてる。姿は見えないけど、ちゃんと会話はしてるよ」


「それ、もしかして幽霊なんじゃ……」


 アンナが取り憑かれているのでは、とローラは心配になった。


「違う。大陸の東側から来た子で、家が代々、諜報のお仕事をしてるらしい。何だっけ……ニンジャ? とかいう職業の家系らしい」


「そのニンジャは、天井裏に住むのが仕事なんですか?」


「別に天井裏じゃなくてもいいけど、人目につかないようにするのが仕事だと言っていた。なにせ諜報だから」


「つまりスパイなんですね。それが何でまた、この学園に入学してきたんでしょう?」


「ニンジャもときには戦うから、戦士学科で戦闘技術を身につけたいらしい。あとギルドレア冒険者学園のカリキュラムをスパイして祖国に持ち帰るらしい」


「天井裏にいるわりに堂々としたスパイですねぇ……」


「スパイ活動は堂々としてるけど、人間関係はまるで堂々としてない。私とは寝る前にいくらか話してくれるけど……座学の授業中は天井裏にいるし。実技のときは全身黒タイツになってるし」


「みんなが制服を着ているのに一人だけ全身黒タイツって逆に目立ちますわ。その方、スパイに向いてないのではありませんこと?」


 シャーロットは正論を言った。

 髪の毛にミートソースを塗りたくる十五歳に正論でツッコまれるとは、確かにスパイにしては間の抜けた話だ。


「そう。明らかに目立ってる。本人はニンジャだからと言い張ってるけど、たんに姿を見られるのが恥ずかしいだけみたい。そのせいで逆に恥ずかしいことになってる。二人には、その子の引っ込み思案を治すのを手伝って欲しい」


「お任せですわ! このわたくしが呼びかければ、天井裏から顔を出したくなるに違いありませんわ!」


「さすがはシャーロット。その根拠のない自信が頼もしい」


 アンナはさほど頼もしく思ってなさそうな口調で言う。


「ぴ!」


 ハクは本気でシャーロットを尊敬していそうな声で彼女を見つめた。


「根拠のない頼もしさ。これぞシャーロットさんです。でも私たちが楽しそうにしてたら、その人も混ざりたくなるんじゃないですか?」


「それを期待してる。あと、ミサキも連れて行く」


「ミサキさんですか。どうしてまた?」


「……口調がかなり似てる。仲間だと思って油断するかもしれない」


 ミサキに口調が似ている天井裏のニンジャ。

 それは果たしてどんな人なのだろうか。

 もうすぐ二年生になるローラでも、まるで想像できなかった。

 これは想像を絶する人が出てくるぞ、とワクワクしてしまった。

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